59 作法。
「それで、花霞ちゃんはどうだったのかしら?」
改めて正式なお茶の淹れ方を披露して頂いたのですが。
本当に、教える事が無いんですよね、御柳梅様。
『小さな商家の娘ともなれば、十分過ぎるかと』
「流石、何でも人並み位にこなせる子、ね」
『比べる気が無いにしても、もう少し自覚をして頂くべきかと思うのですが』
「どう比べても無理よ、実際に家の各だけで語れないもの、お作法も知識も考えも。逆にそこが良く分かっているからこそ比べない、比べられないと知ってるんだもの」
『そこをどうにかなりませんかね』
「雨泽ちゃん」
『無理無理、そう敬われる意味も理由も無いんだもん、それとも利を出せる?』
『いえ。ただご自身をもう少し』
『それは周りがすれば良いじゃん、今まで通り周りが守る、で良いんじゃないの?』
「はい、雨泽ちゃんの勝ちね」
分かります、分かりますよ頭では。
でも心持ちが不安なのですよ。
いつかご自身を遠慮無しに投げ打ってしまうのでは、と。
『はぁ』
「意外と芯が有るから大丈夫だと思うわよ?」
『だからこそです、ご自身の身を挺して投げ打つ様な事になれば』
『それ止められないんじゃない?信念からの行動なんだろうし、その時はもう、補佐するしか無いでしょうよ』
『冷徹冷酷冷血怠惰安穏男』
『心配性は早く老けるんだってね』
『あぁ、確かに丁度良い補佐ですね、雨泽様は』
「でしょう?」
『八つ当たりで巻き込むな』
『どうせ誰とも婚姻を果たさずお役目も果たさないなら補佐ですら十分です見誤っておりました謝罪致します』
『その息の長さを別の事に活かせよ』
『今、活かしておりますが何か問題でも』
『俺を巻き込むな』
「とは言え惹かれる2人、とかね、ふふふふ」
暁霧様の言う事は半ば冗談だと思っていましたが、どうやら本気が半分らしく。
困りましたね、中々に複雑な関係になってしまいますよ、コレでは。
『まぁ、お茶を淹れさせ慣れる所からで良いんじゃね?』
「あらそうね、何事にも慣れは必要なのだし」
『銀川市に着き次第、機会を設けさて頂きます』
呼和浩特の下を走る黄河を夜間航行(12時間航行)を行い、銀川市まで約5日間の船旅を予定しており、今は1日目の包頭市。
夜間は昼の倍の速度、大体自転車並みの速度、そう思うとちょっと怖い。
けど船頭さんが夜目にも川にも慣れてるから出来る事、しかも難所には見張りも居ますし、休憩所は良い配分で配置されており。
安全と言えば安全なんですよね、コレ。
で、しかも休憩所側にもメリットが有る、お金を落としてくれるタイミングがズレて増えて。
凄いですよね、コレ整備した方や考えた方。
私には到底無理です。
「あの、誰がコレを考えたか知ってるーって人」
『はいっ』
「はい小鈴さん」
『商隊だって噂です、異国から水路の技術をコチラへ持ち込んだのでは、と』
「私もそう聞いてるんですけど、そうなると商隊って、優秀過ぎません?」
《優秀な者だけが集められてるんですもの、当たり前と言えば当たり前じゃない?》
「どう所属するか聞いてます?」
《紹介は勿論だけれど、引き抜きも有るみたいね》
『この前の話みたいに、商隊に入りたいんですか?』
「いや寧ろ逆ですよ、こんなん思い付かないなーと思って」
『もう既に有りますからねぇ』
《私、発明品もそうだけれど、困らないと案って出ないと思うのよね》
「確かに、困って無いんですからねぇ」
冷蔵庫は無いですけど、氷は買えますし、そもそも氷室と法術の融合でそれっぽいのは大きな場所に有りますし。
困って無いんですよねぇ、特に。
あ、私が鈍感だから困って無いのかも。
《はぁ、やっと降りられるのね》
『まだまだ先は長いですよ』
「朝餉は何処にしましょうねぇ」
大きい街ですし、今回は男性陣と別々でご飯を食べるんですが。
『あ、排骨湯ですよ』
「あら良いですねぇ」
《薬膳排骨湯でないなら入りましょう》
そう、薬膳排骨湯は前世で食べたマレーシアやシンガポール料理の肉骨茶に凄くそっくり。
対する排骨湯は根菜が入った薄い塩煮、お肉はタレに付けて食べる感じで、クセが無いのはコッチ。
『薬膳では無いそうで、今日は蓮根排骨湯だそうです』
「食べましょう」
油とアクが除かれた澄んだスープ、お肉は程々にホロホロ、血抜きが上手いのか臭みも殆ど無い。
付け合わせは、青菜の塩炒めと卵の醤油煮、ナイス定番ですねぇ。
《はぁ、美味しいわぁ》
「けどお肉は何処へ行ってるんですかね?」
『“お肉は何に使われるんですか?”』
あ、回族の方だったんですね、成程。
