82 蒸蛋。
「先生、大丈夫でしたか?」
「流石に襲うワケが無いだろ、何も無かった、心配するな」
「接吻も?」
「お前、男を何だと。いや、確かに気を付けろと言ったが、俺は妊娠しないんだから心配するな」
「そこ?」
「まぁ、怪我はするだろうが、アレでも童貞らしいから大丈夫だろ」
「おぉ」
「俺も驚いたわ、一通り試したと言ってたしな」
どうやら寸前までいって、ダメ、と何度か試してみるもダメで。
今度は男性と相対してみると、お元気になられたそうで。
「先生、貞操帯ってご存知ですか?」
「まさか四家が中央に発注してた物をお前が付けてたとはな、ドン引きだわ」
「えー」
「冗談だ、その位はして貰わんとな、間違いが有って謝って済む問題じゃないんだ。まぁ、精々頑張れよ」
「えー、先生はユルユルで良いんですか?」
「おう、流れに任せる事にした、下手に拒否して煽ってもアレだしな」
「あー、私煽ってます?」
「そこがな、じゃあホイホイとヤらせれば良いのかと言うと、また違う問題が出るしな」
「そこ、どう問題が出るんですかね?」
「結局は疎かに、蔑ろにされ易い。金絲雀と翠鳥からも情報を貰ったんだが、上手くいかない確率はやっぱり高いままだ」
「何で?」
「容易く手に入った物を容易く扱うのが人間だ、ただ険しい道を進んだからと言って、上手くいくかは別。結局はお互いを見誤らないかどうか、そもそも己を見誤らないかどうか。だから嫌なんだ、複雑過ぎる、乱数が多過ぎるんだよ情愛は」
「乱数て」
「乱数を乱数じゃなくさせる為に色々と情報を集めてるんだが、もう良い、お前も手伝え」
「えー」
「後代の為だ、今まで転生者をサボってたんだからコレ位はしろ」
「はーい」
で、私なりにも考えたんですけど。
うん、分かりません。
「お前、もう諦めたろ」
「いやね、だって、何処かに絶対専門家が湧き出てると思うんですよ」
「俺もそう思う」
「アレですか、ウムトさんから聞き出せ、と?」
「ぶっちゃけな、つか俺はコレ専門じゃない、マジで寓話と神話を書きまくってただけだ」
「前のご専門は?」
「良いのか」
「まぁ、濁して貰えると助かります」
「ドンピシャで言うしか無いんだが」
「じゃあ遠慮しておきますぅ」
「前の家族はどうだったんだ」
「悪い意味で普通でしたねぇ。平凡、共働き、仮面夫婦、教育は学校でのみ。最早ココの家族を家族と思ってますね、前のは何か、お試し、みたいな」
「あぁ、そう考えるのもアリだな、お試しか」
「もう離縁後もお試しだった、と思えたら良いんですけどねぇ」
「記憶の事はマジで神々に頼るつもりだ、安心しろ」
「それズッこくないですか?」
「出来る奴が出来る事をしてもズルか?」
「いや、まぁ、出来る人がヤれば良いじゃん派の私としては、アリですけど。何でそこまで?自分を愛してくれる人との出会い、とか願った方が良いのでは?」
「そう強く願う気になれん、つか神々に用意されて素直に喜べるか?」
「皆さんそうだったらと思うと」
「いや無い、それは除外して考えろ」
「じゃあ、まぁ、私が望んだ通り、でも、上手くいくか分かんないですね、意外と思ってたのと違う、とかなりそうですし」
「そこも全て先読みされて、だ」
「そんな人、居ます?」
「ほらな、結局は神々に操られてるだけじゃないのか、そう疑うとキリが無い。だから俺は願わない、と言うかそもそも興味が無い」
「私、バカですかね?」
「いや、親孝行しようと思えばそうなるのも分かる。俺には居ないから適当だが、居たら少しはこうなるだろうか、とは思う」
「で、男色家て」
「試してみてダメなら諦めろ、お前もな」
「アレ、先生が試すんですかね?」
「知りたいか?」
「やめときますぅ」
「そう言えばアレだ、この前の、卵の柔らか蒸し、アレは良いモノだ」
「気に入って頂けましたか」
「殆ど飲めるのが良い」
「いや具は噛んで下さいよ、詰まっちゃいますよ?」
「小鳥も褒めてたぞ、滋養食に良いと」
「あー、それで聞かれたんですね、作り方」
「どうやった」
「乾物を戻した汁と卵を合わせて蒸しただけです、乾物次第で風味も変わりますし、柔らかさは汁の量で変わります。今回のはホタテと椎茸と塩だけです」
「天才か」
「元の料理を発明した人が、ですよ」
「そう言えば自慢してやるのを忘れてたな」
「先生って結構、意地悪ですよね?」
「おう。よし、次も何か頼んだ」
困った。
