52 相思弐。
夕餉後のシミュレーションが白熱しましたけど、込み入った話も多かったので、ふんわりと終わるかなと思ったんですが。
少しして疑問が出たそうで、話が続いてしまいまして。
『良いですかね?桂花さん』
「はいはいどうぞ兔子さん」
『全く、誰も躾けをしない、なんて存在すると思います?ある程度は治安が良さそうですよ?』
「この、学苑なる場所が中心となる寓話が多いので、もしかしたら躾けも学苑で、なのかなーと」
まさに前世のウチがそうだったんですよ、気に食わない事は注意されますけど、躾けとは呼べない気まぐれさ。
教育や躾けってコレなんだなーっと、ココでちゃんと理解したんですよね。
躾けって何が分からないか、とかの対話と説明がセットなんですよ、しかも怒鳴ったり五月蠅くない。
短文で軽く注意するのが躾けだ、とでも思ってんじゃないか、と向こうの両親に問い質したい気もしますけど。
多分、意味分んない、って言うか。
アナタの為に頑張ってるのに、とか言って激昂するか泣き喚くか、としか思えない。
不思議ですよね、今思うと言葉が通じて無いなと分かるのに、向こうでは通じてると思ってたんですよ。
もう、取り敢えずは謝るか引き下がるかしない、周りに嫌な顔をされるから黙ってるしかないって思ってた。
まさに理不尽の極み。
《だとして、よ、親は何をしてるのよ?》
「稼ぎに行って疲れ切ってるのでは?」
『えっ?そんなに切羽詰まってるのにお子を?祖父母は何を、まさか他の親族もそうなんですかね?』
小鈴まで混乱していますが。
そうなんです、余裕と子は別なんです、向こう。
「はい、殆どの家族がこんな感じなのかな、と。子が居るから稼がなければいけない、でも教育までは追い付かない。のかな、と」
向こうで原因は核家族化がうんたら、とか言われてましたけど。
結局は結婚してるのが当たり前、子供が居る家庭こそ正常だ、とか言う常識崇拝者のせいだと思うんですよね。
害が無いなら他人がどうしようとも関係無い、それこそが真の自由主義だと思うんですけど。
こうなって良く分かりました。
違うって事は異物なんですよ、それだけで十分に排除対象になってしまう。
見慣れぬ子にギャン泣きされるとか当たり前ですからね、この容姿。
《学も教養も優しさも無く、幼い者ばかりの世。恐ろし過ぎるわ》
『確かに咪咪の言う通り、異界か地獄か判断が難しいですね』
兔子様、咪咪て。
あ、思い出した。
確か、頭が良いとか左利きが殺される話がコッチにも伝来してた筈。
「あの、ソレを究極に煮詰めたのが、確か、波尔布特の紅大独裁記、かと」
「ぁあ、とうとう幼い子が医師にまでなってしまった独裁国家の寓話ね」
『僕、あまりに酷い話だから寓話だって思ってたんですけど』
『確かにそう思い込んじゃってますね、確かに』
《そうね、本当》
いやソレがココの普通なんですよ、私は異分子で異物なんですよ。
ココでの不穏な噂って、四凶か魔女狩り位ですもん、本当に想像が難しいとは思います。
それに、こんなん、向こうでも本当かよ。
って疑われてたらしいですし。
「ぁあ、でも分かるわ。要は家族を使って支配するか、時代が変わって家族から個を分断して支配するか、だものね」
《そんな支配の仕方をしても、いつか行き詰まると思うのですけれど》
『だからこそじゃないの?神々の魔道具や仙人様の宝具とか、そうした強力な武器を他国に向け続けてれば、タカれるじゃん。ユスり放題、タカり放題』
しかも威嚇射撃するだけで援助を受けられる、実質毟り放題ですからねぇ。
《せめて魔王が居れば》
「多分ダメかと、何かしらの実験台にされるのでは」
「そこよねぇ、実際に消えた異国がそうした実験をしてったって噂ですものね」
殺せないにしても、ある程度は無力化出来てしまったからこそ、魔王が捕まるって事も有ったんでしょうし。
となれば、向こうはあまりにも理不尽で神様の慈悲も無い世界。
多分、単なる実験体として使われ、それこそ世界が滅亡してるかと。
《絶望的過ぎだわ》
「ですよねぇ」
「そんな世界に生まれ変わってしまったら、流石に自死を考えるわね」
ですよねぇ。
ココを知っての向こうって、ハードモード超えてインフェルノも真っ青、最早即死モードと言うか。
だから自死の数が多いんですかね、向こう。
即死したいモード、ですかね、逆に。
「それで、何で私がこの考えなのか、なんですが」
「自分勝手で愚かな者が多ければ多い程、よね」
「はい」
