86 黒紙。
この世を壊したい。
虐げられ騙され、全てを失った男が三ツ辻で願掛けをした。
そうして降って来たのは、真っ黒な紙。
叶わないならば紙は手元に届かないか、こうした黒い紙が手元に届くらしい。
けれども男は既に考えていた。
白い液体で書けば、きっと誰かに伝わる筈だ、と。
そして男は白い液で字を書き、折り、空へ向けて飛ばした。
すると紙は風に乗り林へ、そうして森の奥深くへ、泉へ。
黒紙が泉に触れるかどうかで、今度は突風が巻き起こった。
目を開けていられない程の風に目を閉じ、再び開けると。
黒紙を持った天女が、泉の真ん中で佇んでいた。
そして男の手元には、天女の羽衣が。
『では、ココで問題です、この物語はどうなると思いますか?』
「兔子様、成程。私は知ってるので、皆さんで考えてみて下さいね」
三ツ辻のお呪い、うっかりしてました。
と言うかお呪いって、字の通り呪いと同じだから関わるなって先生が言ってて、その通りだと思ってすっかり頭から消えてたんですよね。
成程、単に呪うよりは三ツ辻の方がマシですもんね、と思い出した次第でして。
《そうね、その羽衣を天女に返すかどうか、だと思うのだけれど》
『はい、そうですね』
『成程ですねぇ、となると返さずに世を荒らし回るか、天女の手を借り荒らし回るか』
『惚れてしまいお返しして、幸せになって欲しいんですが』
『では金雉さん、お答えをどうぞ』
「皆さん、その通り、何と3通り有るんですその本」
『そうなんです。最初僕はどうして同じ本が3冊有るのか、と思ってたんですけど、厚さが少し違うので読み進めてみたら、惚れて衣を返すんじゃなくて天女と荒らし回ってて驚いたんですよね』
「その流れでしたか、私は最初、天女の手を借りる本で、次に返さず荒らし回ってたので、そのまま次もと読んだ口ですね」
《となると、天女に羽衣を返さず荒らし回った方は、少し不幸な終わり方なのね》
「はぃー」
『そうなんですよ、その本なんですが……』
知恵が回るのまでは良かったんですけど、すっかり優しさを失ってしまっていたので、主人公は暴れ回った後に激しい後悔に見舞われる目に次々と遭う事に。
果ては天女の手に下る事で、救済を得る、つまり死が救いになってしまう結末でして。
《それは後味が少し悪いわね》
『ですけど羽衣を返して一緒に荒らし回る方はマシですよ……』
コチラは打って変わって爽快。
羽衣を返す条件として、自分に助力する様に交渉した。
その賢さと優しさを天女が好いて、彼の復讐の為に助力するんですが、まぁ遠回し。
けれど男は天女を信じ、懸命に修練に励み、学と力とお金を得る事に。
そうして世直しを始めるんですが。
世をそう変えるには至らず、彼は落胆すると同時に、世の難しさを知る事に。
そんな時、すっかり惚れ込んだ天女がとある助言をします。
長く険しい道を共に歩むか、短くも苛烈に終えるか。
そして長く険しい道を歩む事を選んだ男は、自分と同じ様に困った者を救う仙人となり。
時に天女と共に困った者に手を差し伸べ、時に貧者となり悪を成敗する者、となった。
『じゃあ、惚れた方はどうなんですか?』
『コッチも面白かったですよ……』
コレが大人気なんですよねぇ。
一目で天女に惚れ込んだ男は、直ぐに羽衣を返した。
その根の優しさや真面目さに絆された天女は、お礼に復讐を諦めさせる、と。
それから仙界での甘々な歳月が過ぎ、とうとう子が出来た。
その子供が下界へ降り、父親の名で様々な悪を成敗し、男の名声と共に世が変わっていくんですが。
「嫌いじゃないんですけど、流石にちょっと他力本願過ぎて」
《そう、ならどれが最も好みなのかしら》
「やっぱり一緒に成敗する方が好きなんですけど、そう努力するのも私には無理そうなので、最もとなると選び難いですねぇ」
《なら、アナタならどんな物語になるのかしらね》
「んー、私なら、ですけど」
もし、花霞が復讐の為にと黒い紙を飛ばしたなら。
って、アレの考えはちょっと難しいからなぁ。
『途中までは羽衣で交渉するのと同じそうだけど』
『はい、正解です』
「けれどあの子でしょう、となると、途中で諦めるかも知れないわよね」
