73 実家。
今の時刻の実家には殆ど人が居ない筈ですし、出歩いて跟踪狂に何かされても困るので、宿に戻る事に。
《はぁ、本当にもう、全て揃ったのよね?》
「その筈なんですけど、金絲雀は何か知ってます?」
『いやアレで全部だと思いますけどねぇ、後は居ても雑魚ですよ雑魚、殆どが春蕾さんに負けると思いますよ?』
『腕っぷし以外で、ですか?』
『あぁ、見た目通りお強いんですね、成程』
『凄い、見抜けるんですね、流石です』
『そらお客様を観察して先回りする仕事でも有りますからねぇ』
そのせいなのか、金絲雀は推理物や事件簿系が大好きで。
ある意味で暁霧さんと仲良くなれそうなんですが、どうだったんでしょう、つかお相手とか居ないんですかね金絲雀。
「それはありがたいんですが、金絲雀、お相手は?」
『アレを貰おうかと、例の跟踪狂』
「は?」
『いや薔薇姫様なら分かってくれますよね?絶対に便利に扱い放題じゃないですか?』
《それは、そう言われればそうだけれど、ちょっと、それは流石にどうなのかしら?》
『情愛が無いにしても、夫にするんですよ?良いんですか?』
『まぁ、少し難しそうだなとは思いますけど、手駒にしたら凄い有能そうじゃないですか?』
『少し、ですか』
「従業員への教育には慣れてるでしょうけど」
《あぁ、なら頑張ってみても良いんじゃない?敵として手駒を何処かに放置するより、手元に置いた方が安心だもの》
「いや私に負い目を感じ過ぎですよ?」
『だけでココまでは言いませんよ、雨泽様の提案で確かになと思っての事ですし、背丈的にも雨泽様よりアリですし』
雨泽様、何て余計な事を。
『背丈、だけですか?』
『あ、顔も良いですよ、お声も、良い看板になりそうなのが何より良いですよねぇ』
《そうなると、何もせずに妥協して他の適当な相手を、となると少し損した気分になるわね》
『はいー』
「はいーって、仮にも私を追い掛けてた相手ですよ?」
『中央に育って今更そこを気にするのは、阿呆な元中央娘と同じじゃないですかー、嫌だなぁもう、そんな事を考えてたら誰とも婚姻不可ですよぅ』
《そうよね、誰かを思った事が無いかどうか、結局は相当調べないと、それこそ調べても出るかどうかだもの。寧ろ今回は負い目や罪悪感、実は単なる憧れだった、と片付けても良いのだし》
『はいー、良い物件だと思うんですよねぇ』
「こう、拘りとか無いの?」
『根は善人で真面目でしょうし、コチラでどうとでもしますので』
金絲雀、もしかして薔薇姫より強い。
いや、でも。
「本当に良いんですか?」
『アナタが言います?平穏なら何でも良いとか言ってましたよね?』
《あらそれは人の事を言えた義理じゃないわねぇ》
『それはそうです』
「いやだって、理想を抱いても」
『ほらぁ』
《はい、アナタの負けよ、取り敢えずは動いてみて、よね》
『ですねぇ』
私、以降はコレと同行するんですよねぇ。
逆に心配になる、このままココで。
「あ、居た、他にも居ましたよ候補」
『あ、家で探して貰うんでしたっけ、他のお相手』
《あぁ、すっかり忘れてたわね》
『どうします?』
「あー、今夜その紹介が有るかもなんですよね、成程」
『まぁ、平穏さは保証されるでしょうけど、幸せとなると別ですよねぇ』
《そこよねぇ》
『と言うかあの方々を見て、こう、候補を降りない方って居るんですかね?』
『「あー」』
そうして宿に戻った後、ダラダラとバッチリ準備をして、夕餉にと家に向かったんですが。
うん、勢揃い。
「お帰り花霞」
『お帰りなさい、すっかりお姉さんね』
花霞がご両親に迎えられた後、直ぐにも宴が始まったのだけれど、三方は御簾越し。
中央の部屋に二つの卓、私達とご両親が同じ卓、ご親族は別の卓に居り。
「コチラが伯母、叔母、叔父、伯父です」
その中には商隊のウムト様も。
「僕もお邪魔させて貰ってるよ」
「本当商隊なんですねぇ」
「勿論だよ」
