56 性別逆転、子宝殿秘話。
見た目からして麒麟児、けれども愛想は金を出す者にだけ向けられ、冷やかしには真冬の北風よりも厳しい言葉と態度が待ち受けている。
とある世界では、花霞はそんな男児として育っていました。
「いらっしゃいませ」
先ず出会うは女の臘月。
ですがコレもまた奇妙な出会いでして、穏やかとは言い難く。
《君と話をしに来たんだ》
男の花霞に騙された。
そう嘆く子女が幾人も現れてしまい、ほとほと困った中央の為政者が現状打開の為、四家の1つ墨家へと相談なさいました。
そこで中央へ行く事になったのが、男児のままの兔子と侍女を連れ立った臘月。
「ぁあ、どうぞどうぞ、お茶を淹れさせますね」
《すまないね》
花霞は早々に暖簾をしまいましたが、しっかりと戸は開けたまま、茶を淹れるは両者の侍女。
こうして誤解を避ける術は完璧と言って差し支えないのですが、何をしてでも気持ちを得たい子女が常に湧き続け、騒動は収まる気配も無く。
「もしも僕の対応に不備が有るなら遠慮なさらず仰って下さい、直ぐに対応させて頂きます」
《私はまだ、名乗ってもいないのだけれど》
「玉碑からして四家の方かと。少し前、父の仕事に付き添い四家は巡らせて頂きましたから」
目端が利く。
それは彼が白であり黒とも思える証にしかならず、臘月は止む無く会話を続ける事に。
《疑いは半々なんだ、すまないね》
「いえいえ、どうか存分に疑って貰って構いませんよ、どうせ僕は商隊に入る予定ですから」
《初耳だけれど。そう、そうした部分も逆手に取られれば、今度は手軽に手を出す者と言い出されかねない。難儀だね》
「ですね」
ふと臘月は戸の先、向かい側の茶屋へ目をやりました。
僅かな隙間から、妬み嫉み僻みを存分に含んだ視線を投げ掛ける子女達が、コチラを射らんばかりに睨み付けている事に気が付きました。
《コレが毎日なんだろうか》
「ですね、お帰りの際はお気を付け下さい、幼馴染すら害される事も有りましたから」
女の臘月は悩みました。
体躯としては既に青年とも言える成長をしている花霞を、このままココに置いておくのは問題になる、それは易も何もせずとも火を見るより明らか。
《いつ商隊に合流するんだろうか》
「もう、ですかね、もう少し孝行したかったんですが、コレでは迷惑を掛け続けるだけでしょうから」
花霞は心底悲しそうな心持ちではあったのですが、決して表情には出しませんでした。
それは自身の為、臘月の為に感情は出しません。
全ては嬀・明明、金絲雀、と字される幼馴染の少女に起きた出来事が切っ掛けでした。
唯一と言って良い程、彼の毛色を気にする事の無い少女だったのですが。
彼と金絲雀が何気ない会話をし、微笑んだ事で、全く相手にされなかった貴族の令嬢が金絲雀の顔を傷付けたのです。
勿論加害者の親の貴族位は取り上げられ、襲った少女の顔は剥がされ刑部に展示となり、一族郎党鉱山送り。
それでも少女の顔が治るワケでも無く、疎遠となり。
以降はより熱心に商隊へ入る事だけを目指し、様々な物事を学ぶのみ。
男花霞は少し過酷な様です。
《親御さんはまだまだだ、と心配しているそうだけれど》
「そうですね、まだまだ未熟な部分は多いですし、商隊にご迷惑をお掛けするかも知れませんから」
《どうだろう、暫くウチで学ぶのは》
「四家にご迷惑をお掛けするワケにもいきませんので、どうかお構いなく」
《ウチが嫌なら白家でも構わない、それこそ四家巡りの逆打ちをしても良いのだし》
「そちらに利点が少ないかと」
《困っている者に手を差し伸べるにも、君には理由が必要なんだね》
