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 重たいまぶたを開けると、寝台に横たわっていた。


 見慣れた天井や壁から、生徒が負傷したときに運ばれる学院の病室だと理解する。ここには何度となく、お世話になった。


 まだ窓の外は明るい。そんなに長くは眠っていなかったようだ。


 怪我はしていないが、体のあちこちがヒリヒリして痛い。


「リオン、起きたの?」


「やっと目を覚ましたか」


「よかった、お兄ちゃん。あんまり眠り続けるようなら、わたしの口づけで起こしてあげなくちゃいけなかったね」


 寝台の横にはルリア、ダイン、ノエルの三人が立っていた。


 三人とも心配してくれていたみたいだ。ノエルが何か妙なことを言っていたが、それは聞き流しておこう。


 ルリアとノエルは顔を見合わせると朗らかに笑ってくる。ダインは目をそらして、唇をモゴモゴと動かしていた。


 どうしたんだ? なんだか三人とも様子がおかしい。


「おまえたち、まさか俺が模擬戦で惨敗したのを笑い物にするつもりか?」


「そんなことしないよ。ただ……ね、ノエル」


「だよね。ルリアお姉ちゃん」


 二人はニコニコしながら目配せすると、唇をゆるめてとろけそうな笑みをつくる。


 えぇ~、なにもぉう。なんなの?


 そんな思わせぶりな態度を取られたら、ますます気になるんだけど。でも、教えてくれるつもりはないみたいだ。


「模擬戦の最後、俺はどうなったんだ? 怪我はないようだけど、まだ体中が痛い」


「えっとね。こうギュィィィンって落ちてきて、ドギャャャンってなって、プシュ~だったんだよ」


「……そうか。ルリアはダメだ。ダインにチェンジ」


「最後に降ってきた【光の槍】でリオンのアオハガネは大破したが、リオン自身には大した傷はないってよ。体の痛みも、そのうち取れるそうだ」


 なるほど、見事に大敗を喫したわけか。だけど勇者候補として支障が出るような重傷は負わずに済んだ。つまり、無事に模擬戦を乗り越えることができたというわけだ。


 あと俺から戦力外通告を受けたルリアが「うぅ~」とうな垂れていた。ノエルが「よしよし、お姉ちゃんがんばったね」とその頭を撫でてなぐさめている。


「アオハガネであそこまでやるなんて予想を覆されたって、ヘーレスが感心していたな」


 ダインはボソボソと口を動かしながら、へーレスの感想を伝えてくる。


 あのオッサンのいやらしい笑みが頭のなかで再現されて、寝起きだというのに不快な気分になる。


「それでね、お兄ちゃん。特別顧問の人が、お兄ちゃんと話をしたいんだって」


「……自分をボコってきた相手と話なんてしたくないが?」


「そう言わないで。きっとお兄ちゃんだって話したいはずだよ?」


 どういうことだ? 恨み言ならいくらでもあるが、望んで会いたいだなんて思わないぞ。


 ノエルは悪巧みでもするようにニシシシと笑っている。ルリアも堪えきれずに笑みをこぼしている。さっきからみんながソワソワしていたのは、俺を下した相手が理由のようだ。


 そんな顔をされたら、断れない。仕方ないので、こくりと頷いた。


 俺が了承すると、ノエルが扉のほうに向かって「入ってきていいよ」と呼びかける。


 病室の扉が開かれる。特別顧問であるその人物が、軽快な靴音を鳴らして入ってきた。


 絹のような長い黒髪が足の動きにあわせて揺れている。凜々しい顔立ちは作り物のように美しく、細かなまつ毛に縁取られた黒い瞳は慈悲深さと力強さを兼ね備えた眼差しを放っている。


 華奢な体つきは女性らしく魅力的で、白色の外套を身にまとっていた。

 

 思わず、肉体の痛みを忘れて上体を起こしてしまう。


 その姿だけは、鮮明に覚えている。どれだけ遠くに離れていても、どれだけ時が流れても、忘れることはなかった。


「久しぶりだな、リオン」


「……アシェル姉さん」


 その人は、昔と変わらない笑みを見せながら声をかけてきた。

 

