83 蟷螂寡婦。
で後日、俺と春蕾だけで聞きに来たんだけど、道士とウムトの息子のトゥトクも聞く事に。
だよね、流石に何度も話すのは嫌になるだろうし。
「不能になっても俺は責任を取らんからな」
《はい、宜しくお願いします》
『宜しくお願いします』
『“うん”』
「おい、お前、どうせ付き添いだろう、出てても構わないぞ」
まぁ、確かに優しいんだよな。
言い方が少しキツいだけ、それだって花霞を守る為、敢えて悪者に。
そっか、そこが先生の男らしさか、成程ね。
『いやでも、一例は一例でしょ?』
「数が多い」
『知らない方が良いならそうするけど』
「それはお前に任せる」
『じゃあ嫌になったら途中で出るわ』
「お前らもそうしろ、全員出るとなればその話題は飛ばす、先ずは挙手しろ」
『“うん”』
『はい』
で話半分で聞こうと思ってたんだけど、これは確かに少しエグいわ。
喉に指を突っ込まれるのと同じ、誰だってそうなる、とか。
演技って、確かにどっちも出来る事だしな。
色んな意味で兔子には聞かせらんないわ、つか聞かせる利点が浮かばない。
《こうした事を、花霞も気にしての事でしょうか》
「だろうな、大きさの問題だけじゃなくあらゆる事で合わない、は本当に有るからな」
けど相手に夢中だと異変に気付かない、気付けない、若しくはどうでも良いから反応を無視するか。
又は演技が相当上手いか。
うん、コレ兔子に聞かせる利点がマジで無いわ。
『ただ、アレにもだけど、単に何も心配するな。は無理だわな』
「どちらにしても、その反応が何を意味しているか、それを読み取れないなら1人の方がマシだろうな。仮に失敗し次の相手が出来たとする、だがその次も見抜けず最悪は何かを見落とせば、女の命に関わる。安いからと馴染みでも無いヤツから食べ物を買い、結果的に死者が出た事例も有る、しかもそれから何人も死んでる事件がな」
『あ、それ読んだわ、マジなんだ』
《蟷螂寡婦》
『そうそう、面白かったわ』
「だろうな、殆ど事実だ」
四家の領地の間、ある意味で辺境とも呼ばれる場所で男が死んだ。
その男には若い妻が居り、幼さ故に愚かだが、愛嬌も有る可愛らしい女だった。
貧しい夫婦は家計をやり繰りする為、農作物を物々交換しては何とか暮らす日々。
そこで幼い妻は夫の為、更に幼い子供から、とある野菜を買った。
『茖葱な』
「だがそれは君影草だった。風邪で鼻を悪くしていた夫は粥にして出された毒草を全て平らげ、亡くなった。だがコレは事故だと片付いた、女の若さ故の無知と鼻の悪さのせいで、誰も悪くないと」
そして若くして未亡人になった女には、直ぐに新しい夫が出来た。
何処にでも居る世話をしたがる者が、彼女の為にと縁談を持ち掛け、直ぐに愛想の良さと素直さから娶られる事に。
仲人も新たな夫も彼女に良く言い聞かせた、信用ならない者から野菜は買うな、と。
『けど次は茸でしょ』
「前の村の知り合いが分けてくれた茸を調理して出した、毒茸を、今でも地方では毒茸を乾燥させれば無毒になると信じられているんでな。だが乾燥させようが茄子と一緒に食おうが、毒茸は死ぬ、その事を知らずに出した結果。また、そう事故で片付いた」
『で次は茸を分けた知り合いと結婚』
「責任を取ると言って引き取る手口は良く有る事だ、しかも貴重な茸を取りに行く者だった、仲人は深追いしなかった」
そこで話が終われば良いが、次の夫は魚に当たり亡くなった。
またしても新参者から買った魚を料理として出し、再び夫だけが亡くなった。
妻の言い分は、こうだ。
<滋養の為にと買っただけ、信用ならない者から野菜は買ってはいない>
しかもその新参者を見たのはこの女だけ、だが女は無知で漁や釣りすら出来無い。
またしても不幸な事故が起きた、と。
だが困った村人達が相談していると、その噂が隣町の商家の男の耳に入り、直ぐに女は見初められた。
大勢の目が有る場所ならば、と村人達は安堵したが。
『そこで曼陀羅華だもんなぁ』
「酔った夫が妻が育てていた花の匂いを嗅ぎ、散々に暴れた後に嘔吐し亡くなった」
