77 道教。
「戻しに来たぞ」
「戻りましたー、どうです?何か分かりました?」
「そこよね、では薔薇姫様、ご理解頂けたかどうか、ご説明をお願いね」
《先ずは、仏教と儒教の間なのは確かね……》
易や風水は勿論、哲学、健康法等の様々な事柄に関わっていて。
ある意味では白家の元祖とも言えるんだそうで、どちらかと言えば道教が主な宗派、元を辿ると仏教や儒教に分かれるんだとか。
助かる、有り難い。
こうしたズルっ子は平気なんですよねぇ。
「まぁ、及第点だな」
「成程、先生の本の通りなんですね」
「だがお前達にはもう少し踏み込んで貰わないとな、房中術の元祖は道教だ」
それは流石に本に載って無いです。
と言うか、マジですか。
「何故?」
《それは私からご説明させて頂きます》
内功・外功、所謂気功的な側面から健康へアプローチする際に、合気と呼ばれる方法で気を高めるんだそうで。
それが房中術なのは知ってましたけど、果ては不老長寿を目指しての事だとは。
「それで、房中術は仙術の様な扱いだったんですか?」
《左様で、気を交換するには肌に触れてこそ、吸出し補い合うにはどうしても不可欠ですから》
「今は良いが、大昔には気が溢れ具合を悪くする者も、気が足りず死ぬ者も多かったらしい」
《左様で、どちらにしてもいずれは死が待っております、それらを出来るだけ避ける為。そして何より、秘儀をそう表に広めさせない為、房中術の中に秘儀を隠したのです》
凄い。
向こうでもそう。
いや、止めときましょう、知ってどうにかなる事でも無いですし。
「あ、でも、今はそう」
《針や灸や太極拳が広まりました事で、気を循環させる事が可能となり、そう滅多に秘儀を必要とされる場は無くなり。主に学を探求し追求する仙人道、弔いや厄災を治める斎醮道、健やかなる生を維持する養生道の3つに分かれておりますが》
「房中術の専門も有るだろ」
「えっ?」
まさかルーちゃんが、とかは流石に無いですよね?
流石に無理ですよ、如何に生きる為と言えど。
「実はアイツはな」
《ふふふ、ご安心下さい、盧・埃蘭は斎醮道の派閥ですから》
「なんだもー、先生、驚かさないで下さいよ」
「流石にアイツでも童貞じゃないとダメか」
「そうですねぇ、ちょっと、無理ですねぇ」
《ですが、知識としては座学で学ばせましたので、万が一の時はお役に立つかと。気の流れを見る限り、溢れた事が無いのでは?》
「あ、はい、太極拳と針は幼い頃からなので」
《気の道が細いんでしょう、溢れてしまうと出すまでに時間が掛かりますから。ですが房中術でしたら、直ぐに楽になるかと》
「つまりは多少は溢れさせろと言いたいんだな、伯陽氏」
《はい、左様で。昔は子作りの為にと指導していた事も有ったそうですが、何分、道に逸れてしまう者も多く出てしまっていたので、はい、秘儀の1つとされております》
「凄い、流石、仙人様が開祖なだけは有りますね」
《そう信じて頂ける方に我々は門戸を開いておりますので、もし宜しければ如何ですか》
「適当に勧誘するな、コレはコレで忙しいんだ、それに俺がしっかりと教える。余計な事をするなよ」
《成程、ご多忙でらっしゃいますか、では入門編をどうぞ》
「まだ出して無かったのか」
《いえね、こう健康な若人に囲まれるのは稀ですから、話す楽しみを感じていたかったのですよ》
「俺が偶に来てやってるだろうが」
《アナタの場合は見た目だけは若人ですが、こう、新鮮さが足りませんで》
「まぁ、こう冗談も言える程度の固さだ、儒教よりは柔らかいだろ、白家の」
「そうですわね、昨今はガッチガチに固い派閥が伸びてらっしゃいますから、接し易さとしては私も道教は上位に入ると思いますわ」
『けどさぁ、仏教か儒教か道教なんだろ?』
「いや、それこそ昔に遡れば色々と有るぞ、女媧教団も本当に有ったしな」
「有ったんですね、実際」
《誠に残念ではありますが、道教の房中術から派生したとも言える宗派でして、その点も道教が衰退した要因の1つで御座います》
「あー、親世代は知ってるんですかね」
「場所によるが、成都市では忌み嫌われている、嘗て拠点が有ったんでな」
《市内の院は全て燃やされましたが、それで溜飲が下がるのならと、放置させて頂いております》
『あぁ、それで触らぬ神に祟りなし、ってなってんのか』
「だろうな、しかも養生道も既に医学に分離し始め、西洋医学と東洋医学にまで分かれつつある。いつかは葬儀屋にでもなるかも知れないな」