前世で料理に興味が無かったから、何を作れば良いのか。
「どんなのが良いですか?ご飯のオカズだとかお酒のオツマミだとか、丼物が良いとか」
「米のオカズだな」
そう言われるともう、古典的な料理が1つしか浮かばないんですけど。
まぁ、良いか。
「牛と馬鈴薯の甘辛煮です」
前世は香辛料が大好きだった。
だがこの体になってからは辛味も濃い味も、甘酸っぱいだ甘辛い味さえも、そう好まなくなったんだが。
「そう甘くも無いな」
「お砂糖を少しは入れましたよ?」
「いや、この程度なら良い」
「そうですか、良かった」
もっと言うと、白米は今でも苦手だ。
味が無い不味い食い物、そうした感覚が拭えない。
だがコレは良い。
まさしく塩梅が良い、米が進む。
「何か分からんが、何が良いんだろうな」
「昆布の戻し汁ですかね、多分、海の物と山の物を合わせると良いそうなので、はい」
「本来は何て言うんだ?」
「“肉じゃが”です、お肉の種類は豚か牛で、本来は薄切り肉を使います」
「コレは牛だよな」
「はい、灰汁や油を良く取ったから食べ易いんだと思います」
「この芋、延々と食える気がするな」
「ですよねぇ、でも前は太りたくなくて殆ど食べなかったんですよねぇ」
「ココは少し違うからな」
「マジで内功と外功が有って、法術が有りますからね。けど使えない、って言うか殆ど使う機会も無いですよね」
「ホイホイと飛ばれたら困るのは勿論だが、俺は向こうの世界が土台だからだと思う」
「先生も実を知らないんですか?」
「おう、面倒事に巻き込まれたく無いんでな」
「ですよねぇ」
俺が転生者だと知っても、何1つ変わらない。
転生者だからこそ、だろうな。
「何でお前は俺に惹かれないんだろうな」
「凄いお兄さん、凄い先生だって思ってて、それこそ雲の上の存在だからだと思いますけど。もっと具体的にと言われると、何か、親戚のお兄さんっぽいんですよね」
「近くて遠い、か」
「あぁ、ですね」
「なら、近くに来たらどうする」
俺が収集した情報、それこそ寓話や神話でも、転生者同士は惹かれ合わない。
身内かも知れないと思うからこそ、忌避するのは分かるんだが、なら身内でも何でも無いと分かれば。
「先生、先生の顔を見るのは好きですけど、常にそう変わらない先生が好きなんだと思います。私のせいで悲しんだり喜んだりされたくない、変わらず強い先生で居て欲しいんだな、と」
「冷静か」
「不思議ですよね、色んな表情を見たいと思わないなんて」
「多分だが、安全装置が働いているんじゃないかと思う」
「ほう?」
「俺がお前の大嫌いな知り合いだったとしたら、なまじ知り合って好きになり、いざ情報が開示されたら大変な事になるだろ」
「それこそ仇とかだったらもう、絶対に血を見ますよね」
「仮に前世でも好き合ってたとする、となると今度は逆に違う問題が出る」
「転生者の知恵が使われないか、やたら使われるか、どっちにしろかなり危うくなりそうですね」
「でだ、抑止力が働いてるんじゃないかと思う、適度に力を広め、使う為に」
「神様は何か」
《何もしとらんのじゃよねぇ》
『私もです、本来なら介入は禁止されていますから』
「そもそも、そこからだ、何故だ?」
『彼女の為に濁しますが、大きな出来事が有ったので、ですね』
「でも、そうなると、単なる偶然なんですかね?」
「表に出てない物も含めるが、あまりにも確率が偏ってるぞ。となれば例外が多分に存在し、結局は誘導されてるんじゃないのか、と」
《流石にマズい問題には手助けを請うが、そう何でも介入はしとらんよ、介入にも限度が有るんじゃからの》
「その線引は均一か?」
『いいえ』
《じゃの、領分が違う事は出来んしの》
「あー、余計な事を聞いてしまった様な、そうでも無い様な」
『いざとなれば転移転生者を裁く立場になる、そう考えて下さった事へのお礼、謂わば返事とお考え下さい』
「ほう」
「いや、最終手段、最悪は、ですからね?そりゃもう出来ればこのまま平穏な、平穏が脆くも崩れ去ったんですが?」
「軌道修正は可能だろう、何なら全て切り捨ててアレに乗り換えても良いんだぞ」
「あまりに裏切りが過ぎますよ、と言うかお心を無碍にされるのって、嫌なんですよ、だからしたくないんです」
どんなに純真無垢な子供でも、何かを理由にクソになる。
そして理由も無しに性根から腐ってる者も、前世では特にそんな者ばかりで。
だからこそ善人は貴重で、大切にされるべき。
