58 運動。
今日から黄河を遡上するワケですが、見事に雨に降られております。
天の恵みですし、水かさが増えるのは有り難いので、何も文句は無いのですが。
「暇」
《こうした時にすべきだったわね、異性装》
『船頭さんも想定外だと言ってましたし、ココは敢えて自堕落にすべきなだとのお導きとして、ダラダラしましょう』
「ですねぇ」
そして暫く進んでから、今度は夜間航行へ移行する事となり。
暫し旅館で過ごす事に。
まさにご休憩。
《春蕾さん、こう見ると普通なのよね》
少しの晴れ間に素振り。
そして雨が降ると、部屋に戻りとある行動に出るのです。
そう、この異世界に転移転生者が居るな、と思った理由の1つ。
筋トレ、後柔軟も。
コレで居ないとか有り得ない、流石に無知でも気が付きますって。
この時代にプランクて、筋トレて。
「私達も鍛錬しますか、折角夜は寝ての移動なんですし」
《アナタ良くしてるけれど、子女がする意味有るのかしら?》
『流石にバキバキは嫌ですよ?』
「常人の子女がバキバキになるには春蕾さん程度では不可能かと、見世物小屋の方に訊ねたんですよ、そこまでなるにはどうしたら良いか。そしたら男性の倍は苦労しないと無理だ、って仰ってましたよ」
『《倍》』
「はい。ですけど子女が鍛えても良い事は沢山有る、それこそ柔軟も、と仰って色々と教えて頂きました。夜伽で超有利になる、と」
『《夜伽で》』
「アレですよ、脱膣防止に良いって事は男性にも良い、と」
『出産後の何割かの方がなるそうで、鍛錬が必要だ、とは聞いてますけど』
「重い物を持たないのは勿論ですけど、はい、鍛錬しておいて損は無いそうです」
《しましょう》
簡単に手術が難しい時代だからこそ、予防大事。
リアルガチで単なる過去へのタイムトラベルだったら、私、とっくに死んでます。
病気マジで怖い。
「はい、もう1回」
《地味に、大変ね》
『ですね、ただコレ、効果が有るかどうか、自分で分かるんですかね?』
「あー、確かに。ただ一緒に聞いてた近所の方が、数ヶ月後に楽になったとは言ってましたから、効果は有るかと」
『ぁあ、なってみてからじゃないと実感が難しいから、若い子女には広まって無いんですね』
「まぁ、頑張り過ぎは恥ずかしい、とか。お相手に具合が良くなったか聞くのって、流石に憚られますし」
《そうね、前より良いとなれば、前は良く無かったのか、ともなってしまうものね》
「酷い方は浮気じゃないか、と夫婦喧嘩になったとか。まぁ、ちゃんと仲直りしてたから良いんですけどね」
『その、見世物小屋で働く、とかは考え無かったんですか?』
「あ、そう言えば誘われましたね、幼い頃ですけど、確かに、そうか」
《アナタ、すっかり忘れてたのね?》
「まぁ、日頃からこの容姿だって事を忘れがちですから、そうですね、良い案かも」
『大丈夫なんですか?見世物小屋での労働環境』
「商隊と違って女性が多いですからね、華やかで賑やか、病気や怪我で引退もそう無いですね。裏方の仕事も沢山有りますから」
《アナタ良く知ってるのね》
「あ、見世物小屋の拠点は中央ですから」
『あ、そうなんですね、成程』
《知らなかったわ、成程ね》
ぶっちゃけ、商隊か見世物小屋の裏には転移転生者が関わってるな、と思います。
奴隷は存在して無いし、衛生観念も良い、それらを広めるのに最たる場所は商隊。
そして陸の商隊とは別の見世物小屋は、ある意味でジプシーだと思ってます。
けど、確証は無いんですよねぇ。
探れば深淵を覗くと同義ですから。
「はい、では10回を1組とし、合計5組から10組します」
《50から100》
『脱膣だけじゃなく他の内臓が降りてしまう事も有るそうですから、頑張りましょう』
うん、予防大事。
「はい、ではココで飽きたら違う鍛錬方法か柔軟です」
《まだ》
『他も有るんですか』
