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 暗闇につつまれた廊下が明滅し、一筋の光が走った。


 踊りかかってきた子供は【光の矢】で頭部を吹き飛ばされて、床に落ちる。水気を帯びた嫌な音がした。


【光の矢】を放ったのは……姉さんだ。


 俺がためらっていたから、代わりに姉さんがみんなを守ってくれたんだ。


 姉さんはまぶたを伏せると、撃ち落とした異形を痛々しげな表情で見つめていた。


「感傷に浸ったところで無意味だぞ。あぁなった生徒が助かることはない。どっちにしろ手遅れだ。始末しなければ、こちらがやられていた」


 システィナは子供の姿をした魔物が死んだことを、歯牙にもかけていなかった。そんなものの命にはなんの価値もないと、冷然とした声で言ってくる。


 ダインが本気の殺意を込めてシスティナを睥睨する。学院を蔓延る魔物よりも、この女のことを殺そうとしていた。


「学院長が正しい。辛いだろうが、やるしかない」


 姉さんが感情を押し殺しながら言うと、ダインは悔しそうに拳を握りしめていた。


「わたしがやる。みんなは見るんじゃない」


「アシェル姉さん……」


 思わず名前を呼んでしまう。なんて声をかければいいのかわからないのに。


 姉さんは「大丈夫だ」というように笑ってくれた。


 そして右手を前に向けると、なるべくすみやかに床を這っている子供たちを楽にしていく。


 何度も明滅が瞬くなかで、ルリアは泣くのを堪えながら顔をそむけていた。


 ノエルは子供たちの断末魔の悲鳴を聞きたくないようで、両手で耳を塞いでいる。


 ダインは己の無力さを悔しがるように、血に濡れた壁を黙って見つめていた。


 俺もなるべく子供たちの命が失われるのを視界に収めないようにする。けど、辛い役目を引き受けてくれた姉さんの背中は見守る。意味はないけど、それでも、姉さんの支えになってあげたかった。


 全ての子供たちの息の根を止めると、姉さんは明らかに消耗していた。模擬戦を終えた後でも余裕があったのに、今は心がすり減っている。 


 ……姉さんにだけ背負わせてしまった。そのことが情けない。かといって、あの子供たちをこの手で殺せたのかというと……俺は撃つことができなかった。


「先を急ぐぞ」


 沈黙する俺たちを急かすように、システィナが言ってくる。この辺りから早々に立ち去りたいようだ。


 生徒たちの立ち入りを禁止している区画。さっきの子供たちは、そこから来たのかもしれない。


 もしかして教員たちは、魔物を使って何かをしようとしていたのか。


 ……さっき目が合った子供の顔が、頭から離れない。


 前々から不審に思っていたが、やはりこの学院には何かがある。大人たちは何かを隠している。


 いろんな想いで胸中が錯綜している。だけど、立ち止まるわけにはいかない。システィナの指示に促されて、俺たちは廊下を進んでいく。

 

 いくつかの曲がり角を折れると、地下へと通じる階段があるところまでたどり着いた。姉さんたちとは、ここでお別れだ。


「388号。魔物どもを殲滅するのも重要だが、ネズミ狩りも忘れていないだろうな」


「……わかってますよ」


 システィナが次の指令を伝える。


 姉さんは自分のなかにある良心を眠らせるように、無感情な顔つきで返事をしていた。


「それと、おまえたちは言われたことだけに専念しろ。賢く生きたいなら、不要なことまで知ろうとするな。役目を失った者の末路は、もう話したはずだ」


 システィナは険しい目つきで俺を見てくる。この機に乗じて学院内を探ろうとしているんじゃないかと怪しまれている。


 そんなことをするつもりはない。今は少しでも犠牲者を減らすことが優先だ。


 そうとわかっていても、俺たちのことを都合のいい道具くらいにしか見ていないこの女には、腹が立つ。


「リオン。ルリア。ダイン。ノエル」


 姉さんが名前を呼んでくる。俺たち一人一人の顔をしっかりと確認するように見つめてきた。


「みんな、死ぬんじゃないぞ」


 身を案じてくれる優しさと、勇気づけてくる力強さを込めて、姉さんは励ましの言葉を送ってくれた。


 また必ず会うことを誓うために、俺たちは頷く。


 姉さんは薄い笑みをこぼすと、廊下の先へと足を向ける。システィナと共に駆け出して、夜の闇のなかに消えていった。


 アシェル姉さんの後ろ姿が見えなくなると、たちまち不安が押し寄せてくる。それだけ姉さんの存在が心強かったということだ。


 ルリアもダインもノエルも物憂げな表情をしている。さっきの凄惨な出来事が、尾を引いていた。


「姉さんがクロノハオウを装着すれば、この事態も収束に向かう。俺たちも、できることをやろう」


 前向きな言葉を使って声をかけると、三人の視線がこちらに集まる。


「そうだよね。わたしたちにできることをやらないと」


「お兄ちゃん。わたし、がんばるよ」


 ルリアはやわらかな微笑みを浮かべる。無理をしているようだが、それでも笑おうとしてくれた。 


 ノエルも両手で握り拳をつくって、首を縦に振っていた。


 ダインは口をつぐんだままだが、それでも多少は顔つきが明るくなる。


「それじゃあ、行こう」


 友人たちと一緒に地下へと続いている階段を降りていく。


 無事に地上へ帰ってこられることを信じて、暗闇のなかに踏み込んだ。





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