《“そら隣だよ、控肉飯屋だ”》
『“わぁ、ならお昼からですかね?”』
控肉飯は聞き取れた。
《“そうだね、今から仕込んでるんじゃないかねぇ”》
『“そうなんですね、ありがとうございます”。隣の控肉飯屋だそうで、お昼からだそうです』
「お昼が決まりましたね」
《そうね》
魯肉飯はそぼろ煮丼、控肉飯は塊肉、要するに角煮丼ですね。
香りからして羊なんでしょうけど、絶対に美味しいですよ、ラム肉の角煮丼。
《さぁ、次は、園でお散歩かしらね》
『ですね』
そして朝餉の後は中心地まで行って、阿爾丁園をお散歩。
水辺に柳、風情が有って良いですねぇ、黄河沿いって意外と緑が無いんですよ。
「さ、太極拳でもしましょうか」
《そうね》
『お願いします』
先日の件でご興味を持って頂いて、私が教える事に。
でも教えられるのは基礎の基礎なんですよねぇ、師範の資格も無いですし。
「はい、こう」
《凄いキツいわね》
「そうなんですよねぇ、力を入れ過ぎず、ゆっくり流す感じです」
『言うが易し、ですねぇ』
お腹もこなれて太極拳を練習中なんですけど、コレ、凄く大変です。
意外と、と言うかこうした鍛錬は私は初めてなんですけど、美雨は鍛錬の経験が有る筈なのに苦戦している程で。
「はい息は止めない」
『薔薇姫でも大変なんですよね?』
《私のは真逆、唐手だもの》
「ぁあ、確かに真逆そうですけど、実際にはどうなんですかね?」
《基礎すら適当よ、力を入れるの、身を守る為の術だけ、だもの》
「なら忘れて、コレは舞踊だと思って下さい、最初は綺麗に動ければ良いだけですから」
《それが大変なのよぉ》
『ですよねぇ』
でも舞踊だと思うと少し楽になると言うか。
不思議ですね、心持ち次第で出来そうな気がするんですから。
《はぁ、悔しいわ、小鈴の方が上手になるんですもの》
園を散歩して太極拳をして、茶楼で一休み。
優雅。
「既に武術を知ってると難しいんだそうですよ、つい他の癖が出てしまうそうですから」
『まぁ、私は何も知りませんからね、舞踊も武術も』
太極拳と薔薇姫の唐手って、真逆なんですよ、息を止めて拳を突き出すのが薔薇姫式の唐手。
唐手って要は空手で、この空手の逆輸入も、転移転生者の存在を示す存在の1つなんですよねぇ。
《なら次は馬で競争ね》
『それで私が勝っても拗ねないで下さいね?』
「馬なら私が負けるんですよねぇ、何度か乗った程度ですから」
《本当に何でもしてるわねぇ》
「何でもでは無いですよ、身近で出来る事だけ、まだまだ未修得の術は山程有りますから」
『何処まで高い山を登る気なんですかねぇ?』
「山登りは遠慮したいですねぇ」
《寧ろ登られる側よね》
『頭頂への道程は如何に』
「山の私としては、峠さへ越えてしまえば楽そうですけどねぇ」
『山って、自身の険しさを知ってるんでしょうかねぇ?』
《そこよねぇ》
『馬車の用意が出来ましたが』
『では、控肉飯屋へ向かいましょうか』
「ですねぇ」
《楽しみね》
そして案の定、ぶりんぶりんのバラ肉の塊丼、ある意味で超分厚いチャーシュー丼。
その上には揚げ焼きした目玉焼き、カリカリでジューシーでぶりんぶりんで甘辛い、美味しいしか有りませんよ。
「はぁ、美味しい」
《“本当に来るとはねぇ、四家巡りを終えたんかい?”》
『“そうなんです、なので次は私達の家を巡る予定で。先程まで園に行ってたんです、阿爾丁園は素晴らしいですねって”』
《“そうだろうそうだろう、ココらの大事な水瓶でも有るからね”》
この方も回族でしたか、成程、縁者で店を広げるのって良い商売の仕方ですねぇ。
「あの?」
『あ、阿爾丁園を褒めてたんです、そしたら大事な水瓶だからって』
《ココは綠洲だものね》
ちょっと行くと砂漠なんですよねぇ、だから黄河も茶色い、と言うかマジ黄色。
なので飲料水は凄く貴重、つまり若干の酒精は許されちゃうんですよねぇ。
「となると、夕餉はどうするか、ですねぇ」
『気が早いですねぇ』
《地酒の事を考えているね》
「えへへ」
『“地酒のオススメは何処ですか?”』
《“そしたらアレだ、南の壺酒が売ってるから試したら良いさ、近くに南の腸詰めも売ってるからね”》
『南の壺酒に腸詰めが売ってるそうですよ』
《決まったわね》
「ですねぇ」
そして血糖値をガンガンに上げ、宿屋でお昼寝。
南国のお酒と腸詰めが夢に出て来そうなもんですけど、出て来ませんでした、爆睡の極みです。
そう言えば前世の夢って見ないんですよね、やっぱり脳味噌に情報が入って無いからか。
となると、転生者って妄想を抱いてるだけ?
