60 蓼。
『はぁ、変わり者と天才、麒麟児って同じ事を指してんのかもね』
「そうねぇ、介錯してやる、って言われて喜ぶ子は流石に稀有だと思うわ」
《情愛にも真っ直ぐだからだと思うよ、情愛の示され方に忌憚が無い、真に情愛だとなれば何事をも忌憚る事が無い。素直に受け取った結果だろうね》
『真っ直ぐに受け取り過ぎじゃね?』
《婉曲に受け取られる方が面倒だと思うよ》
「まぁ、それだけ信頼してくれてるって事でしょうけれど、凄い相性の良さね、他の子なら怯んじゃうわよ」
『だから譲ってんの?』
こう言う時、つい臘月ちゃんに任せちゃうのよね。
《正確に言うなら諍いを避けてる、だね》
「そうなの」
『あぁ、マジで血を見そうだもんなぁ』
《そうだよ、誰かが死ぬ》
「あら冗談じゃ、無さそうね」
《半分は冗談だよ、ただ死ぬ程の傷を誰かが負うのは間違い無い。それは花霞なのか僕なのか春蕾なのかは分からないけれど、全員が少なからず悲しみを背負う事になってしまう。ならば独占なんかより、円満な方が良いからね》
『面倒を避けてんなら、俺を巻き込まないで?』
《利が有るなら巻き込むよ》
「それ、ハレムの管理者を任せるって事なのかしら」
《どうだろうね》
私は冗談半分で雨泽ちゃんにちょっかいを出してるけれど、この子、一体何を考えてるのか。
今の所は本気でハレムに加えさせる言動は無いのだけれど、、春蕾ちゃんみたいに排除も警戒する素振りも無いのよね。
『あ、春蕾聞いてよ、マジで臘月まで俺を巻き込もうとしてんの』
《雨泽がフラフラしてるから心配しての事じゃないだろうか》
『地味に痛い所を突く、戻ったら仕事には就くよ』
《長続きするかな、つまらないと言って直ぐに飽きそうだ》
『ダメですよ三叔、本当の事を言い過ぎですよ』
『兔子まで、俺って意外と真面目なのに』
《だからだよ、面白味に欠けると続かないし、大成するか楽しさを追求するか。君の相も命運も二者択一だからね》
『目指せ高位貴族、ですかね』
「そうね、さして欲も情も無いのだし、政には向いてるものね」
『クソ面倒そうな事を。あ、もう出る時間?』
『あ、そうですそうです、馬車の用意が出来ましたよ』
「じゃあ、お食事に行きましょうか」
雨泽ちゃんに政に携わって欲しい反面、少し怖いのよね。
あまり民と心持ちが離れてしまう者って、真に孤独に陥りがちだし。
だから、まさか本当に花霞ちゃんと相性が。
まさかね、まさかよ。
『うん、美味い、南の味に近いわ』
「胡椒も唐辛子も効いてて、贅沢な味ですよねぇ」
『中央での値はそんな高く無いでしょうよ』
「北西部で食べるからこそですよ、ねぇ?」
『ココら辺に来るのは殆どが乾物だけですし、タレに入ってるのは生、ですよね?』
『だね、乾燥唐辛子とは風味が違うし』
「魚醤と唐辛子って合いますよねぇ」
『後酸橙な』
今日の夕餉は老撾料理、コチラ風にアレンジされた圧縮されてない薄味のふわふわ豆粽。
鳥の丸焼きには甘辛いながらもさっぱりしたタレ、スパイスたっぷりの刺激的なソーセージ。
そして何よりも、壺酒。
飲む前に水を入れて飲むんですが、コッチでは粟米爐酒、粟と米。
老撾のはもち米ともみ殻仕込、しっかり熟成されてて甘酒やどぶろくみたいな味で好き、飲み易い。
「全部合う」
『苦手な食い物は無いの?』
「アレ、牛肉苦胆湯は最初死ぬかと思いましたね、けど食べてると食べれちゃうんですよ、不思議」
『撒撇な、アレ無理、どんなに汗が出ても具合が悪くても無理』
「まぁ、あんなに苦い料理って、多分無いですからねぇ」
『アレ、漢方で有るじゃん、当草』
「いやあんなに苦味が続きませんって、偽物を食べさせられたんじゃ?」
あら?