「そうですね、散々加害者に仕立てられそうになりましたから」
《なら四家の至らなさを補わせて欲しい》
「波乱が持ち込まれる事になるかと、私の周りでは勝手に波風が立ちますから」
《それはココに居ても、だろう。点々とする為の練習だと思えば良い、コチラの利点は偽善だとでも思ってくれれば良いよ》
「であれば早速ですが、もう移動しましょうか、いつでも出れる様にと荷物は最小限ですから」
《そう、追い出される覚悟をしていたんだね》
「追い立てられる覚悟も、ですね」
そして先ず臘月は花霞と共に、白家へ向かう事になりました。
「あら帳簿付けも計算もしっかり出来るじゃない、他に何を学ぼうとしてるのかしら」
「無知の知、何を知らないかを自分だけで気付くのは難しいですから、ご指導頂けると助かります」
女性ながらに男装する暁霧は、驚きました。
幼いながらに数字に強い者は居りますが、こうして弁が立ちつつも謙虚さを持つ者は、そう多くは有りません。
《暁姐、彼は商隊でやっていけるかな》
「数の事は問題無さそうだけれど、他にも必要な事は有るでしょうから。そうね、暫く見させて貰うわね」
「ありがとうございます、宜しくお願い致します」
男花霞を表に出せば、要らぬ問題を引き寄せる。
その事を3人は承知していたので、本館でも女性には会わせず、四家巡りの令嬢達が行う事と同様の仕事を花霞にさせてみました。
針仕事に洗濯、料理に掃除に。
特別に上手い、とまでは言えませんが、全てを無難にこなせました。
「臘月ちゃん、彼って特に問題は無さそうだけれど」
《ご両親の希望なんだよ、彼の体躯は青年だけれど、齢としてもまだまだ少年だからね》
「あらそうね、見た目からしても大人だと錯覚してたわ。そうよね、早くに子を手放すのは、悲しい事だものね」
《そう思えるのなら、いい加減に結婚したらどうだろうか》
「私の器量に合う殿方って、中々居ないのよねぇ」
この時点での暁霧は23才。
すっかり行き遅れですが、仕事が好きな女性は何処にでも居るもので。
《あの子はどうだろうか》
「物凄い壁を感じるわね、けれどそう言う子程、コロッと騙されてしまう事も有るのよねぇ」
《ご両親も心配なさっている部分だね》
「先ず気を付けるべきは加害者になってしまう事、だものねぇ」
怪我をさせられた、襲われた、だから責任を取れ。
大人達が幾ら言って聞かせても、抑えても、蠱惑的な金髪碧眼に少女達は心躍らせるばかり。
中には母親までも加担し、過去には連れ去られた事も。
それでも姿形を変えずにいたのは、良きご両親、良き兄弟姉妹達が居てこそ。
顔を焼けば、姿形を変えては悲しむから、と髪すらも染めず花霞は耐え続けていました。
それに応える様に中央の為政者も四家も苦心していたのですが。
やはり抑えるには限界が有り。
「すみません」
「いえ寧ろ謝るのはコチラだわ、ごめんなさいね、本当に」
人の口に戸は立てられぬ。
侍女達の噂話が令嬢達に漏れ、男湯が覗かれる、と言った事態に発展してしまい。
次の家に移る事に。
そして向かった先は朱家。
そこで花霞は女装をし、体の弱い雨泽の話し相手となる事に。
『へー、大変だね』
「はい、もう少し何か手を打てないか、お知恵をお借り出来ませんかね」
『もしココで漏れたら、粗チンって噂を流すとか』
「成程」
そうして楽しく過ごしていたのですが。
『マジか』
「はい、すみません」
花霞を男だと知りながらも、女装姿を襲った男が現れる、と言う緊急事態になり。
直ぐにも次の家へ。
《どうぞ、ごゆっくり》
花霞を案内したのは、藍家の男装した春蕾でした。
女性で嫌な思いをしただろう、そうした思いから男装し、案内したのですが。