悪人より善人が増えた方が平和になる、本当に平和を願うなら、そう行動すべきなんだがな。
「お前は良い子だな」
「皆さんのお陰です」
花霞の手料理が夕餉の際に届けられたんだけど、普通に美味いのな。
蒸蛋。
『先生はもう食ったの?』
「おう、手料理を二回もな」
「もー、直ぐに意地悪を言うんですから」
『いや寧ろ今まででたった二回なのが不思議なんだけど?』
「お互いに未婚、で料理を口にさせるとか有り得ないだろうが」
『そこは真面目なんだ、マジで』
「と言うか全く求められる事も無かったですし、私は私で一応仕事をしてましたので」
『春蕾?』
《もっと食べたい》
「卵は1日3つまでと言われてるんですから、この器で1つ分です、我慢して下さい」
「それで大皿じゃないのね」
『土豆炖肉は大皿だけどさ、丼じゃダメなの?』
「バカ者め、敢えて自分で盛るのが良いんだ、米全てに味が染み込んだら旨さが損なわれるだろうが」
「先生、コレどハマリですね」
「何だか知らんがハマった、暫くはコレだな」
「ダメです、万遍なく食べて下さい」
『成程ね、程々に悪い見本が居てこそか』
「食わず嫌いなんですよ先生」
「コイツは何でも美味いと言うから信用ならん」
「苦いのと甘酸っぱいのがダメなんですよねぇ」
「甘い野菜も果物も甘味以外で使う事は許さん」
「あー、何かそれは分かるわ、味がボヤける」
「南のは何でも辛いか酸っぱいか酸っぱ辛いか、だろう、困ったな」
「辛くない料理も有るから大丈夫ですよ」
『あー、アレ食わせたら大変な事になるんじゃね?』
牛肉苦胆湯こと撒撇、辛いわ酸っぱいわ苦いわ。
騙して食わしたら、マジでキレそうだよなぁ。
「あー、無理でしょうねぇ」
「何か知らんが絶対に俺に出すなよ」
「具合が悪くなったら出しますから気を付けて下さいね」
「そう暑くなる前に、さっさと南に向かいたいんだがな」
『猫はどうすんの?』
「俺と猫だけの馬車や船で、そうだな、先に行くか」
「えー、一緒じゃないんですか?」
「大勢で行動するのは面倒だ、それに猫が最優先なんでな、ソッチに合わせる事が難しい」
「えっ、じゃあ、あの方と?」
「まぁ、そうなるな」
「ならルーちゃんも途中までで良いので同行させて下さい、流石に直ぐ手を出されるのは、何か嫌です」
「ならそうするか」
「素直に聞いて下さって助かります」
『御柳梅様、そろそろ』
「おう、帰れ帰れ」
「喧嘩しないで下さいね?」
「お前の前でしかしないから安心しろ、じゃあな」
「もー、お先に失礼しますね」
「おう」
男だか女だか分かんない顔で、青燕が描きたがる位に整っててんのな、先生。
つか先生、何で残るんだ。
『何で残ったの?』
「お前らに釘を刺そうと思ってな。アイツには言って無いが、俺はどっちとも経験が有る、もっと言うならさせられた。同じ目に遭わせたら必ず倍以上の目に遭わせるからな、覚悟しておけよ」
『俺はそもそもするつもりも無いし、コイツらを抑えるつもりだけど。それ女媧教団と関わりが有んの?』
「全く、無駄に勘の良い奴だな。知りたいなら全て話すが、アイツに漏らしたら一生漏らす体にするぞ」
『じゃあ良いや俺は』
「私も止めておくわ」
「聞きたいのが居れば数日内に訪ねに来れば良い、じゃあな」
そう言って先生は出て行ったんだけど、何で俺らにまで言う必要が有ったんだろ。
『何であそこまで言ったと思う?』
「そうねぇ、一つは牽制、一つは私達に他のお相手を安易に紹介される事を防ぐ為」
《それと、もしかすれば裏の手解きを教えてくれるのかも知れないね》
『裏?』
「ぁあ、成程ね、房中術には表だけが書かれてるじゃない。つまりは大不評を買う様な行いを聞ける、ある意味で失敗談を聞けるって事ね」
『あぁ、演技を見抜く方法か』
《俺はそこなら聞きたいけれど、聞いて良いのかどうか》
《顔を見れる様になってから、かなり気が読める様になったけれど、既に彼はそれ程遺恨を残しているワケでは無さそうだよ》
『あぁ、そこもか、女に聞かせたら不安に思うかも知れないしな』
「甘いわねぇアンタ、よっぽど向こうの方が知ってるわよ、それこそ身を守らないとやってらんないのは向こうだもの」
《僕らの方こそ覚悟すべきだ、と言う事だろうね》
《それでも、流石に全員で聞きに行くワケには》
『僕が行ってきましょうか?』
「ダメよ、アンタは最後の最後よ兔子ちゃん」




