退屈だ(Je m'ennuie)
風は、葦を吹くために存在するわけではない。
自分が自分でないのを、他の誰かであったら、魔王であったら、勇者であったら、あるいは純粋にサイコパスであること、たとえ自分が人間でないモンスターになることを願ったことは、一度だけではない。
ブルティノー=ダンボワーズ駅は、ラ・シテと結ぶ路線以外に、あまり重視されていない駅だ。そこで働いたいている私にとって、汽車の煙を吸い続けることによって体を壊して早く死ぬのと、急いで乗り込むひとか、座ってひどく退屈した人かが捨てたゴミを拾うのと、無賃乗車したいやつをとめる以外に、仕事から癒されることは、あまり見当たらない。晴れる日にラングラード川を眺めるのは、大富豪から遺産をもらってデ・ラ・マーレで海沿いの別荘に住んでいる白昼夢の次に、自分を慰撫することだ。
たまに、二日酔いで無断欠勤したやつのかわりに、窓口業務をしている。いま、目の前にいるのは、翼の生える少女だ。大きいキャッスルに住んでいる、魔王の一族の子だそう。
学生証も提示してくれた。勿論本物だ。けど、苗字がくそ長い。いやいや、いくら落ちこぼれた貴族でも、あの学校に行く?貴族の反対者が立ち上げた学校が、貴族に嫌われるはず。けど、ここはブルティノーだ。魔族が人間の貴族に嫌われている。
「サン・ゴーティエ・マルゴトン駅までの1枚ください、あ、学生価格で」
偽札を手にしたことはある?手に入れたリンジー札の真偽を疑うよ。
「この札、なんか異常があるようです。憲兵に報告したいけど、お互いに時間短縮のため、別の札を頂けます?」
「あ、はい。」
目の前の少女が、小銭をたくさんだしてきた。大量の小銭を持ち歩く貴族なんて、使用人を雇う余力もないのか…
「少々お待ち」
事前に印刷されたきれいに切られた紙に、発着の駅を記入して、駅員でしかわからない記号で、学生切符と標記した。まるで小切手を書いているようだね。お金持ちはどんな買い物をしているのか?小切手を書いて、現金感覚で使っているのか?それとも、使用人に財布を出してもらうのか?わからない。お金持ちになる経験がないから。
彼女は立ち去った。後ろに、なんか重い物を持ち歩く男の人が付いていた。使用人ではないようだ。ラ・シテから来た出張の人か?そんなの、どうでもいい。彼女が列車に乗り込むことを、窓口から見送った。そこからなかなか乗客がこない。暇な私は、駅舎すぐの本屋で買ったきた本を読み始めた。私は肉体がこの世界に生きていて、心が他所に旅していた。彼女はおそらく私と、逆の立場だろう。