「アレです、私が毎回お願いしてるヤツ」
『あぁ、膝を押し広げたり閉じさせるヤツですね』
「ですです」
股関節を鍛える鍛錬なんですけど、コレもセットで教えて貰ったんですよね。
《あぁ、コレはまた、鍛えてる感じが凄くするわね》
「ですけどあくまでも力を入れるのは内股やお尻、だそうです」
『コレは、しっかりやるとなると、男性の手が必要ですね』
「そうなんですよねぇ」
ゴム紐とかゴムボールが有れば良いんですけど、無いですから。
《やっぱり、1人より2人、よね》
「ただ生きるだけなら1人でも良いですけど、やっぱり2人が良いですよね」
『ですね』
QOL的には、完全に1人、だと難しいんですよね。
健康だったらまだしも、病気や怪我、老いや衰えた際には人の手助けが欲しい。
1人だけで生きられる時間って、実は凄く僅かなんですよ。
だからこそ家族や仲間は必要、助け合い、支え合いは当たり前。
1回死んでからじゃないと分からない私は、やっぱり馬鹿なんですよねぇ。
「はい、疲れたでしょうから、次は腰回りを柔らかくしていきましょうねぇ」
今まで私達は私達、で花霞の鍛錬を横目で見るだけだったのだけれど。
《あの子、体力が有るわね》
『やっぱり子女でも鍛錬は必要なんですね、体力向上の為にも』
《そうね、今度は部屋で組手をしてるんだもの》
宿には私達だけ。
だからこそかなり自由にさせて頂いて。
形意拳の使い手だとされる兔子様と、太極拳の花霞の組み手。
動きがゆったりしているのに、花霞が優勢に見えるのが不思議だわ。
『本当に、花霞は何でも出来てしまうんですよね』
《そうせざるを得なかった証、でも有るのよね》
『あの贈り物ですからね、私でも子に学ばせてたと思います』
《今の親族には居なくても、産まれるそうね》
『青い目や赤毛の子がそうですから、ですね』
《多くを学ばせて貰ってるのに、自覚が無いのよね、あの子》
『本当に、色々と考えさせられて。だから愚か者は近付かないんでしょうね、己の矮小さを突き付けられる事になりますから』
《にしても友人が少ないのは解せないわ、良い子なのに》
『恋敵となれば恐ろしい相手ですからね』
《ぁあ、そこなのね》
『だと思います』
誰もが1度は魅入ってしまう毛色、瞳の青さ。
そこに情愛が無かったとしても、良い気はしないものね。
《本当、難儀な子ね》
次に花霞は同じ太極拳を使う雨泽様と、なんですけど。
『なんか』
《イチャイチャしてる様にしか見えないわね》
そのお気持ちは、春蕾様も同じみたいで。
『嫉妬と言うか、何だか悲しそうですね』
《不思議よね、嫉妬と言えば怒りだと思うけれど、実は悲しみも含むのよね。蔑ろにされる悲しみ》
『ぁあ、ですけど蔑ろと言うワケでは』
《実が分かる者には分かったとしても、傍から見れば、よ》
『でも、なら、言うべきですよね?』
《そうね、私達分からない者なりの意見をね》
兔子の時とは違い、直ぐに終わったのですが。
「あ、そこははい、気にして組手の回数を減らした方なんですけど」
『あぁ、配慮は有ったんですね』
《あら、次は春蕾様と雨泽様なのね》
春蕾様は少林拳だそうですが、主に軟剣の剣舞しか私達は見ておらず。
『凄いですね、太極拳』
「受け流し専門ですからねぇ、勝てないけど負けないのが太極拳だと思ってますから」
《確かにそうね、決定打が入らない感じだもの》
「それも真面目に鍛錬しての事ですからね、適当だと良く負けます」
『けど、花霞の時とは違って、雨泽様が押されてる気が』
「同性ですし、敢えて加減して無いのでは?」
《花霞、アレは嫉妬よ?》
「えー?だって太極拳の事は知ってる筈ですよ?一通り習って少林に行ったそうですし」
『どう見てもイチャイチャしてる様にしか見えませんでしたからねぇ』
「えー」
《教えてあげたら?》
『良いですね、きっとご機嫌も直りますよ』