《理への理解が早いからね》
「となると、途中から仙界へと天女に連れ去られそうよね、自棄にもなりそうだもの」
『はい、本人も仰ってました、世を憂い過ぎて諦めてしまうかも知れない、と』
『そこで天女に世話になるかどうか、だよなぁ』
「見返りについても考えるでしょうし、その道は選ばなそうだけれど」
『そこで、そもそも天女の対応が変わるんじゃないかって』
『あー、色仕掛けになるかも知れないのか』
『そうなんですよ』
で、出た答えは。
交渉の最中、天女は花霞の頭の早さに気が付き、復讐以外の何かに目を向けさせるべきだとなった。
そこで先ずは地盤固め、良き権力者に身を寄せさせ、学や力を身に付けさせる。
そのまま金も得られる様になったので、更にそのまま家族を持たせる事にした。
そうして身を疎かにせぬ様にとさせた頃合いで、世の実に気が付くけど、自棄になる事も無く粛々と周りから変えていき。
その言い伝えは何代にも渡ったが、天女のお陰で真っ当に伝えられる事となった。
『って、物語としてはクソつまんないと思うんだけど』
『そこなんですよぉ、ご本人も言ってて、じゃあ次はコレだ、と金絲雀さんが……』
結婚の相手は四家。
既に貴族位を得ていた自分との婚姻としても申し分は無い、そして同じ意志を持った四家の者と婚姻を果たし、次々に世直しを始めた。
けれども復讐したい相手もまた、相応の手練れとなってて、議論は国を巻き込んでの諍いに。
そうして善行を積む者には幸運を、と謳う四家と、多少の悪行には目を瞑るべきだと謳う別の四家の諍いは激しさを増し。
中央と他の四家を緩衝地帯とし、民も巻き込んでの激しい論争にまで発展した。
その混乱を収めたのは天女。
本来なら反目し合う筈の無い両者の論を和合させる為、真に善行を積む者には幸運を、あまりの悪行に目を瞑る者には悪運が舞い込む様になった。
『流石じゃん、つかどうしてアレはこうならないかね』
「実直で目立つ事を嫌うからでしょうね」
《そうだね、こうなっては目立つと言う程度では収まらない。それで、例の女性はどうだったんだろうか》
『あ、はい、三ツ辻の噂をご存知無かったので、後は金雉さんがご説明なさって。先ずは一緒に下船した先で試してみる事に』
「あら、次って」
『珠海省ですね』
東の藍家は浙江省の杭州市、ウチは昆明なんだけど。
その合間が凄いデカくて特区が有るんだよね、台湾島に面する福建省と、南域の珠海省。
何も湖北省の黄岡市が中央じゃなくて、福建辺りを入れて五芒星にしたら丁度良いのに、とか思ってたんだよねぇ。
だって地図で見ると丁度良いんだよ、マジで。
『そこらが金、それこそ五家なら安定しそうだけど』
《その案は定期的に上げられるけれど、特区の者達が反対しているんだよ、そうなれば結局は新たな中央政権を生み出しかねない。とね》
「そうねぇ、それにもし仮に金を司る家を置いても、結局は中心に有るのは中央だもの。もう少し世が進めば叶うかも知れないけれど、まだまだ、未だに端々にまで目が届かない以上、無闇に家を増やすのは混乱を招きそうだものね」
『つかホイホイ四家に組み込めんの?』
《元は村を代表者する者として四家が立場を与えられたに過ぎない、そうして村から町、街となり都となった。新たな都を擁立するのは容易い、けれども名実共にとなるとね、必ず摩擦や諍いは起きてしまう》
『へー、史実なんだ』
《僕の家ではね》
『なら何で特区の間に広東省の掲陽市が有んの?』
《其々の特区は個別の者が取り仕切っている、だからこその緩衝地帯でもあるらしい。そして中央まで川を繋げる限界、だそうだ、掲陽市と中央を繋ぐ川は一部人の手で開墾されての事らしい》
『ウチで言われてる事とも同じなのが不思議、少し違っても良い気がしない?』
「それだけ重要な事だから、でしょう、ウチも同じよ」
《俺の家も。それだけ人々が亡くなり、怪我を負ったからだ、と》
《そうだね、悪く言う者は人柱を立てたと言うけれど、何も彼らを犠牲にして作る前提では無かった。犠牲無しに行おうとしても、大きな物事程、不測の事態と大きな損害が出てしまう事がある》
「だからこそ歴史は大事だし、易だって大事、勘って侮れないのよね本当」
