無花果。
《あら枇杷ちゃん、月経休みは良いの?》
「はいー、軽いので助かってます」
薔薇は重め、小李子は普通らしく、もう1日有れば復帰出来るそうで。
重なるんですよねぇ、集団で過ごしてますから。
運命の番とか信じて無かったんですけど、ココまで皆が似た時期になると。
フェロモン出てる説を信じざるおえません。
《女官長さんも次長さんも各部門に出払っちゃってるんだけど、無理しては、無いかい?》
「ないですないです、無理した方が却ってご迷惑を掛けると分かってますので」
《そうかい、じゃあ頼むよ》
「はいー」
病気では無いんですけど、こうなると最早集団感染。
なので人手不足がエグい。
外部、宮の外からも人は呼ぶんですけど。
それでも大所帯ですし、清宮省は外部には任せられませんし。
《あら、あらあら、成程ね、それは良い案だわ》
「ウチの職人さんが忙しい時にこうしてたんですよぉ」
《成程ねぇ、私らのも頼めるかい?》
「はいー」
糸を通しておくだけなんですけどね、意外と作業の手が止まるから通して刺しておくんですよ。
で、糸は切らないで放置。
好きな長さだとか扱い易さが人によって違いますから。
アレですかね、前世無双じゃなくて今世無双。
『コッチもお願-い』
「はいー」
でも無双出来る気がしない。
お姉様方の手が早いのなんの、繕い物マシーンですよ、最早。
『ありがとうね』
「いえいえ」
《うん、有給多めにって言っといてやるよ》
「ありがとうございます」
ココ、有給有るんですよ。
事前申請式ですし、先着順だから完全に好きに休めるってワケでは無いんですけど。
有るんです。
《あ、思い出した、ちょっと若様の寝具替えに行ってくれないかい?》
「はい?良いんですか?」
《付き添いが居るから大丈夫だけど、男が怖いなら他に代わらせるよ?》
「あ、店番にも出てるので怖くはないので大丈夫ですけど、誰か行きたい人って居ます?」
あら、流石に皆さん飽きちゃってますか。
四の宮様のお姿を見るの。
《ふふふ、さ、お願いね》
「はーい」
移る病気持ちでは無いけれど、虚弱体質だそうで。
体調の良い日に、お布団から出てる時に寝具類を入れ替える。
アレ、喘息かな、と。
《枇杷》
「春、映日果さん」
《長いから映で良いですよ、四の宮様の寝具替えですね》
「はい、映さんは大丈夫なんですか?月経」
あ、宦官なんだった。
しまった。
《軽いですし、他とは時期が違うので》
「あー、そっかそっか」
流石、密偵宦官さん。
アレから色々と考えたんですけど、もしかしたら邪教・天照女媧教団の事を追い掛けているのかも知れない、と。
小鈴や葉赫那拉様から邪教の噂を聞いて、更に確信を深めたんですよね。
もしかしたら私達の中に女尊男卑教団の信者か関係者が居て、こうして追い掛けて来たのでは、と。
そして私が心配しているのは、私が信者かもと疑われているのでは、と。
確かに中央は様々な情報が集まりますけど、外縁、国の外側の事は全然伝わって来ないんですよね。
私だからこそ、なのかも知れませんが。
《この前も悩んでましたけど、何か》
どう、言おう。
「どうして、こんなに私の事を心配して下さるのかな、と」
不味い。
彼女に悪い所は1つも無い。
それこそ朱家にも今の所は、悪い部分は見受けられない。
だからこそ、過度に心配するのは却って失礼。
《実は、少し、調べたい事が有りまして》
「やっぱり」
《やっぱり?》
「あ、いえ、映さんの調べたい事とは違うかもなんですけど、もしかしたら、そうなのかな、と」
《もしかしたら同じかも知れないですよ、どうぞ》
「邪教の事かな、と」
《邪教》
「あの女尊男卑で有名な邪教、天照女媧教団の事かな、と」
《何か心当たりでも?》
「いえ、何も無いんですけど、東には情報が少なそうかな、と。主に西や北、安多地区に本拠地が有るそうですから、何か有って情報収集をしてらっしゃるのかな、と」
成程、コレは使えるかも知れない。
《成程》
「すみません、聞くべきでは無かったかとは思うんですけど、私の何がいけないのかなと。あ、こうした浮ついた部分ですかね?妖精だとか言っちゃったから、でもアレは本当に、春、映さんかもとは思いましたからね?」
俺かも知れないとは、思ってはくれたんだ。
嬉しい。
可愛い。
《実は、そうなのかもですね》
「成程、コレ以上は聞かないでおきますね、良かっ。誰か疑わしき人が居るなら良くないですよね、すみません」
思慮深いし優しい。
気配りや配慮は繊細だけれど、相手に気遣わせない、気負わせない上手いやり方を熟知している。