 頭が混乱する。どうして姉さんがここに? いや、なんとなくわかってはいるんだけど、状況に思考が追いつかない。ていうか肩や膝やあちこちが痛い。


 言葉が見つからず、目が回りそうになる。


 落ち着け、と自分に言い聞かせる。


 つまりなんだ。外からやって来た特別顧問というのは、アシェル姉さんだったということだ。てことは、さっきの模擬戦で俺が戦っていた漆黒の鎧の中身は姉さんということになる。どうりで強いわけだ。 


 動揺する俺を見て、ルリアとノエルは顔をほころばせているし、ダインは唇をきつく結んで笑うのを我慢している。


 なんだか、すっごく恥ずかしいな。


「さっきの模擬戦では、思いっきり手加減をしてやったんだぞ。わたしが本気になったら最強すぎて、リオンを瞬殺しちゃうからな」


 姉さんは腰に手を当てると、フフンと鼻を鳴らして胸を張ってくる。子供っぽいその仕草は懐かしくって、自然と口元がゆるんだ。


 外見は成長しているけど、姉さんは姉さんのままだった。それがうれしくて安心する。


 思い返してみれば、姉さんは学生のときから卓越していた。勇者の鎧を装着しての戦闘は言うに及ばず、生身の状態でも誰よりも強かった。


 先刻の模擬戦で俺が重傷を負わなかったのは、姉さんが手心を加えてくれたおかげだろう。


「まだまだ、わたしに負けない立派な男には程遠いようだな」


「それは……」


 そのことを指摘されると、悔しい。


 再会するときは、姉さんと肩を並べられる存在になっていると約束していたから。


 俺は、あの夜の約束を守れなかったことになる。


「積もる話はあるが、今はあのオバさんに呼ばれていてな。みんなとも後で話そう」


「オバさんって、学院長のことか? 本人の前で言ったら冗談抜きで殺されるから、気をつけたほうがいいぞ」


「そんなドジは踏まないさ。まぁ、殺されそうになったとしても、逆に殺し返してやるけどな」


 システィナが相手でも臆することはないと、姉さんは不敵な笑みで答えてみせる。学院にいた頃よりも、たくましさが増していた。


 ……というか、いま気づいたが、システィナもヘーレスも特別顧問の正体がアシェル姉さんだと知っていたんだよな。それで俺に黙っていたなんて、悪趣味にも程がある。どれだけ文句を費やしても足りない。


「それじゃあな、リオン。ちゃんと休むんだぞ。みんなもまたな」


 姉さんは微笑みながら気さくに手を振ってくると、病室から出ていく。ルリアとノエルは笑いながら手を振り返していた。ダインは名残惜しそうに、扉を見つめている。


 姉さんの姿が見えなくなると、一旦は落ち着きを取り戻したはずの心がざわめく。


 アシェル姉さんが帰ってきた。また姉さんと会えた。


 そのことが、すぐには信じられなかった。もしかしたら都合のいい夢を見ているんじゃないか? 現実感がなくて、頭がボーッとする。


 けど、懐かしい姉さんの声を聞いた。あの頃よりも成長した姉さんの姿を、この目で見ることができた。


 これは夢なんかじゃない。 


「よかったね、リオン。お姉ちゃんだよ。アシェルお姉ちゃんにまた会えたんだよ」


「リオンは特に姉さんに懐いていたもんな」


「またアシェルお姉ちゃんに会えるなんて思っていなかったから、うれしいよ」


 寝台の傍らにいる三人が活気づいて話しかけてくる。姉さんとの再会を喜んでいるのは、みんなも同じだ。


 嬉々とする三人の姿が、本当にアシェル姉さんが帰ってきてくれたことを確信に変えてくれる。


 もしも再会するとしたら、それは学院を卒業した後だと思っていたのに。こんな形であの夜の約束が叶うだなんて、まったくの予想外だ。


 憧れていたあの人と、また会えた。


 ようやくその事実が胸のなかに溶け込んでいき、現実のものとして受け止める。


 体の奥底から、熱いものがこみあげてくる。


 言い知れない感情が、心を震わせる。


 でも、どんなにうれしくても涙は見せない。あの夜から、泣かないと決めているから。


 だから、眦に涙が浮かばないように必死に堪えながら、この感動を素直に祝福することにした。





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