枇杷。
『はぁ、最高ですぅ』
「お子様に緊張してる姿、見たかったなぁ」
《ね、小李子にいきなり座学させるなんて、良い度胸してるわココ》
『本当ですよもぉ〜、あぁ〜』
《按摩まで出来るなんて、本当に何でも出来るわよねぇ、枇杷ちゃん》
「何でもは出来ませんよ、ただ広く浅くが私ですから」
この器用貧乏な枇杷ちゃんこと花霞は、子供の頃、何になろうと思ったのかしら。
《枇杷ちゃん、アナタは何になりたかったの?》
「私はですね、何にもなりたい事が無かったんですよ、どうにも不安が強い子で、選べなかったんですよねぇ」
『素晴らしいご家庭なんですね、全然、そんな風には見えませんよ?』
《そうねぇ、けど何が不安だったのかしら?》
「お針子は目や手が悪くなったら食べれなくなる、料理人も、楽師も」
《なら、今はお嫁様?》
「そこも考えたんですけど、それこそお子が出来なかったら離縁か妾か、そう思うと、どれも同じだな、と」
《まだ決まってらっしゃらないのね》
「まぁ、はぃ」
『でも、好きな方が出来たら』
「その人の子が欲しいから結婚する、その人も私の子が欲しいと思って結婚する、でも出来なかったら。私は、その方に子を成して欲しい我を通すかと、なので、愚か者にでもなって離縁して貰うかなと。それに、もしかすれば他の方となら、子が成せるかも知れませんし、だから、程々の方が良いなと、程々が1番ですから」
花霞、アナタは一体どれだけの苦労をしてきたのかしら。
私達ほぼ同い年の筈なのに、凄くしっかりと現実を見据えてる。
それとも、見た目通り、実は18才なの?
『程々は良いと思います、けど、私は、好かれて愛されて欲しいと思います』
「ありがとうございます、私もですよ小李子ちゃん」
それが理想では有るわ。
けれど外見の珍しさから、そこにだけに惹かれ言い寄る者は多い筈。
そうした者は人としての愛ではなく、物として扱う傾向が有る、とも。
なら。
《私もよ、ですけど敢えて言うなら、目の悪い方が良いと思いますわ》
「そう!私もそう考えたんですけど、流石にウチってそこでも裕福でも無いので、難しいなぁと」
『そこまで考えたのは、やはり外見の事ですか?』
「そうですねぇ、好奇心ってどうしようも無いですし、別に悪い事でも無いので」
《そうね、飢餓だけじゃなく好奇心が無いと、カエルを美味しく食べようだなんて思わない筈よ》
『お肌に良いんですからね?』
《あら、ラクダだってお肌に良いわよ?》
『アレは移動手段です』
「まぁ、美味しければ何でも、お腹を壊さないのが1番ですよ本当、移動が出来なくなるんですもん」
《そこよねぇ、便秘なら多少は良いけど、アナタ何処までも移動に不向きよねぇ》
「と言う事は、薔薇姫は便秘がちですか、成程」
『直ぐに蕾が固く閉じちゃうんですね薔薇姫は』
《そうなの、花浜匙の花浜匙みたいに》
『もー、あ~』
「はいはい、恥ずかしがるも緊張なんですから、力を抜きましょうねぇ」
花霞が姉なら、私は何かを気付けたかしら。
『そりゃ絹糸と綿じゃ違うものねぇ』
「はい、すみません、値段も違いますから、どうにも扱うのが苦手で」
大分慣れてきた頃、花霞に私が居る尚儀から声が掛ったのですが、儀礼服は殆どが絹。
商家と言えど花霞は綿、自分用の刺繍意外に殆ど触った事が無いと。
《使えないわね》
偶にいらっしゃるとは知ってました、それこそ薔薇からも聞かされていたけれど。
『聞こえましたよ、謝って下さい』
ハッとして、しまったって顔をしてらっしゃるから、多分本気で独り言が不意に出てしまったのだろうとは思います。
でも、私の桂花に、友人に投げ掛けられた暴言を黙って見過ごしたくない。
《私、別に》
