蓮池にいた君(別れの先に)
僕は一晩中泣いていた
泣いて、、
いつの間にか疲れ果てて
眠りについていた
気づくと早朝だった
空は少しずつ明るくなっていて
鳥のさえずりが聞こえる
僕は服も着替えず、昨日の格好のまま
家を飛び出した
縁側で祖父が新聞を読んでいた
祖父は僕を見ると一瞬驚いたが、
すぐに新聞に目を戻した
そして、、
後悔はするな、行ってこい
重く強くでもどこか暖かい言葉だった
じいちゃんありがとう、、
そう言い残し家を後にした
僕は無我夢中で昨日の道を走る
木や草で体を切り傷をつけながら走った
そして昨日迷ったあたりまできた
よし、もうそう遠くない
だが池のある開けた場所が見当たらない
おかしいそんなに遠くではないのに
焦っていた
もう会えないのか
またあの時みたいに僕は忘れてしまうのか
そしてずっと心に寂しさを抱えたままなのか
それは嫌だ
そして僕は静かに、しかし強くささやく
もう会えないのは嫌だ
また会いたい、、美蓮、、、、
するとあたりに霧が立ち込める
僕はまた気を失いそうだったが耐え
そして足を前に出す
一歩また一歩
しばらくすると霧が晴れた
目の前に蓮池があった
声がする
なんでまた来てしまったの
もう来ないでとあの時も昨日も言ったのに
なんであなたは来てしまうの
あの子の声だ
美蓮、思い出したんだ、
全部思い出したんだよ!!
そんなのありえない
お山の掟で決まってるの、
山の精霊は生きた人と関わってはいけない
もし関わりを持つと
その相手の記憶が消えてしまう
もう掟がやぶられないように
だから、ありえないの!!
でも僕は覚えてる
僕が初めて、蓮池の話を聞いて
1人で探検しに来た時に
眩い桃色の光を見たこと
そのあとで
君が冷たくあしらったこと
それでも諦めずに次の日も来て
しつこく日が暮れるまで喋りかけて
3日目でやっと口を聞いてくれたよね?
そしたら
私は死者をここに案内する精霊なの
あの光は死者をここへ導くためのもの
今を生きる人たちの所へお盆の間だけ
あなたたちの先祖を帰す
その役目を果たさなきゃいけない
だから、あなたとは関われないの
って教えてくれたよね
僕は言葉の意味も分かってなかったから
しつこく君、君って話しかけるもんだから、君じゃなくて美蓮って名前があるって精霊の君がうっかり名前を言っちゃたんだよね
美しい蓮って、そのままじゃんなんて言って笑ってたっけ
でもすごく綺麗な名前だって褒めたんだ
呆れた君はその日から一緒に遊んでくれた
池の魚を眺めて、ゆったり話して
池から出て山を一緒にかけたことも
あったし
それに、、、
と言いかけた所で彼女が僕に静かに泣きつく
分かったから、もう充分だよ、、
思い出してくれてありがとう、、、
美蓮がつづける
私はずっと覚えてたんだよ、君のこと
ずっとずっと覚えてた
君は思いだせなくても、私はずっと1人で
覚えてた、また会いたかった、
次のお盆の日も来てくれると思ってた、、
その次もまたその次も、、、
その言葉を聴いたとき
僕は自然と美蓮を抱きしめていた
涙が止まらなかった
ごめん、ずっと1人で覚えてて辛かったよね
ごめん、ごめん、、
でもずっとずっと
忘れないでいてくれてありがとう、、
覚えていてくれてありがとう、、、
お互いがさらに強く、
でも優しく抱きしめあう
美蓮の涙で服が滲んで暖かい
もう会えなくなる、
だから離れたくない
ずっとこうしてたい
でもダメなの
そう言って突然、美蓮が離れる
先祖たちがみんな天に帰ると私の役目も
終わる、そうすると私は消えちゃうの
この姿ではいられなくなる、
ただの花に戻ってしまうの!
僕は最初に見た夢を思い出した
美蓮が消えていってしまうこと
消えていってしまうのに
最後に微笑んでいたこと
咄嗟に僕は思った
伝えなきゃいけない
また後悔する
あの時と同じはもう嫌なんだ
あの時君に言えなかったこと
今伝える
僕と一緒に遊んでくれてありがとう
とても楽しかった
僕は忘れちゃってたけど
僕に思い出をくれてありがとう
僕のことを覚えていてくれてありがとう
そして僕は、、美蓮、、君のことが好きだ
私も
あなたのことを思わなかった
日はないわ
美蓮とまた抱きしめあう
もう君のこと忘れたりなんかしない、絶対に
絶対に忘れるもんか
無理だよ、、、
無理じゃない
書けるものには全部書いておく
日記にも、ノートにも
部屋中に貼り紙だってする
大きい字で美蓮って書いて
今の時代はすごいんだ
携帯でなんでもできるんだ
メモできるし、声も録音できるし、写真も
動画も撮れる、だからもう忘れたりなんかしない
美蓮は涙を浮かべながら満足げに
うんうん、とうなづいている
どこか寂しそうに
そして、
じゃあ、もう忘れないでね、!
そう笑顔を見せると
美蓮は静かに消えていった
蓮の花びらが散るようにはかなく静かに
その後どうやって家に帰ったか
もう分からなかった
その後何があったかも覚えてない
ただ想いを伝えられて後悔はなかった
後悔はなかったが、その日から
ずっと僕の心には美蓮がいる
彼女は目には見えないが
どこかで僕を見ててくれてる
そんな気がしていた、、、
だから、前を向いて生きようと
決心した
君にいつかもしまた会えた時、
元気な僕に会って欲しい
そしてあった時にお互いのことを
ちゃんと覚えていてまた
笑いあえると信じて、、、
あの出来事から数年経った
僕は大学に進学し
父の実家の近くの街の会社に就職した
仕事をしていると時間の流れが早い
あっという間に、僕は30歳を過ぎていた
僕は美蓮のことを忘れていない
あんなにいろんなところにメモしておいた
のにちゃんと覚えてるんだ、、、
美蓮は何年もこんな思いをしていたのか、、
あれから僕はお盆になるたびに
あの池の辺りへと足を運んだ
しかし、池は見つからず
とうとう会えないままでいた
今年もお盆の季節がやってくる
やる気も出ないまま仕事を済ませて
借りているアパートに帰る
白い雲が桃色に染まった
夕空を見上げて、呟く
美蓮、、会いたい
誰に会いたいんですか?
不意に後ろから声をかけられる
懐かしい、あの声だ
もういないあの子の声にそっくりだ
いよいよか、、
精神が追い込まれて
幻聴だと思い、そのまま歩き出す
おーい
ちょっと待ってって
忘れてないんでしょ?
誰に会いたいって??
もう幻聴でもなんでも
我慢できなかった
だから、美蓮にだよ!!!
そして振り返った先には、、、
っていう話があったんだよ
えーー、パパそれホントなの?
本当だよ、疑うんならママにも
聞いてみなよ
うーん、分かった
ママー、パパが言ってた話って本当?
うんホントだよ、それはね〜
妻の声が聞こえる
あの時と同じどこか懐かしいような、、
けれど、前よりずっと元気で明るい声だ
蓮池にいた君、、
今は僕のそばに、、、
fin