76 寸法。
『クソ面倒だなぁ』
「ですよねぇ」
宴の翌日。
春蕾さんは中央の有名な鍛錬所へ、ルーちゃんは日中なのでお休み中、兔子と臘月様は小鈴と金絲雀が先生の営む貸本屋さんへ。
暁霧さんは私の実家で、帳簿を見るとか言ってましたけど、多分半ば情報収集かと。
そして雨泽様と薔薇姫と青燕さんが、採寸を終えた私と一緒に茶楼に。
うん、いよいよ大人数だな、と自覚してきました。
物語なら、もう少し数を絞って欲しいもんですが。
《最近、少しだけ、アナタの考え方が分かった気がするの》
「ほう?」
《もし物語なら、大変な事になっているな》
『あー、ぽいぽい、成程ね』
「成程ね?」
『他のヤツってさ、都合が悪くなると物語の様に上手くいかないって愚痴るんだけど、お前のは逆っぽいじゃん。もしコレが物語なら、どう進むか、とか、あの先生に凄い影響されてそうじゃん?』
「あー、はい。でも惜しいですね、コレが物語なら随分と人数が多いので、少し数を絞るべきでは、ですね」
『惜しかったな』
《ええ、もう少し先でしたわね》
「何で私の考え方を、あ、私のがまだでしたっけ」
《でも、後回しにしていた理由は分かったわ、アナタは相当に複雑と言うか》
『色々と珍しいからな、あまり外ればっかじゃ意味が無いし』
「そうですかね?」
《だって、気持ちに寄り添う為だもの》
「充分に頂いてると思いますけどね?」
『出た、知ってるから言える事だぞそれ、分からないと不安なんだよ』
《不安と言うか、歯痒さ、ね》
「もうこの会話が逆に歯痒いんですが」
『だよな、分かるわ』
《頼られていない歯痒さですよ》
「頼ってますけどね?」
『気が小さいんだろ』
《まぁ、ですね》
ココでココが喧々しないのって、やっぱり向こうが喧々してるからでしょうかね。
あ、コレを言えば良いのかな。
「今、思ってる事を言います?」
《そうね、お願い》
「お2人が喧々しないのって、やっぱり向こうが喧々してるからでしょうかね。と」
『敵の敵は味方、じゃないか』
《それと、上回られる居心地の悪さ、ですかね》
『俺はアレ程に勘は良くないからな?』
《経験が有るのだ、と自慢なさってます?》
「あー、逆に安心する喧々諤々さも有るんですね、不思議」
意外に繊細なのよね、この子も。
寝汚いって謗りの騒動も、最初に気付いたのはこの子なのだし。
《桂花は苦手よね、諍い》
「そら苦手ですよ」
『俺は平気だけどね、寧ろ面白い』
《ですけど今回の騒動では逃げの一手だそうで》
『アレは違うじゃん、苦悩だし』
「やっぱり苦悩なんですね」
『そらね、予測と違う、全く別の方向からの伏兵が強敵なんだし、どう方向を修正するか悩んでんだろ』
「なら、ぶっちゃけ、諦めて欲しいな、と」
《アナタ心持ちを抑制している自覚は有る?》
「と言うか、道中は半ば試練だと思ってましたので、まだ本当に好きになったらダメだとは思ってます。お相手に失礼だとは思いますけど、私が好きになってから諦められたら、殴る程度じゃ済まなそうなので」
『激情か』
「激情って誰の中にでも有るって先生が言ってて、それを心配してますね、はい」
《私達の為、ご家族の為ね》
「まぁ、延いては、ですね」
『有るのかね、実際』
「無い証を出すのは非常に難しいかと」
『けど、有る証も出せない』
「難しいですよねぇ、仮に心を映し出す宝貝が有ったとしても、映し出されたモノが真実かどうかを判断するには。結局は信じるか信じないか、になってしまうかと」
『宝貝なぁ、あ、アレが転移者だとか言ってたな、マジで持ってるのかね』
「凄い冗談を放ちましたよねぇ」
《その、道士、道教について私は不得手なのだけれど》
「あぁ、私も本でしか知らないんですけど、実態ってどの家が1番詳しいんですかね?」
『やっぱり白家じゃね?儒教と仏教の間が道教だとか聞いたし』
「青燕さんは何か知ってます?」
『いえ、ですが儒教や仏教ともなると、やはり白家かと』
『よし、じゃあ家に行くか』
《そうですわね》
暁霧様って、本当に花霞を好いているのか怪しいのよね。
勿論、大切に思って下さってるとは思うのだけれど。
ダメね、疑えばキリが無いわ。
でも何かが引っ掛かるのよね。
それが何なのかは分からないけれど。
