89 無気力。
「いや、何で私にトゥトクさんから文が?」
「いやね、どうやら3人に同じ内容を出したらしいんだ、彼と君とルーにね。まぁ、読んでみてよ」
まぁ、ざっと言うと半ば惚気けなんですが。
早く分かり合いたい理由としては、お互いに傷が浅くて済むだろうから、と。
ちゃんと先生を慮りつつ、自分の事を守ろうとしての事で、私としては良い子だなと思うんですが。
ルーちゃんですよね、きっと何か揉めてのコレ、なんでしょうし。
だからこそですかね、私に援護射撃をさせる気で?
んー、だとしてもコレは少し、もう少し考えたいんですけど。
「暫く考えさせて下さい、と言うか議題にします」
「討論会か、良いね、よし開こう」
そう、全ての船員が延々忙しくしてるワケじゃないんですよね、海の船って特に。
予備の方は勿論居るし、しっかりと休養と楽しみが有ってこそ、だそうで。
うん、ココまで狙っての事なら凄い人ですねトゥトクさん、もう負けですよ負け。
私の負けです。
「はぁ」
「ん?やっぱり止めるかい?」
「私、先生の天才具合までが限界なんです。あまりに凌駕されると、凄く、どうでも良くなっちゃうんです」
前世からの悪癖なんですが、全く治らないんですよね。
何とか自らを引き上げてたのと、先生って意外と親しみ易かったので、今まで大丈夫だったんですが。
薔薇姫様の婚約者様とかもう、ちょっと脱力気味になっちゃうんですよね。
何か、多分、バカなりの防御反応だとは思うんですが。
「あぁ、討論会も何もかも僕か彼の策略か、と」
「はぃ」
「それは無いよ、少なくとも僕には。それに彼の方も、良くて補佐して貰えたら、その程度だと思うよ」
「まぁ、もうこうなってしまったら、どうでも良いんですけどね」
だって、天才の手に掛かったら、コッチが頑張って考えた事でも容易く手玉に取られるワケで。
そうなったらもう、無力じゃないですか、まさに生きる歯車や螺子か釘しか出来無い。
私達バカは、何て無力なんでしょう。
「本来なら、僕の息子のトゥトクからの手紙について討論しようと思ったんだけれど。今日は少し手前の、天才と無気力について話そうか」
「あの、趣旨がズレにズレてるんですが」
「ほら、この元気の無い金雉についてだ。僕は心当たりが有るけれど、君達はどうかな」
『では先ず私からでー』
「どうぞ、金絲雀君」
『世に言う婚前忧郁か、ウムト氏に何かされたか言われたか、なんですが』
「残念、僕は何もして無いよね?青燕」
『はい』
「しても言っても無いですね、はい」
『となると、遠因はウムト氏、ですかねぇ』
「うん、そうだね」
ウチの七男が同じ状態になった事が有るからね、うん、分かるよ。
どうしてなのか、それに解決策についても。
ただ、簡単に答えを教える事は子育てには悪影響。
先ずは自分で考えてから、だね。
《もしかして、先生に関わるのかしら》
「どうかな?」
「そうです」
『もしかして先生、襲われちゃいました?』
『それかケンカですかね?』
「襲われて無いです、ただケンカしたかもです」
「ただ、今回は少し手紙とは離れている案件なんだ。そうだね、君なら良い塩梅で問題の手掛かりを出せるんじゃないかな、雨泽」
『俺?』
「うん、君なら、だ」
『お題は無気力と天才、なんだし、天才について無気力なんじゃないの?』
うーん、答えを出されちゃったねぇ。
難しいなぁ、僕も天才の扱いは得意じゃないんだ。
「うん、正解しちゃったね」
『えっ、まんまじゃん』
《金雉、どうして無気力なのかしら?》
「だって、天才には何も歯が立たないじゃないですか。全部が浅知恵で、手玉に取られちゃう、人数で勝てない最強の武器ですよ?どうやったら勝てると思えます?」
自身と天才との力量差から生じる、無力感、脱力状態。
圧倒的な問題や力を前にしての、絶望にも似た状態。
コレは凄く厄介なんだよね、本当に自暴自棄になってしまうから厄介なんだ。
《勝たないといけない相手なのかしら?》
「もしかしてトゥトクさんがそうなのかも、と思って」
「そこは誤解だとして正させて貰うよ、僕は何も策を巡らせてはいないし、僕が知る限り彼はそこまでの子じゃない筈なんだけど。証を出すのは難しいからね、信じて貰うしか無いのだけれど」
《どう考えたのかしら?》
「最初は私に補佐して貰いたいのかな、と、でも内容は私も皆さんと良く考えるべきだと思って、それで議題にと」
