50 大叫喚地獄。
《花霞、どうして甘酸っぱい状態になってなかったのか、聞かせてくれるわよね?》
「はぃ」
美雨と共に聞いてみたのですが。
花霞はどうしても、考えや気持ちに歯止めが掛かってしまう、と。
確かに私も流行り病の事を考えてしまうと、兔子には他の女性とも。
《要するに、凄いビビりなのね》
「まぁ、有り体に言えば、はぃ」
『万が一が有れば先ずは神様に怒りましょう、何でこうなんですか、って』
《そうね、次は胸か額に刻んで貰いましょう、坏蛋渣滓とか》
「そっち側から先に考えますか」
《情愛だけで何事も補えたら誰も悲しまないわ、揉め事だって直ぐに収まってる筈よ》
『それに城壁が脆いなら補えば良いんです。そして補えないなら、諦めて貰うのが1番かと』
「一応、諦めて貰う道も考えてくれてるんですね」
《花霞が1番だからよ》
『そうですよ、直ぐに四家を優先させようとしてますけどダメですからね?』
「そんなつもりは」
《四家の方を亡国の王族みたいに考えてるじゃないの》
『滅びそうなら分かりますよ、けど特に不穏さも無いのに四家の方を敬い過ぎるのは可哀想です、お気持ちの動き方は私達とほぼ同じなんです。そして流行り病が怖いのは私達も同じです、だから私はもっと勉強しますし、皆で対策を考えましょう、ね?』
「ふぇえ」
花霞が初めて泣いた。
どれだけ、どれだけ病が怖いのかを、やっと私は。
《よしよし、アナタって本当にビビりね》
『どうすれば花霞が安心出来るのか、一緒に考えましょうね』
「ふぇぇ」
花霞ちゃんが、泣いちゃった、と。
朱家の青燕ちゃんから、報告が来て。
『泣いてる花霞を見たいとか絶対思っただろお前』
《思った》
「食欲旺盛で気丈な子がお夕飯に来ないだなんて、分かるけれど、ぅうん」
《非常に興味深いけれど、気が高ぶると熱を出す者も居るからね、ココは我慢だよ春蕾》
《分かった》
『収めんの上手いけど収め方、見たいの?臘月も』
《清流や湧き水が嫌いな者が居るんだろうか?》
『居ないですよね?』
「だからってワザとはダメよ、兔子ちゃん」
『しませんよ、嫌われたく無いですもん』
「でも滅多に見れないとなるとねぇ」
『まぁ、だから見たいのは分かるけど、何か他の、感動するのとかで良くない?』
《それはそれ、コレはコレだよ》
《うん》
雨泽ちゃんには、まだまだ分からなそうね。
『あー、そうですか』
《いつか包々にも分かる日が来る、かも知れないね》
『それ、分かって良いもんかねぇ』
そうよねぇ。
良い事だけ、とはいかないものね。
けれど春蕾ちゃんは、違う考え方をしてるみたいね。
《出来るなら全部の表情が見たい、嫌な事は出来るだけ抜きにして、全て見たい》
分かるわ、一緒に居たいってそうした面も有るものね。
『ゲロ吐き花霞も?』
《見たくないか見たいかで言えば見たい》
『何でちょっと悩んだのさ』
《想像が付かなかったから》
『まぁ確かに』
「でも、加虐性癖だけはヤメて頂戴よ、それこそ歯止めが利かなくなって死ぬ事も有るそうだから」
『まさか暁霧』
「実はそうなの」
『冗談か分かんねぇ』
冗談よ。
半分は。
《もし花霞にお願いをされたら、俺は》
「そこよそこ、私は良く知らないけれど専門家のご指導が必要だそうよ。だから、その性癖が目覚めたらちゃんと相談する事。良いわね?」
《うん、はい》
「アナタ達もよ、相手を殺したく無かったら、若しくは相手を罪人にしたくないなら、ね」
最近、特に増えてるのよね、この手の相談。
私は専門外だから繋ぎでしか無いのだけれど。
やっぱり、平和過ぎ、なのかしら。
《花霞》
「あ、臘月様、どうもこんばんは」
《少しだけ聞かせてくれないかな、どうして泣いたのか》
聞きたいのは分かるけどさ。
だからって俺に女装させるなよ臘月、別に青燕でも良いだろ。
「ざっと言うと、病気が怖いから、ですね」
《君が言う神話での出来事、かな》
「はい。病気が流行ったら、私は凄く後悔すると思うので、はい」
《それは君のせいじゃない筈、国や四家、貴族や医師の責任だと思うよ》
「はぃ、薔薇姫達にもそう言われました」
《それでも納得が浅そうだね》
「だって出来る事を放棄するみたいで嫌なんですよ」
《子が出来る事を放棄する事にもなるよ?》