《それはそれで構わないのですよ、困る者が多いからこそ宗教は必要とされます、必要とされない事が最も素晴らしい事だと開祖様も説いておられますので。はい、衰退結構、いつでも受け入れる準備は出来ております》
「これぞ達観かと」
《いえいえ、単に諦めかも知れませよ》
「籠絡される前に帰るぞ、腹が減った」
「あ、ですね、確かに」
「昼餉なら天安門だな」
「相変わらず好きですねぇ、あんかけ焼きそば」
「おう」
花霞ちゃんの信頼が厚いのよねぇ、先生。
お母様程に距離は近く無いのだけれど、構い方が身内だわ。
「はい、先生」
「おう」
って言うか、少し間違えると夫婦よね。
お世話が楽しいって感じだもの。
やっぱり、お相手には多少でも尊敬は必要よね。
「そうそう、金絲雀ちゃん、もうお相手には婚姻の申し入れをしているの?」
『はいー、朝一で使者を出しましたが、何か?』
「いえね、この子狙いでアナタに嫁がれるのは、流石に私も心配で。どう手を打つのかしら、と」
『分からせますし、ダメならまた何か言って貰って、最悪は力で捻じ伏せるので大丈夫ですよぅ。荒事に長けた方々にも協力して頂けますし、最悪は向こうのご実家からも手伝って貰うつもりです』
「俺が教えてやった情報を簡単に使うなら今後の付き合いを再び考え直すぞ、五月蠅い雀が」
「先生、何で金絲雀に喧々します?」
「諍いの際にニヤニヤするヤツは大嫌いなんでな、そこの、お前もだぞ包子」
『俺、そんなニヤニヤして』
「諍いが有っても平気な顔をしてる時点でおかしいんだよ、コレは痛そうなんだか嫌そうな顔をすんのに、お前だけ淡々として。誤魔化す気ならもう少し上手くやれ、存在自体が不快だと思うヤツも居るんだ、しっかり気を回せ」
「先生、傲嬌だ」
「次に言ったら口を利かんぞ」
「もー、先生が不慣れな注意なんかするからですよ、と言うか包々なら大丈夫ですよ、今は練習してる最中なだけで、最近の喧々してる雰囲気を本当に嫌がってますから」
「あらごめんなさいね包々」
『お前の事じゃないし抱き付くなウザい』
「だそうだ、少しはお前らも気を回してやれよ」
「あら先生の気配りって凄く素敵ね」
「そうなんですよぉ、自慢の先生なんですけど表に出るのは稀有で、中々自慢が出来なかったんですよぉ」
『いや凄い自慢してましたけどね、昔から』
「アレは自慢じゃないですよ、真実を言ってただけです」
「お前、何を言ってた」
『凄い博識で思い遣りも有って優しくて、最悪は先生に面倒を看て貰おうかな、とか言ってましたよ?』
「あぁ、最悪はウチに逃げ込めば良いと言って有ったしな」
『ほら、好意が無くてもこう言うヤツは居るの、分かった?大猪』
《寧ろ暁兄の事だろう、大猪》
「お前さ、そうやって先読みで自分から相手選びを狭めてるのは、分かってるよな。そこを自覚しないでコレに寄り掛かろうとするならお前は俺の敵だ、分かるな、その意味が」
この中で最強なのって、やっぱり先生なのね。
《アナタには確かに》
「家が世話になった事は、そう無いんだろうな、逆が分からないか。なら良く考えろ、お前は産み落とせない側、コレでもまだ理解が難しいか」
《女性の、国の宝である女性を家の者が害しました、しかも僕に変わりは務められない》
「そうだ、男は子種を撒くだけ、十月十日腹に収めてくれんのは女。そんなにコイツの奴隷になりたいか、そんなに負い目が、いや返事は良い、どうせココで正直には言えないだろ、本人も周りも居るしな」
《俺は負い目でも何でも無いです、それこそ子供は》
「じゃあ聞くが、コレがどう選べば納得する、思いの強さか?そも腕か?稼ぎか?それらの答えを出せ、単に悶々とされるのはウザい」
嫌だわ、惚れちゃいそう。
「先生、お相手っていらっしゃるの?」
「一体、何の脈絡で」
「いえね、素敵だなと思って。だって、ご両親ですら悩んで言い淀みそうな事を、苦言を呈して下さってるじゃない?」
「この程度で苦言か」
「そこ、素敵ですわ」
「おい、コレをどうにかしてくれ」
「んー、キツさだけで惚れ込んでも、次にもっと強い事を言う相手が現れたら離れられてしまう心配が有るので、他の方法でお心を伝えた方が宜しいかと?」