「なら討論会だね、と。うん、どうやら僕が快諾した事が切欠らしい」
『あー、そこで全部が策略か、って、成程ね』
「しかも薔薇姫様の婚約者様も合流しますし、もう、私に出来る事って」
《何も常に絶対に敵対しなくてはいけないワケじゃないわよね?》
「そうなんですけど、もし、万が一を考えると」
「君達にもより分かり易く説明しよう、君達は小さな米粒、洗われる前の米粒で、けれど洗われる事は大嫌い。でも君達のいる場所は既に釜の中、目前には水が迫る。どうだろうか、圧倒的な力の前では無力さを感じないかい?」
《アナタ、天才を思うとそんな心持ちになってしまうのね?》
「先生は大丈夫なんですけど、怖いというか、脱力しちゃうんです。まるで駄々を捏ねる子供みたいに、考える事を駄々捏ねちゃって、考えるのが嫌になっちゃうんです」
「ウチの末っ子も同じでね、大変だったよ、元気だった子がすっかり気力を失ってね」
「それで、どう元気になったんですか?」
「簡単だよ、けれど今の君には少し難しいかな」
『あ』
うん、彼は明らかに神々の加護と能力が合わさった天才、なんだけど。
この子が脅威とは感じていない、つまり天才だと言う事だけが気掛かりじゃない。
《神々が居るじゃない》
『そうですよ、どんな悪徳天才でも、必ず神様が何とかしてくれますよ』
「そう、そうやって息子は気力を取り戻したのだけど、君はどうかな?」
「もし、神様も騙せる天才が居たら、とっくにこの世は無くなってますよね?」
「そうだね」
「でもでも、神様だって忙しい時も有るだろうし」
「そうした抜けも何とかするのが、神様なんじゃないかな?」
「だと良いんですけど」
「気掛かりなのは彼女の事も、だね。鶺鴒、君の身に起こった出来事について先ずは男として謝罪したい、それから父親としても、すまない。もしも僕の子がそんな事をしたと知ったら、僕が直接手を下す、君に納得して貰える様に最善を尽くす。それにだ、ありがとう、全ての男を嫌わないでくれて、君は寛大で優しい、必ず幸せになると僕が保証するよ。大丈夫、まさに大船に乗った様に安心して欲しい。そこらの男と違って、僕はこの商隊の長、言った事は決して違えないよ。因みにどうかな、商隊の男は真面目で優しいよ」
凄いわね本当、流石商隊の長だわ。
でも、花霞ちゃんも鶺鴒ちゃんも。
「凄いわね、でも、この子には引かれちゃってるわよ?」
「何か、やっぱり、愚民って結局は歯車や釘以下なんですよ」
「うーん、本当の愚民は奸計にすら気付かないとは、思わないんだね」
「先生はこの大きさですけど、ウムトさんとかトゥトクさんはこの位で。うん、先生は絶対に手加減してくれるから、この大きさでも安心なんです。でも他の天才は巨人です、巨木です、斧折樺も真っ青の何かです」
何だか、少し幼くなっちゃってるわね。
大きな出来事が続き過ぎて、整理しきれて無いのかしら。
《そうね、まだ信頼に足る何かを得られてはいないのだもの、そう脅威と思っても仕方無いわね》
『私達の代わりに心配して下さってるんですね』
『随分と先走りますねぇ、牙を向くならもう少し先では?』
『そこなんじゃね、先手先手ならもう既に手を回してんじゃないのか、じゃない?』
「うん、はい、そうです」
『ほら』
そうね、私ってどうにも男の考えが強いみたいね。
でも雨泽ちゃんは女の考えに沿い易い、もっと言うと女の考えに近いのかも知れない。
まぁ、だから何だと言うワケでも無いのだけれど。
私が花霞ちゃんに無手で寄り添うのは、得策じゃ無いって事よね。
「それで、鶺鴒ちゃんはどうなのかしら、商隊の男について」
首を捻るだけで、返事は曖昧。
真面目で無難な対応、こんなしっかりした子が惚れるダメ男って、大概は甘えた考えの持ち主なのだけれど。
本当、どうしたら良い相手とすんなり婚姻が成立するのかしら。
「僕と妻の馴れ初めかい?」
「えぇ、このままでは本題は少し難しいでしょうし、閑話休題、是非お願いしますわ」
「知り合いから勧められてからの、一目惚れだよ。いやもう家の前で商人の男と喧嘩していてね、何事かと尋ねたら商人の秤が壊れている、と。それで僕らの秤を持って来て確かめさせたのだけれど、確かに商人の秤が壊れていてね、どう分かったのかを尋ねたら手で大体の重さが分かるんだと言って、実際にも確かに良く分かる子で。けれどお礼を言ってさっさと帰ってしまってね、あっさりしていて尾を引かない、しかも媚びない所がもう堪らなくてね。その日に婚約を申し出たんだ」
