雨の唄
「お前、どこまでついてくるつもりなんだ?」
雨降る街を歩く中、アタルは振り返りながら背後の子どものような存在、『雨童』に声を掛ける。
しかし雨童はアタルの顔を見上げると、良くわかっていないのか小首を傾げる。
「……はぁ、ついてくるならせめて傘に入れよ」
ため息をつきながらも手を差し伸べるアタル。
いくら人には見えずカッパを着ていたとしても、雨の中子どもの姿をした存在が濡れているのを見るのは居た堪れなかったのだ。
すると、雨童もその事を理解したのか小走りで駆け寄ってくると、アタルの手を無視して傘の中に入った。
「……まぁいっか」
アタルは行き場を失った手を悲しげに見つめたあと、楽しげに鼻歌を唄う雨童を見て再び歩き出した。
アタルは雨音を聞きながら、周囲に目を向ける。
いまいち信用は出来ないながらも同行者たちがいるおかげで心の余裕が出来たのか、アタルの目には先ほどまでよりも様々な存在たちが映っていた。
「うわっ、なんだあれ?」
そこら辺の道で飛び跳ねまわる、大人の顔より一回りほど大きなカエル、『人面瘡蛙』。
その名の通り背中に大きな人の顔が貼り付いている、というより背中のほうが本体なのだろうか、特徴的な蛙の声を背中の顔が発している。
取り敢えずアタルたちに危害を加えるような様子は見えず、むしろお構いなしに町中を飛び跳ねている。
「あれは…… 水か?」
横断歩道に差し掛かると、水でできたマネキンのような存在が横断歩道を歩いているのは『雨唄音楽隊』だ。
子どもくらいのサイズで、ビニール傘を持ち、赤い吊りスカートやTシャツに短パンなど、少し古めの服を身に着けているように見える。
それらの傘に雨粒が当たる音や水たまりの上を跳ねる音が折り重なり、まるで鼻唄のような音楽を奏でている。
「~~~♪」
その音を聞いてか、それともアタルについてくるのが楽しいからか、雨童も鼻唄をうたいながらスキップを踏んでいる。
「そんなに楽しいのか?」
アタルの問いかけに雨童は最初反応をしなかったが、アタルの顔が向いていることに気が付いたのかあたりをキョロキョロと見回すと、やがて自分の顔を指さすような仕草をした。
「いやお前以外に…… まぁ、確かに名前を呼ばないとわからないか」
「お前…… 名前とかあるのか?」
その仕草に名前を知らない不便さに気が付いたが、そもそもこの雨童に名前があるかどうかも分からないアタルは、とりあえず聞いてみることにした。
すると雨童は案の定首をかしげるような仕草をする。どうやら名前はないらしい。
「うーん、わかった。それじゃあせっかくだし、俺が名前を付けてやるよ」
自分から離れる様子のない雨童を見て、どうやら長い付き合いになりそうだと直感したアタルは、せっかくなので名前を付けてやることにした。
「でも…… 俺、名づけセンスないんだよなぁ」
今まで飼ってきたペットの金魚やダンゴムシには『クサヤ』や『みたらし』等の食べ物の名前を、ゲームなどのキャラには番号やアルファベットを一文字入力していたアタルにとって、名前を付けるという行為はなかなかにハードルの高いものだった。
「~~~♪」
「いや、お前の名前を考えているのに呑気に歌って…… あぁ!」
最初は頭を抱えるアタルにお構いなしに鼻唄をうたう雨童に、苦笑交じりに文句を言おうとしていたが、その際にふとこの雨童にぴったりの名前が思い浮かぶ。
それは今までろくな名前を考えてこなかったアタルにとっては、まだましな名前であった。
「そうだな、お前の名前は『ルル』なんてどうだ? ルンルン歌っているし」
「……!!」
「うおっ!?」
雨童の歌う鼻唄に合わせて『ルル』という名前を付けると、突如雨童の姿が光り輝く。
そして光で見えなくなってしばらくすると、ようやく発光が止まりその姿を現した。
「……えっ? いったい何だったんだ?」
「いや、もしかして調べられるか? 『詳細』!」
その姿に何の変化も見当たらないことを不思議に思ったアタルは、さっそく先ほどやり方を理解したステータスの出し方を試してみる。
すると、そこには『雨童 ルル』と書かれたウィンドウが表示された。
「おっ、もしかしてちゃんと名づけが成功したのか?」
「それにしても…… ちゃんと名前にも対応して、リアルタイムで変更されるのか」
ルルのステータスを確認して名前が追加されていることに気が付いたアタルは、そのことに感心するとともにこの変化に少し疑問を持つ。
しかし、袖を引かれたため思考を中断すると、ビジネスバッグに乗っている『失せ物たち』が何やら騒がしくしている(声は出ていないが)
「あぁ、もしかしてお前たちも名前を付けてほしいのか?」
そこで彼らが名前を付けてほしいのではないかと思い尋ねてみると、アタルについてきていた『失せ物たち』全員が頷くような動作をする。
「う~ん、名前を付けるのって体力がいるんだよなぁ」
「悪いけど、また今度にしてくれないか?」
「 」
「おぉっと、悪い悪い」
アタルの発言に抗議のような、威嚇のような動作をする『失せ物たち』に苦笑しながらなだめながら歩いていく。
すると隣から、先ほどよりも楽しそうな鼻唄が聞こえてくる。
驚いてその方向に目を向けると、ルルが一層楽しそうに鼻唄を歌いながらスキップを踏んでいる。
「おいおい、意外と名前を付けてもらったのが嬉しかったのか?」
アタルの問いに頷くルルは、今にも踊り出しそうな雰囲気だった。
「そうか、それはよかったな」
自分の付けた名前を喜んでもらえて、アタルもなんだかうれしくなってきた。
そして思わずルルの頭を撫でてやると、ルルはすり寄るようにその手を受け入れた。
「それじゃあ、これからよろしくな、ルル」
「!」
この町ではいまだに雨が降っている。
それでも、彼らの心は温かかった。
『雨野 中』
HP10/10 MP2/7
『ビジネスバッグ』
アタルが就職する際に、両親からプレゼントされた贈り物。
真っ黒でまだ新しさの残る見た目をしているが、赤い雨が降った際に足場にしたせいで少し赤く染まっている。
アタルにとっては、このバッグは社会人としての武器だった。
このバッグを手にして、仕事への意気込みを入れて社会に立ち向かう。
しかし、この場所においては本来の用途としては使用できないであろうし、立ち向かう相手も変わってくるだろう。