その時の妻の言い分はこうだ。
<信用ならない者から食べ物は買っていませんし、コレは貰い物です>
商家の者は激怒し、女を身一つで追い出したが。
次は通りすがりの花売りが女を娶った、コレに対し噂をする者が現れる前、花売りは亡くなった。
『貝の毒な』
「乾物の貝の毒で夫が亡くなり、いよいよと俺も思ったが、今度は乾物屋が目を付けた」
その頃にはすっかり良い年の筈だが、未だに幼く可憐で、愛らしく愛嬌も有る。
しかも何度もの婚姻が箔を付けたのか、度胸試しか、乾物屋の若旦那が引き取った。
そうしてありとあらゆる危険な事を教え、控えろ、と教えたが。
『まさか首を切ったら本当に死ぬ、とは思わなかった。って、アレはヤバ過ぎじゃね?』
「事実は心の臓を一突きだ、しかも本人は大真面目だったらしい。刃物を向けてはならないとは教わったが、切ったり刺したらいけない、とは教わっていない。とな」
『で流石に捕まったのに、また結婚したのってマジ?』
「本当だ、次は看守、だが。愚か者をどうにか出来る算段が有る、と言って同情していた仲間に手助けを得て脱獄させ、一緒に逃げた」
『そこだよ、野放しじゃん』
「だからこそだ、そこらの可愛らしい愚かな女には近付くな、そうした教訓として〆たんだ」
『で、実は?』
「直ぐに心中して終わりだ、つまらんだろ」
『安心だけど、ぶっちゃけつまんないなとは思うわな』
「それにな、もしやと思わなければ遠い神話と同等の扱いをするだろ、奇異で有れば有る程な。だからこそ結末は変えた、もしかすれば惚れた女がそうかも知れない、そう思わせる様にな。多いんだ、毒草と知らず美しい花を花瓶に生けたは良いが、悪戯に花瓶の水を飲む子供も居る。単なる木の実だと思い、真っ赤な毒の実を食べる子供も。結局は男は働きに出て女が子を見守り育てる、そんな中で躾けの至らなさで子が死んでみろ、悲しみと怒りから妻を殺す者も少なくない。そして、その後で自死する者もな」
『愚か者は娶るな。だけで済ますから悪いんじゃね?』
「その後に文言が続いたとしてもだ、その一言で全てを知った気になり、すっかり話を聞かん者も居る。言えば済むなら躾けも何も、この世に親の苦労など無いだろうな」
この世を知る為、話を収集していたが。
まさかな、まさか、と。
婚姻は勿論、俺は子を成す事にも更に躊躇いが出た。
もし、万が一にも、自分の子供がこうなったら。
『“僕らには子が成せないので安心ですね”』
確かに、この宝貝には通訳の機能が有るらしいな。
実に便利だな。
「そうだな」
有ったんですね、実際。
「事実だとは思ってましたけど、やっぱり本当だと知ると、驚きですねぇ」
コレって事実なんですか?とお伺いした時、殆ど事実だ、と。
何がどう殆どなのかな、と。
コレもう、先生の著作物は全体的に事実だ、って事ですよねぇ。
《どうして先生がご結婚なさらないのか、少し分かった気がするわ》
『そうですね、万が一にも自分の子がそうなってしまったら、と思うと、確かに私も少し考えてしまいますね』
「少し、ですか」
『そら家族総出で何とかすれば良いですからね、けど先生にはご家族がいらっしゃらないし、お相手のご家族も信用出来なければ難しいでしょうからねぇ』
「だからって男を相手になさるのはどうなんでしょう」
『ならアナタがお産みになったら良いじゃないですか?』
「金絲雀?どうして私が産める前提なんです?」
『ある種の願掛けですよぅ』
《まぁ、対価を必要となさると聞くし、そう願っても良いのかも知れないわね》
『流石に花霞の体が心配になるんですが?』
『そこまで含めて、ですよ』
「いや男色家の合間に入り込むって難しいのでは?」
《そこは、先生とトゥトク氏にお伺いしてみたら良いんじゃない?》
『それで良い返事を貰えると思えないんですが?』
《謂わばトゥトク氏を断わる口実、には使えるんじゃないかしらね?》
「あー、確かに」
『いえでもですよ、花霞の体を使う事になるんですよ?』
『そこですよねぇ』
うん、全く想像が付かないんですよね。
だって先生とするんですよ?