『ついうっかり独り言が出たのかも知れません、でもアナタの為に私の桂花が、枇杷が我慢する必要って無いですよね』
『またアンタかい、前も』
《そんな、彼女に聞かせ様とは》
『私が彼女の友人だからこそです、もしかしたら彼女にも聞こえてしまったかも知れない、そう思って何が悪いんですか?それともアナタは同じ事をされても許せる度量が有ると自慢する為に敢えてしたんですか?』
《それは、咄嗟に》
『アンタねぇ前も言ったけど、思うのは自由さ、けど口に出すなと。3回目だ、尚儀には置けない、アンタ達には悪いけどこの子を連れて行くから大人しく仕事しといておくれ。行くわよ枇杷ちゃん、小李子ちゃんも、ちょっと付き合っておくれね』
「はい」
『はい。ごめんなさい枇杷、悪目立ちさせて』
「いえいえ、ありがとう小李子」
私の頭を、ぽんぽんと。
私より体躯も良く背が高い。
年上に見えますけど、私とも薔薇とも同い年。
きっと中身を知らなければ、しっかり者だと、きっと勝手に思っていたかも。
《怒らせると怖いだろうとは思ってましたけど、まぁ本当に》
「凄かったですよぉ、二言で封殺して黙らせてましたもん」
『ごめんなさぃ、どうしても許すべきじゃないと思って』
《そうね、私もそう思うわ、後はもう私達が補佐を》
「いえ、そこは敢えて私にココを見極めさせて下さい。藍家では何も無かったんですし、こうなったのは仙人様がくれた試練かも、なので折角ですから他家で悪目立ちしてみたいんです。だから耐えてくれません?」
いやー、小鈴が超静かに冷静にぐうの音も出ない程に封殺した時はもう、痺れましたね。
そこまでどうとも思って無かったですけど、スカッとした。
『私達が耐えると言うか』
「別に私は清廉潔白な心の持ち主では無いので、尚寝に帰ってからあくびのついでに言ってやろうと思ってたんですけど、私の性根の悪さから彼女を守った小李子の為にも頑張ってみたいんです。それに意外とあの人だけで、ココの人達も良い人ばかりかもですし、ね?」
《そうね、警戒し過ぎてもココの方達にも失礼だし、任せてみましょう?》
『ちゃんと愚痴って下さいね?』
「はい。あ、毎刻さんだ」
藍家の時知らせは鐘だったんですけど、ココは就寝時間を告げつつ見回る人が居る。
多分、お子様や乳母の為なんでしょうね。
《あぁ、もうそんな時間なのね》
「意外と図太いから大丈夫、おやすみ」
『はい、おやすみなさい』
正直、正義厨ウザい。
ってのは悪を見過ごそうとした罪悪感からの逆ギレ文言だ、ってココでの従兄弟が言ってて。
ぐうっちゃったんですよね。
要は面倒臭ささと罪悪感から出る文言、なら、だからこそ黙ってれば良いのに正義感がウザいとか言っちゃうのは愚の骨頂。
関わりたく無いなら何も言わない、言ったなら関わる、責任を持て。
そして言われる側も、無視したり感受性をアホにし過ぎるのはいけない、とも。
小さな悪を見逃し続け、それこそあの女性が大物の前でウッカリさんをしたら、朱家の面目が潰れる。
小さな悪を無視する事は、果ては所属する集団に迷惑が掛かる。
コレ極論じゃないんですよねぇ、ウチの生家でも似た事が起きて大騒ぎになって。
あ、他家の箱入りさんが働きに来てやらかしたんですよね、それこそ今回みたいにポロっと。
我慢出来無いんでしょうかね、独り言。
まさか、言わないと死ぬ呪詛が掛けられてる?
だとしたら理由って。
まさか朱家の面目を潰す為に敢えて仕向けられた刺客?
まさかぁ、何処のフィクションですか。
だってココ現実ですよ?
いや、けど、傍から見たらファンタジー。
法術(魔法)もありますし、なんせ私がファンタジーな見た目で存在なんですし。
《花霞》
なんで、春蕾さんが。
まさか、本当にココへ刺客が?
