66 西安。
「本当に、西安始まりだったら、秋生まれなら超楽だったのに、小鈴」
『そうなんですよぉ、でも悔しいし西安は良く行くから、遠回りしてやりました』
《まぁ、いつもと違う方が楽しいものね》
『しかも混みますから、ですよね』
「いやでも楽でしょうよ川船だけで、夜間航行で5日で付くんですよ?」
《あーら、コレだから庶民はいけないわ、道中は須らく楽しむものよ?》
始まりました、最近流行りの遊び、大富豪と庶民。
「ぐっ、だって路銀は私の稼ぎですもん」
《でも今は私と小鈴の路銀で、すっかり贅沢が身に付いちゃってるのに、肉夹馍を我慢出来るのかしら?》
肉夹馍は肉餅っぽいんですけど、寧ろサンド、バーガー的なヤツなんですが。
サクサクジューシーな店が有るんですよね、以前に贔屓にしてたお店、まだ有るかな。
「春蕾さんに買って貰うから良いですもん」
《酷いわ、私は愛する人と離れ離れなのに。羨ましいから朝餉は羊肉泡馍にするわね》
『じゃあ私は、久し振りに豆乳で』
「分け合いっこしましょ?」
《しょうがないわねぇ》
『仕方無いですねー、今回だけですよ?』
「ありがとうございますぅ」
大富豪が庶民を虐げる風、あくまでも風味程度。
コレが最近の遊びなんですけど、傍から見たら相当アホっぽいのか、偶に青燕さんが笑いを噛み殺してる時が有る。
けど恥じたら負け。
なので市井に行ってもギリギリまで行うんです。
そう、チキンレースも始まるんです。
『はぁ、雨泽様、交代して下さい』
俺らは西安でも花霞達とは別行動で、軽食を食ってから湯屋に行って寛いでたんだけど。
まぁ、向こうも似た行動をしてて、湯上がりらしい青燕が俺らの湯屋に来て。
コレ。
『何で』
『先日お話した新しい遊びがまだ続いてるんです、もう耐えられません、いつ吹き出すか、代わって下さい』
《市井は少し危ないと言えば危ないし、そうだね、頼むよ水仙》
『もー、バラす、もう良いでしょ』
《もう少し我慢した方が楽しいよ》
『そうですよ、少しは何かやり通して下さい』
『女装は違うでしょうよ』
『嫌なら私から、私の言葉でバラします』
『分かった、けど食後な、面沙取ったらバレる』
『絶対ですからね』
で、朝餉の後。
少しして園での散歩の際、交代する事に。
「あ、水仙さんは何を食べました?」
『河南の胡辣湯を頂きました』
《それも有ったわねぇ》
『でも良い値がしますから、桂花は一口だけですねぇ』
コレか。
「胡椒は贅沢品ですからね、どうせ庶民は辣蓼で十分なんですよ」
《あら辣蓼なんて、アナタには蓼で十分よ》
『蓼と豆の醤を和えると、魚の良いタレになるんですよねぇ』
ダメだ、平気で一貫しないんだもんコイツら。
ごっこ遊びから急に素に戻んの、ズルいわ。
「あー、それ美味しそう」
『もう、家で出したじゃないですか、黄河鯉の焼きに添えたアレですよ』
《庶民には分からない味なのね》
『ふふっ』
「そっ、あの時は急に月経が来て、何かの香草かなーだったんですよ」
『あ、桂花の場合は不正出血でも味覚や嗅覚が変わるんですね、成程』
《また作れるかしら、麗江で》
『多分、一年草なので出来るかと』
「ただ雷魚と合いますかね?」
『意外と何でも合うみたいですよ』
《なら男性陣用に特別なタレを作りましょうよ》
「あ、当草で、ですね」
《そうそう》
マジかよ。
『兔子には食べさせませんよ?』
「そこは平等に、幾つか当たりを入れる、とか?」
《肉餅に入れちゃいましょうか》
「私も当たってしまうじゃないですか」
《ふふっ、どうして男性陣のをアナタが食べてるのよ》
「そりゃ大猪様が譲って下さいますからぁ」
『出ましたよ惚気が、許せませんねコレは』
《アナタもよ、兔子様には食べさせない、だなんて、コレだから》
人が通り過ぎる際には止めんのな、ウケる。
ダメだ、確かにコレはマズいわ。
「この、成金め」
《そうよそうよ》
『ぶふっ』
『ふふふ、水仙さんは笑ってくれるんですね』
『寧ろ青燕は、笑いを堪え過ぎて顔が痛いそうですよ』
「素直に笑ってくれたら良いのに」
《笑って良いか迷われたのかしら》
『まさか勘違いされてませんよね?本気だって』
『それは、ふっ、無いかと』
「侍女としての威厳を、保ちたい?」
《笑った程度で崩れる事は無いかと》
『もう、逆に、笑わせるべきでは?』
どうしてそうなる。
『いや、流石にそれは』
「ちょっと頑張ってみましょうか」
《そうね》
『あ、水仙さんはちょっと離れてて下さいね』
計略立て始めちゃったけど、俺のせいじゃないぞコレは。
交代なんかした青燕が悪い、俺は知らん。
「よしっ、あれ?」
『水仙さん、はぐれちゃいました?』
《まさか、護衛も居るのよ?》
私達がわちゃわちゃと巫山戯ている間に、水仙さんは護衛の後ろに移動していたらしく、そのまま行方不明に。
「取り敢えず、道を戻りましょう」
《そうね》
『川辺りも注意して下さい、足を滑らせたのかも知れませんから』
護衛の人達と園で歩いた道を戻ったんですけど。
《何処で見失ったのかしら》
『通り過ぎた方や後ろを歩いてた方を』
「水仙さーん!」
私の大声にも返事は、無く。
《馬車に戻りましょう》
園の警備隊に連絡し、男性陣にもコチラに来て貰い。
小鈴は真っ青なので、先ずは兔子様に預け。
「人攫いの噂って有るんですか?」
「いいえ、それなら西安の関門でお触れが出てる筈だけれど、聞いて無いわ」
「家出人の数は?」
「私は家に行くわね、少し待ってて貰えるかしら」
「直ぐに戻るかもですし、はい」
『花霞』
「小鈴は兔子様と、護衛の数の調整ですから、宿で荷解きをして待ってて下さい」
『行きましょう翠鳥、部屋を温めておきましょう』
『はい』
私達子女は待つだけしか出来無い、ココで私達まで動いて何か有れば、侍女と侍従のせいになる。
ジッと待ってるだけ。
中央で人が攫われる事なんて、それこそ偶に子供で起きるかどうか。
それだって周りが通報して。
何で、私じゃなくて水仙さんなんだろう。
理由が分かれば犯人が分かるかも知れない。
なら、どうして水仙さんなのか。
子女なら何でも良い。
突発的か、計画的か。
園を熟知してないと、警備隊が居るから失敗し易い筈。
なら、計画的に?
