84 倫教糕。
「どうです?」
『美味しいです、ありがとうございます』
ルーちゃんが悩んでいるので少し揉めるかも、と先生に言われ、覚悟して道教院に来たんですけど。
凄い嬉しそうに食べてるだけ、で。
それこそルーちゃんのお師匠さんまで食べるって、何コレ。
《本当に、どれも良い味ですね》
「ありがとうございます道士様。でもお肉って、良いんですか?」
《斎醮道を行うと決まっている場合、前後3日間だけ、ですね。そう野菜だけでは却って寿命が縮んでしまいますし、子供の為にはなりませんからね》
「つまり、この献立で大丈夫なんですね?」
《はい、実に良い塩梅ですね》
『はい』
「良かった」
茶碗蒸しと肉じゃがとチゲ鍋。
ごちゃごちゃしてるんですけど、まぁ、どれも味が違うからですかね。
って言うかコレ和食かって言うと、違うとは思うんですが。
まぁ、喜んでるので。
《因みに甘味は》
「あ、山羊の乳入り倫教糕です」
要はお米の蒸しパン、なんですけど。
《それはそれは、お手間を掛けて頂いて、ありがとうございます》
「いえいえ、米粉を使ったので大丈夫ですよ」
ガチな所はお米を水に漬けてから磨り潰すんだそうで、ミルク入りって珍しいんですよね、中央だとそこまで新鮮な物が手に入らないので。
で、ウチは少しどぶろくを入れて発酵させて、蒸すだけ。
あ、大丈夫ですかね、お酒。
《楽しみですねぇ》
「あ、お酒を使ってるんですが大丈夫ですか?」
《蒸されて酒精が飛んでらっしゃるなら》
「あ、そうです、発酵させる為に少し使っただけで、しっかり蒸してますから」
《成程、そうした作り方も有るんですね》
「本格的に作る方にしてみたら凄い手抜きなんですけど、コッチの方が滑らかで私は好きなんですよ、是非食べてみて下さい」
《はい、ありがとうございます》
にしても良く食べますね、ルーちゃん。
「あの、起き抜けなのに良く食べるんですね?無理してません?」
『あ、すみません、美味しくて』
「どれが気に入りました?」
『全部です、どれも美味しいですね』
出汁、強い。
やっぱり出汁って万能なんですね、凄い。
「お肉が大丈夫そうなので、今度はお肉盛り盛りのお料理も出しますね」
『はい』
次は生姜焼きですね。
「では」
《いえいえ、直ぐに食器を戻しますから、ごゆっくりなさっていて下さい》
「あ、はい、ありがとうございます」
『庭に、行きましょうか』
「あ、はい」
花霞に限らず女性には必ず付き添いが付く、けれど僕らの会話を聞かれるワケにはいかない。
なら、付き添いから見える場所で話し合うしか無く。
『すみません、いつも日暮れで』
「いえ、けど良く成長出来ましたね?」
『ずっとでは無いですから』
「あぁ、そっか」
『それで、先生の事なんですが、花霞はどう思ってるんでしょうか』
「そもそも1人はいつか寂しくなるかも知れない、そう思っての事だったんですけど、お節介だったかもと思ってます」
『それは僕も心配してたので』
「でも、先生って1人で何とか生きられそうだな、とも思うんですよね。それに好意を知るって事は、逆に嫌な事を知る事にも繋がる、だから本当に良いのかな、と」
『好意に嫌な思い出が?』
「と言うか心変わりが心配なんです、両親は好き合って結婚した筈なのに、すっかり不仲で。それこそ離婚って珍しくないですけど、不仲なのに離婚しない家も沢山有って。幾ら好きでも結婚したら、お付き合いしたら、結局はいつか嫌になるんじゃないのかな、と、思って」
『僕の家は離婚して、再婚してます』
「なら」
『彼は僕が目当てだったのに、母は全く気付かなかったんです』
正直に言うつもりは無かった。
