54 恋心。
誓約書(仮)をお借りした次の日、今は朝餉の後。
目の前には臘月様と春蕾さん、付き添いは青燕さん。
お返事を書く時は平気だったんですけど、今はもう、クソドキドキしながら臘月樣にお渡しする事に。
コレで本当に夫婦になれるんですかね、私。
《この場で読んでも良いかな》
「へぃ」
読まれて、やっぱり無理、とか言われたら死ねる。
と言うか殺しちゃうかも、とか考えちゃうから、だから冷静さを失いたく無かったんですけど。
ぅう、情熱的にも程がある、私の情愛。
《追加はお互いに可能、相談しながら、で良いかな》
「はぃ」
《何だか、前と少し様子が違うね》
ですよね、一々真っ赤ですし。
「改めて考えて、はい、こうなっています」
《何を考えたのかな?》
そうツッコまれますよねぇ。
あー、大して無い胸と顔が焼け尽きそう。
キラキラ合法ショタスマイルに、嬉しそうな表情を噛み殺す春蕾さん。
恋愛経験値0なので、死ねる。
って言うか、コレ、言うまでコレですよねぇ。
「恋人としての、振る舞いを、想像してしまいまして」
お座敷で助かる。
頭下げて伏せてれば良いんですから。
《そう、僕らは嬉しいよ、顔を上げて》
まだ大丈夫、こんな事もあろうかと、蘇州刺繍の団扇を用意しております。
助かる。
《その団扇は》
「薔薇姫様からお借りしました、蘇州刺繍は高いので」
《なら僕らに贈らせてくれるかな》
「はぃ、是非お願いします」
無いと死んじゃうので。
《柄に、希望は》
春蕾さん、素だと言葉数が少ない。
ギャップ萌え。
「出来れば、少し抽象的な蝶を、自分でも睡蓮や木蓮は練習するつもりなので」
ポンコツとしては蘇州刺繍で蝶を思うままに刺繍出来る様になるのは、多分、早くても3年以上は掛かる筈。
コレ両面刺繍なのでクソ面倒なんですよ、しかも糸が超細い、超大変。
《後は何か有るかな?》
「いえ、あ、暫くこの様な状態だとは思うので、我慢して下さい」
《俺は構わないけれど》
《うん、僕も大丈夫だよ》
キラキラした顔で承諾されるとは。
金髪碧眼マジック、凄過ぎです。
「では、失礼します」
やれやれ、って思う時が来るとは。
つか自分にやれやれって思うとか有り得るんですね、不思議。
『お、何だ、赤くないじゃん』
「あ、どうもどうも包子様、お気遣い頂きありがとうございました」
『別に、日向ぼっこしてただけだし』
ツンデレか。
「すっかり暖かくなりましたけど、日陰はまだまだ寒いですからねぇ」
『それな、マジでもう寒いの無理、炬燵無いと本当に無理』
「ですよねぇ」
『暖まる?』
お優しいのに、何で結婚しないんですかね、この方。
「ですね、ありがとうございます、青燕さんもどうぞ」
『はい、ありがとうございます』
『コレ、どう思う?』
雨泽樣に見せられたのは、春本。
まぁ、要するにエロ漫画でして。
「読んでも?」
『まぁ、良いけど』
不健康だー、不潔よー、って向こうではありがちな反応ですけど。
ココでは公式本なら、寧ろ健全な証、持ってないと逆に心配されるレベル。
向こうで騒ぐ方って、とことん無知が良いんですかね?
つまり、童貞が良い?
「普通、ですね」
『なー、そんな変わんないのな、何処も』
「やっぱり非公式本にご興味が?」
『やっぱりって、俺はそんなに欲は無いからね?』
「と言いますと?回数が少ないんですか?」
『まぁそこは濁すけど、そっちは本当に大丈夫なの?』
はい優しい。
「まだ良く分からないんで何とも言えませんが、我慢も愛だ、と言う事で程々に我慢して頂こうかとは思ってます」
私ドSなんですかね、薔薇姫様に我慢してる姿はどうだ、と聞かれ。
アリだな、とか思いましたし。
『押しに弱いんじゃなかった?』
「そこですよねぇ、流されても良い時は有り難いんでしょうけど、断れるか分んないですねぇ」
『ヤってから離れても良いと思うよ、責任はお互い様なんだし』
体が合わない、とかも聞きますしね。
そこは本当、執着は捨てられる様にしないと。
「そうご理解が有るのに、何で結婚してないんですか?」
あら、マズい事を聞いてしまいましたか?
