蝸牛
「なっ、これは……!?」
アタルの左腕はナメクジ…… いや、カタツムリのような質感に変化していた。
アタルは困惑しながらも、心当たりを見つける。先ほど『ヤマイマイカブリ』の液体を受けた場所だと。
「たすけてくれぇ~」
ひたすら助けを求めているカタツムリの方を見る。どこか媚びるような、恐怖を押し隠すような表情が目に映る。
そして、もしかしたら自分も同じようになるかもしれないという恐怖に囚われる。
「……いや、何とかなるはずだ!! 『ステータス』!」
『雨野 中』
HP14/14 MP11/11
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』
状態 『川の主の寵愛』『ヤマイマイの呪い』
「なっ、なんだよこれ……」
現状把握のためステータスを確認すると、『ヤマイマイの呪い』というものが付いていることに気が付いた。
おそらく、『ヤマイマイカブリ』に呪われたということだろうか。
「とりあえず…… 『治療』!」
何か違和感を感じた者の、とりあえず『治療』で呪いを回復できないかと思いすぐに試してみる。しかし腕の痛みが引いただけで肉体の変化はない。
「なっ、『癒しの霧雨』! 『霊術:霊傘』!」
ダメもとで『癒しの霧雨』や『霊術:霊傘』を使ってみるも効果はない。
じわじわとカタツムリになる恐怖が肥大化していく。
しかし、このままでは手遅れになると必死に頭を回転させて打開策を考えるアタル。
「……やっぱり、あいつを倒すしかないのか?」
現状使える手で呪いを解除できないのであれば、元凶を叩くのが一番解呪できる可能性がある。
そう考えて、アタルは右手で『雨宿り』を握りしめて『ヤマイマイカブリ』を見据える。
「……ルル、行くぞ」
『ヤマイマイカブリ』がこちらに背を向けている間に建物の入口から出てゆっくり近づいていく二人。先ほど体液をお尻から浴びせられたため、なるべく真後ろに立たないように移動する。
近くまで近づき、『雨宿り』の先を『ヤマイマイカブリ』に向ける。
「暴風……」
「たすけてくれぇ~」
「なっ!?」
『暴風来』を『ヤマイマイカブリ』に放とうとしたその時、右足に先ほどの人面カタツムリが縋り付いてきた。
すると、『ヤマイマイカブリ』の触角がピクリと動いて、振り向きざまに襲い掛かってきた。
「くそっ!?」
急接近して襲い掛かる『ヤマイマイカブリ』の顎に対して、とっさに傘を閉じたまま盾にするアタル。
そのまま踏ん張ろうとするも、足元を人面カタツムリに縋りつかれているせいで踏ん張りがきかず押し倒されてしまう。
「ぐっ!」
『ヤマイマイカブリ』にマウントポジションを取られながら、鋭い顎を必死に『雨宿り』で押し返すアタル。
こうしている間にも、『ヤマイマイカブリ』からあふれる悪臭がアタルを刺激し、さらに右足に異変を感じるようになる。
「たすけてくれぇ~」
人面カタツムリはいまだにアタルの右足に縋り付いている。助かりたかったら早く隠れろと思わず内心で毒を吐きながらアタルは抵抗する。
もう左手では碌に物を持てないため、右手で『雨宿り』を握り、左腕で押さえつけるようにして何とか『ヤマイマイカブリ』を押し返そうとする。
すると、『ヤマイマイカブリ』が横に吹き飛んだ。
「ルルっ!」
ルルの水球に助けられ、何とか立ち上がるアタル。
左腕は完全にカタツムリの身体のように軟体化しており、右足も変化が始まっていることが感覚でわかった。
さらに、背中にも何かを背負っているような違和感を感じる。
「今のうちに…… 『暴風来』!」
『ヤマイマイカブリ』が体勢を立て直す前に、『暴風来』で吹き飛ばす。
強化された暴風は『ヤマイマイカブリ』を巻き込み、切り刻みながら商店街のシャッターまで吹き飛ばした。
「はぁ、はぁ…… これで呪いは…… えっ?」
『雨野 中』
HP14/14 MP10/11
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』
状態 『川の主の寵愛』『ヤマイマイの呪い』
自分のステータスを確認して、絶望する。
『ヤマイマイカブリ』を倒しても、『ヤマイマイの呪い』は解除されなかった。
アタルが左腕に目を向けると、すでに指は退化し背中もどんどん重くなっていく。
右足では踏ん張りもきかなくなり、左足とのバランスが崩れて立っているのがやっとだった。
「どうして呪いが…… なっ!?」
倒すだけでは呪いが解けることはないのか、このままカタツムリになる運命なのかと絶望していると、商店街の入口からもう一匹の『ヤマイマイカブリ』が現れた。
つがいだったのだろうか? まだアタルのことは認識していないようだが、バレるのも時間の問題だ。
「くそっ、このままだとカタツムリになって食われちまう……」
もしかしたらあの『ヤマイマイカブリ』も倒さなければ呪いが解けないのか、もしそれでも解けなければどうなってしまうのか、そもそも全身がカタツムリになる前に倒せるのか。
パニックになりかけのアタルをルルが励まそうと腰のあたりを撫でるも、あまり効果があるようには見えない。
「たすけてくれぇ~」
「ああもうっ、頼むから少し黙っててくれ…… あっ」
気が付けば太ももあたりまで登って来ていた人面カタツムリの声に苛立ちを覚え声を荒げたアタルは、自分のステータスと人面カタツムリを見比べて先ほど感じた違和感の正体に気が付いた。
……いったいなぜ、『ヤマイマイカブリの呪い』ではなく『ヤマイマイの呪い』なのか?