けど、僕も立場は同じだけど違う、信じていると伝えたかった。
「あの、そうした方と会うのは初めてなので、何か気を損ねる事を言うかも知れません、だから先に」
『男色家については、僕に被害が無ければ何でも良い。けど、嫌なんです、先生が男色家になるのが、納得いかないんです』
「私も、ですけどそれって私達の我儘だと思うんですよね。理想と違うから、とか、普通と違うからと受け入れないって、それは違うと思うんですよ」
『理想の、押し付け』
「押し付けにまでは至って無いとは思いますけど、はい、それは誰の為にもならないと思います」
『僕は、押し付けるつもりは』
「分かります、私にもその気は全く無かったので、でも想像と違うからって受け入れないのは、同じでは?」
『先生を拒絶しているワケじゃ』
「私もです、でも困惑を抱えている時点で、葛藤している時点で何かが違うと思うんです。少なくとも、そのままを、あるがままを受け入れてる状態とは違うと思うんです。でもだからってダメなワケじゃないですからね?食べ物でも何でも、ある程度は好き嫌いが有っても良いんですから」
『どうして受け入れられるんですか?』
「だって先生がやる気になってるんですから、邪魔する理由が逆に無いじゃないですか。それに、邪魔した方が却って気持ちを昂らせる事になるかもなので、見誤らないで頂く為にも見守ろうかな、と」
『ハーレムも、ですか』
「んー、少し違いますけど、半分は合ってます。だって私がルーちゃんを良く知る前に断ったら、納得してくれますか?」
『嫌です、絶対に、何が何でも受け入れて欲しいです』
「なら最悪はハーレムを選ぶかも知れない私を先ずは受け入れて下さい、無理なら諦めて下さい、コレが私ですから」
『どうしてなんですか』
「あ、そこですよね。はい、打算です、それに欲張りな自分を理解しての事なんです。仮にもし、魔法で子を成せたなら、次には良い子が欲しいと願う筈で、その次は健康な子、その次は。そう次々に願ってしまいそうなのに、私は何かを返せない、それは欲張りが過ぎる。そのどれもを何の対価も無しに叶えられるとしても、遠慮が出てしまう。それに、便利だからルーちゃんを好きみたいで、何か嫌じゃないですか?私なら嫌です、私じゃなくて能力が好きなだけじゃん、とか思う様な捻れ者なんです」
《この者が捻くれ者じゃったら、世が全て捻くれとるよ》
『ですね。ある意味、とても素直な方だと思いますよ』
《じゃがお主はどうじゃろうか》
『素直な言葉の方が、伝わる事は多いかと』
『ずっと、3人で、仲良く暮らせたらと思ってたんです』
「あ、ごめんなさい、でもかなり人数が増えるだけで、きっと叶うと思いますよ?」
『僕だけを見て、僕だけを選んで欲しい』
「そこです、もし子供が出来たら子供が1番になるかもなんですけど、それも嫌ですか?」
『それは、分かりません』
「ですよねぇ、私もです。でも、じゃあ、他の人は私達の子供と思うのはどうですか?だって実際に世界を助けて下さったなら、そう影で少しは思ってても良いと思うんですよ」
《うむ、アクロバティックじゃが悪くない案じゃな》
『主は全て我が子と思って下さっています、そうした思いにも通じる素晴らしい案ですね』
『でも、僕だけが良い』
「ルーちゃんと居る限りはルーちゃんだけ、だと思うんですけど。もし仮に亡くなった場合、未亡人で居ろって事ですかね?」
《ふむ、良い質問じゃな》
『ですね、苦労して欲しいなら、そう願うのも良いかも知れませんね』
『嫌です、苦労はして欲しく無いです、でも僕を忘れないで欲しい』