《花霞が自身を律するのも分かるわ、それこそ神話の後宮同様、四家に利己的な愚か者が居れば》
『その数が多ければ多い程、国が傾き、いつか滅びてしまう。成程』
『花霞はつい、そう考えてしまうからこそ、四家を優先させる様な考えになってしまうんでしょうか?』
「はぃ、こう偶に考えが戻っちゃいますけど、この流れでも良いのかなと思える時間は伸びると思います。私が安心出来る、信じられる方法を薔薇姫も翠鳥も一緒に考えてくれますから」
《まぁ、当然よね》
『はい、一生の友人ですから』
「ありがとうございます」
私、泣きそう。
こんな事を本気で言われたのって。
《そろそろ休もうか、まだまだ移動する事になるのだし》
《そうですわね》
花霞ちゃん、泣きそうになってたわね。
どんだけ感性が強いのかしら。
「さ、一緒にお風呂に行きましょうねぇ」
『はぁ、春蕾』
《花霞の目が赤かった》
《大丈夫だよ、アレは僕らの役目じゃない、彼女達の役目だよ》
「友としての役目、ね」
『俺を見るな巻き込むな』
「はいはい、さ、行きましょう」
それで、いざちゃんと雨泽ちゃんの体を見てみたけれど。
『で、華奢だとか女っぽいとか言うんだろ』
「確かに比べると。嘘よ、そんな事無いわよ、なに気にしてんの?」
傷1つ無いワケでも無い。
男の子らしい、って感じしかしないのだけれど。
『桂花が気付かないじゃんか』
「あら、気付いて欲しいの?」
『いや、何か、アイツも気付きたく無いとか思ってんのかな、とか』
「ぁあ、知って尚、普通に接してくれる者が減ってしまうものね」
『アレって本当に孤独に強いのかね』
「今は、じゃないかしら」
『ぁあ』
「アナタが言ってた通り、味を知らないければ恋しいとも思わない」
『ならこのまま進めたら不幸も同時に取り込むじゃん』
「それがアナタの本音よね、幸せを知ったら同じかそれ以上の不幸を味わうかも知れない、と思ってる。けど少し違うのよ、食べて健康長寿を得られる場合も有る、それを手に入れる為の苦労すら厭わない者も居るのよ」
『後悔って後でするもんなの、良く知ってるでしょうよ』
「痛みって意外と忘れるもんよ」
『痛みは忘れても苦しみは覚えてるじゃん』
「普通はもう良いの?」
『迷ってる』
「兎に角、アンタも味わってみなさいよ」
『殺したくなっちゃうかもだよ?』
「そしたら止めてあげるわよ、誰にもバレない様にしっかり片付けてあげる」
『そっちに嫌な思いをさせるじゃん』
「野放しよりマシよ」
『そんなに味あわせたい?』
花霞ちゃんが気楽そうなんだもの、そら押してどうにかなるなら押すわよ。
「不幸より幸せが多そうならね」
花霞が目を真っ赤にして以降、誰かの考えを真似る会は暫く休みとなった。
それから雨泽は悩む様になり、俺も悩む事に。
今、馬車には俺達と荷物だけ。
後方には女性陣の馬車が2台、後方には兔子達の馬車が1台、侍従達は馬に乗り前後で護衛。
俺も馬で良いのに。
『春蕾、俺は最初、何を求めてたんだっけ?』
《他と同じ何か》
『アレ、靈丹妙藥、マジだったかも』
《そう思う切っ掛けは》
『兔子に達観してんじゃないかって言われた時、何か、楽しい事が増えてんなと思って。で、関わってから面白いと思った数が、その前を遥かに超えてんの』
《暇過ぎだったんじゃないだろうか》
『なのかなぁ、けど人と関わった数はそこそこの筈だよ?』
《関わりの深さは》
『ココまでは無い、アイツの時で懲りた』
兔子が言っていた通り、もしかすれば雨泽は俺より優しいかも知れない。
《繊細か優しいか》
『繊細は何か腹立つ、けど優しいも何か嫌だ、期待されたくない』
《花霞達は勘違いしないと思う》
『まぁ、勘違いする際はよっぽどの時だろうけど、何かヤダ』
《雑じゃない》
『それは許す』
《厳し過ぎない》
『まぁ、アリ』
褒める事が如何に難しいか、雨泽は体現してくれている。
何も言わずとも、俺に考えさせてくれる。
頭も良いし口も美味い。
《どうにか説得してくれないだろうか、馬の件》
『穿った見方をするとさ、何か有ったらお前が目立つじゃん?』
《臘月はそんなに狭量じゃない筈なんだが》
『初めて好意を持って誰もが器用に心の整理が出来たら、揉め事ってもっと無いんじゃないの?』
《そうか、もしかしたら臘月は馬に乗った事が》
『まぁ、無さそうだよね』
《聞いてみよう》
『よし賭けようぜ、俺は初めてに飴1つ』
《なら俺は馬を怖がってる方に1つ》
『成程ね』
そして昼餉の際に尋ねてみると。
《人以外の生き物は苦手なんだ、気が読めないから》