って妄想を一瞬だけ抱いてみた事も有りますけど、何処にしまわれてるのか、前世の記憶は有るんですよねぇ。
本当、何かの専門家が転生すれば良かったのに。
すみません、こんなんで。
《相変わらずボーッとして、大丈夫?》
「大丈夫です、夢に南のお酒と腸詰めが出て来なかったのが残念なだけです」
『食い道楽ですねぇ』
花霞が夕餉は一緒に、と。
《うん》
『南のなら辛いと良いんだけどなぁ』
「タレも腸詰めも向こうで仕込んで、腸詰めは道中で乾燥させるんだそうです」
「あら本格的ねぇ、もしかして商隊から抜けた人の店かしら」
「出た、商隊、水路に販路に、有能過ぎません?」
「そら有能で善良な者だけが商隊に入れるそうだし、まだ興味が有るの?」
「と言うか半ば商隊に支えられてるな、と」
「そうね、老撾との取り引きですら、仲介役に商隊を入れるそうだから。どうしてか分かる?」
「他国との、摩擦軽減?」
「正確よ」
「何で溜めましたか」
「だって教え甲斐が無いんだものぉ、並の貴族令嬢よりマシよ?」
「そんなに貴族は腐敗してますか?」
「褒めてんの、心配しなくても阿呆は自然と排除されるわ」
「そんな自浄作用が?」
「引き抜いてるのよ、保守派と改革派の均衡を保つ為、有能過ぎる者を時に四家が引き取ってるの。そして温存させておいて、阿呆な事をすれば入れ替える」
「急に、驚愕の事実を暴露しますね?」
「あら本当に政となると純粋ねぇ、なのにどうしてそこで摩擦軽減、なんて出るのよ」
「そら商家ですから、そこかしこと節操無しに取り引きしたら良い顔はされませんよ、信用は大事ですから」
「なら、三権分立はどう思ってるのかしら」
「それ、四家なら何で四権分立じゃないのか、なのか、三権の中にどうして宗教家が絡まないのか、ですか?」
「じゃあ、全部でお願い」
「ふぇぇ」
「はいはい頑張って」
三権とは政を議論する四家、同じく議論に列席し実行する貴族、法を遵守させる為の刑部を指し。
民を中心とし、其々が見張り役となり、国と民を支える制度。
花霞は難なく答え。
「で、何で四権じゃないか、宗教が絡まないかと言うと、個人の好みだからです。神様を信じない人も生きてて良い、どの神様を崇拝しても良い、三方を異国に囲まれた国ならではの素晴らしい制度だと思います。それに、代表格となる宗教を決めるとなれば、戦になるかと」
《正解》
「もう溜めさせなさいよぉ春蕾ちゃん、何よもう、この模範解答」
『あーあ、麒麟児だ』
「だから違うんですってば、コレも商家なら分かる事です。お客様を中心として、ウチなら綿花農家、職人、そして販売の商家。何処かがズブズブに馴れ合うと質が落ちるわ値は上がるわ、お客様に何も良い事は起きません、適度な緊張感と信頼、切磋琢磨する努力が有ってこそ売れ続けるんです」
「大商家の子でも、その理屈が分からない子は居るのよ?」
「この毛色は勿論ですけど、大商家だからこそ脇が甘いのでは?」
「ほら、こう有能さを認めないのよぉ」
「でもだって、有能なら商隊からお誘いが来ても良いじゃないですか?」
『本当は有ったんじゃないの?嫁に、とか』
「クソチャラい方にお声掛けされた事は有りますけど、それこそお嫁様が複数人いらっしゃると自負する方ですよ?冗談や社交辞令に含んで良いのでは?」
「あら、お名前は覚えてる?」
「ウムト、とか名乗ってて、面倒だから実家に丸投げしたので記録が残ってるかと」
「ぁあ、商隊からのお誘いって、ソレだったのね。何が嫌だったの?」
「何か、ぶっちゃけ、詐欺師かと」
「アレ、マジなのよねぇ」
