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一度だけ深呼吸をする。心を落ち着ける。
握った球体に魔力を流し込むと、光が放たれた。自分と鎧の境界線が交わり、全身が鎧に包まれていく。
カナタノシロガネに比べたら、楽なものだ。精神が不安定に揺らぐこともなく、無事に装着を完了させる。青い鎧を身につけた戦士風の外見に様変わりする。
アオハガネは学生用の鎧なので性能は平凡なものだが、装着者が同化率をあげて力を引き出せば、それなりに高い戦闘能力を発揮する。
「いつでもはじめてくれてかまわないよ」
遠間からヘーレスが呼びかけてくる。
それが合図。模擬戦が開始される。
正面にいる漆黒の鎧を見据えると、イメージをふくらませる。自身の周りに五つの【魔法陣】を浮かびあがらせて配置する。
一度にどれだけの数の【魔法陣】を展開できるかは、勇者候補の力量によって決まる。数が多ければ多いほど、そいつは優秀だということだ。
更にイメージ――放たれた矢が漆黒の鎧を貫く瞬間を明確に思い描く。
展開した五つの【魔法陣】が閃くと、【光の矢】が斉射された。
こっちが仕掛けるとクロノハオウも【魔法陣】を周囲に展開。その数は十二。鎧の性能と装着者の実力が高いことを見せつけるように、こちらを上回ってきた。
相手の【魔法陣】が一斉に輝くと、【光の矢】を速射してくる。
彼我の間でお互いの放った矢が衝突――閃光が弾ける。校庭に炸裂音が響き、観戦していた生徒たちが耳を塞ぐ。
火力で劣るこちらの矢は全て打ち消されてしまった。残った敵の矢が飛来してくる。迅速に回避。横に跳んで、矢をかわす。
その間にクロノハオウは砂埃を散らして前進。距離を詰めくる。相手のスピードに驚愕させられる。わかってはいたが、アオハガネとは性能が違いすぎる。しかもアイツはあの鎧の潜在能力を十二分に引き出している。
クロノハオウはこちらに迫りながら、燃えるような赤い輝きを掌から放った。輝きは長い物へと形状を変化させていき、一本の赤い【光の槍】を具現化する。最新型の鎧なだけあって、強力な武器が備わっている。
クロノハオウは突進の勢いを衰えさせずに姿勢を低くして身構えると、両手で握った【光の槍】から稲妻のごとき強烈な刺突を繰り出す。
咄嗟にイメージ――切れ味が鋭く、頑丈な刃を思い描く。アオハガネに刻印された魔術を読み込んでいき発動。両手のなかで輝きが生じると、刃渡りの長い【光の剣】を具現化する。
正眼に構える。繰り出された刺突を【光の剣】でさばく。相手のほうが速度も威力も上だ。光の刃と光の穂先が接触すると、両手に痺れが走った。【光の剣】の刀身がわずかに欠ける。
完全にはさばき切れず、赤い穂先が右肩をかすめてアオハガネの一部が削り取られる。焼けるような鋭い痛みが肌に伝わる。
「ぐっ……!」
顔をしかめつつ、つま先に力を込めて後退。距離を取る。
クロノハオウはこちらを逃がすまいと槍を構えた姿勢のまま踏み込み、再び刺突を打ち込んでくる。
恐ろしい速度で繰り出される突きだが、その軌道は読める。回避は十分に可能だ。
動悸が耳を打ち、緊張感が増す。「やれるのか?」という疑問は挟まない。成功する光景だけをイメージする。
左脚を軸としながら半身になり、左斜め後ろに向かって跳ぶ。
赤い穂先が虚空を貫く。この身には届いていない。
避けきったところで反撃に転じる。握りしめた【光の剣】を振るう。
「なっ……!」
斬撃を叩き込もうとしていた手が止まる。
直線に走っていた【光の槍】が輝きを強めると、赤い穂先が伸長した。それだけでなく、長くなった槍が屈曲して角度を変え、こちらに狙いを定めて蛇のように襲いかかってくる。
ただの槍じゃない。リーチを伸ばし、変幻自在に軌道を変えて、獲物を仕留める魔法の槍だ。
やられる……!
赤く光る穂先に腹部を貫かれる瞬間が頭のなかをよぎる。
「……っ!」
その悪いイメージを、奥歯を噛みしめて拒絶した。
――生きる!
絶対に生き抜いてやる!
