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異界

「えっ、ど、どうしたんですか……?」


 困惑するアタルは、とりあえずルルから離れて背中に守る。なんとなく男性の逆鱗がルルに関係していると感じたからだ。


「……っ、……くっ、……」


 男は怒りの表情を浮かべながらも、必死に何かを考えるような仕草をしている。


 それは、何とか冷静さを保とうとしながら、言葉を選んでいるようにも見えた。


「……お前、他に仲間はいるか?」


「えっ、いませんけど……」


 男性の問いに、この場で消されるのではないかと感じて身構えるアタル。先ほど手も足も出なかったワニを一撃で倒した男性相手に勝つことはできないだろうが、せめてルルだけでも守ろうとしてるのだ。


 そのことを感じたのか男性の眉が不快そうに動く。そして再び何かを考えるような仕草をしてから口を開いた。


「……そいつの名前を知ってる人間は?」


「そいつって、ルルですか?」


「その『雨童』だ」


「……えっと、たぶん他に3人います」


「……くそっ、3人か」


 男は片手で頭を抱えながら思考に浸る。


 その様子に、何か嫌な予感を感じながらも男の言葉を待つアタル。


 そしてしばらく考えた後に、男は顔を上げた。


「……ここでは名前は重要な意味を持つ。むやみやたらに名前を付けるな」


「は、はい……」


 男の威圧感に気圧されるアタル。


 どうして名前を付けたらいけないのか聞きたいところだったが、どうにも聞ける雰囲気ではなかった。


「いいか、そいつを殺したくなければよく聞いておけ。お前はそいつの本質をよく見ておけ、余計なことは考えずにありのままのそいつを見ておけばいい」


「えっと、はい」


「……それと、そいつはなるべく人前に出すな。できることならこれからも一人で行動しろ」


「……はい」


 人数のカウントにルルが入っていないことが少し気に食わないアタルだったが、ルルのことを思っての忠告であるため素直に聞くことにする。


 出会ったばかりだが、目の前の彼はこの場所について良く知っているように思えた。


 そして、見た目に反して随分とこちらに親切な男性を見て、アタルは思わず気になることを聞くことにした。


「……あの、ここって何なんですか? 俺、気づいたらここにいて、なんか変なことはおこるし、見たことないような存在ばっかりいるし、ずっと雨が降ってるし」


「あの、たぶん貴方は色々と知ってますよね? 少なくとも俺よりは」


「だから……」


「口を閉じろ」


 男の短いながらも威圧感のある言葉に、思わず口を閉じてしまうアタル。


 そんな様子を見て男は、しばらくじっとアタルのことを見て、ようやく口を開く。


「いいか、この『異界』において情報とは武器であり、敵でもある」


「知れば引き寄せ、狙われる。好奇心は猫をも殺すぞ」


 男性の言葉にアタルは頷くことしたできなかった。


 男の言葉は端的だったが、意味はなんとなく分かった。


 つまり、ここでは色々な情報を知りすぎるのは危険ということだろう。


 そのことについて、アタルは少し思い当たることがあった。『濡れ羽鴉』や『濡れ犬』など、存在を知ってからよく見かけるようになった相手が思い浮かんだからだ。


 もしこの予想通りだと、確かにあまり情報を得るべきではないだろう。もしかしたら他にも落とし穴があるかもしれない。


「その、すいません。えっと……」


「名前は聞くな、何処で聞かれているかわからない」


「は、はい……」


 アタルは相手の名前を聞いていないことに気が付いてどうしようかと悩んでいると、男性はそのことに気が付いたうえで忠告してきた。


「呼びたければ好きに呼べ、俺もそうする」


「わ、わかりました…… えっと、おじさま?」


「……せめて、おじさんにしてくれ」


「あっ、すいません」


 男性の微妙の表情を見て、失敗したと反省する。なんとなくおじさんは失礼に感じたからおじさまにしたが、本人が望むならそれでよいだろう。


「さっきも言ったが、名前は重要な意味を持つ。本名は絶対に明かすな。どうしても名乗りたいなら偽名にしろ、一発で偽名とわかる名前だぞ」


「しかし名前忘れてしまうこともある、自分の名前が書いているものは必ず身に着けておけ」


「もしもの時に遺書も持っておいた方がいい。どこかで死んでも、誰かが家族に届けてくれるかもしれない」


「色々と言ったが、それだけは守っとけ」


 そうぶっきらぼうに言う男は、手に持っていた消火斧を腰のホルダーにしまった。


「『異界』から脱出したいんなら、ここじゃ無理だ。地下鉄へ行け」


「……えっ? は、はい!」


 唐突な男の言葉に、少し反応が遅れるアタル。しかしそんなことは気にせず男は言葉を続ける。


「どうせ一人でしか行動できないだろう、地下鉄なら今のお前でも少し鍛えれば『守護者』を倒して外に出られるはずだ」


「へっ、『守護者』?」


「……」


 男に睨まれ、慌てて口を手で隠すアタル。先ほど知りすぎるなと言われたばかりであることを思い出し、なるべく気を付けるよう心に決めた。


「行くべきは地下鉄だ。町の外に出ようとしたり、車に乗ったりしようとするなよ。わかったな?」


「は、はい、わかりました……」


 街の外に関しては心当たりがあった。河原の老人に橋を渡るなと忠告されたことがあったので、この男性のいうことの信ぴょう性が上がった。


「……ならいい、それじゃあ頑張れよ」


 もうこれ以上言うことはないとでもいうように、男はアタルたちに背を向けた。


「あっ、あの……!!」


 その背中を見て、アタルは思わず声をかける。どうしても伝えておきたかったことがあったからだ。


「怪我を治してくれたこととか、色々と教えてくださったこととか、ありがとうございました!」


 アタルの言葉に振り返った男は、頭を下げるアタルと手を振るルルを見て、ぶっきらぼうに手を振り返すのだった。






 『雨野 中』


 HP2/14 MP10/11


 術式 『霊術:霊傘』『霊術:雨乞い』


 状態 『川の主の寵愛』            


『異界』


 貴方はそのことについて知らないほうが良い


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