「忘れませんよ、それこそ病気や怪我で忘れても、そこは神様にお願いしておいて下さい、そこの覚悟はしてます。でも、浮気したり私の気持ちと離れてしまったら忘れさせて貰います」
『はい』
「今直ぐには全てを消化して昇華するのは無理だと思います、私もそうですから。今は理想論を語ってるんです、思ってたのと違うって、きっとなるかもなんですけど、色々と考えていきましょう」
『はい』
《ふむ、では契約完了じゃの》
『ですね、もし万が一の場合には記憶に介入する。叶えましょう、皆さんで』
俺も花霞も、中身はもうとっくに良い年の大人なんだが。
「成長したなアレも、と言うか流石だな」
《ふむ、相当なんじゃけど、自覚が無いのが面白いでな》
「つかアンタ、恵比寿とか名乗ってるらしいが」
《仮に伏羲とでも名乗って、どうなる事か、分かっておるじゃろうに》
「女媧神の兄弟であり夫、相当複雑だよな」
《血縁、姻戚等の言葉が無い時代じゃて、そうお主も言って居ったろうに》
「俺はまだ疑ってるぞ、神話上とは言えど、最初の近親婚だとな」
《過去に遡っても事実とどう認定するか、じゃな》
「幻覚か妄想か、例え証拠が有ってもどう証拠が正しいと証明し、見抜くか。結局は信じるか信じないか」
《気持ちもじゃよ。じゃからこそ正しい見本が必要なんじゃよ、何がどう違うのか、時に肌感や勘が物を言う事も有るでな。本だけでは得られぬ事じゃよ》
「俺は正しく道を歩めてるんだろうか」
《道徳由来の正しさならば、コレ以上はなかろうよ》
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ。良い言葉なのにな、どうして全世界規模で広まらなかったんだか」
《分かっとるじゃろうに》
「おう、なんせ実践だなんてクソ面倒だからな」
《じゃと言うのに、男色家と共に行動するとはな》
「引き籠り過ぎは体に毒だと言ってたろ」
《じゃとしても振り切れ方が凄いでな、他の者も大笑いしておったよ、豪胆豪傑じゃとな》
「おう、子離れも必要だと思ってな」
《じゃがアレが離してくれるじゃろうかね》
「案ずるより何とかだ。よし、準備が終わったぞルー」
『本当に荷物が少ないんですね』
「さしてココの物に興味が無いんでな」
『殆ど置いて行くんですね』
「資料だ、それに元は俺の物じゃない、ココは後代の為の場所だ。次にいつ現れるか知らんが、場所が無いよりはマシだろ」
『猫は』
「向こうが整ってからな、長距離移動は寿命を縮める。お前に送り迎えをさせるが、構わないだろう」
『はい』
「よし、じゃ、行くか」
『はい』
ココまで長居するとはな。
もう少し面倒が起きて、もう少し何かややこしい事に巻き込まれるかも知れんと思っていたが、中央の人間は意外と頭が良くて助かった。
俺に構うな、との言伝をウムトに頼んだのが良かったか、やはり神々か。
なら死ぬまで俺を守って欲しいもんだが、叶えてくれるかどうか。
《あ、先生、もうご出立ですか》
「おう、じゃあな、何か有ったら文を送るわ」
《はい、では、お元気で》
「おう、お前もな」
ウムトの紹介で雇った男だったが、余計な事を言わずに余計な事もしない。
だがしっかり気の利いたヤツで、道中に連れ回しても便利そうだと思ったんだが、直ぐにも後代が現れたらコイツが居た方が良いからな。
少し名残惜しいが。
コレで暫くは気ままに暮らせるだろう、コイツも、猫も。
『餌とかはどうするんですか?』
「暫くウムトの知り合いが出入りする、それに任せた」
『そう信頼してるからって』
「トゥトクがどうかは別だが、まぁ、追々分かる事だろう」
花霞には悪いが、暫く指輪は借りておく。
コイツが素直に通訳するとは思えんしな。