何かが有る様に思えてしまう。
「お疲れ様です」
「いえいえ、素晴らしい財政管理だわ、流石中央と言うべきかしらね」
『とんでも御座いません、褒めて頂いても粗茶か包袱しか出せませんわ』
「でしたら、この管理方法をどなたに伝授して頂いたか、お教え頂けませんかしら」
『この家に代々伝わっている方法に、真摯に取り組んでいるだけですわ』
「そんなに特殊ですかね?」
「投資用のお金を別枠にし、額までしっかり決めているのは珍しいわよ」
《あぁ、そうですわね、ウチでも大まかにしか決めて無い筈よ》
「あー、それこそ余力が有るからでは?ウチは厳選しないとやってけないですから」
『そう決めませんと幾らでも出してしまいますからね、自制の念を込めての事かと』
そこなのよね、そこが難しいのよ。
良い塩梅で出す割合を決める、その手練手管を教えて欲しい、出来たら広めて欲しいのだけれど。
「花霞は全て伝授されてるのかしら?」
「はい、と言うか伝授も何も、ココらだと当たり前に広まってる事、では?」
『それはどうかしらね?ただ金絲雀とアナタは心配無いわ』
「えー、お母様、何で濁します?」
『親としてはね、子には頼って欲しいのよ、親の甘えに少しは付き合いなさい?』
「はーぃ」
お母様の腕に巻き付いて。
本当、全然違うわね、花霞ちゃん。
「あ、そう言えば、どうしてコチラに?」
「道教について本でしか知らないので、もし実態をお伺い出来ればと思いまして」
「そう、成程ね。ならココの道教院に行きましょう、盧・埃蘭の師も居るそうだし」
「おぉ、本場にお伺いするんですね、成程」
「あら、行った事は無いの?」
『ご迷惑にもなるでしょうから、不用意に近付くなと教えているんです』
「はい、仏教の寺院とは別だからと、儒教の宮堂もですね」
『本で知る以上を知りたければ行くべき場所だ、と、でなければお邪魔をする事になり兼ねませんから』
「はい、良い子なので、ちゃんと約束を守ってますよぅ」
『そうね、良い子だけれど、行くなら静かになさいね?』
「勿論ですよ」
そして、手間を省く為にもと、お伺いさせて頂いたのだけれど。
紅・緑晶先生と盧・埃蘭の師、李・伯陽氏を目の前にした花霞ちゃんが、固まってしまい。
「あ、見た事有る気が」
《そうでしょうとも、以前の騒動で、紅先生とアナタにお会いした事が御座いましたから》
「それも有って近付くなと、成程」
《ご立派になられましたね》
私、凄い忘れてた。
このお師匠さんが来て取り押さえてくれて、直ぐ後に先生が面沙も何も無しに駆け付けてくれて、その後ろにルーちゃんが居て。
「凄い、凄い衝撃だったんでしょうね、私、すっかり後の事は忘れてましたよ」
《もう思い出しても構わない、だからこそ思い出されたのかと》
「ですね、うん、はい、ありがとうございます」
もうあの女は怖くない、そもそも墨家で保護されてるんですし。
そう、何も怯える必要が無いから思い出せたのかも。
凄い、脳味噌って凄いな、本当に。
「だとしてもだ、少し休むぞ」
「あ、先生もごめんなさい、すっかり忘れてました」
「アレから少し間が有ったしな、寝込んたのは覚えてるか?」
「そこははい、寝込んだな、とは覚えてます」
「まぁ、そう言う事だ、少し連れ出すぞ」
《では、私がご案内致しましょう、さ、どうぞ》
綺麗な庭園。
寺院とそう変わらないんですね、こうした風景って。
「お前のその記憶は、神々が封印した事だし、半ば捏造だ」
「はい?」
「本当は俺とルーが先で、少し後に李・伯陽が来た」
「何でそんな改変を?」
「異変に先に気付いたのはルーで、アイツだけじゃ信頼されないだろうと俺を呼んで、それで対応が遅れた、すまん」
「いや元はアレを野放しにしてしまった墨家のせいですし」
「だよな、俺もそう思う。だからこそ、お前から手を引かせる事も出来るぞ」
「それで本当に諦めてくれると思いますか?」
「お前が願うなら、そうさせる」
つまり先生がルーちゃんにお願いしたら、私がルーちゃんや神様に願えば、叶う。
「でも、もし私がそんな事をされたら凄く嫌なので、却下で」
「少しお前を良い子に育て過ぎたなと思う、ズルだろうが何だろうが、多少は許してくれる筈だぞ神々は」
