63 抑圧。
言うか言うまいか散々悩んだんです、単なる試し行為だと思ってましたから。
でも、春蕾さんが薔薇姫樣に試されて何も言わなかったら、私は凄い嫌なので。
だから、言ったんですが。
暁霧さんは謹慎に。
「避けられずすみませんでした、なので」
《暁兄の謹慎も君の身に起きた事も避けるのは難しいと思う、君の警戒心を逆手に取っての行動なのだから》
「いえ、私が百戦錬磨だからこそ」
《そう警戒しては話せる事も話せなくなる、寧ろアレは暁兄の失策だ、君は気にしてはいけないよ》
「無理ですね、私はどうすべきだったんでしょうか」
《暁兄も完璧じゃない、謹慎とは内省の為の時間、君は野良猫に舐められたとでも思って開き直れば良いんだよ》
「いえ、未婚の女なのに軽率過ぎました、私にも謹慎をお願い致します」
《そうだね、僕らに会うにも苦労が有るだろうし、暫くは謹慎とする》
ぁあ、面倒だって言ったのバレてるのかも。
「はい、ありがとうございます」
もう、破談にならないかな、面倒臭い。
《どうして花霞まで》
「いえ、寧ろ有り難いんですよ、着飾らなくて良いし、小鈴のご家族や侍女に侍従にもご安心頂く為、適切な間合いに戻っただけですし。そうしたら着飾らなくて良いし」
『花霞は会いたくないんですか?』
「婚約したら飽きる程に会えるんですし。空腹こそ美食への第一歩、我慢も必要だって事ですよ」
どうして水を差したのかしら、と。
今となっては暁霧様は謹慎してらっしゃるので、尋ねる事も難しい。
そして何より、臘月様のご判断に文句を付ける事になってしまう。
なら、相応の理由をコチラも見付けなければならない。
ましてや差し出がましさを認められてしまっては、国母樣からの書簡が有ったとしても、爵位を得る事は難しくなってしまう。
今の歯痒さを解消する為だけに、花霞を守る術を失うのは、あまりに愚策。
《良いのね》
「はい、楽ですし、直ぐに解けるかもですし」
コレに納得しないのは、小鈴よね。
《少し良いかしら、小鈴》
好意が無いワケではない筈なのよね、花霞。
『花霞は、やっぱりそんなに好意が』
《あの子は抑えが強いだけだと思うわ、だって考えてみて頂戴、すっかり恋い焦がれても麗江まで行かないと婚約者ですら無いのよ?つまりは何も出来無いのよ、どんなに一緒に居ても、どんなに好意が有っても何も出来無い。なら、苦しむより楽しむのがあの子、もしかしたら苦を避けてアレ、なのかも知れないわよ》
半ば隙間を埋める様に言い訳を繕ってみたのだけれど、何だか酷くしっくりきてしまって。
もしかして、コレが真の意図なのでは、と。
『成程』
《もしかすれば、敢えてこうなる様に仕組んで下さったのかも知れないわね》
『流石暁霧様ですね』
そこは少し違うのかも知れないけれど、まぁ、そう言う事にしておきましょう。
《流石ですわね、臘月様》
《何の事かな、薔薇姫》
《今回の事ですよ。流石、花霞の事もすっかり見抜いてらっしゃっる、頼もしい限りですわね》
多分、彼女が最初に気付いた者だろう。
同席する青燕からは、少しばかり驚きと困惑の気配がしている。
《花霞は幼いワケでも疎いワケでも無い、ただ実に我慢が良く出来る子で、その実は心持ちすらも抑制しての事。良く気付いたね》
《偶然ですわ、縫い合わせてみると思わぬ図柄でしたので、口に出して初めて確信した程ですもの》
《君でも想定外、だったんだね》
《我慢をして貰いたくはない、そう私達の心持ちを優先して考えてしまっていますし。まさか好意を封じ込めるだなんて、まるで寓話じゃありませんか》