『いや、多分、当草を食わした撒撇だったんだ、アレ』
「何を悪さしたんですか?」
『いや、マジで良いと思って作ったんだと思う、1回出ただけで俺に撒撇は出なくなったし』
「あー、お仕置きだと思われたくなかったんでしょうかね?」
『分んないけどマジで食ってみ?当草牛肉苦胆湯』
「流石に苦味で死にそうですけど」
『私は好きですし、兔子は食べてみたいですよね?』
『僕、当草はちょっと、だって後は何を食べても飲んでも苦いんですよ?』
『それな、マジで1日中家が暗かったもん』
「そう言われると逆に食べてみたくなる」
『ですよね』
『牛1頭分だからね?アレ相当周りも巻き込んで食い切った筈、被害デカいぞ?』
「仔牛は勿体無いですかね?」
『まぁ、残す位なら良いと思うけど、本当、本気でアレはヤバい』
『気になりますね』
『煽らないで下さいね?暁兄さん』
「流石に私も当草は苦手だし、そもそも牛肉苦胆湯って、食べた事は無いもの」
《俺も無い》
『あー、俺と飯一緒だったもんな』
「食欲が無い暑い時には良いですよ」
《私は遠慮するわ、何だか食べちゃいけない味に思えてダメなのよ》
『胆汁も入ってますからね。ですけど、本来なら刺五加と辣蓼、後は夏に採れる香草、だったと思うんですけど』
『だとするとそこまで後に残る苦さじゃない、と思います、多分』
『兔子、後で聞いといて』
『了解です』
今日はコレで3つ目の驚愕の事実発覚、ですかね。
《何だか、春蕾様が嫉妬するのも分かる気がするわ》
「えー、雨泽様とお話もダメですか?」
《だって延々と途切れないのだもの、情愛が無いにしてもよ、私も仲が良いと思って嫉妬しちゃうわ》
『お仕事でも、ですか?』
《そこなのよねぇ、一緒に仕事をするのにも少し考えないと、と思って》
「んー、春蕾さんが子女と延々仲良く喋ってる図が、想像出来無い」
『確かに、基本的には寡黙でらっしゃいますし』
《なら私達が話してる姿を見てみたら?》
「あー、はい」
《平気そうなのが困るわね》
「いや、何となくは分かりますよ?でも、用事だとか仕事以外ではこう、無さそうだな、と」
《信頼が有るのは良いのだけれど》
『まぁまぁ、物は試しで、明日にでもお願いしてみましょう』
上手くいくかしら、と不安だったのだけれど。
翌日、この不安が的中してしまうのよね。
「すみません、妬けませんでした」
《アナタ、好きなのよね?》
「だと思うんですけど、もしかして違うんでしょうか」
ウブが過ぎる。
それがココまでだなんて。
『先ずはご信頼が厚いから、と言う事にしておきましょう?』
「ぅうん」
《ちょっと、相談してくるわね》
「ふぇぃ」
2日目の烏拉特市で、少しだけ花霞を試してみたんですが。
私達が思うより、花霞は幼いのでは、と。
なので暁霧さんとご相談する事に。
「ほら、偶に居るじゃない、何処かが抜けてる子」
『それが花霞の場合は色恋沙汰、って事ですか?』
「知識は有るけれど、心持ちとなると別でしょう?」
『ですけど』
《初恋も、私達が思うより凄く浅い、と言う事でしょうか》
「かも知れないわね、と」
『あの花霞が』
「完璧だとは本人も思って無いもの、抜けが有って当然よ」
『あの花霞が、俄には信じ難いです、だって美雨への助言だって何だって上手なんですよ?』
「それこそ知恵や知識が有っても、心持ちが育ってるかどうかは別よ」
あの花霞が。
いえ、でも恋心に酷く警戒してましたし、ずっと警戒したままなら。
ですけど。
《情愛が無いワケでは》
「そこよ、ややこしいのだけれど、知恵と気持ちの有る幼い子だと思うしか無い。しっかり情愛を育てないと、本当に流される子になってしまうかも知れないのよね」
『私達は一体、どうすれば』
「そこはもう、今回みたいに教えて試して、よ。今の年で後悔したら重いもの、失敗させずに、分かって貰いたいわね」