「えー?あんな軽そうなのに詐欺師じゃなかったんですか?」
「海の商隊の大御所よ、困ったらおいでって割符まで置いてったのだし、本気だと思うわ」
割符はかなり重要な証。
木牌を目の前で割り、相手に譲渡するのは相当の立場であり証。
牌に巧妙な柄が彫られていればいる程、重要な証となる。
「驚愕の事実が2つ目」
「アナタがあんまりに困ったら渡すつもりだったそうよ」
「何で事前に言ってくれませんか?」
「そりゃご両親もあの方はちょっと、って感じだったもの、最悪の場合は泣く泣くって感じよ」
「あー」
「まぁ、商隊の割符だから大丈夫だと思うわよ、誰もが複婚ってワケでも無いもの」
「けど毛色だけですからねぇ、言葉も全然ですし」
「アナタ結構強い訛りでもいけてるじゃない?」
「中央で聞き慣れてますから多少は聞き取れますけど、そんなには喋れませんし、何処の訛りだ、とかも分かりませんよ?」
「アナタね、完璧じゃないからって無能だと思ってない?」
「そこまでは思ってませんけど、凄い器用貧乏だとは思ってます、特化して無い中途半端者ですから」
『そこで急に職人気質が出るんだよなぁ』
「職人気質って、極める者に使うのでは?」
『最上級の職人にな、そんなのホイホイ居ないんだって、殆どは食う為だ養う為に働いてんの』
「私もですが」
『だーかーらー、三権分立の事もそう、職人でもそこまで考えないの』
「私、凄い、と言いたいですか?」
「小さな商家の娘としては相当有能よ?」
「いやいやいや、薔薇姫様がこの毛色ならもっと有能ですって、伸びしろをもっと活かしてますよ、嫌だなぁもう」
『ほら、だから言ったじゃん、青燕』
『自覚して頂くのは、非常に難しい事は良く分かりました』
「花霞ちゃん、アナタが有能過ぎて心配なんですって」
「何を心配しますかね?」
『御身を犠牲にする事を厭わない気質だ、と聞かされておりますので、身を挺して何か誰かを守る事を懸念しております』
「矮小な民が出来る事は限られますから、そこは仕方無いのでは?」
『ほら』
『はぁ、どうにかお考えを改めて頂けませんか、このままでは四家としても何か有った場合、ご家族に申し訳無さ過ぎて』
「要するに、自分を大切にして欲しいって事よ」
「そらしますししてますけど、足りませんか?」
『もう少し、他の若い娘さんの様に我儘を言って頂けると助かります』
「あー、欲の無さが心配ですか」
『そう察しが良い所もです』
「皆さん凄い勘違いしてると思うんですが、そんな酷い目に遭った気も無いですし、逆に凄く我慢したりも無いんですよ。賢いと思うなら信頼頂けませんかね、考えるのが上手で適材適所で甘えられる子なのだ、と」
『はい麒麟児』
「もー、あのですね、中央には本当の天才が居るんです。目立たずひっそりと生きてるから皆さんはご存知無いのは分かりますけど、その方に比べたら私は普通なんです」
「あらじゃあ行ったら紹介して頂戴よ」
「ダメです無理です、中央の秘宝として居て貰う代わりに我々は安寧と守護を提供してるんですから、四家の頼みでも無理です」
『とか言って、本当に居るのかねぇ』
「別に信じなくても良いですよ、私も麒麟児だって言葉を信じないだけですしぃ」
『探し回ってやろうかな』
「あ、そんな事をするなら自害しますよ、秘密を喋っちゃったんですから」
《雨泽》
『冗談だってば、マジなら絶対に面倒な事になりそうだし、しないしない』
「コレは、私達の負けね」
『残念ですが、そうですね』
《もし自害する事になれば俺が手を下すし一緒に死ぬ》
「ありがとうございます」