もう、全てが良く見える、良く思える。
全てが可愛い、愛おしい。
《いえ、意外と大した事を調べて無いかも知れませんよ》
「ぅう、ですよね、もう気にしない様にします」
それはそれで少し寂しい。
《もし、何か有れば、頼むかも知れません》
「あ、はい、お任せを」
《それと、報告は聞きましたか?例の彼女の事》
「軽くは、尚食に来たと友人が言ってて、処分に不満も何も無いので大丈夫です」
《なら良かった》
例の女は尚食へ。
花霞の知り合い葉赫那拉や他の者に監視されつつ、不慣れな野菜剥きだけ、しかさせて貰ってはいない。
忙しくて気が立っていたからだ、と言い訳をした結果。
どんなに手が空いていても、どんなに周りが忙しそうにしていても、決して他の仕事は任せて貰えない。
部屋も静かな離れた場所へ、実質隔離だが、それで本当に落ち着く者も居るので虐げる為では無い。
悪い言葉を吐き出させない様に管理するのも、雇い統治する者の義務。
多分、ウチでも同じ事をするだろう。
ただ、本当に問題なのはコイツだ。
朱家四男、雨泽、何を考えて花霞を呼び付けたのか。
「あ、ココですかね?」
《ですね》
ココで1つ、花霞が口にした安多地区、ですが。
ボン教とラマ教を国教とするプーリー教国、テュルク共和国、モンゴル共和国、そしてこの四家彩国に囲まれた地区。
謂わば永世中立国であり、緩衝地帯でも御座います。
因みにロシア自治区に面するのは、東から文洲国、モンゴル共和国、嚈噠共和国となっており。
東域以海には、当時では扶桑国と呼ばれる、日の出国が存在しておりますが。
それはまた、別のお話で。
「失礼しまーす、雨泽様のお部屋で御座いましょうか」
『あぁ、そうだよ、寝具の交換かな』
「はい。ですけど、もう少し後にしますか?」
『いや、今で大丈夫だよ』
「動けます?」
『今日は何とか窓辺に座れてはいるけれど、コレ以上動くのは厳しいかな』
「でも埃が舞って苦しくなるかもなので、椅子や机を動かしますよ」
『ぁあ、うん、すまないね』
「すみませんね映さん、お願いします」
《いえ》
観察しようと思ってたのに。
まさか追い出されるとは。
「後は私が済ませるので、映さんは若様のお相手をお願い出来ますか?」
《はい》
藍家四男、春蕾。
手伝いに来た、とか言って偶に俺の相手もしてくれてたけど。
何してんだコイツ。
「では、手早く済ませますので、後で確認をお願いしますね」
《はい》
『なぁ春、何してんの』
あ、コイツ無視する気か。
成程、咳き込んだろ。
《やめて下さい、健康そのものですよね、雨泽様》
『バラしたらバラす』
《花婿修業、に》
『は?でそんな格好までしちゃう?』
《似合いませんかね》
『いや似合、いやそこじゃな、何、昨日まで男の姿でココで話してたじゃん?詳しく言わないと今直ぐに全てバラすよ?』
《俺の為、です》
『その格好で俺は頭がちょっとおかしくなりそうなんだけど』
《俺のせいで性癖が捻じ曲がったとしても責任は取りませんよ、俺は女しか相手は無理ですから》
『えっ、何、あの子?』
あ、また無視しようとすんの。
「大丈夫ですかー!」
《大丈夫ですよ、少しアナタの事を話していただけですから》
「後でお相手しますから落ち着いて下さいとお伝え下さいー」
《はい》
あ、凄い睨むじゃん。
『ちょっと毛色が違うだけで、しかも俺と同じ位の身長とか可愛く無い、俺は小さくて可愛いお淑やかで物静かな子が良いの。つまり好みじゃ無い、だからちゃんと教えろ』
半分嘘。
遠くから見るだけだし、どれも同じに見えるんだよな、ぶっちゃけ。
《本当か》
『つかウチの使用人になるかもなのに手を出すワケ無いじゃん、なら外で政略結婚した方が得じゃないか?』
《お前、好み、無いだろ》
あら、何でバレた。
『あー、いや、だって全部同じに見えるじゃん?お仕着せも全部一緒だし、そんな関わんないし』
宮の外では関わるけど、それも同じ感じだし。
うん、好みとか分かんない。
《そうですか》
『えー、良い所を少しは漏らしてくれても良いじゃん?』
《俺も好みは無かった、けれど、多分、一目惚れを、した》
『あー、自覚が遅い性質だもんね、けど俺がこうだし、信用してくれても良いじゃん?』
性悪説を信じる朱家、ですがココで1つ、性悪説と性善説についてざっと述べさせて頂きます。
要は、良心が有るかどうか。
生まれながらの共感能力や良心の有無について、両者は共通課題としております。
性善説は生まれながらにして共感能力や良心が有る、とする説。
性悪説は教育してこそ共感能力や良心が育つ、とする説なのですが。