こうしてみると確かに花霞と似てるのよね、ご親族含めて全員、当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
不思議だわ。
そう思うと道士様と花霞は少し違うのよね。
思い出す限り、お顔立ちが、こう。
『遅くなりました』
あら良い頃合いに道士様が。
でも相変わらず、丈の短い浅露を付けてらっしゃるけれど。
あぁ、花霞のご家族が用意した婚約者候補も居るものね。
「あ、コチラは道士様で、盧・埃蘭様です」
『昔に1度、ココで施しを受けた事が、その説はありがとうございました』
彼が広げた包袱には、確かに姚家の名と家紋。
全体の絵柄は型押しの桃と仙女、家紋は外九つ鐶に桃。
仙女と桃から仙と木を抜いたのが、姚。
字を読めぬ者にも覚えて貰える構図なのだ、と、以前に教えてくれたのだけれど。
今の花霞が使っているのは、白抜きの紺に黄色の刺繍で名と家紋が入っており。
道士様の物は灰色と黒の二色刷りに、赤い刺繍糸。
売ってらっしゃる物なのかしら。
「随分と繕ってますね」
《花霞、アレは売り物では無いのよね?》
「あ、はい、非売品です。知り合い等に配る用で、閏年毎に色や柄を変えてるので、コレは」
『貰った当時、僕は師と共に灰色の装束で回っていて、家内安全と厄払いの儀をさせて頂きました』
「あぁ、小さかったあの子か、そうかそうか。確かに確かに、その説は」
『では道士様はコチラへどうぞ』
『ありがとうございます』
「それで、どうしてコチラに?」
『僕も求婚しに来たんです、師から話を聞いて、ずっと待っていたんですが。どうやら少し複雑な様で』
「あぁ、だがもう少し前に、話を持って来てくれても良いんじゃないだろうか」
『四家巡り後に、先ずは花霞に会ってからと思っていたんです、身を立てるべきだと思っていたので』
「あぁ、そう多くも無いでしょうからね、道士様にお仕事を頼む様な事は」
『はい、ですが何とか。けれど、凄く残念です』
これ、ハレムの事よね。
「いえ、親としては寧ろ嬉しい事ですよ。この子が様々な方から選べるんですから、喜ばしい限りです」
『そうね、夢も希望も無い事ばかりを言っていたら、夢の有るお話が舞い込んで来たんですもの。さ、ウチが用意した方達も紹介するわね、ご挨拶を』
まさに圧巻です。
道士様が来た後、花霞のお母様のお声がけと共に御簾が上がり、ご挨拶をして下さったんですが。
十人はいらっしゃるでしょうか、三方のウチ一つは四家の御簾なのでそのままですが、二部屋に候補者がずらりと。
本当にコレで出揃ったのかは疑問ですが、花霞は。
「あ、何で、彼が」
「彼も待っていたそうだよ、お前の事を」
『花霞、もしかして』
「彼です、彼が例の、何でですか父上様」
「害は無かったろう」
『私は少し反対したのだけれど、選ぶのはアナタだから、と』
「無いです無いです、だって童貞じゃないんですよね?幾ら今は病気が出てなくたって、いつ出るか、そんな人と体を重ねるなんて有り得ません」
「花霞、そう噂を鵜呑みにしては」
花霞のお父様が擁護して下さろうとしたんですが、彼は何も言わず俯いたまま、部屋を出てしまい。
「居ない間に言うのは不本意ですが、言いたい事が有るならハッキリと仰って下さる方が良いです、弁明も何もせずに泣きながら出て行く様な方はどんな名家でもお断りします」
『だそうですので、ウチの娘の気性に付き合えないと思う方は、ご退席をお願い致しますね』
意地も有るのでしょうけれど、退席する方は居らず。
『あのー、アレ私に譲って貰えません?』
「本気ですか金絲雀」
『はいー』
「まぁ、未練も何も無いので良いですけど、無理はダメですからね?」
『勿論ですよ、ではでは、失礼致します』
そう言って、金絲雀さんは出て行ってしまい。
「では、候補の方には私からお願いを、先ずは私の言いと思う面を10個お願い致しますね」
《あら面白そうね、私も書こうかしら》
『薔薇姫、何をまた』
『良いじゃん、お互いに書き合ったら?』
御簾から雨泽様のお声が。
悪い方だとは思いませんが、面白がってる節が有るんですよね。
