48 包々。
アレからすっかり雨泽ちゃんは、呆けたまま。
本当に残念だけれど、昼餉の後は天候が良くなってしまって。
「あら、包々まで花霞ちゃんの虜?」
『冗談でもヤメテ。花霞が言う身近な地獄って、どんだけ近くに感じてんだろなと思っただけ』
《相当近いだろうね、背中合わせ、影、それ位近くに感じての事だと思うよ》
『それ怖いんじゃない?』
《どちらが先か、怖い思いをしたからこそ考えたのかも知れないよ、地獄は直ぐそこに存在している、と》
「私も嫌な思いをするまでは、地獄なんて死んでから見るものだと思ってたわ。それこそ神話は神話、悪人なんて稀有、守られている事もあって自分は失敗する筈も無いと思ってたもの。なのに見事に餌食になりかけた、そして地獄は直ぐそこに有るとも、人は簡単に悪人になるとも知った」
《得体の知れない怖さを克服するには、知って考えるしか無い。明日にもこの世が地獄になったなら、どうなるか、どうすべきか》
なら、だからこそ、誰の何を信じるか。
なのよね。
私、あの事が無かったら、こうした考えに至れなかったのよね。
だからこそ至れた花霞ちゃんに同情するわ、私が10代で得た衝撃を、その年に満たない子が受けてしまった。
なのにも関わらす、曲がらず腐らず、良い子に育ったのよね。
私なら。
私ならどうなってたかしら。
「私なら、どうなってたかしらね?」
『人と距離を置くんじゃない?』
「アナタは?臘月ちゃん」
《暁兄は優しいからね、そうなると思うよ。誰にも関わらず、関わらせず、家人の意志を最優先に生きる》
「でもご家族は。そうね、ご家族が良い方々だからこそ、深く思い悩んでしまったのよね」
『何になりたいか聞く親だもんなぁ、他は家を継げだとか、どうしたって制限すんのにさ』
《制限が悪かどうかは、個人の資質に関わるからね、何を選ぶにしても難しい事だと思うよ》
《選ばせない善も有るんですか》
《幼い子の場合に例えてみるけれど、いきなり好物を目の前にずらりと並べてしまうと、吐いてでもお腹を壊してでも食べようとしてしまう》
『それ、僕の事ですね。やりました、お腹一杯で食べれなくて拗ねて泣いて暴れました』
「あら子供らしい子で可愛いじゃない」
《そして選ぶ苦しみが生まれる、反対に数を極端に絞れば選べない苦しみが生まれる》
「しかも好き勝手させては偏ってしまうのが殆ど、だからこそ周りが目を配り気を配る」
《何処まで絞るか、何処まで好きに選ばせるか。その点も相性、夫婦で合意を得られなければ、結局は不仲になってしまうからね》
『それで花霞は阿っちゃうかもって、どんだけ考えてたんだ、そんな暇なのかな』
「困らない程度だとは聞いてはいるけれど、帳簿を見ないと何とも言えないわねぇ」
《僕としては、貢物で幾ばくかは生活を豊かに出来ているのだと思うよ》
『マジかよ、凄いな』
「そんな事は、まぁ、言えないし言わないわよね」
『まぁ、貰い物が多いとは聞いてるしな、そっか』
私は、どうにも心配されてしまうらしく。
《アナタ、少しは良い物を貰った事は無いの?》
「え?有りますよ?」
『有るんですか?』
「私の家、店へのお祝い品とか、お誕生日に、とか。お米やお酒、乾物やお茶とかを頂いてます、お店から直接ですけどね」
私の誕生日は勿論ですけど、開店日は何のイベントとも被らない様にしてたんですよね。
ガッツリ宛てにしての開店日には、かなりの売り上げになりましたし、お祝い品も色々と頂きましたし。
《貢がれてはいるのね》
『良かった、嫌な思いだけじゃないんですね』
「あー、すみません、そうした情報が足らなかったですよね」
《まぁ、貰い物が多いとは認識してたもの、考えが浅かったわ。成程ね、それで》
『それで、何なんです?』
「私で周りも商売してるって事ですよ、ある種の見世物、と言うか名物ですかね」
女性陣は牽制を、男性陣は褒める。
最初は私を守る為だったのが、すっかり商売に。
なんせ目の前のお店が茶屋に鞍替えしましたからね、お陰でお茶とお菓子に事欠かずでした。
『そんな、それで良いんですか?』
「大勢の目が有るって事は、それだけ守って貰える数も増えますし、巡回の大義名分も出来て皆が得してますから」
