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「おぉ、懐かしいなここ」


 アシェル姉さんは校舎の屋上に立つと、夜空に浮かぶ星々を見あげながら声を弾ませた。


 体の痛みが取れて病室を後にすると、学生寮に戻ろうとした。その途中で姉さんに会って声をかけられた。どうやら俺が回復するのを待っていたらしい。


 なるべく教員に見つからないところで話がしたいということだったので、昔みたいに二人で屋上を訪れた次第だ。


 こうして姉さんとまた二人でここに立っているなんて、なんだか子供の頃に戻ったみたいで不思議な気分だ。


 足を進めて姉さんの隣に立つと、聞きたかったことを尋ねる。


「姉さん。その、卒業してから外の世界に出てみて、どうだったんだ? もちろん、話せないことが多いのはわかっているけど」


 それでも聞いてみたい。学院を取り囲んでいるあの白い壁の向こう側に行った姉さんが、外の世界で何を見て、何を感じたのかを。


「いろいろと大変だったよ。それなりに覚悟はしていたが、壁の外に出ても、やっぱり苦労はつきない」


 姉さんはここから見える壁に目を向けながら、神妙な面持ちになって語ってくる。


「壁の外に行きさえすれば、自由が手に入ると思っていた。何にも縛られることなく、好きに生きていけると。だけど自由っていうのは、無償では手に入らないものなんだ。支払わなければいけないことだってある。自由であるためには、責任と使命が付きまとい、時にはやりたくないことだってやらないといけない」


 その言葉の端々には、どこか苦々しさが含まれていた。とても自由を謳歌しているようには見えない。


 俺が不安げな表情をしていたからだろう。姉さんはフッと小さな笑みをこぼす。


「壁の外でも、しんどいことは多いってことだ」


「やっぱり高レベルの魔物と、たくさん戦ったりしないといけないのか?」


「…………」


「姉さん?」


 姉さんは下唇を軽く噛んで、顔を伏せる。しばらく黙り込むと、おもむろに閉ざしていた口を開いてきた。


「魔物と戦うことは、そこまで苦じゃない。学院にいた頃から、訓練で何度も戦ってきたからな。本当に大変なのは……」


 そこまで言いかけると、姉さんは肩を上下させて言葉を途切れさせる。おそらく、学院の生徒には教えてはいけないことなんだろう。


 姉さんは淡い笑みを浮かべると、長い黒髪をなびかせながら、こちらに向き直ってくる。


 昔よりも俺の背が伸びたから、目線の高さが、今の姉さんとはそんなに変わらない。


「特別顧問の件を引き受けてよかったよ。正直、また壁のなかに戻るのは憂鬱だったが、こうしてリオンたちの元気な姿を見ることができた。みんなと再会できてよかった……」


 姉さんは微笑みながら見つめてくる。その瞳は揺れていて、軽く指先で押しただけで体が倒れてしまいそうなほどに、儚げな空気をまとっていた。


「姉さん? どうしたんだ?」


 アシェル姉さんのこんな表情は、学院にいたときだって見たことがない。こんなふうに姉さんが辛そうにしているのは、よっぽどのことがあったからだ。


 もしかして、何か思い悩んでいることがあるのか?


 だとしたら、力になってあげたい。まだまだ姉さんには遠く及ばないが、これでも昔よりは成長している。


 大切な人が困っていたら、手を差し伸べることくらいはできる。


「姉さん。悩んでいることがあるなら、話してくれないか? 俺にできることなら、なんだってする。姉さんの力になるよ」


 握った拳を胸に当てて、目の前に立っている大切な人を見つめる。


 姉さんはハッとして顔をあげてくると、目尻を細めてくる。必死に痛みを堪えているような、悲哀を湛えた眼差しを向けてくる。


「リオン。わたしは……」


 かすれた声で何かを言いかけると、姉さんは時が止まったように固まった。 


 何を言おうとしたのか、どれだけ待っても聞かせてはくれない。


「姉さん?」


「……おかしい」


 おかしいって……どういうことだ? 何を言っているんだ?


「校庭だ」


 姉さんの視線は、地上にある校庭のほうを指していた。俺も吸い寄せられるように、そちらに目を向ける。


 夜の帳が下りた校庭で、閃光が明滅している。いくつかの光が飛び交っている。【光の矢】だ。攻撃用の魔術が使用されている。


 数名の生徒が校庭を駆けまわっている。教員の姿もある。生徒と教員が何かに向かって【光の矢】を放っている。

 

 たくさんの黒い影のようなモノが動いて、生徒と教員を追いかけまわしていた。


「まさかあれは……」


「魔物だ」


 姉さんが断言すると、突如として硬質な破砕音が立て続けに鳴り響いた。学院内にある建物の窓が割れている。それに重なるようにして、いくつもの悲鳴が聞こえてきた。


 細い糸で心臓を締めつけられているように胸が苦しくなる。


 この壁のなかで、何かが起きている。


 ルリア、ダイン、ノエルのことが頭に浮かぶ。


 息が止まりそうだ。体中が熱い。心音が早鐘を打ってくる。


「急いで寮に向かうぞ。みんなが心配だ」


 姉さんが両目を鋭角にして口早に言ってくると、無言のまま頷いた。


 焦りから、いつの間にか両手は握り拳になっていた。掌のなかに汗がしみこむ。


 姉さんが駆け出すと、それに続いて走り出す。


 頼むから、みんな無事でいてくれよ。


 そう祈りながら、姉さんの背中を追いかけていく。





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