そして休憩の際、花霞が耳打ちすると。
《あからさまって、こう言う事を言うのね》
『凄い嬉しそうですしね』
ただ、花霞のお相手はもう1人居らっしゃるんですが。
《あらあら、アチラは、良く分からないわね》
『兔子は分かり易くて助かるんですけどね』
《そうね、アナタに気を遣っての事なのかも知れないわね》
『ぁあ、ありがとうございます』
遠くからで失礼なんですが、拱手を拱手で返して頂けました。
「はぁ、面倒ですね嫉妬って」
《アナタねぇ》
「まぁ、こんなんだから友達が少ないんですよね、分かります」
『何か有ったんですか?』
「いやー、言い難いんですけど、実は人の仲に亀裂を入れた事が有りまして」
私達が予想していたのとは少し違う、亀裂の入り方らしく。
「あらあら、何か不穏なお話?」
「暁霧さん、どうしてコチラに?」
「思いの外、アナタに気を遣わせちゃったから謝ろうと思ったの。あの順番を決めたの、私なのよ」
「成程」
「で、何を話そうとしてたのかしら?」
「実はですね……」
友情や情愛を確かめる方法を相談されて、花霞ちゃんが案を出したそうだけど。
「そう、具体的には?」
「小鈴と2人だけの時、葉赫那拉様と縁を切るつもりだけど、どうする?と」
《あぁ、それで同意すればそう友情も厚くない、となるワケね》
「はぃ、逆に情に厚いなら、どうしてなのかと相談になるだろう、と。そして以降の言い訳は、心配だったから尋ねてみただけだ、と種明かしをする」
『成程、少し問題が有るとしても、素直に悪くは言いませんもんね』
「で、その誘い水が広がり、数多の仲を裂いたワケね」
「はぃ」
「どうせ幼い頃の事でしょう」
「寧ろ周りの幼さを理解せず、はぃ、11の頃です」
「アナタがやったの?」
「いえ、あの、金絲雀です」
「まさかアナタの事を?」
「はぃ、本人は私の為にと嬉々としてやってたんですけど。周りにしてみたらもう、気が付いた時には、手遅れでして」
「あらあら」
「まぁ、そこは面倒な自覚が有ったので、仕方無いかなと」
「怒ったらマシな結果になってたでしょうけど、そう、そうした事が有ったのね」
《あら良いじゃない、早いウチから選別が出来て、私もこれからは使うわ》
「いやいやいや」
《流石に文言は少し変えるわよ。知り合いがあの子との付き合いを絶つらしいのだけれど、どうなさいます?なんて、貴族でも商家でも良く使う手よ》
「まぁ、そうね、縁を続けるかどうかの選択は成人した自分達に委ねられるのだし」
『そうですよね、あんまりな方とは縁を切るべきですし』
「私の場合、あまりに早過ぎたんですよ、後から謝られたりもしましたけど。流石に、何か少しでも面倒が有れば切られそうなので、はい」
「周りの大人はどうだったのかしら」
「そこがまた大変で、連日謝りに来る親御さんの列が耐えず、面倒を掛けてしまいました」
「それは向こうの親御さんの責任よ、躾け次第、本当に嫌なら黙って去るのが筋よ」
「でも子供ですから、皆で遊ぼう、でしたから」
『それからずっと金絲雀だけだったんですか?』
「いや流石に少しは居ますよ、大体半減した程度ですから」
濁すわねぇ。
「それ半減で済んでるワケが無いわよね、道連れも有るでしょう」
「まぁ、後は徐々に、ですね。私が居ない方が楽ですからね、コソコソ大人の目を盗んで遊んでも怒られない、ですから」
「所詮ガキはガキなのよ、それで逆に大変な思いをした子も居たでしょう」
「どうなんでしょうね、耳に入る事は無かったので」
私なら教えてしまいそうだけれど。
守るって本当、難しいわね。
『守られてる事が羨ましかったんでしょうかね?』
「そうね、そう考える子も居たでしょうけど、流石にもう改心してるでしょう」
『でも許さなくても良いんですからね?花霞が関わりたい人とだけ関われば良いんですから』