《西欧の薔薇姫の寓話を知っているんだね》
《あの子が教えてくれたんです、茨は心持ちの現れ、好意を閉じ込めた象徴。中央に行ったら買わせて頂く予定なんです、その包袱》
《子女や子持ちに人気だそうだね、花霞の包袱屋は》
《私の包袱もお願いしたのですけど、断られましたわ、大商家ともなれば実家に頼んでくれ、と》
《何を酷く抑え込んでいるのか、暁兄の勘は働いたけれど、少し思い違いをしてしまった。青燕もね》
『大変、失礼致しました、以降は更に精進させて頂きます』
《酷い目に遭った者は抑えが強い、けれど高位貴族はどうだろうか、己への抑えが強いからこそ高位の維持が出来る。本当に花霞を賢いと思うなら、即座にも至れて欲しかったのだけれど、容姿も相まって難しいよね》
《私も、精進させて頂きます》
《理解者を名乗るなら、立ち並ぶなら、是非にも頼むよ》
《はい。では、失礼致します》
侮ってはいない、敬っている。
今まで何度、そうした言い訳を聞かされて来ただろうか。
そう取り繕う者は多く、何度、苛立ちを覚えただろうか。
言葉ではなんとでも言える。
問題は態度、気配、言葉。
けれども言動の端々に滲み出る嘲笑、そうした粗を、もう少しどうにかして欲しかった。
敬わなくて良い、だからどうか侮らないで貰えないだろうか。
でなければ僕の前から消えて欲しい。
雨泽同様、僕にも他者を慮る心持ちは殆ど無い。
すっかり削り取られて、敬う気持ちも薄くなり、強い言葉を平気で吐き出してしまう。
特に愚か者へは、最早加減する意味が分からない。
少しの言葉で死ぬ程度なら、死ねば良い。
《青燕、僕は言葉が強過ぎた、とでも反省の弁を述べるべきかな》
『いえ、この程度で怯む様では、爵位の維持は難しいですから』
《良い様に受け取ってくれなくて結構だよ、コレは単なる八つ当たりだからね、花霞に会えない八つ当たりだよ》
花霞から僕への好意が無いからと言って、そんな程度で会わないでいられる時期は、とっくに過ぎている。
暁兄は少し見誤ってしまった、僕らの好意と花霞の心根を。
《はぁ》
「美味しかったですね、手抓羊肉」
羊の骨付き肉の塩茹、タレを付けて素手で食べるお料理。
珍しく男女は御簾越しでのお食事で、しかも凄い静かだったんですよね。
コッチもアッチも。
《違うの、自分の未熟さを痛感してるの》
臘月様に怒られちゃったみたいなんですよね、薔薇姫様。
「私の事ですよね、いい加減に教えて貰えませんか?」
《私の思い遣りの至らなさよ、良いの、ごめんなさいね》
頭をポンポンされましても。
「何で言ってくれませんか」
《もしアナタを本当に賢いと思うなら、そうしっかり考えるべきだ、と。優しい優しい、賢い賢いと持ち上げるだけ持ち上げて、そうした振る舞いをしなかったら、私だって怒るわ》
「皆さん、過保護過ぎでは?」
《いえ、私の心持ちの問題なの、少し整理すれば収まるわ》
安寧に、平穏無事に。
それが私の願いなんですが、いかんせん周りがこうして揉め始める。
やっぱり辞退しようかな、婚約。
『ただいま戻りました』
「あら早いですね?」
『臘月様から文をお預かりしました、どうぞ』
ーー君のせいで問題が起きているのでは無い、だからどうか暫くは何も考えないで欲しい。
凄い、エスパーだ。
《その通りよ、コレは私の問題だから気にしないで》
『じゃ、戻りますね、夕餉は羊の丁香肘子ですよぉ』
《そう、なら私も手伝うわ》
考えるな、って凄く難しいんですが。
「青燕さぁん」
『では貴族の勉強でもしてみましょうか』
「ふぇぃ」