「あら良い案ですねぇ、流石四家の中でも娯楽を得意とする朱家の方、趣を分かってらっしゃる」
花霞、俺を当て馬にしやがった。
《良いね、折角だから兔子は翠鳥に、翠鳥は兔子と花霞に。どうだろうか》
『僕は構いませんよ』
『私も構いませんけど』
「いやウチの娘にお付き合い頂きまして、すみませんね」
『ただいま墨をご用意させますので』
『いえ、僕のは結構ですよ、仕事で持ち歩いていますので』
道士、凄いな、あっという間に書き上げて侍女に渡してんの。
んで春蕾、クソ悔しそう。
「早い」
『少し前にお会いしましたし、思いが違いますから、他の方はどうぞごゆっくりなさって下さい』
凄い余裕だな。
つか何を書いたか、見えねぇなぁ。
御簾、邪魔。
《お待たせ致しました》
でもう、春蕾は直ぐに書き始めたのは良いんだけど。
10越えても書き続けてんの、量で攻めんのな。
はぁ、いたたまれねぇ。
『つか何で細狗も書いてんの』
「ついでよ、つ・い・で」
気が付いたら花霞の崇拝者になってんだよなぁ、暁霧。
だからって、ハレム入りは違うと思うんだけどなぁ。
《君も書くかい、包々》
『絶対に包々って言いたいだけでしょうよ、蝦餃』
《かも知れないね》
あー、向こうはどうなってんだろうな、金絲雀。
後で青燕に聞くか。
つかアイツ、単に聞かれないから言わないだけ、とかも有りそうなんだよな。
『はぁ、ただいま戻りましたー』
「あら早いですね」
『まぁ、最初はこんなもんかと、つか何ですその紙は』
「私の良い面を書いて頂いてる最中です」
私が金絲雀さんの付き添いをしている間に、また少し、状況が変わっておりまして。
『成程』
「で、どうでした?」
『話し合うと言うより、一方的に後悔の念を吐き出されただけですが。まぁ、私は無害だと分かってるでしょうから、そのウチ何とかなるかと』
「青燕さんからしても、ですかね?」
『そうですね、全く無理、とは思いませんね』
そして御柳梅様は何か考えたかと思うと、手巾を手に金絲雀さんを手招きし。
「弱みに付け込むのは良いですけど、他から恨まれませんか?」
『そこは上手く利用しますし、そもそもココを一時的にでも離れますし、その間に根回しはちゃんとして貰いますよぅ』
「あぁ、ご家族に」
『はい』
「あ、貞操帯でも付けてしまっては?」
『良いですねぇ、それか刺青でも入れさせますか、背中とお腹に私の名を大きく入れて貰う、とか』
《あら良いわねそれ、本当に愛が有れば喜んでくれる筈なのだし》
『刺青って消えませんからね?』
『婚姻歴もですよぅ、似た様なものですよ、と言うか書き記すだけマシですよマシ』
《そうよね、体だけ頂くなんて、下品で下劣極まりないわよねぇ》
「あ、婚約されたんですよ、薔薇姫様」
『おぉ、おめでとうございます』
「腹黒そうな策士風の方なんですが、まぁ、今の所は良い方です」
《どうにも心配して、と言うか嫉妬かしらね?》
『取られてしまうとなれば、確かにそうですね』
『成程。あの、コレで全員ですか?紙』
「まぁ、向こうは殆ど出揃ってますね」
雨泽様と兔子様を除き、四家の方が書いた文は出揃っており、道士様のも御座いますが。
どうやらご家族がお連れになった方々が、苦戦してらっしゃるらしく。
『では私が受け取りに回りますから、そこで時間切れとさせて頂きましょう、お腹が空きましたし』
「ですよね」
「では、頼むよ金絲雀」
『はいはい、お任せをー』
宴の最初から、薔薇姫様は勿論、小鈴もルーちゃんもスープを飲んだり前菜を食べたりとしていたんですけど。
やはりメインは落ち着いて食べたいですよねぇ。
「花霞、流石にコレだけで見極めは叶わないだろうに」
「ですよね、では父上様、少しお願いが」
私、前世でも聞き馴染みの無い文言を、以前に宿で聞いたんですよね。
お姑さんがお嫁さんに、若しくは旦那様がお嫁様に。
「成程、その文言にどう答えるか、だね」
『流石私達の娘ね、お願いするわねアナタ』
そして。