凄い語るじゃん。
『凄い語るけど、凄いモテたんじゃない?その感じだとさ』
「あー、この年でもバレちゃうんだねぇ」
「是非そこもお願いしたいわ」
あぁ、成程ね。
鶺鴒に聞かせる為か。
「モテたよ、けれど下品な者にモテてね、でも全く嬉しく無い、だから勿論惹かれない者には決して会う事も無かったけれど。僕みたいにモテるしかっりした男はね、探しに行くにも出会うにも限られてしまうんだ、仕事は忙しいし人付き合いも必要になる。だから良く一人だったり、暇が多い子は、お勧めしないね」
『それ俺じゃん』
「いや君はまだ働きに出る時期じゃないだけだろう。ただね、そうした者から選ぶ事程、難しい事は無い。厳しい大人の目に晒されていない、選別がされていない、つまり玉石混交。けれどそう待っていると、あっと言う間に良い者から婚姻を果たしてしまう、なら選ぶにはどうすべきか」
『それさぁ、アイツらとも話し合ったけど、周りと徒党を組まれたら終わりじゃん?』
「だからこそ、だよ。だからこそ大人とも仲良くしておく、何も家族じゃなくても良い、信頼出来る大人達に頼る。ただ、選んだ責任が取れそうな大人に限る、それこそ僕や地区の顔役、それこそ四家でも良い。少なくともダメなヤツは教えてくれる筈だ、そうした者を排除して、良いのが居たら今度は近くの船頭だね。川の流れで聞こえないだろうと大声で話す者も居る、本来なら決して漏らさないけれど、情に弱い、君が少し相談するだけで殆どの船頭はどんなヤツかをポロっと言ってしまう。ただ一人で聞きに行ったらダメだよ、中には悪しき船頭も居るからね、涙脆い良い友人と行くのがお勧めだよ」
「それと、買い物先です、特に女物を買う場所でお年寄りだと尚良いです。私は勿論ベラベラ喋りますけど、近所のおばさんが教えてくれたんです、そうやって選ぶ方法も有るよって」
『けどさ、出稼ぎに来たヤツを見極めるって無理なワケ?』
「いや、出来るよ、ただどうしても僕らの様な繋がりが必要になる。そうした時にはどうするか、四家じゃないかな?」
「そうね、ぶっちゃけ、四家に連れて行っちゃえば良いのよ。知り合いが居るからって、そこで躊躇うのはダメね、それから飄々としてるのもダメ、程よく緊張してくれる子が理想的。そこでお世話になってます、って言えば誰かが対応する筈よ、で別々に聞くからそこで事情を話せば大丈夫、誰かが親戚のフリをして相手を試してくれるわ。けどね、見る目が凄く厳しいのよ、だから別れる覚悟をして来ないとダメなの。でも、本来なら後ろ盾の無い子には教えてる筈なのだけれど、そこから漏れちゃったみたいね、ごめんなさい」
あー、暁霧が四家だって知らないって事は、俺らも四家だとは思われて無いのか。
まぁ、そのままの方が良いだろ、緊張させるだけだろうし。
『まぁ、コレ、白家の者なんだけど。コレだもんなぁ、つか会った事が無いの?』
「幾ら私でもホイホイ顔を出さないわよ」
しかも白家での仕事は尚寝だって言うし、先ず顔を合わせる事は無いか。
『他は?』
西の白家の尚寝から始まって、次は北の墨家では尚食、東の藍家では尚服。
で最後はウチで尚功か。
「仕事のお誘いは無かったのかな?」
特に無かったらしい。
それこそ殆ど一人で回って、そう知り合いも作らずに家に帰って。
で、下手なのに引っ掛かって。
『四家巡り意味ねぇなぁ』
「本当だよねぇ、四家って言っても大勢を相手にするただの大きな家、取りこぼしは仕方無いとは思うけれど。どうなんだろうね、本分を忘れてるんじゃないかな」
「そうなのよ、本来は生きる術を教える為、女の子達に目を養って貰う為。だったりしたのだけれど、四家巡り後にこうなってしまったのは、私達の責任も有ると思ってるわ」
『もう平気そうなのとか受け入れんの、止めちゃえば良いじゃん』
「それだと変なのが行く場所ってなりません?」
「なら私達四家の者が気を付ければ良いだけ、なのだけれど。良いのよ、私に八つ当たりしても」
大人しい奴なんだけど、ちゃんと言うは言うんだよな。
謝罪も何も要らないから、自分の直すべき所を教えて欲しい、そして出来るならクソ野郎の不幸を無視して欲しいって。
『真面目なのがなぁ』
「いや私達と居る時は冗談を言ったり、楽しく過ごしてますよ?」
「まぁまぁ、そうよね、私達は男なんですもの」
「そうだね、ココは少し休憩して、次に本題に入ろうか」