『それはそうなんですけど。それこそ花霞が賢いなら、コレも考えが有っての事かもですし』
「そこよねぇ、確かに試すなら今だもの」
『暁霧様でも難しいんですね?』
「何だかんだ常人からは外れない子達の悩みが殆ど、臘月ちゃんなら分かりそうだけれど、あの子って度胸も有るから見守りがちなのよね」
『確かに流れに任せるのも必要ですけど、もし間違ってたら』
「それもだけれど、何をして間違いか、よね」
《そうですわね、嫉妬を気にして身を引かれても困るワケですし》
「そこなのよね、だからもう少し、じっくりゆっくり、はどうかしら?」
『そう、ですね、心持ちが変わるまでには日付も必要ですし』
「意外と早いかも知れないし、もう少し様子を見てみましょう」
嫉妬でイライラするかとも思ったんですけど、自信過剰なんでしょうかね、私の事で盛り上がってそうだなとしか思わず。
いや、自信過剰なのかも、信頼し過ぎなのかも。
「青燕さん」
『はい』
「信頼し過ぎ、自信が過剰なのかも知れません」
『そう落ち込まれるのは皆さんの想定外かと、元は嫉妬についての学びの為ですから。過ぎる事は何も有りませんよ』
「でも嫉妬するのも分かるんですよ、なのに想像が難しいし、なら諦めろと思う冷たさも持ってて。どうしたら良いんでしょう?」
『そのままで良いかと、ご信頼に足り得る方々なのは間違い無いですし、そもそも男性と。いえ、もしかしたら雨泽様にも好意が有ると察し、だからこその嫉妬の場合は、どうでしょうか』
「ちょっと、難しいですね」
『ですよね』
「雨泽様は毛色で騙されなさそうですし」
『はい、そこは間違い無いかと』
「それで好意が有るかも知れないと疑った場合。うん、はい、春蕾さんの嫉妬と警戒は十分に、はい、私も同じ立場なら嫌です」
同性だからこそ分かる機微が有るかもで。
もし、なら、ですけど。
『雨泽様をどう思われますか?』
「話し易い友人ですが、好意が有るとはちょっと、思えないんですが」
『僅かな芽吹きも感じ取れませんか?』
「はい」
『では、好意に察しが良い方でしょうか』
「そこですよねぇ、女装春蕾さんの気持ちも全く分かりませんでしたし。何かしら、言動で出して頂かないと分からない子だと思います、はい。えっ?例えじゃないんですか?」
『正直、分かりません』
「分からないんですか」
『私はそこまで長くお傍に居ないので。ただ、ココまで深く長く関わる方は初めてかと』
「いや3人目はちょっと、私の体は1つですよ?」
『お互いにそう分かってらっしゃるからこそ気付こうとせず、遠慮してらっしゃるのかも知れない、とは』
これが、青天の霹靂。
「いえ、ですけどそれならそれでこのままでは、雨泽様の婚姻に問題が出るかも知れないんですよねぇ」
『はい、ご自覚が有れば良いんですが、雨泽様が気付かないまま過ごされると。多分、独身のままかと』
確かに。
この前までサイコパスで、恋心が湧いたのがハレムしちゃう両性具有で。
じゃあ、もう、良いや。
とかなりそう、想像に容易い。
けど、別に私は気が無いんですし。
「成程、気付かせてフれば良いんですね」
『いえ、それは少し難しいかと』
「あれ?」
『もし雨泽様に本当に恋心が芽生えてしまったら、多分、加わってしまうかと』
「なぜ」
『性欲が薄いそうですし、負担にならないのでは、と』
「あれ?詰んでません?」
『正直、私もそう思います。後はもう、気が無い、と素っ気ない態度を取って頂いても、どうなるか』
「それで気付いちゃう場合も有りますよねぇ」
『はい』
「つまり、警戒しろ、と」
『そうお考え頂ければ、と、はい』
警戒したらしたで気付かれそうだし。
考えるも何も、詰んでますけど。
何を考えろ、と。
えっ?
3人目?
擦り切れそう。