「分かるわー、私も苦手なの、と言うかどうしてか逃げられちゃうのよねぇ」
『化粧無しで男装でも?』
「もうね、何してもダメなのよ、子供の頃から」
《龍の気が混ざってるらしいからね、そのせいだよ》
「あら本当に?冗談だと思ってたわ」
《本当らしい、ただ龍の気が何を指すのかは、分からないけれどね》
『マジで龍の血筋だったりして』
「なら龍に変身したいわ、空を好きに飛んでみたいもの」
『つか居るのかね、龍だの鳳凰だの』
《見たら俺も不安になると思う、瑞兆でも、変化は変化だから》
《そうだね、何かが変わる予兆。そして国が変われば凶事も瑞兆となる、異国では流れ星は瑞兆らしいよ、神々が覗き見た輝きらしい》
「隙間から神々の後光が漏れ出た光、なんですって、だから輝いている間にお願いをするそうよ」
《詳しく願う程に叶うらしい》
『クソ早いのに、短いのしか無理じゃん』
『ですよね、けど詳しく願わないと不幸な叶い方をするらしいです』
『不便』
「祈祷だってそんなものよ、不便で苦労した分だけ願いが強くなるんだもの、だから苦行が有るのよ」
『それ呪いみたいだよね』
「あら本質的には同じよ、ねぇ?」
《そうだね、要は善い事に使うかどうか、だから安易に迂闊に願う事は悪とされている。願うだけで本当に叶ってしまうのが法術だからね》
『俺は火は好きだけど全く無理だよ?』
《怖さを知ってるからか、名に縛られているか》
「どちらも、だったりしてね。さ、そろそろ準備しましょうか」
《ぁあ、馬の事なら任せるよ、僕は気が読めなくて不安なだけだから》
『あぁ、それで心配してか、成程ね』
《ありがとう、気を付ける》
僕は先読みが全く出来無いと、まるで真っ暗闇を何も無しに歩く程の不安さが有る。
途端に死が近くなった様な気になり、気の流れを読む事も難しくなってしまう程に動揺してしまう。
「はぁ~、良いお湯だったわぁ」
《雨泽、今日は僕と行こうか》
『何で俺』
《言いたい事が有るんだ》
「あらお説教かしらねぇ」
『えー』
《かも知れないね》
『よし、ならさっさと済ませて』
《助かるよ、ありがとう》
彼は僕とは違う先読みの力を持っている、四家の加護、生まれた後に与えられる能力。
四家の長しか知らない事だけれど、僕の先読みのせいで暴いてしまった事の1つでもある。
四家の者には本当に加護が有る。
その能力は各四家の当主しか知れない事。
けれども僕は見抜けてしまう、だからこそ自ら封じられていた部分も有る。
『はぁ~、で、何』
《先読みが出来無いと怖いんだ、死を間近に思う程に》
『何で皆、俺に言うの?』
《君は否定しない、と分かってしまうんだよ、特に弱っているとね、君は暗闇の灯りの様に感じられるんだよ》
『なら案内屋は妥当かぁ』
《繁盛はするだろうね》
『苦労しそう』
《苦労や不幸だと思わなければ良い、本当なら君には簡単な事だろう》
『本当に楽しいってコレなんだ、って知ったからクソ怖い、偽らないで良いから楽だけど、凄い怖い』
《怖いのは初めてかな》
『こんな事を言ってて、頭がおかしいとか思わないの?』
《味と同じ、好意を知っていても僕は理解して無かった、だから良く分かるよ、僕も怖い事が増えたんだからね》
『楽しい?』
《好きな味が無害だと思っているし、信じてるからね》
『今は、ね』
《ココまで来たらもう後は、信じるか疑うか。今の君は実に普通だね、すっかり怖さを味わって支配されている》
『暴れ馬になって迷惑を掛けるのが嫌、絶対に跡を濁しまくる』
《去らなければ良いんだよ、ずっと居たら飛ぶ鳥は跡を濁さない》
『餌を求めて池を啄いても?』
《そんなに小さい水場でも無く水が豊富なら、問題無い筈だよ》
『後で文句を言ったら殴る』
《見誤った罰なら大人しく受け取るよ》
『花霞もこんな感じなのかな』
《だろうね、時に君達は良く似てるから》
『どこが』
《僕に聞く前に、誘導される前に、君が確かめてみるべきじゃないかな》
彼の直感は加護のお陰。
だからこそ覇王の性質を削ぎ、平穏無事に過ごせていた。
そして彼の命運も花霞と会った時点で、大きく揺らいだ。
とても良い方向へ。
『直ぐに巻き込もうとする』
《そう思う時点で、既に気持ちは半々なんじゃないかな》
『偶には勘も外れんのな』
《人並みに、ね》
『ぁあ、だから怖いのか』
《まぁ、そう言う事だよ》
僕ら四家の者は何処かが似ている。
古い噂通り、嘗て中央に王家が存在していたなら、僕らの血筋を辿れば元は1つ。
あの花霞も、暁兄も。