「まだ紙と筆は御座いますでしょう、ココで1つ紙に書いてお答え頂ければ、と。なに簡単な事で御座います、寝汚い、そう思うまでの待てる時間をお書き下さい」
初めて聞いた時はビックリしましたね、睡眠時間って人や体調によって違いますし、それこそ年齢によっては寝まくるのが赤子らしい赤子とも言われるのに。
幾ら大人になったからと言っても、好きに寝たら寝汚いって、ぶっちゃけ耳を疑いましたね。
だって、睡眠時間をゴリゴリ削ったら人って容易く死んじゃう。
それはココでも常識なのに。
とか思って宿の方に尋ねたら、どうやらイビリの定番なんだそうで。
けど大概はお相手に落ち度が有る場合が殆ど、首を突っ込むには慎重にと教えて頂きまして、薔薇姫様達と驚きつつも納得したんですが。
「居るんですねぇ、実際」
『時刻をお書き頂いた方にはお帰りを、お越し頂きありがとうございました』
母上様の言葉に少しゴネそうだったんですが、父上様が立ち上がり。
「ウチの花霞は良く寝る子でして、合わないかと、どうかお帰りを」
最後、怒気孕んでました。
めちゃクソ怒ってる。
つか、そらそうなんですけどね。
書いた時刻を過ぎたら、寝汚いと思う、と答えたも同然なんですから。
対する四家の方は、まさに正解のオンパレード。
春蕾様は寄り添い眺める、臘月様は室内の温度を確認し脈を診る、暁霧様は侍女に様子を伺いつつ見守ると答え。
何と雨泽様までお答え頂いたんですが、部屋の温度を改め侍女に前夜の様子を確認し、脈を診つつ侍医を呼ぶ準備をし様子を伺う。
と、何を完璧にお答えなさってるんですか、流石元病弱だとも思いますが。
『ウチの子には、こうお答え頂ける方が理想です。まぁ、妊婦なのにも関わらず、馬車馬の様に働かされる様な家は、どんな子女もお迎え出来無いでしょうけれどね』
雨泽様の文を持ち掲げた母上様、ちょっとキレ気味。
そして何を思ったのか、金絲雀まで立ち上がり。
『だからダメなんですよ、少なくともアレは寝汚いなんて死んでも言わないでしょうからねぇ、心根が違い過ぎですよ』
《まぁ、私は良く知りませんけれど、そもそも寝汚い、何てお言葉を知ってらっしゃる時点で、少し、遠慮して頂きたいですわね》
薔薇姫様まで。
そして極めつけは小鈴。
『ですね、自分の可愛い子供が言われるかもと思うと、安心して産めませんよね』
因みに兔子様は侍女から小鈴へ渡しておりまして、起きるまで一緒に眠る、と。
惚気けましたよ文ですらも、やりますね、頬を赤らめ大事に畳んでしまってましたよ小鈴。
そして道士様の答えですが、同じく見守るか一緒に眠るか。
ですよね、もしかすればお会い出来る時間がバラバラかもなんですし。
「そろそろ前菜も尽きそうなのですが」
「あぁ、食い意地汚いと思われる方にも退席して頂こうね花霞」
『では、先ず焼き物からお出ししますわね』
そうして焼き物が運ばれる間に、私が添削した文と共に、父上様が酒を振る舞うフリして追い出し。
侍女は侍女で黙って食器を下げ始め、家族が選んだ候補は、全滅。
「父上様、どう言う基準で選んだんですか?候補の方」
「選んだのは冷泉だよ」
『最低限よ、既に身を立ててらっしゃる方、侍女と言う名の妾を持たない約束が出来る方。借金の無い方、移る病を持って無いと一族郎党に誓える方で、アナタを愛せる方。だけよ』
「ぶっちゃけ、もっと集まるかと」
「あの子が居たからねぇ、意外と男には評判は良いんだよ、あの子は」
『まぁ、だから何だ、とも思いましたけど、アナタが選ぶ事だから、念の為にね。それにハッキリ言う必要も有ったでしょう、殆どがその為よ』
『まぁ、ココまで保たなかったのは残念ですけどねぇ』
「すみません、ありがとうございます」
「何を謝る、まだコレだけ残っているじゃないか」
『そうよ、さ、お席を移動しましょう』
久し振りの実家は相変わらず広い。
円卓が3つに増え、四家の方々の席が中央に移され、料理も揃った。
熱々の焼き物に煮物、炒め物。
やっと宴の本場ですねぇ。