「何故、男装を?」
その問いに真正面から顔を合わせてしまった春蕾は、一瞬にして虜に。
けれども女性だけでなく男性にも襲われた花霞へ、素直に関わる事もままならず。
『言えば良いじゃん』
《他の子女と同列に扱われる位なら、このまま見守っていたい》
「まぁ気持ちは分かるけれど、男装の事もちゃんと説明して、話し合ってみなさいよ」
《ただ君に異国へ行く気が無いなら、諦めた方が良いだろうね、彼は馴染める場所で落ち着きたいと願っているのだから》
『それさ、商隊と話し合ってみてだけど、私達の遊歴に付き合わせるのはどう?商隊だって見極めたいだろうし、ウチらも商隊を見極められるし』
「あら天才的発想だわね雨泽ちゃん」
そして商隊との交渉の末、船旅に慣れる為にもと、先ずは文洲へ。
暑い季節、甲板で水浴びをする花霞を見て、一同は何故男に襲われたのかを納得する事になりました。
筋肉が有りながらも、しなやかで中性的。
そしてコレはもう、商隊でも危ういのでは、と。
その危惧は見事に当たり、文洲からの帰り、男花霞は危うく誘拐されそうになったのです。
幸いにも未遂で済みましたが。
犯人は素行不良で警戒されていた、陸の商隊に所属する者でした。
「詰んだ」
絶望的な表情、声色に、誰もが何も言えなくなってしまった中。
『もう、私達に囲われちゃえば?』
雨泽の言葉に、すっかり心が折れていた花霞は、少し考えさせて欲しいと保留の意を示しました。
半ば適当を言った雨泽は大焦り、そんな中で出た打開策は。
「別荘地の管理、ですか」
「そうなの、四家全体で共有してるのだけれど、長年放置されていた場所で。もう少し大きくなってから商隊へ合流するにしても、考えるにしても、先ずは落ち着いてみてから。どうかしら?」
四家も四家で大慌て、ある意味で苦肉の策、だったのですが。
「宜しくお願いします」
そして今度は四家のご令嬢達と、麗江へ。
ですが穏便に済むワケも無く。
春蕾の好意を感じ取った男やさぐれ花霞は、壁際に春蕾を追い詰め、少し脅したのです。
《あの》
「生憎と子種が有るかどうか分からない体なんです、だから忘れて頂けませんかね、その好意」
龍や蛇の性質を持つ春蕾には、全く無意味な文言でした。
子が欲しいのでは無く、彼が欲しいのですから。
《願ったり叶ったりです》
そのまま春蕾は口付けてしまいました。
困ったのは花霞です、四家の者がココまでするとは思わず。
「すみません、今のも無かった事にして下さい」
直ぐにも額が割れんばかりに頭を地面へと打ち付け、土下座しました
その騒ぎを聞きつけ、雨泽達が集まりました。
『何が起きたかは、部屋で聞くわ』
「はぃ」
少し脅すつもりが、すっかり歓迎されてしまった事で、更に花霞の心は折れてしまっていました。
もう髪を染め、顔を焼くしか無い、と。
『そんなに春蕾が嫌なの?』
「毛色に惑わされる様な方はちょっと、心配になるのは当たり前では」
「春蕾ちゃん、何処を好いたか、この際だから言ってしまったら?」
《心配りのきめ細やかさと……》
目端が利く所、と言えば商隊へ入るなら当たり前に持つべき部分だと諭され、頭の良さと言えば致し方無くこうなっただけだと反論され。
一目惚れをしたと言えば毛色に騙されている、と。
常人なら心が折れているでしょう、けれども粘り強さは藍家の特徴とも言える部分。
春蕾は、それでも好きだと曲げず、泣きもしませんでしたが。
「なら、ココで泣いてくれる可愛らしい部分が無い人は無理ですね」
百戦錬磨の花霞も負けません、なんせ恋心を折るのは得意中の得意、搦手もお手のもの。
