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目をそむけたくなるような光景が、どこまでも続いていた。
この学院にはいろんな生徒たちがいた。元気に笑っている子供もいれば、陰気な表情でつまらなそうにしている子供だっていた。
教員たちにもいろんな人がいて、生徒を監視するような目つきで見てくるヤツもいれば、ごく稀にだけど優しく接してくれる人もいた。
そういった人たちが分け隔てなく死者へと変わり果てて、真っ赤な血で染まった廊下に転がっている。
数時間前まで当たり前のようにあった日常が、壊れてしまった。
人間だけじゃなくて、黒い影のような姿をした魔物たちの死体も倒れている。近くにある壁や天井はひび割れていて、戦闘の痕跡が色濃く残されていた。
ルリアもダインもノエルも、そしてたぶん俺もひどい顔をしている。ずっと眉間の皺を寄せたまま、歩みを進めていく。
胸が押し潰されそうだ。引き返したい。そう思うが、戻ったところで待っているのは同じ光景ばかり。前に進むしかない。
システィナは心を凍結させているように、その顔になんの感情も浮かべていない。どれだけ生徒や教員の遺体を目にしても、それを数字として捉えているような理性的な面持ちをしている。
先頭を歩くアシェル姉さんは、どんな顔をしているのだろう? 俺のほうから見えるのは背中だけだから、確認することはできない。
あまり見慣れない場所まで移動すると、歩みが鈍る。この辺りは、生徒の立ち入りを禁止している区画に近いはずだ。教員に見つかったら叱責されるので、滅多に足を運ぶことはない。
こんな状況でなければ近づくことさえできない廊下を進んでいく。
「……え? なに?」
「どうしたの、ルリアお姉ちゃん?」
「いま、何か聞こえて……」
にわかにルリアは立ち止まると、しきりに周りを見回しはじめる。
俺も足を止めて耳をすます。
確かに、何か聞こえる。
なんだこれ? 子供の声? 泣いている? うめき声のようにも聞こえる。
だけど聞いているだけで、身の毛がよだつような声だ。
「おい、あれ……」
ダインが廊下の先にある暗闇を指差した。
ナニかがいる。それも複数。近づいてきている。
戦端が開かれる予感に、みんな構えを取った。
「……えっ? あっ、な、なんで……!」
「っ! なんだよ、こいつら……!」
ルリアとダインが戦慄する。ソレを目にした瞬間に、硬直して動けなくなる。
まだ幼い。低学年である勇者候補の子供たちが、自分の肉体を引きずるようにして床の上を這ってくる。
――異常だった。
その子供たちの肉体の半分が、黒い影に覆われている。
魔物だ。魔物が勇者候補の生徒を取り込むように、半身を蝕んでいる。その姿は人間なのか、魔物なのか、判然としない。
うあっ、と半分だけ黒い影に染まっている子供たちが、泣きながら見あげてくる。
「ひっ……!」
ノエルは悲鳴をもらすと、口元を両手で押さえる。目の前のモノがなんなのか理解できずに混乱していた。
わけがわからないのは俺も同じだ。困惑と恐怖が胸中をかき乱す。魔物のようにも見えるけど、あんな姿をした子供たちを傷つけることはできない。
「っ……!」
先頭に立っている姉さんが肩を震わせながら沈痛な声をもらす。
その傍らに立っているシスティナは、しかめっ面になって舌打ちをした。
「なんなんだよ? これは一体……!」
ダインは声を上擦らせながら、システィナを問い詰める。
システィナは、うるさげに眉をひそめて嘆息をこぼした。
「おまえたちが知る必要のない情報だ」
「ふざけんなよ! あんなモン見て、それで納得できるわけねぇだろ!」
ダインが今にも殴り掛かりそうなほど激昂するが、システィナは厳しい面持ちを崩すことなく睨み返している。
「ダイン。わたしの任務は学院長の護衛だ。勇者候補という立場上、それを優先しないといけない。頼むから、危害を加えようとするんじゃないぞ」
「ぐっ……!」
姉さんが首だけで後ろを振り返って諭すと、ダインは前歯を噛みしめた。納得なんてできないけど、懇願するような目で訴えてくる姉さんの言葉が効いたみたいだ。
「時間が惜しい。さっさとアレを排除しろ」
「そんなことできるわけ……!」
システィナが下知すると、再びダインがもの凄い剣幕で叫ぼうとする。
そのときだった。
半身が魔物に取り込まれている子供たち、そのうちの一体が爬虫類のように跳ねあがり、悲痛な泣き声を響かせながら躍りかかってくる。
誰も反応できない。攻撃しなくちゃいけないとわかっているのに、肉体がいうことを効かない。だが、やらないと犠牲者が出る。
咄嗟に右手を突き出す。【光の矢】を放とうとする。
いいのか? 殺しても? 本当に?
跳びかかってくる子供と目が合う。涙に濡れている瞳は助けを求めている。とても危害を加えてくるようには見えない。
「……っ!」