悪を喜ぶ者、とは別に、悪も善も喜ばず罪悪感すら持たない者を近現代では何と言うか。
そうです、サイコパス気質で御座いますね。
《ハッキリ言って、信用ならない》
『えー』
《性悪説は悪を喜ぶ者の事だけ、を語っているワケでは無いだろ》
『例えば?』
《全てが等しい、善も悪も、親も他人も平等に扱う事が出来る者。無差別者、無縁法界者、君がどうかは分からないが。礼節や礼儀を極端に重んじれは、果てはそうした者になるだろう》
礼儀礼節から逸脱はしていない、そうするべき理由が有るからと、人を謀っているにも関わらず罪悪感を見せない。
稀有でありながら神話上の多くの皇帝が持っていたとされる、統治の資質。
だが、実際には統治者には不向き。
人々はあまりに異なるモノには畏怖し、心に寄り添えないと分かれば、果ては離れてしまうのだから。
『俺、何かしちゃいましたかね?』
《体が弱いと》
「終わりましたー、けどまだ埃りが舞ってるかもなので。お茶を頼んできますね、何かご希望は御座いますか?」
『いや、何でも、君の好きな茶葉で良いよ、ありがとう』
「はい、ありがとうございます、では行ってまいりますね」
『気が利く良い子だとは思う、でもあの外見は目立ち過ぎる。間違っても西から浚って来たと思われるのは損だし、君と争う気も無い、四家の人間なら当たり前に思う事じゃない?』
《利を多く見い出したら手を出すのだろう》
『そこまで利が多く有る子なんだ』
《いや》
『なら藍家じゃなくて君の為なんだ、本当に』
《あぁ》
実に興味深いよね。
『稀有さに惹かれる低能だとは知らなかったなぁ』
あぁ、煽られてはくれないか。
流石藍家。
《好きに思ってくれて構わない》
『仮にだよ、無事に四家巡りを終わらせた後、どうすんの?』
流石に素顔を見せたらバレるでしょう、現に俺にバレてるんだし。
あれ。
《そこは》
『えっ、何、見切り発進しちゃったの?』
《いや、そこは、偶々》
違う意味で流石藍家だな。
現当主の兄様は本当に楽天家で、華やかな事が大好きで人懐っこい。
礼節や礼儀を重んじつつも自分を認めてくれたからこそ、お嫁様を好きになった、と。
表の朱家の性質らしい当主。
けど俺はまぁ、楽天家と言うか、利己的だとは自分でも思う。
ただ陰陽と同じ様に、全ての性質には裏表が有る、その裏側を俺が持ってるだけだとも思う。
藍家やウチは五行と同じく雷や火、行動力や実行速度が他と比べて早い、良いと思えば突き進む。
だが裏を返せば、興味が無い者にはとことん無関心、だからこそ平等だと傍からは見える。
そして対となる白家や墨家は、天や沢、水、一朝一夕でなされるモノでは無い。
相手を知れば知る程に好きになるのが白家と墨家の性質、陰に分類される家の特徴でも有る。
だからこそ、俺が一目惚れをしなかった時点で信用して欲しいんだけどなぁ。
『じゃあさぁ、惚れたかもと思ったら手を引く、それで良い?』
《それが出来たら俺は苦労していなんだが》
『あー、けどさ、格好つけるからじゃない?さっさと娶れば良いじゃん』
《俺の、男の俺の噂にも、会う事にも全く興味がなかったのに、無理だ》
『あー、じゃあさ、ココで少しでも会える様に協力するから、それなら信用してくれる?』
《君に利が無いだろう》
『俺の性質も含めて黙ってて欲しいから、もう家族は分かってるかもだけど、あまり悩ませたくは無いんだ。別に俺は困って無いから、心を痛められて悩まれても困る』
誰の目を誤魔化すにしても、他者の信用が最も重要になる。
善人だ、と。
害する気は無いんだけど、困らせるかも知れない、だからこうして引き籠ってる。
そして友人に漢方を横流しして、利害からも関係を強化してる。
だからこそ藍家の信用は欲しい。
《君は、将来はどうするつもりなんだ?》
『あぁ、そこからか』
「お待たせしましたー、はい、麦茶なんですけど大丈夫ですか?」
『あぁ、うん、大丈夫だよ』
「そしてお煎餅と梨、ふふふ、頂いて来てしまいました」
《扶桑国のお菓子ですね》
「そうなんですよぉ、コッチの醤と違ってしょっぱい、しょっぱいけど美味しい、んですけど、嫌いだって方誰か居ます?」
《いえ》
『ありがとう、ご苦労様』
「いえいえ、あ、拭き掃除を終えたら私も頂きますので、お好きなだけ食べてて下さい、後で追加であげるって言って貰えたので」
『いや、そこまでは、休んでからで』
「いえいえ、お体の為ですし、直ぐに済ませますから」
《優しいんだ、彼女は、だから君に関わらせたく無い》
汗をかくのを嫌がる者が多いのに、恥ずかしがる事も無く。
俺の為に。