「春蕾さん、どうしたんですか春蕾さん」
可愛い。
驚いて駆け寄って来る姿も、凄く可愛い。
このまま抱き締め。
心配だったのは事実だし、同性なら良いだろう。
《心配で、藍家がココへ寄越してくれたんです》
「んっ、すみません、悪目立ちをしてしまって」
小さい子では無いけど、腕に収まって。
可愛い。
俺より小さくて薄くて。
《いえ、事情は伺ってますから大丈夫ですよ、花霞》
「ココでは枇杷で、あ、春蕾さんは春蕾さんのままですか?」
《映日果》
「あー、美味しそうですねぇ」
花霞の方がよっぽど。
危ない、離れて収めないと。
《すみません、あまりに心配だったので》
「いえ、ありがとうございます」
気をそらさないと、収めないと。
《好きですか映日果》
「生が好きですね、けどお腹が緩いから1個だけにしてます」
《あぁ、私もですよ、子供の頃に丸々1個食べて大変だったので》
「分かります、何で私は半分なんだ、と。そしたら姉が黙って1個くれたんですけど、まぁ厠を占領しましたね、半日籠もってましたよ」
あの痛みを思い出せたお陰で、何とか収まってくれた。
危ない。
《分かります。ぁあすみません、部屋に向かいましょうか》
「はい」
可愛い。
もっと触りたい。
《手を見せて下さい》
刺客の事を心配してなのか。
心配性なのか。
私の手をじっくり見て。
「あの」
《大して荒れない手でも、手入れはすべきですよ》
「だって、手がベタベタするの嫌なんですよぉ、夏は特に」
《塗ってあげますから、軟膏を出して下さい》
「はぃ」
心配性で世話好きな。
いえ、寧ろ藍家から来たからこそ、朱家の体面の為に心配して下さってるのかも。
にしても丁寧。
《はい、後は気になるなら肘や膝に》
「はーぃ」
肌が丈夫だから適当だったんですけど、西や北は乾燥するって言いますもんね。
粉をふいてたらウチの薔薇姫に何を言われるか。
そこも心配してくれてるんですかね。
優しいと言うか、最早、過保護。
と言うか綺麗な顔しやがって。
凄いな宦官
あ、目を逸らされた。
《私の事なら気にしないで下さい、四家巡りをした事が無いので、使用人として送り出して下さったんです》
「あぁ、そうなんですね」
ですよね、宦官や男性は好きな時期に好きな場所に奉公へ行け。
宦官はそんなに自由に動けなかった筈。
相当の事由が無いと、領地から出してはいけない。
何故なら稀有だから、物珍しさと穴が有るから、慰み者になり易いって。
私の様な先天的な形成不全を誤魔化す為だったり、それこそ地方だと口減らしの際に働き口を増やす為に切り取ったり、偶に怨恨で切り取られたりだとかも。
元は女尊男卑の邪教に割礼だ、とか言って切り取られたのが始まりだとも聞いて。
そこ?
か。
あ、もしかして私の事、バレちゃってます?
あー、かも、深淵を覗くと深淵にも見られちゃうんですし。
どうしましょう、参ったな、女の子は対象じゃないんだけど。
どう、伝えるべきか。
と言うか、伝えて分かって貰えるのか。
《「あの」》
あ、シンクロしちゃった。
《あ、お先にどうぞ》
「あー、いえ、お先にどうぞ」
可愛い。
手に懸想するなんて全く理解が出来なかった、けれど、今は凄く良く理解してしまった。
だからこそ。
俺ならまだしも、間違っても他の男に、それこそ同性でもこんな風に触られて欲しくない。
つい、そう言おうとしてしまい。
《女性ならまだしも、男にこんな風に触らせたらダメですからね、どんなに賢そうな男でも凶器を持ってるんですから》
「あ、はい。けど他の女性にココまで、するのもされるのも無いですからね?女同士好き合う事は否定しませんけど、私は違うので」
コレは、暗に拒絶されているんだろうか。
《あぁ、なら、安心ですね》
「そこまで結婚願望は無いんですけど、はい、女性には興味が無いです」
俺は男だけれど、今は女で。
コレは、どう思えば良いんだろうか。
《しっかりしてるのは分かってるんですが、無理をしないで下さいね》
「はい、ありがとうございます」
《では、おやすみなさい》
「はい、おやすみなさい春蕾さん」
あぁ、やっぱり好きだ。