「失礼ですが、まだ21年しか生きて無いのに言い切れる事では無いのでは?」
《見聞きはしてきたよ、他よりもずっとね》
「そんなに1人で満足出来る方がいますか」
《少なくとも僕も春蕾も、そうした者だと思っているよ》
「占いでもですか?」
《ぁあ、まだ君には見せて無かったね、僕らの結果としてはそうした者だと出てるよ》
「逆に、誰でも良い相、だなんて居ます?」
《居るよ、それこそ火棘の命運や相。要は惚れ易い子だ、とも伝えておいてあるよ》
「それで子種袋を取るって、凄い不安でしょうね、お互いに」
《そして逆に救済措置でも有る、今生で己を理解し自戒し律すれば、平穏が約束されるだろう。けれども相手も何もかもを疎かにすれば、今生での苦労以上が待っている。嘘が無ければ衆合地獄で済んだものを、このまま考えを改めなければ大叫喚地獄は確定だからね》
「200年だったのが800年に、それだけ嘘は良くないのに、思わず言ってしまったんでしょうね」
《そこまで性根が悪いとは思っていないんだね》
「祖父母に作られてしまったのではと思ってます、ウチの祖父母は程々ですけど、中には宜しくない甘さの方も居るそうですから」
《君が気に病む必要は無いよ、彼らが善行を尽くせば良いだけなのだから》
「それでも、どうして、と。恨みの怖さを理解して無かった、と言う事でしょうかね」
《理解していなかった、が正しいね。自分が同じ事をされたら嫌でも、薔薇姫が優しいなら許してくれる筈だ、そうやって自他の都合の悪い部分と良い部分を全てごちゃ混ぜに考えてしまっていた。そうなっては幾ら知識が有っても理解には至れない、筋道が間違っている限りはね》
「そこだけでも分かってくれてるなら、まぁ、殺さないでも良さそうですね」
《そうだね、愚か者の逆恨み程、怖いものは無いからね》
「ですよねぇ」
コレ、市井の者に言うと、酷いとか残酷だとか言われるんだよね。
平穏だからか、恨みの怖さを理解して無い。
なのに悪霊が怖いだとか神は居るだとか。
ちぐはぐ。
一貫して無いんだよな。
《子宝参りの他にも疫病除け、厄除けにも行こうか》
「はい、ありがとうございます」
根っから信じてるんだよなぁ。
《じゃあ、また明日》
「はい、おやすみなさいませ」
《おやすみ花霞》
『おやすみなさいませ』
何の好意も無さそうなのに、どうして好きでいられるんだろ。
他なら絶対に諦めるでしょ、ココまで面倒だと。
《何が分からないのかな》
『何でそんな信じられんの?』
《もし何か有った時に耐えられるかと聞かれたら、今は大丈夫だと言えるけれど、正直今後は不安だよ。それこそ寓話の様に春蕾を殺そうとするかも知れないし、家族に八つ当たりをして家を滅ぼすかも知れない。けれど孤独や寂しさを理解したからこそ、手放せないし縋ってるんだよ、分かり合える味方は欲しいからね》
『そこ?』
《だけでは無いけれど、君には分かり易いかと思ってね。すっかり分かり合えるとしたら》
『俺を巻き込むのが楽しいのは分かるけど』
《独占が難しい以上、花霞の為になるなら僕は本気だよ》
『なると思う?』
《僕ら四家の中では1番に君に気楽だからね、そう張り詰めさせ続けるのは良くないとは僕も思っているよ》
『春蕾もかよ』
《自分に無いもの、自分が与えられないものに対して理解をしているからね、だからこそ君に泣く泣く席を譲る事になっても致し方無いと思っているんだよ》
『そんなに孤独に耐えられなさそう?』
《いや、けれど損だとは思うよ、そして完全に縁が切れるとなれば大損》
『臘月にしてみれば、でしょうよ』
《いや、君にしてもだ、それとももう普通は要らないのかな》
『近付ける?』
《本当に普通へと至りたいならね》
『それ、良い事かと思ってたんだけど、何か違う気がしてきたんだよね』
《そうだね、どんな物事にも必ず両面が有る。良い事だけに限られる物事は、殆ど無いと言っても良いだろうね》
『盛者必衰、得たら必ず失うけど、それこそ好意もじゃん』
《何事も1番に難しいのは維持だからね、けれど最も簡単に維持が出来るとなれば、だ》
『友人知人で良くない?』
《そう思うなら、思えているうちはそう思っていれば良いよ、楽だからね》
『じゃあそう思っとくわ』
何をどう言われても、結局は楽が1番だし。




