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10.理解できないことを伝えるコミュニケーション

本作では、コミュニケーションが、理解する/されるという側面とは異なる側面が前景化されることがある。

登場人物たちのコミュニケーションは、集約整理できない部分も持つ。このコミュニケーションは、コタタマが「俺を取り巻く人間関係は俺がログアウトしている間にもこく一刻と網を広げて化け物じみていく。そして、それは俺がログインしていようがお構いなしに俺を絡め取ってゆく」(ココナッツ野山, 2018年, 「奇跡の魔石」, 『ギスギスオンライン』,と述べるほどに理解不能な他者性に帰結する。


この種の合理的でないコミュニケーションを「弱さ」の一側面とすることは正しいだろうか。それはゴミたちを排除していくことに帰結しかねないのである。なぜなら、この「弱さ」をもっている程度に応じて、コミュニケーションに問題がある存在とされてしまうためであり、その問題を抱える者は合理的な対話の場にふさわしくない存在にしてしまう。あるいは、寄り添えない存在にされてしまうのである。それは、過去に「障がい者」たちが受けたものと同様の扱いであり、社会的排除と呼ぶべきものである。


コタタマは先生の言葉を引用しながら「オンラインゲームってのは天国を作る試みなんだ」(ココナッツ野山, 2019年, 「GW〜イケメンホスト集団の戦い〜」, 『ギスギスオンライン』, https://ncode.syosetu.com/n0776dq/390/)と述べる。しかし、理解を前提とするコミュニケーションでは、一定程度以上の他者性は排さざるを得ない。その意味で、民主的な手続きや寄り添いのみによって「天国」を作ることには限界がある。

民主的手続きは、天国に入れる者と入れない者を区別してしまい、寄り添い、社会を変えていくコミュニケーションは、支援するゴミを選別するコミュニケーションであるのだ。

このゴミたちは、コミュニケーションの別の側面、「理解し難さ」を指し示す側面を全景化させるのだ。


本作は「理解し難さ」を文体にも採用する。説明を大幅に省略し、ドライブをかけた一人称文体で構成されるこの文体を『シャングリラ・フロンティア』の作者硬梨菜は、「主観の怪物」と評する(硬梨菜, 2020年, https://twitter.com/BOSH_JP060/status/1285184716035907586)。

コタタマの認識の枠組みをそのまま書いたかのような書き方は、「内容を伝える」のではなく、行為遂行的に「理解し難さ」を読み手に差し出す。

この「主観の怪物」的文体は、コタタマの認識の枠組みに沿い、表層意識に忠実な書き方を徹底している。これによって、一人称は読み手が主人公を理解し、自己同一化する読み方が困難になる。なぜなら、他人の認識の枠組みには、自分には処理しきれず無意識へと抑圧したものが存在するからである。

もう少し詳しく説明する。無意識に抑圧されたものは、ただの語の羅列である。読み手は、コタタマの表層意識をそのまま差し出す文体に、その語られる内容の意味を捉えることができるものの、むしろ、自らが無意識へと抑圧したものを見せられてしまう。語られた言葉が行為遂行的に示している、語の羅列性に読み手は眩暈されるのである。もはや、ライトノベル詩とでも言って良い文体になっている。


本作の一人称はライトノベルによくある書法でありながらも、その一人称性を徹底することで、物語を理解させながらも言葉の理解の困難さに直面させる。そうして、文体は、作者と読者を、エンターテイメントというサービス提供の主体と客体という関係から解放するのである。

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