「最も刺さったわぁ、そこよねぇ、そこなのよ。桂花ちゃんの悩みって、そこも有ると思うのよ、少し遠いけれどこの毛色って他にも居るじゃない?だから毛色に惚れられても、もっと良い見目が来たら、もっと良い中身の方が現れたらと思うと、そう簡単に決められないわよね?」
「まぁ、はい、ですね」
「かと言って、アンタ達はどんな相手なら無理かの明言を避けてる、傍から見れば好かれたくて妥協してる様にも見えるのよね」
「だな、コイツは無理なモノは無理だと具体例まで出して言ったが、お前らはどうだ。好き嫌いが無いのと、分からない事には大きな隔たりが有るぞ」
好きだわ、この人。
どうして惚れなかったのかしら。
「少し逸れてしまうのだけど、どうして先生に惚れなかったのかしら?」
「あー、何ででしょう、何か、兄弟とか親戚とか、最初からそんな感じだった様な、何ででしょうね?」
「俺に聞くな、と言うか色恋でしか人と繋がれないのかお前は」
「あら手厳しいわね、本当。でもそうよね、なら友人知人で良いじゃない、と思うわよね」
「そら肉欲では?」
「桂花ちゃん、ココでそうハッキリ言っちゃうのね」
「俺の教えの賜物だな」
『そこさ、どう何を教えたらこうなんの?』
「知りたがってる事の先が書かれた本を渡し、感想を聞き、思い違いが有れば修正する」
「勝手に考える良い方法ですよねぇ、答えだけ先に言われても理解が不足してただろうなと思います」
「そこはコイツの素地だ、己の無知の知を理解しているから楽だったぞ」
「でも今はお手間をお掛けしてますよね?」
「いや」
「本当ですか?叱るって大変ですよね?」
「この程度、躾け以下だろ」
「そうですかね?」
「良い先生と生徒ね、親御さんだけじゃなく先生も居てこそ、この子はこうなってるのよね」
「おう。で、答えは」
「先生もせっかちなんですよねぇ」
《そう?私も気になるわ、結局は肉欲だけ、ならこの子を渡したくは無いもの》
『ですね、問題はどうしたいか、どうなりたいか』
『それと実際は何が出来るのか、ですかねぇ、利益を呈示出来無いなら流石に引き下がって頂きたいですね』
「そうね、出来るだけ具体的に、どんな女は嫌かどうなりたいか、何がしたいか。何を成せるか何を成そうとしているか、どう身を立てるか」
「俺は口約束も大嫌いなんでな、紙に書いて出せ、じゃなければココに引き留めさせる」
《私も賛成ですわ》
『ですね』
『はいー、では、解散と致しましょう』
「そうね」
僕がいつも通りの時刻に起きると、枕元には手紙が。
一先ずは師匠の名が記されているので、お部屋に向かうと。
《あぁ、それは金絲雀さんから頂いた文でして、申し訳無いが重要な案件だと伝えて欲しいと言われましてね。まぁ、読んでみて下さい》
そう言われ目を通すと。
『コレは、具体的な展望を示せ、と言う事でしょうか』
《先生との話し合いで決まったそうで。いや相変わらず手厳しい方でしたねぇ》
『どう話し合えばこうなりますかね』
《選ぶには知るべき事が有るかと。特に婚姻ともなれば人生を左右される事案です、慎重にもなりましょう》
『師匠は、ハレムについては』
《私が言える事は1つ。何にでも例外は有る、と言う事だけですね。道が1つしか無ければ、簡単に道を外れる者が出てしまう。ですがそれしか選べなかった者を、一体誰が責められましょう。そもそも、誰が道を正しいと決めるのか、その正しさを誰が正しいと評するのでしょうね》
『僕は、僕だけを愛して欲しいんです』
《何故、でしょうね。愛に形は無い筈、なら、一体何が減ってしまう心配をしているのでしょうね》
『接する機会が、時刻が』
《空腹も痛みも敵では有りませんよ、生きている証です、離れてこそ良さが分かる事は幾らでも有る筈。それに、あの子が束の間でも離れたがったとしたら、どうするつもりですか。仕事も何もさせないつもりなら、お止めなさい、あの子の為になるかどうかをしっかりと考えなさい》
『傍に居たいだけではダメですか』
《単に居るだけで満足が出来る者ばかりなら、この世に苦悩は溢れていませんよ。仕事をし、炊事をし家事をこなし、それから営みが行われる。それらが世の常だとして、仕事もせずに延々と営みを行うだけ、それは果たして正しい道なのでしょうかね》
『僕は、ただ』
《泣く事を責めはしません、ですがその苦悩を洗い流してはいけません。何が苦しいのかをしっかり考え、答えを出すのです、あの子と君の為にも考えを尽くしなさい、今こそ踏ん張りどころですよ》