「……『詳細』」
目の前の人面カタツムリの『詳細』を見た瞬間、どこか媚びるような、恐れるような顔をしていた人面カタツムリの表情が凍り付く。
アタルの目の前に表示された画面には、『ヤマイマイ』と書かれていた。
「……そうか、お前だったのか」
「ひっ!? たっ、助けてくれ! 助けてくれ-!!」
先ほどまでと打って変わって、必死な表情でアタルに助けを求める『ヤマイマイ』。
だが、その悲痛の叫びはアタルには響かなかった。
「さっきと違って随分と必死だな」
「お前たち、共生関係にあったんだな?」
共生関係とは、簡単に言ってしまえば利害の一致で共に生活する生き物たちの関係だ。大きく口を開けた動物の口の中を掃除する鳥の映像なんかが有名だろうか?
おそらくこの『ヤマイマイ』は『ヤマイマイカブリ』に身の安全を保障させるために人間をカタツムリに変化させて餌として献上していたのだろう。
今思えば腕が変化し始めたのはこの『ヤマイマイ』と会った後であったし、足元に縋り付いてきたのも『ヤマイマイカブリ』を援護するためだったのだろうとアタルは結論付ける。
体を上って来ていた『ヤマイマイ』を引き剥がし、地面に投げつける。
「助けてくれ! 助けてくれ-!!」
「悪いがもう時間がないんだ、『修復』」
『雨宿り』を修復して振り上げる。
そうしている間にアタルの身体のカタツムリ化はどんどん進行するが、もう遅い。
「……これでもう大丈夫か」
『雨野 中』
HP7/14 MP10/11
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』
状態 『川の主の寵愛』
ステータスを確認すると、『ヤマイマイの呪い』は消えていた。
腕や足、背中が徐々に元に戻っていく。
先ほどまで『ヤマイマイ』がいた場所には、小さな結晶だけが残っていた。
「これで助かった…… いや、まだか」
隣で大喜びしているルルの頭を撫でつつ、こちらに向かってくる『ヤマイマイカブリ』に目を向けるアタル。
やがて近づいてきた『ヤマイマイカブリ』は、先ほど戦ったものより明らかに大きい個体であった。
「……やるか?」
もう逃げられないと悟ったアタルは、身構える。
すると『ヤマイマイカブリ』はアタルの目の前で止まり、ボロボロにされた『ヤマイマイカブリ』を一瞥すると、なにか興味を失ったかのようにそのまま素通りして商店街から去っていった。
「……なんだったんだ?」
大きな『ヤマイマイカブリ』を見送ってから、先ほどの『ヤマイマイカブリ』がまだ生きていることに気が付き近づいていく。
「……悪いな」
無抵抗の相手に攻撃するのは気が引けたが、先ほどまで殺されそうになっていた相手だ。これ以上被害を出さないようにしっかりととどめをさせておく。
残された立派な顎と小さな結晶をポケットに入れ、周囲を見渡す。
「そうだ……」
そこでふと思いたったアタルは、積み上げられたカタツムリの殻の元へ向かう。
「『霊術:霊傘』」
どうにかこの山全体を覆えるようにできないかとイメージしながら『霊術:霊傘』を発動させると、いつもより多くMPを消費している感覚と共に、殻の山を覆えるほどに大きな傘が出現する。
「……どうか、安らかに」
その傘はふわりと浮いてカタツムリの殻の山にかかり、アタルは手を合わせてお祈りをする。
するとカタツムリの殻は淡く輝き半透明の人型となると、安らかな顔で天に昇っていった。
そのあとに残されたのは、大きな結晶と、一つのカタツムリの殻であった……
『雨野 中』
HP7/15 MP7/13
術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』
状態 『川の主の寵愛』
『蝸牛の盾』 耐久値5/5
カタツムリの殻の形をした盾。頑丈ながらも軽量で、雨の日はさらに頑丈になる。
腕に着けると引っ付き、腕の動きを阻害しない。さらには石を与えれば耐久値が回復する優れもの。
商店街に惹かれて訪れたお人好したちは、『ヤマイマイ』と契約して呪われ、カタツムリとなって『ヤマイマイカブリ』に食べられてしまった。
食べられた後もその魂は殻に閉じ込められ続けたが、自分たちをこのようにした元凶は討たれ、その魂は解放された。
これは救われた人々と、救われた商店街からのプレゼントである。