ですが本物の恋心の前では、逆効果でした。
《すみません、可愛げが無いと、良く言われます》
素直に心へ響いてしまった春蕾はポロポロと泣き始めてしまい。
心優しい花霞は、止めを刺す事は出来ませんでした。
ですが受け入れる事も難しく。
麗江に向かう道中、雨泽を巻き込み、花霞は問題を起こしました。
「コッチの方が好みかも知れないんで、諦めて下さい」
酷い目に遭った男やさぐれ花霞は、四家の令嬢を守る為にもと、半ば嘘を言いました。
花霞の好みは元から幅広いので、厚化粧でも無く香臭くも無い四家の令嬢全員、問題無く抱けてしまうのです。
そして雨泽も雨泽で、春蕾の目が覚めるなら、と協力していたのですが。
興味本位で買った靈丹妙藥を飲み、罪悪感を得てしまい。
『ごめん、やっぱ無理だわ』
「そうですか、どうもありがとうございました」
すっかり冷たくあしらわれる様になり、その差異から花霞への恋心をも得てしまいました。
そして男花霞へと助け舟を出したのは、暁霧です。
「もう本当に、私のものになったら?」
「それでも良いかも知れませんね」
心の折れたやさぐれ花霞はなんと、行き遅れ暁霧を抱いてしまいました。
コレで状況が落ち着けば良い、そんな軽い気持ちだったのですが。
念入りに大切に抱かれた暁霧は、すっかりのぼせ上がってしまいました。
それでも最高齢なので、嫉妬を煽る様な事はせず、夜伽の声を響かせるに留めつつも。
一行は麗江へと無事に辿り着きました。
「ふふふ、出来ちゃったかも知れないわね」
「そうですか、なら暫くはご自愛下さい」
思い遣りや気遣いの言葉でも、半ば春蕾から奪ってしまった暁霧には、痛みを伴って響く言葉となった。
そして同時に反省と自責の念が湧いたのです。
気持ちを通じ合わせる前に体を重ねれば、こうなる。
分かっていた筈なのに、心の軋みは悲鳴にも似た音を立て、暁霧の心に暗い影を落とし始めました。
ゆっくり、静かに、自身でも気付かない程。
心持ちは暗闇へと沈み始めたのです。
「ねぇ、好き?」
「好きですよ」
どんな言葉を聞いても、何を贈られても、穏便にと取り繕われているだけ。
体から始まってしまった心持ちでは、最早そんな風にしか思えなくなってしまう。
知っていたのに、分かっていたのに、拒絶をしなかった。
虚しさばかりが募る日々が続き。
そして穏やかな日々は、月経を迎えると共に終わりを告げたのです。
「コレで、ごっこも終わりね」
「そうですか、ありがとうございました」
花霞にも好意が無かったワケでは無い、けれど終わりを告げられた以上、終わりにするしか無い事を良く理解していた。
気持ちを通じ合わせる前に体を重ねてしまった、その負い目は花霞にも有ったのだから。
《すまない、何処に居ても波乱万丈だね》
「いえ、色々と経験させて頂いて、ありがとうございました」
《どうにか引き留められないだろうか、故郷は故郷なのだから》
「戻って来る事は出来るでしょうから、気が向いたら戻ると思います、ココへ」
《引き留めたい》
何も惚れたのは春蕾だけでは無かったのです、臘月もまた、彼の賢さや優しさにすっかり魅了されていました。
そして花霞も、これまでの事を知って尚、心持ちを変える事の無い臘月に最後の希望を見い出そうとしました。
「何も無しには、難しいですね」
《なら、この別荘地の整備が終わるまでに子供が出来たら。どうだろうか》
「良いですよ」
そして花霞よりも上手な臘月は、この言葉を使い更に4人ともに致させ、無事に引き留める事に成功しました。
こうして子宝殿は、その名の通り、子宝に恵まれる宮として残る事になったのです。