そう心のなかで叫ぶと、アオハガネとの同化率を上昇。鎧との境界線が揺らぎ、より一体となる。身体能力が向上して、内側から魔力が湧きだす。
アオハガネから力を引き出すと、身軽になった肉体の瞬発力を駆使し、軌道を変えて襲ってきた【光の槍】を、【光の剣】の斬撃で弾く。
火花が散る。今度は刀身が欠けることなく、振り抜いた剣が相手の槍をさばき切る。
「……!」
クロノハオウの上半身が仰け反った。自分の攻撃が弾かれるなんて想定外だったんだろう。相手の動揺が感じ取れる。
すかさず追撃。今度はこちらが攻める。【光の剣】を横薙ぎに振るい、漆黒の鎧の脇腹に打ち込む。
手応えはない。【光の剣】が空を切る。目の前にいたはずのクロノハオウが忽然と姿を消した。
「どこに……!」
焦燥感に駆られながら感覚を研ぎ澄ませる。前後左右。どこにも見当たらない。
そして気づく。
地面に黒い染みがある。影が広がっている。
「……まさか」
そんなことまでできるのかと、相手の力量に感嘆しつつ頭上を仰いだ。
そこには、太陽を遮るようにして、クロノハオウが空中に浮遊していた。
その背中には……。
「翼……」
燦然と輝く光が青空を覆うようにして左右へとひろがり、大きな両翼を形作っていた。
クロノハオウは背中から生えた光の翼で空を飛んでいる。
その光景がとても神秘的なものに見えて、ほんの一瞬ではあるが戦闘中だということを忘れて心を奪われる。
翼を生やしたクロノハオウが空から見下ろしてくる。おまえではこの領域に到達することはできないと、実力差を示すかのように高みから視線を向けてくる。
空に浮遊するクロノハオウの周辺に、先ほどよりも多くの【魔法陣】が展開されていった。浮かびあがった全ての【魔法陣】が輝き出すと、地上に向けて【光の矢】が降り注いだ。
こっちも瞬時に五つの【魔法陣】を展開。イメージ――矢の雨を思い描く。五つの【魔法陣】から【光の矢】を撃つ。撃って、撃って、撃ちまくる。
空中で火花が連続で飛び散り、何発かは打ち消すが、夥しい数の【光の矢】が降ってくる。火力で負けている。
大地を蹴った。地上を駆けまわって回避に専念する。辺りで爆音が響き渡り、土埃が跳ねあがる。
離れているところにいる生徒たちの悲鳴が聞こえる。あちらにまで被害が及ばないように注意する。そのぶん行動できる範囲が限られてしまい、空から落ちてくる【光の矢】を避けるのが困難になる。
懸命に走りまわっていると目の前で爆破。地面が陥没する。際どいところで立ち止まり、直撃を免れる。道を塞ぐようにして【光の矢】が降ってきた。
頭上を見あげる。クロノハオウが【光の槍】を逆手に握りしめて、天に向かって掲げていた。
大気が重苦しく歪んでいく。クロノハオウの右手に魔力が集束していくのを感じる。魔力を流し込まれた【光の槍】は、灼熱の炎のように真紅に輝いて膨張していった。
注がれる魔力を喰らい、使い手であるクロノハオウの身の丈を超すほどの巨大な長槍へと変貌を遂げる。
漆黒の兜に刻まれたスリットの奥から、敵の瞳が見下ろしてくる。狙いをつけられると、背筋に冷たいものが走った。生きた心地がしない。
突風を起こすように光の翼を羽ばたかせると、クロノハオウは高く舞い上がっていく。飛翔して身を捻ると、鋭くしなやかな所作で右手を振り下ろし、巨大化した【光の槍】を投擲――。
真紅の輝きを放ちながら、必殺の一撃が繰り出される。
空間を焼き焦がす騒音を立てながら、凄まじい速度で落下する特大の槍。回避は不可能。さばくこともできない。
咄嗟に【光の剣】を斜めに構えて防御の姿勢を取る。アオハガネとの同化率を更に上昇させる。より一体になることで、勇者の鎧の潜在能力を極限まで引き出す。
鎧との境界線があやふやになるが、身につけた青い鎧が堅固になっていくのを感じる。防御力を最大まで向上させる。
地面を穿つように巨大な【光の槍】が降ってくると、握りしめた【光の剣】で受け止める。鼓膜が破れそうな爆音――手足も頭も体も全身が震える――暴風が巻き起こると足元が揺れて――何もかもが真っ白になった。
……俺の意識は、そこで途絶える。