『勘無さそう』
「言われなくても分かってるわよ、私って鈍感だから莫迦みたいに引っ掛かったんですもの」
《そう勘すら惑わすのが詐欺師だけれどね》
『騙されてみたくは無いけど、会ってみたいよなぁ』
『もしかしたら、なんですけど、あの女性って詐欺に遭ったとかは無いですかね?』
《そう思いたいのは分かるけれど、多分、違うだろうね》
「そうね、私の鈍い勘でもそう思うけれど、一応は調べてみても良いかも知れないわね」
『あー、マジで詐欺師なら詐欺って疑われない程度で引くだろうし、かもなぁ』
『と言うかもう詐欺師って事にしちゃいましょうよ、不誠実が過ぎますよ、箪笥の角で小指をぶつけて捥げちゃえば良いんですよ』
『クソ痛そう』
『そうやって永遠に蹲ったまま石化して貰えたら、もう誰も嫌な思いをしないで済むんですし』
《兔子、君を信じないワケでは無いけれど、片方だけの言葉を鵜呑みにしてはいけないよ》
『それなー、もしかしたら詐欺師は女の方で、全部が作り話かもだし』
『なら嫌な目に遭った人は居ないって事で良いんですけどね』
甘いなぁ、兔子。
「甘いわねぇ、兔子ちゃん」
『何処がですかね?』
「相談女って、居るのよ、聞いた事は有る?」
『はい、翠鳥や薔薇姫からお伺いしましたけど、あの女性がそうかも知れないって事ですか?』
《そうだね、僕らは会ってはいないし、今は船上で実を調べるのは少し難しいからね》
『僕は翠鳥のモノだとハッキリと伝えてありますし、そんな素振りも無かったですよ?』
「それはアンタが好みじゃないか、守りが固いと見て手を出さないだけ、かも知れないわよ?」
『そうご心配でしたら、次は包子さんと暁兄さんで行ってみたら如何ですか?』
「あら良い案ねぇ」
『それを引き出す為にさぁ、言わせた様なもんじゃんか』
『あー、策に嵌っちゃいましたね僕。頑張って下さいね、楽しみにしてます』
暇って害悪なのよねぇ。
だからちょっと、面白い事になればと思っただけ、なのだけれど。
「凄いんですよぉ、お湯が作れる手の持ち主なんですよぉ」
珍しい法術が使える子で、また本当、根が良さそうなご尊顔なのがまた。
つい、私は同情しがちなのだけれど。
『それ触ったら火傷しないの?』
「それが不思議なんですよ、お水を温めてる時に触ってもただ温かいだけで、でもお湯になるまでが長くなるので、無意識に制御してらっしゃるみたいなんですよ、ね?」
そう話し好きと言うより、どちらかと言えばはにかみ屋さんで。
ダメね、疑えないわ。
「ありがちな事を言わせて貰うけれど、ご自分が幸福に恵まれるのが復讐になる、のは」
「無理ですよねぇ、それはそれ、コレはコレ、なんですし」
「分かるわぁ、凄く良く分かるの、でも自分を疎かにして良い理由にはならないわよ?」
「でも他人から大事にされないのに、自分が自分を大事にって、逆に出来ます?」
あら、花霞ちゃんがすっかり代弁者になっちゃってて。
コレはコレで、面白いかも知れないわね。
「それこそ、それはそれ、コレはコレ。そうやって自分を大事にしない子だってバレてたからこそ、相手にも舐められたんじゃないかしら」
あら、ドンピシャに当たっちゃったわ。
嫌だわ、少し外すつもりだったのに。
「分かってても受け入れて貰えたと思ったからこそ、ですよね」
「ごめんなさいね、世には酷い者が居るって私も知ってるわ、けれどね、だからこそなのよ。弱い餌と思われない様に」
『そうやって頑張ってたのにクソに引っ掛かったから嫌なんでしょ』
あぁ、日頃は気丈に振る舞う子なのね。
「そう、それだけの思いを無碍にした方なのね」
「ご自分の間違いを探しても、直そうと思っても、でもやっぱり許せないって思いが強く残って当然だと思うんですよ。真摯に相対したのに無碍にされて、それが大して好いて無いからって理由だなんて、じゃあ途中で言えば良かったいじゃないですか。なのにそんな事もせずに、相手が文句を言ったら不満を並べ返して、果ては別れを切り出す。それで便利に扱われたと思わない方が、無理じゃないですか?」