「そうよ、それで知り合いの数が少なくても良いのよ。悪行を避け善行さえ積んでいれば、見知らぬ人でも助けてくれるのが、世の常」
《要は評判さえ落ちなければ何をしても良いのよねぇ》
「そこの塩梅が難しいですよねぇ、この見目で勝手に評判が乱高下しがちですから」
《「そこよねぇ」》
『ふふふ、もう、分かる人にだけ分かれば良いかなと思いますけど。善人だとは思われておいた方が、良いですもんね』
「だからこその慈善事業や寄付、集まりなのよね」
「あー、貴族の繋がりってそこですか、成程」
《予想の収入が大きく外れなければ、定期的な支出に変動は無い筈。買い方で有る程度は分かるのよね、その家の事って》
「流石大商家の娘」
それらを教えらずにこなしてしまったのよね、この子。
《アナタも半ば貴族になるのだから、少しは心構えを学んだらどうかしらね》
「そうねぇ、そろそろ良いかも知れないわね」
「え?」
『えっ?本当に貴族になるんですか?』
「あら勿論よ、無名の商家ってだけじゃ守る理由が薄いもの、相応の責任はお願いするわよ」
「えー、面倒はお2人に任せても良いですかね?」
「そりゃね、知識を遊ばせとくのは勿体無いもの」
『勢力的に傾きそうですけど、大丈夫なんですかね?』
《そこよね、地形的にも南の朱家寄り、末国が近いのだし》
「あー、南の方にも色々と国が有るんですもんね」
「外交とまでは言わないけれど、それなりに情勢を流してくれると助かるわね」
地形は少し変わりますが、異世界ではミャンマー(ビルマ)と呼ばれる場所は、末族の末国。
タイは扶南国と呼ばれ、ラオスは老撾のまま。
カンボジアは真臘、ベトナムは占族の占城国、となっております。
「あー、重要拠点と言えばそうですもんね、朱家って」
「文化交流だけで済めば良いのだけれど、災害は勿論疫病が広まれば難民が押し寄せてしまう、その前に察知して対抗策を行わなきゃならないのよ」
「支援か封鎖か」
「まぁ、封鎖の案が出る時点で大丈夫でしょうけれど、防衛拠点と蔵は多い方が良いじゃない?」
「しかも表立って四家の蔵では無いとなれば、まぁ、はぃ」
「大丈夫よ、補佐の補佐程度、万が一にも何かをお願いする時は全体での事でしょうし。春蕾ちゃん達が考えてくれるから大丈夫よ」
抜けてましたねぇ、私。
防衛って、何も戦の事だけでは無いんですよね。
四家が上手く動いてる背景としては、一党独裁じゃないのは勿論、人を分散させてるから。
古来は北で不作となった時、東と中央へと人が流れ、一時は酷く荒れ立て直しが大変だったとか。
なんですけど、如何せん前世はガラパゴス化した国に住んでたので、どうにも陸続きの大変さが分からないまま。
成程、難民問題、完全に抜けてました。
「今は、大丈夫なんですよね?」
「一応は聞いてみてるけれど、少なくともココらでは不穏な事は聞かないわね」
「流石にココでも聞こえて来たらマズいかと」
『そうでも無いですよ、三大災害。干ばつ、水害、蝗害。特に蝗害は南域以南の老撾からも来た事が記録されてるんです』
「そうね、東西南北、何処も安全とはいかないもの」
『予兆が有れば誤報を気にせず、直ぐに報告を』
「農民の基本ね」
『はい』
「予兆」
「まぁ、何か有れば流石に朱家の伝書紙が来るでしょうね」
「それで本当に、便りが無いのは何とやら」
「本当、何よりだわ」
「あ、貴族教育って」
「そんな構えなくても大丈夫よ、青燕ちゃんが補佐を、教えてくれるわよね?」
『はい、もし足りないとなればお教えしますし、ご不明な点が有ればお尋ね下さい』
「社交の茶会は催す必要が?」
『時と事情によりますので、都度お伝え致しますね』
「ま、そう言う事だから一旦は忘れて頂戴、じゃあね」
「ぇえ」
地味に時限爆弾を落とされた気がするんですが、本当に気にしなくても構わないんでしょうけど。
やっぱり、気になる。