『凄いわね、流石に私がそこまで名物になる気は無かったもの』
「けどこの容姿なら、使わない手は無いのでは?」
《そこよねぇ、制御が難しそうだわ》
「そうなんです、だから私は何もしない、全て周りに任せたんです」
まぁ、子供でしたからね。
甘えるしか能が有りませんでしたから。
『それで商売の道具に?』
「お互いに、ですよ、持ちつ持たれつですよ」
《他の家が他の家を見張る、それに付随して益が有る方が守って貰い易い。それに、何の利も無しに大切にされても怖いわよ、逆に》
「そうですよ、裏を考えてしまいますから、却って良かったなと思ってます」
《そこなのよね、益が有ると示して貰った方が私達商家の子としては逆に信用し易いのよ、裏で取引材料にされたら溜まったものじゃないわ》
『成程、それで、確かにそうですね。利を認めて貰った方が、傍に置くと言われても納得がし易い』
「なので、居るだけで良いって、嬉しいですけど大丈夫かよ?となるんですよ」
《そこは向こうの口説き具合が、まぁ、花霞を慮っての事なのでしょうけれど》
『花霞はどうして欲しいですか?』
「臘月様みたいに全て見抜けたら良いんですけどね、それこそ先の先も」
《アナタの負担にならないなら、私達の分と一緒に子宝に恵まれる様に祈らせて》
『それもですけど、幸せを願いますから、もっとちゃんと幸せになろうとして下さいね?』
この言葉が、もしかして最近だと1番重い言葉かもですね。
若干、逃げてる自覚は有りますから。
「善処させて頂きまふ」
翌日になって向こうから文が来たんだけど。
まぁ、今日は晴天だから会は無し、で。
「あらあら、貢ぎ物の事も当たったわね」
『それさ、花霞の利益だよね?それまで失うって事じゃん?』
「そうよねぇ、けど何も言わなかったのよね、この利益について」
『婚前契約書に加えれば良かったのに』
「だから、じゃない?四家とは別の稼ぎ口をって」
『いや、アレは四家への借りが嫌なだけでしょ』
「すっかり分かった様な口を利くわね?」
『だーかーらー、俺を巻き込まないで?』
「あら良く言うわね、どうにもなんなくなったら俺の所に来れば、だなんて言ってたクセに」
『ヤキモチ妬いてんの?困ったら暁霧もウチに来れば良いじゃん』
「私は男でアンタも男なのよね、残念」
『その意味じゃない、違う、つか暁霧はその意味でなの?』
「だって友人ってだけじゃ守れないでしょうよ」
『ほら良いのか春蕾、取られちゃうぞ春蕾、何か案を出さないと』
《もう少し、ちゃんと稼いでおけば良かった》
《仕方無い、僕らに星が巡って来るとは思わなかったんだから》
「あら臘月ちゃんも知らなかったの?」
《いつか現れるかも知れない、とは聞いてはいたけれど、慰め半分だと思っていたからね》
《俺も》
「で、アナタも」
『巻き込むなってばぁ』
「抱けるでしょ?」
『目を瞑ってたら誰でも良いんじゃないの?』
「夢が無いわねぇ」
『無いねぇ』
『折角なら誰かで試してみたら如何ですか?どの家にも居るんですよね、指南役って』
「兔子ちゃん、3月はまだ先よ?」
『つか何で試すのさ』
『意外と花霞さんが好きかもって、分かるかもですよ?』
『意外と好きって、春蕾みたいに触りたいとも思って無いんだけど』
『触れて無いからでは?食べた事が無いのに好物には成り得ないでしょう?』
「理屈を出してきたわねぇ。どうする春蕾ちゃん」
《花霞が嫌がらないなら》
『お前が嫌がれ、臘月、嫌って言え』
《選ぶのは花霞、それに僕は君を嫌って無いからね、嫌がる事は難しいよ》
『そこ心を広く持たないでくれよ、狭くあれよ、面倒臭い』
『だからこそですよ、触って確かめてみて、何も無かったら春蕾さんは安心出来ますよね?』
《触れたくなるのに賭ける》
『じゃあ嫌がれ、俺に拒否する理由をくれ』
《なら賭けたら良い、何か、そうだな、以降は誰にも包々と呼ばせない権利だ。どうだろうか?》
『絶妙に足りない』
「なら足さないとね、そう、何とか言い包めて花霞ちゃんから言い寄らせる」
『それ出来んの?アレでも結構固そうだよ?』
「私ならチョロいわよ」
『分かった、俺が勝ったら花霞の事で俺を巻き込むな』
「はい、決まりね」