『そう言うヤツってさ、どんなに尽くしても無駄なんだよね。相手が勝手にした事、コッチには悪い事なんか何も無い、って思うみたいよ。馴染みの店に行ったら茶が出て、それこそ行く度に菓子も出て、けどいざ買えってなったら小さな物を買うだけ。で店が不満を言えば器が小さいだ、じゃあ茶を出すな菓子を出すなって反論する、そうどっかで横柄で開き直ってる阿呆なんだよ』
「あぁ、聞きます聞きます、それか、成程」
『で他の店にバレなきゃ良いだろって、なんなら前の店の事は悪く言えば良い、そうやって小狡さの自覚も無しに生きてんだよ。それに、どうせコレからもそう生きるんだろうから、縁が切れた事だけは、甘んじて受け入れても良いんじゃないの』
すっかりお株を奪われちゃったわね。
「そう、そこは分かってくれて安心なのだけれど」
『三ツ辻の噂に賭けて、それでも叶わなかったらどうすんの?』
「そこも話し合ったんですけど……」
だとしても、呪う為に彼の故郷から自分の実家までの道のりを行脚する、だなんて。
「アナタ自身、何処かで整理される事を願っての事だとは思うわ。けれど歳月って大事なの、あっと言う間に過ぎてしまうし、無理をすれば後になって出て来るわ」
『でも今苦しいんだし、それが何とかならないと動けないんじゃないの』
「そうなんですよ、痛いから唸ってるのと同じ、大人しく澄ましてなんていられないですよね」
分かるわ、分かるの。
凄く分かるのだけれど。
『俺らに同行したら良い案を出してやるよ、侍女として付き添えば駄賃も出すし』
それこそ詐欺師や相談女なら、ココで乗るのだけれど。
いえ、最初は断って、それから。
「私達も言ってみたんですけど、どうしても暗くなってしまうので、と」
あぁ、不憫だわ。
若さ故に変な男に引っ掛かって、更に落ちる。
良く有るのよ、本当。
『四家巡りはした?』
「その帰りに地元で出会った方だそうです」
『地元は何処よ』
「浙江省の杭州寄りの紹興市だそうで、彼の地元は広東省の湛江市だそうです」
あら、ギリギリ東南の四家の範囲ね。
「なら知り合いに調べさせてあげるわよ、どうせ寄る道なのだし」
『だな、ガチの詐欺師かも知れないんだし』
「えっ?でもお金は渡してはいないそうですよ?」
『詐欺師だってメシは食うし眠るじゃん?そうやって拠点用の女、金を貰う女って分けてるっぽいよ』
「でも、その人は他に居なさそうだったって」
「なら、散々貢いで貰って、少しほとぼりが冷めるまでの合間、だったのかも知れないわね」
『けど、最悪はマジで詐欺でも何でも無い場合だよなぁ』
「クソが居るのは私も分かってはいますけど、でも、自分も何か悪かったんじゃないかって思うのも、分かるんです」
「それこそ、無自覚な悪人の餌食になってどうするのよ。騙して信じ込ませるのが悪人、詐欺師の手口よ、しかも罪にはならないからって道徳に反する行いを平然とする様な者だって同罪よ。例え罪無き者でも、あの世でも無罪とは限らないわ、そうした悪人の、何処が気に入ったの?」
あら、一目惚れだなんてね。
そりゃ自分を嫌になるのも分かるわ、私も目を抉り出したくなったもの。。
『その先だよなぁ、それは表面なワケでしょ、どっか裏の良い部分を見抜いてたかもじゃん』
「あらアンタ良い事言うわね」
「私が思うに、もし、もしですよ、もし一途となれば真っ直ぐな方、とか」
「まぁ性根と情愛は別物だって言うけれど、私は疑ってるわ、結局は便利に使えると踏んで受け入れたのが大きいでしょうし」
『あー、誰にも分け隔てなかった、とか』
あー、大きく頷いちゃって。
でも、コレは詐欺師かどうか怪しい所ね。
「残念だけれど、誰にも無関心だからこそ、分け隔て無い者も居るのよ。アナタとは真反対、どうでも良いから分け隔てる事も無いの」
『なら勘違いした所は確かに少し悪いだろうけどさ、他は特に無いんじゃないの?』
「でも結局はどんな方か会わないと言い切れませんよね」
真面目ねぇ。
『じゃあ三ツ辻の噂でどうなるか、で何も無かったら俺らの知り合いに探らせてみる』
「もし詐欺師じゃなかったら、そこからまた考える、のは」
「そうね、そうしましょう?」
素直で良い子で真面目。
なのに、本当、神様仏様は何をなさってるのかしら。