『大猪と同じ、良いなと思う相手が居なかったからコレ』
「あー、選び放題過ぎて迷いましたか」
『いや選び放題でも無いって、つか根本的にアレだな、四家を誤解してないか?』
「かもですねぇ」
『好みが五月蝿いのも居れば、大体は何でも良いヤツも居んの。しかも四家だから嫌とか言うのも当然居るし、逆に四家だから良いって言うのも居るし、貴族に声掛けられて嫌がるのも居るじゃん。それと一緒』
「あー、じゃあ、フラれたりとかは」
『アレなら有る、勝手にフッてくんのは有った』
「アレマジでムカつきますよねぇ、好意は無いし付き合った記憶も無いのに、切ない顔でフってきてもキモいだけなのに」
『お前それ、最低2人は居たろ』
「3人ですね、多分、もしかすれば知らぬ間に更にフラれてるかもですし」
『そら毛色に目が眩んでんじゃないのかって心配するわな』
「今でもですよ、いつ目が覚めるのか。不安と期待の両方です」
『だから好意を自覚したくなかったのか』
「まぁ、はい、ですね」
俺が頭が良いって褒められても受け入れないのは、コレ。
解決策が浮かばないのもだけど、このままで良いかどうか分んないんだよね、止めた方が良いのか見守るだけで良いのか。
『俺がアイツらを試してやろうか』
「だから優しいって言われちゃうんですよ?」
『いや執着が有るフリだよフリ、それに恩を売ってるだけ。アイツらが死んでも俺は死なないし、困らないもん』
そうした利害関係が無いのは勿論、悲しくて死ぬ心持ちは俺には無いし。
「割り切り方が素晴らしいですねぇ、独裁国家でなら、まさに皇帝になれそう」
『冷たいだけじゃね?』
「誰にでも心を寄せてると疲弊しますし、統治者なら別に、この程度なら良いのでは?」
心持ちが侘しいだとか貧しいだとか、親や祖父母の代にわんさか言われた事は有るけど。
マジかコイツ、こんなの受け入れちゃうのか。
『四家でも?』
「皆が優し過ぎるより良いと思いますよ、生地だって強い糸を入れて仕立てる事も有るんですし、刺繡も元は強度を増す為ですし」
ぁあ、コレか、暁霧が受け入れられて嬉しいって思ったのは。
でもなぁ、最近の若いのは、特に中央なら誰もがこんなもんかもだし。
つか薔薇姫とか、この考え平気そうだよな。
『成程ね』
『そろそろ』
「あ、ではまた」
『おう』
何なのかしら、この不思議な文。
休憩の合間に花霞へ、では無く私達3人に雨泽様から。
コレ、謎解きかしら。
《花霞、まーたアナタが何か仰ったんでしょうね》
「そんな悪役令嬢みたいな事を言わないで下さいよぉ、身に覚えが無さ過ぎて困ります」
『どれどれ』
どんなに親しい者が亡くなろうとも、涙を流す事も無く、悲しく思う事も無い。
そうした者を心持ちが侘しい、寂しい、と思うかどうか。
《小鈴》
『以前の私なら、侘しく寂しい方だな、と思いましたけど。花霞が言っていた様に、現世の先に有る苦痛を逃れた、と思うと寧ろ妥当に思えます。それに死者へ思いを寄せ過ぎても、成仏を妨げてしまうと白家で教えて頂きましたし、逆に全ての方々に思いを寄せるのは難し過ぎますから』
《そうね、どの様なお相手か、を書いてらっしゃらないものね》
「そうしたお話は少ししましたけど、多分、思惑は少し違うのかと」
《ある程度親密だった者の死について、かしら》
「私としては一貫すべきだと思うんです、もしも皇帝や統治者なら、ですけどね」
『四家は統治者と言えば統治者ですけど、あくまでも取り纏め役、ですからね?』
「分かってますよぅ。問題は、何物にも心を動かされない代名詞に妲己様が居るじゃないですか、そうした者について、だと思います」
神話時代に存在したとされる殷、その王である紂王の妃、妲己。
紂王は妲己を喜ばせる為だけに、酒池肉林の宴を催した、謂わば悪女とされているけれど。
《アナタ》
「だって封神演義通りに仙人様も宝具も有ると思ってますから、当然、いらっしゃったと思ってますよ?」
《仮にそうだとして、祀られぬ神じゃない》
「あ、知り合いが祀ってますよ。身を挺して愚王を堕落させ、敢えて国を滅ぼさせた才女なんだ、って」
『あー、確かにそう考えるのもアリですね』
「本当にそう思ってて、それしか手段が無かったとしたら、誤解するのは可哀想過ぎるかと」
《アナタ、店で売ってるでしょう》
「えへへ」
『流石ですね花霞は、今ので私も欲しくなりました』
「神様に悪人は居ない、が私の座左の銘ですから」
《座左って、なら座右は何なのよ?》
「損してまで得は取らない」
『あら?損して得取れ、では?』
《損して得を取らねばならない、そう追い詰められてまで商売に縋るな。表立った損を侮るな、見えない場所や後になって損をするかも知れない、損を舐めるな。って商人の諺よ》
『成程』
「食うだけなら農民が最高ですからねぇ、芋が良いです芋、馬鈴薯を揚げて塩を振って食べるの好きなんですよぉ」
『あら良いですねぇ、お腹が空いちゃいますねぇ』
《次の休憩先で昼餉の筈よ》
「やったー」
コレは、私としては私達に、と言うより。
やはり花霞への問い、なんじゃないかしら。




