53 誓約書。
《花霞、全然、進んでないじゃない》
「だって、コチラから条件を付けるみたいで」
『だから、四家の事は一旦取り除いて下さい、ね?』
「無理ぃ」
お互いについて考える会が無くなり、花霞は要望書を書く、筈だったんですが。
どうにも考えが纏まらないみたいで、馬車移動で悶々と悩む割には、筆が進まず。
《どちらも庶民の子女と子息、偶々ご友人同士のご旅行でアナタを見初めた》
「どちらかに絞ります」
『そうなると我先に、となるので同時にお付き合いする事にしました、お2人もご家族も納得済みです』
《となればもう、後は致す順番だけよね》
確かに。
「それは、私の希望が無ければ、春蕾さんから、です」
ココで花霞は真っ赤になったので、気が無いワケじゃない、とは分かるんですけど。
《アナタ、全く何も経験が無いのね》
「有るワケ無いじゃないですかぁ、寧ろ何か経験をしとくべきだったかと後悔すらしてます。無理です、絶対に呑まれちゃいますよ、性欲と言う名の荒波に」
『どうしてそれが怖いんですか?』
「妊娠出来無い分際で性欲だけは旺盛だな。とか言われたら、竿も袋も引き千切って食わせる自信しか無いですよ?」
《ならそう書きなさいよ、遠慮はいけないわ》
『仕方無いですね、私が書いてあげましょう』
「えー、良いですよそんな汚い文言を」
『練習です練習、私も書く予定ですから』
「んー」
『はいはい、ゴロゴロして邪魔するなら考えを言葉にして下さい』
《そうよ、何か気に食わないならこの際よ、言いなさい》
「無いですぅ」
《実はどうかしらね、全然褒めないじゃない》
「見ての通りお顔も声も良いじゃないですか」
《身長》
「問題無いです」
《体躯》
「問題無いです」
《私は、良いかどうか尋ねてるのよ》
「ふぁっふぇ、良いと思えるふぁんいにふぁいっふぇるんふぇすもん」
振り返ると、花霞はすっかり頬を引っ張られて。
『はい?』
「良いと思える範囲の中なんです、どちらも」
《アナタね、そうなると範囲が広過ぎて逆に心配になるのだけれど》
「凄い筋肉質の方は少し怖いですけど、多分慣れれば大丈夫だとは思いますし。多少ふくよかな方も、別に、触り心地が良いだろうなと思いますし」
《ちょっと我慢し過ぎじゃない?もっと選んでも良いのよ?》
「あのですね、あのお顔ですよ?それだけでもう、見てるだけで楽しいのにお声も性根も素晴らしいんですよ?寧ろ他に何を望むんですか?」
《そこは、ほら、自分より背の》
「明らかに生活に困らなければ本当に許容はっ、寧ろこの毛色だからこそ、逆に受け入れられるのかも。もう、バリバリに父母に似てたら逃げてますよ、今はもう、とっくに私は身を隠してます」
《アナタ、逆に、なのね》
「中身に優れてる点が無いからです、そもそも毛色が普通ならココまで考えてません、絶対に」
『言い切る理由は?』
「元が馬鹿だからですよ、どう考えても毛色で学びが伸びたんです」
中央の方って、皆さんどれだけ賢いんでしょうか。
《で、千切って食べさせて、縁を切るの?》
「瀕死になって貰って、生死不明で消えて欲しいです」
『良い案ですね、私も付け加えます』
「なん、兔子様は大丈夫ですよ、多分」
『念の為ですよ念の為』
《そうよ、怒らせたら怖いと理解して頂く為のもの、だもの》
「そう、なら、まぁ、はぃ」
《さ、どんどん言いましょう》
「ふぇぃ」
そうして暫くは清書していたんですが。
《それでも、愛してると言って、接吻して下さったら?》
花霞が真っ赤に。
今までと少し違って、羞恥と言うより。
『花霞、照れてます?』
「つい、想像、してしまって」
《アナタね、今までそう考えもしなかったワケ?》
「だって、冷静に考えられないじゃないですか?」
《真面目が過ぎるわぁ》
『ですね』
でも、コレなら大丈夫そうですね。
「ふぇぇ」
《はいはい、ゴロゴロしない》
私の方で嘆願書(仮)が書き上がった頃には、既に男性陣の方では誓約書(仮)が出来上がっていまして。
「コレぞ先読み、ですかね?」
《いや、それだけ僕らが本気だと言う事だよ、ね》
《うん》
明らかにお兄さんの春蕾さんが、臘月様の弟みたいになってるのって。
萌え。
「ありがとうございます」
本音を言うと、ダブル眼福に付録が付いてる感じで最高です、本当にありがとうございます。
私、前はもっと普通の。
いえ、正確に言うと浅慮オブ浅慮で、愚かだったなと思ってます。
それは内省と躾けと考える時間が足りなかっただけで。
今はもう何でも楽しいんです、ハイですねはい。
はい、以前は物知らずの上っ面馬鹿でした。
クソでした。
だから今は、今こそ、やっと普通になれたんだと思ってます。
だからこそです、ぶっちゃけ、身に余る光栄過ぎて焼き付きそうだなと。
そう及び腰になってた部分が大半を占めているのだと、自覚しました。
そこを乗り越え、初めてちゃんと想像してみて。
頭が沸騰しますた。
ぅう。
《花霞》
「すみません、一旦持ち帰り検討させて頂いても?」
《良いよ》