「難しいと思います」
《お願いされても、無理なのね?》
「いや考える事すら難しいんですよ、すっかり仲睦まじい中に挟まれる様なもんですよ?色々な意味で」
《なら見世物小屋の方に相談したら良いじゃない》
「凄い順応性ですね」
《だって、先生のお子さんを自分の子のお嫁さんかお婿さんに欲しいじゃない?》
『あー、確かにそれは欲しくなりますねぇ、なんせあのご尊顔ですし、トゥトク氏も整っていると言えば整っていますし』
『でもでも、それこそ愚かな子なら、私達も、協力すれば、良い?』
「あー、小鈴まで呑まれ始めましたか」
《既に小鈴とは集団での子育てについて議論してたのよ》
『あらあら成程、それは私も興味が有るんですが?』
『ウムト氏から子育てについてお伺いしたんですけど……』
どうやら私が先生と会ったり料理してる間に、ウムトさんとお会いしていたそうで。
《ウチもだけれど、商隊なら当然男は殆ど働きに出るでしょう、そして女達は一緒になって子を育てるのよ》
『中央はそう任せる事まではしてませんけど、今日はどっちの家で遊ぶ、とかはしてましたからねぇ』
「飽きない様に日替わりで、とか言われてましたけど、各家で調整はしてたんでしょうね」
私は先生の家、金絲雀の家、実家と兄弟姉妹の家と回ってましたけど。
本当なら、色々な家で色々と学んで躾けられる筈だったんですよね。
それで金絲雀は負い目を?
『すみませんでした、私はアナタの機会を奪った。私は色んな家で色んな事を学びましたけど、花霞は独学、それこそ先生が居てくれたからこそ何とかなった様なもんで。それでも、大変だったのでは、と』
「まぁ先生が大変だったかも知れませんねぇ」
『いやアナタが、ですよ』
「私ってそこまで器用でも無いので、先生が相対してくれて何とか、だと思ってますし。そもそも、苦と感じた事は無いですよ?」
『そうなってしまった、のでは?』
「いや元からですねぇ、コレは自信を持って言えますよ」
前世でも、あははーっと、何も考えず周りに流される性質だったので。
却ってコレで良かったな、と思ってるんですが。
どう、説明したものか。
『まぁ、そう言う事にしておきます』
「そうしておいて下さい」
《で、雨泽様は、どう思ったんですの?》
律儀ですよねぇ。
大体、何を話したのか、濁しつつもしっかりと教えに来てくれたんですから。
あ、だから春蕾さんじゃなくて雨泽様が。
『まぁ、凄いヤバいのって居るんだな、と。お前ら含めてな』
『あら?何で私達まで凄いの扱いなんですかねぇ?』
「そら男色家の子を、とか言うからでは?」
『ですよね』
《あらでも良いじゃない、あのお顔と知恵が有ったらウチは安泰だ、と思うわよ?》
「まぁ、かも知れませんけどぉ」
『ただまぁ断る口実を与えるのは良いかも知れないな、とは思うわ、だから寧ろ先生にだけ尋ねた方が良いんじゃないか?』
「そこ乗りますか」
『お前が神々が居る前提だしな』
あぁ、けど、だからこそマジで考えるべき事だと思うんですよね。
マジで居るからこそ、マジで叶ったらマジでしないと、ですし。
《兎に角、話し合いが必要そうよね》
『ですねぇ、今度は何をお料理するんです?』
『次はお魚、海や川の生き物を調理しません?』
「あー」
と言うワケで考えた結果。
チゲ鍋、なんですが。
「コレは許す」
「あ、良いんですね先生」
「そう辛くも無いしな、寧ろ旨味が殆どだ、もっとこうした味付けの物を俺に出せ」
「先生、お出汁好きですか」
「お前がそう言うならそうなんだろうな、中には何が入っているんだ?」
「アサリと干しエビ、豚肉を少しと茸に豆腐、それから豆板醤と大豆沙司。一応、辛味対策に卵をと」
「入れろ」
「はいー」
それから先生はお雑炊にして、完飲、なさいまして。
「で、今度は何を話しに来たんだ」
「先ず、先生が賢い方だからこそ、お子様を成すのに気が引けているのでは、と仮定の話から始まりまして」
「まぁ、そうだな」
「で、トゥトク氏を断わる口実に、誰かと子を成す事を条件に入れてはどうだろうか、と」