いや、園を熟知してるなら突発的かもだし。
けど何故、子女を。
「攫う理由って、何でしょう」
まさか女装姿で誘拐されるとか、マジで有り得ないんですけど。
子女が3人も、目立つ花霞も居たのに。
よりによって、何で俺。
《水仙、戻って来てくれたんだね》
誰、このおっさん。
『アンタ』
《ぁあ、声は違うが本当に水仙だ、本当に、良く戻ってくれたね》
コレ、雨泽だ、とか言ったら凄いマズそう。
つか俺の面沙、何処いったんだ。
『あの、ココは』
《いつも会ってだ場所だよ、水仙》
凄いヤバいのに誘拐されたし、何処か分んないし、縛られてるし。
詰んだか、コレ。
『手が痛い』
《ぁあ、今解くよ、すまないね、ついいつものくせで》
クソヤバいヤツだコレ。
男だってバレた時点で死ぬな。
『最後はいつか、覚えてますか』
《そうだねぇ、随分と前の、30年は前かね》
多分、50代だよなコイツ。
『園の中ですよね』
《そうだよ、良く遊んだ納屋だ、懐かしいねぇ》
周りを見渡すんじゃなかった。
骨が何個も有んの、しかも明らかに子供のも。
コイツ殺して良いだろ、証拠だけなら有るし。
『コレ、全てアナタが』
《いや、半分は池からだよ、困るよね、君との大事な池なのに》
半分は池から。
もう半分は手を下したのか、微妙だな、かなり変だし。
『いつも綺麗にしてくれてありがとうございます』
《いやいや、色んな水仙を植えたんだよ、どうかな》
『全てを見回れて無いんです、すみません』
《そうか、戻って来たばかりなんだね》
『はい』
《少し見て回ろうか》
『はい』
コレ、助かってもどうすっかな。
どう説明するよ、女装してた理由。
あー、出たのは良いけど、ココ園の何処だ。
全く分からん。
《昔はまだまだ見る場所が少なくてね、土が悪いからか花が根付かなかったんだ。けれど今は君のお陰で、水仙が良く育つんだよ》
『守ってくれてるんですね』
《死体は栄養になる、君の言う通りだったよ》
死体泥棒か。
そら人攫いとは少し違うもんな、しかも30年でアレだろ。
上手い具合にちょろまかしたか、そこらで死んでるのを使ったか。
『大変でしょう』
《何処かで必ず誰かが死ぬからね、暫く埋めてすっかり肥料と混ぜてから撒いて、それから骨を綺麗にして。けれど君の事だけは未だに探し出せないんだ、何処に埋まってたんだい?》
俺が攫われた時、周りには。
『柳の下は掘りましたか、水辺の柳』
《ぁあ、あそこは警備隊が良く休憩しててね、そうか、あそこに》
『今なら大丈夫、行ってみましょう』
《あぁ、そうだね》
多分、コイツがヤバ過ぎて逃げ出したんだろうな、本物の水仙は。
いや、でもコイツが埋めて忘れたってのも有り得そうだし。
「水仙さん、水仙姉さん」
これ、花霞の声じゃね?
『ぁあ、桂花』
「お父さん、水仙姉さんとお散歩ですか?」
とんでもない事を言い出すなコイツ。
《僕が、僕は君の父さんなのかい?》
「だって花の妖精のお母さんと庭師のお父さん、水仙姉さん、私。桂花の妖精だからこの毛色なんですよ」
《ぁあ、そうだねそうだね、姉妹が居た方が良いからね、そうだね》
「木蓮兄さんも来たんですよ、皆で一緒にお散歩しましょう」
《ぁあ、木蓮は男の子か、そうかそうか》
「お母さんはすっかり眠ってて、中々会いに来れないって、私がこうだからずっと守ってくれてたんですよ」
《水仙は優しい子だからね、そうかそうか、その毛色じゃ大変だったろう》
「見付かったら直ぐに捕まっちゃいますからね、成人するまでずっと花や木のままだったんですよ、声が聞こえてませんでしたか?」
《呼ばれていた気がするけれど、そうかそうか、水仙だったんだね》
「お母さんは幸せ者ですね、水仙がいっぱいですから」
《そうだろう、ずっと待っていたんだよ、ずっと、ずっと》
「あ、木蓮兄さんですよ、手を振りましょう」
《あぁ、大きい子だね、良く育ってるね》
そんで園の警備隊じゃなくて、白家の馬車に乗せられてった。
何だったんだ、あのおっさん。
「雨泽様、ご事情をお伺いしても?」
『そうなるよなぁ』