「私、気が小さいんですよ、そのズルがもし他の人にバレたらと思うと、凄い嫌なんですよね。良い子だって褒めて貰ってる今のままが良いんですよ、その方が楽だし、下手に何かを変えて調整しなくても良い。物ぐさなんですよ、で気が小さくて、良い子だと思われてたいからコレなんですよね。なのに本当に良い子みたいに扱われてて、ぶっちゃけ気が引ける、中身は何歳も上なんですから」
「その記憶も消せるぞ」
「えー、何か変わっちゃいそうだから嫌です、それも却下で」
「真面目で根が良いのは本当だろう、もっと墨家を責めても良い筈だ」
「責めても何が返って来るワケでも無いですしねぇ、寧ろ良い様に使ってやる気は有りますよ」
「なら言ってみろ、具体的に」
「えー、今回の路銀を払って貰おうかな、と」
「当然だな、付き纏ってる心的損失補償だ」
「それと、アレ、破談の際の帰り賃も」
「お前、当たり前だろうが」
「利用って、どうしたら良いですかね?上手い有効活用の方法なんて考えても無かったんですけど」
「同じ位に傷付けてフれ」
「えー?それは流石にちょっと、未成年者の責任は無いのでは?」
「ルーを責めろ、詰め寄れ。つか跟踪狂には跟踪狂だとハッキリ言え」
「でもでも、好きだからつい見ちゃうって有るじゃないですか?」
俺の得手不得手を教える時が来たな。
「俺には全く分からん」
「ほう?」
「そうした考えが俺は全く分からないんだ、前から、今までもずっと。だから俺はお前の相談には乗れない、何も分からない、何も知らない餓鬼以下の事しか言えない」
「それは、相談すると、ご迷惑って事で」
「いや、迷惑だとは思わないが、アレだ、無痛症が痛みを理解出来無いのと同じだ」
「それなりのご相談に乗れると思うので、乗れないワケでは無いのでは」
「つまらん事しか言えんぞ、嫌なら離れろ諦めろ、当たり前の事しか言えん」
「どんな事にも冷静さを持つ方って、大事だと思うんですよ」
「はぁ、だとしてだ、いつかお前が気に食わないと思う事を言うかも知れないぞ」
「それは私の熱が上がり過ぎてる証拠なんですから、寧ろ叱って。あ、もう関わりたくない、とか」
「そう不意に負の方向に振り切れる時が有るが、何だ?何が有った?」
「いや、前は何とも思わなかったんですけど。関わりを避けられるって事は、嫌いだって事なんだなと、そうココで気付いたのが恥ずかしくて。前よりはマシですけど、私、そう頭も良く無いし察しが悪かったので、そう褒めて貰っても、やっと、普通になっただけだと、思ってるので」
「そう生きてられたんなら、別に良いだろ。困ったり窮地に陥ってこそ、危機管理能力は伸びるんだ、平和な、良い人生だった結果だとも、言えると思うがな」
「先生、相当ご苦労されてますよね?」
「おう、ココでも向こうでもな」
「だから私とは」
「お前に不快な思いをさせない為だ、それに俺が嫌な目に遭わない為、両者の為だ」
「本当に?嫌じゃないですか?」
「その時はハッキリ言う、心配するな」
「そこは優しく言って下さい、容易く凹むので」
「大雑把かと思えば、意外に繊細だからな」
「コレでも良くなった方なんですけどねぇ」
「みたいだな」
「先生は、何が有ったか知って欲しくないですか?」
「無いな、同情されても、それこそ何が返って来るワケでも無い。嬉しくも無いし、何が満たされるワケでも無い、逆に言えば今の俺にはその程度の事。お前もルーも俺の事を気にする必要は無い、それこそウムトが居るしな、大概の事は何とかなるんだ、気にするな」
「優しいのに、勿体無い」
「コレは俺の魂の性質だ、遺伝に由来するなら、まぁ、子作り位ならしても良いが、子育ても家庭も無理だな、面倒は避けたい」
「せめて一緒に居たいと思える方が出来たら、と思うのですが」
「まぁ、そうだな、そこは俺もそう思う、人手は多い方が楽だしな」
「ですよね」
顔や声が良いなら、性格や頭が良いなら、そう良い遺伝子は残すべきだ。
コイツに影響を受けて俺も少しは考えを変えたんだが、まだな、そこまで一緒に居たいと思える人間に出会った事が無い。
しかも未だに、別に欲しくない。
健康のお陰だとは思うが、病んだら病んだでな、また死ねば良いと考えてしまうんだよな。
次こそ無へ。
何も無い、あの世に。