「それで母体はお前、か」
「はぃー、願掛けになるだろう、と」
「流石にお前は無理だな」
「ですよねぇ」
「だが半分は良い考えだな。お前が考える様に、いつか俺も相手の子が欲しくなるかも知れない、そうなると母体は確かに必要だ」
「そこは賛成しますけど、しっかり男色家だった場合、まさか、3人で?」
「おう」
「おう、て」
「俺だけぶち込むのも俺だけぶち込まれるのも気に食わん」
「あの、普通はどうか分かりませんが、普通、どちらか決まって」
「誰が決めた、と言うか不公平だろうが、下処理は大変なんだぞ?」
「いや、それはそうですけど」
「兎に角、そこも全て呑めないなら断る」
「そこまで考えます?」
「お前が言うか?今の俺の見本はお前だ」
「えー」
「俺は前世からしても全く分からん未知の領域なんだ、最善を尽くして何が悪い」
「いや、悪くないですけど」
「ならお前が逆の立場なら、こうしないのか?」
「しますけどぉ」
「まぁ、そう言う事だ」
いや、凄い我儘なのは承知なんですけど。
出来れば女性のお相手を。
いえ、それこそ我儘ですよね、本当。
『先生、何もそこまで』
「お前もかルー。なら聞くが、逆の立場ならどうする、花霞に要求されたら理不尽だと思って断るか?」
もしも、僕も花霞も男だったら。
好きになったあの日から、花霞が男性化していたら。
なら。
『ですけど』
「俺は今回の件はお前に受け入れて貰うつもりは無い、嫌悪する事も忌避する事も自由だ」
『僕は、そうじゃなくて』
「いっそ俺が1人で良いなら一向に構わんが」
『そうじゃなくて』
「そう無理に受け入れる必要は無い、尊敬される為に俺は生きてるワケじゃないしな」
先生は強い。
1人でも生きていける性質と強さが有る、と神々も評価していて、だからこそ信頼していたし。
本当に、頭が良いと思っていた。
だからこそ、納得出来ない。
『納得出来ないんです、でも納得したい、先生を理解したいんです』
「ならお前の中の既成概念を取っ払え、男女でしか幸せになれないかも知れない、その考えを一刻でも捨てろ。夫婦も家族も離反する場面も有る、その考えを適応しろ、情に男女も何も無い筈だろ」
『そうですけど、でも、普通なら、と』
「その普通は誰が作った、何の為の普通だ」
『子孫繁栄と平和の為、人が作った模範や規則です』
「だが俺は何の罪を犯す?子孫繁栄に背く?なら情はどうなる、情に背いてまで子孫繁栄に貢献する意味は何だ、情の無い夫婦に育てられる子の苦しみは、お前なら分かる筈だろう」
僕の元の両親は、裕福でも共働きで忙しく働く人達だった。
世間体の為に取り敢えず作られた僕は、殆ど両親との思い出は無い。
旅行先でも仕事が最優先、家族旅行とは、写真を撮り家族円満だとアピールする為の行事だと思っていた。
そして当然の様に僕に相談も無く離婚し、両親の家を行き来させられ。
暫くして愛を知った、と言い張る母親に引き取られ、家族の情とは違う情を得る事になった。
『普通は、確かに難しいですけど、良い事だから普通で』
「なら花霞は悪か」
『違います、けど』
「だから無理に受け入れる必要も、理解する必要も無いと言ってるだろう。受け入れられない事も理解出来ない事も悪じゃない、その先で、誰かを害するかどうかだ。お前はそのままで良い、理解出来無い事や嫌悪は悪じゃない」
『でも花霞は』
「欲張りだな、全て理解したい、受け入れ受け入れられたい。だが向こうで叶う様な事か?親子でも完璧な相互理解は殆ど不可能だ、なんせ他人だからな、それこそ普通なら叶わない事だ」
『すみません』
「まぁ、何でも出来るんだしな、既定路線が有るのは良い。だがそれだけで救われない者も居る、例外について良く考える機会だ、落ち着いて考えろ、他とも話し合え。嫌われる事に怯えるな、受け入れて貰えない事が本来だ、そこは理解しろ」
分かってる、頭では理解出来る。
『はい』
でも嫌われたくない。
捨てられたくない、僕には先生と師匠と花霞だけ。
他に何も要らない。
だから花霞を奪わないで欲しい。