合法ショタ様、多分、私の心情を察して下さってるんでしょうね。
はい、舞い上がってますはい。
元が馬鹿なもんで、すみません、真正面から堂々と受け止めきれないんです。
もし、真正面から受け止めたら。
先ず始めは目から、そして耳へ高熱が広がって、焼死で圧死で爆死します。
「だから嫌だったんですよぉ」
女の子らしい花霞が、ついに解き放たれたのは良いのだけれど。
ウブいわ、どうしようかしら。
《舞い上がり方が小鈴越えね》
『ですねぇ』
「もー、冷静さ皆無ですよ、どうしてくれるんですか?」
《私達が何とかするわよ》
『そうですよ、それとも信用ならないですか?』
「ふぇぇ」
《返事》
「信用はしてますけどぉ、全員が全員浮ついてたら」
『私が信用なりませんかね』
「いや青燕さんも信用してますけど」
『なら安心して浮ついて下さい、そこで改めて見える問題点が出るかも知れませんから』
『凄い、青燕さんの大勝利ですね』
《そうね》
「ふぇぇ」
怖いのは分かるけれど、中央の子は誰もがココまで自制心が強いのかしら。
『それにしても凄い文言の数々ですねぇ、読み上げて差し上げましょうか?』
「兔子様も下さるでしょうから、その時に仕返ししますよ?」
《きっと仕返しにならないわよ》
「どんだけ」
『えへへ』
昼餉後の馬車には、荷物と私と雨泽ちゃんだけ。
『小狡いって言うか、最早詐欺紛いだよなぁ』
花霞ちゃんへの誓約書、朱家の青燕ちゃんを使ったから、殆ど嘆願書の通りになってるのよねぇ。
「包々、コレも駆け引きの1つよ」
『あっそう』
雨泽ちゃん、素直って言うか。
「アンタ、憂いてばっかりだと気を病むわよ?」
『大して心配してないでしょ?』
「あら心配は心配よ、万が一が有ったらそこそこ困るもの」
『暁霧は、動物が触れても構い過ぎて病ませそう』
「心配しなくても大丈夫よ、耐えられそうな子にだけ構うもの」
『構わなそう』
そこなのよねぇ。
手に入れるまではこうだけれど、手中に収めたら落ち着いちゃう傾向が有る、って白家にも言われてるのよねぇ。
「それでも大丈夫そうな子を探すしか無いわね」
『花霞?』
「か、アンタか」
『だから俺を巻き込まないで?』
「善処するわ」
夕餉後、やーっと落ち着きました。
なので改めて内容を吟味しますが。
不貞と疑われる様な事、それこそ侍女とすらも2人きりにならない、とか。
気が有りそうだと私が思う女性は近付けさせもしない、勿論外泊も食事も無し、女性への個人的な贈り物は私にだけ。
当たり前と言えば当たり前なんですけど、こうして文言に残して貰えると、嬉しいし安心。
何で前の世界では広まらなかったんですかね、婚前契約書。
いや、もしかしたら上流階級では当たり前?
ウチ中流以下の下流でしたし、そこですかねぇ、貧すれば鈍するんですし。
となると、やっぱり貧困の無限ループ内に居たって事ですよね。
「はぁ」
《あら》
「あ、いや、異界の事です。こうした契約書的なの、無さそうだな、と」
『確かに無さそうですね』
「それと、こうした物は珍しいのかな、と。私の家では聞いた事が無いので」
《そうね、貴族なら。そうね、基本的には文のやり取りの中で残るでしょうし》
『あぁ、それを証書に起こすのは、流石に摩擦を生みかねませんもんね』
《けれど場合が場合なのだし、そうでなくても私は良いと思うわよ、私も文の中でそれとなく誘導するつもりだもの》
「流石です葉赫那拉様」
『けど貴族でもやらないものなんですね、婚前契約書の作成、お互いの為になりそうなのに』
《もしかすれば表立って言わないだけで、してるかも知れない、とは思うわ》
「外部に知られたら何か疑いが有るのか、とか穿った見方をされそうですもんね」
《それか、敢えて口約束だけにしたいか》
「遊ぶ気滅茶苦茶有るじゃないですかー、やだー、不潔です不潔ー」
『安定と余裕の両方が欲しいって、欲張りが過ぎますよね』
「本当に、けど私は半ばそんな感じなんですよねぇ」
《別にアナタが率先して提案したワケでも無いのに、そう、自分は優遇されてる。と思ってるのね》
「はぃー」
《私にしてみたら大変ね、としか思わないわよ》
『そうですよ、愛する方が2人って、純粋に倍ですよ?楽しか無いなんて思いませんよ』
《けれど愚か者に知られたら面倒そうなのは、間違い無いわね》
『他人の良い面だけを見て、自分のは悪い面ばかり見る、困りますよね本当に』
私、転生前でいきなりココに生まれても、本当にそこまで到れるか不安なんですよね。
向こうは向こうなりに平和だったのに、アレですし。
《で、不満は無いのね?》
「あ、はい、今の所は」
《まぁ、致してからも追加出来るそうだし、そのままお返事しちゃいましょう》
「ぁあ、ですね、もしかすれば悶々としてらっしゃるかもですし」
『じゃあ今晩のお宿で書きましょうね』
「ふぇぃ」
こうやって気が回らない部分も有るのに、本当、見た目に騙されてる感が拭えないんですよねぇ。
だって逆なら騙されますもん、私。




