47 船路三日間。
「このガリガリが有れば生きていける」
《偽炸灌肠ね、良く見付けたわね》
「水仙さん、刺繡苦手だからって、くれた」
《墨家の侍女にまで好みを把握されちゃって、油断ならない子ね》
『食べ物につられて知らない人に付いて行ったらダメですよ?』
「微妙に知ってる人が1番危ないんですけどねぇ」
『あぁ、確かにそうですね』
《事件の殆どが顔見知りだそうね》
そうなんですよねぇ、未来、いえ向こうの世界でもそう言われてましたね。
「食べます?」
『頂きますー』
今回は天気が悪くて刺繍だの本だの、あまり気が進まないんですよね、微妙に薄暗いので。
船の進み具合は順調だそうですけど、暇。
《ずっと曇りなのかしら》
「困りますよねぇ、何も進められない」
『折角、日が延びてきたのに曇りで、火は厳禁ですからねぇ』
初日はマッサージの練習、とかしたんですけど。
連日は逆に体に悪いですし。
《折角元気なのに、何もしないのも悔しいわね》
「あ、じゃあ何かお話を聞きに行きます?男性陣の部屋に」
《良いわね、私暁霧様と少し話し合いたい事が有ったのよ》
「じゃあ、取り敢えずお声がけしてみましょうかね」
そして私はお留守番となりました。
静かだと、寝ちゃう。
《あの子の好きな図柄は、この様な感じかと》
「あら結構定番ね」
『蔦や葉、雲南でしたら花が多いでしょうから、生花を飾るには丁度良いかも知れませんね』
「あぁ、そう言われればそうね、柄ばかりじゃ落ち着かないものね」
『ですね、落ち着いた風合いが好きみたいで』
《螺鈿に関してはやはり海沿いが1番ですから、今回は天津で2日過ごし、保定市まで趙王川を進むのはどうでしょう》
「保定から大同、呼和浩特から銀川、ね」
『はい、私が四家に向かった道のりです、山越えをしますけど良い季節なので、楽だと思います』
「後は体調次第ね」
『ですね』
《花霞は、どうしてるんだろうか》
話は聞いてたんでしょうけれど、もう、春蕾ちゃんたら気になってウズウズしちゃって。
《私達が居ませんし、眠ってるかと》
『起こしてあげた方が良いかも知れませんね、夜眠れなくなっちゃいますから』
『もうさ、皆で食堂で話し合えば良いんじゃない?貸し切って』
「あらそれ良いわね、誰かが貸し切る様子も無いし、昼餉まで時間も有るのだし」
《まぁ、そうですね、尋ねてはみますわ》
《ありがとう》
花霞ちゃんに会わないと落ち着かない体質になっちゃったのよねぇ、この子。
《顔、凄い跡よ》
「そんなに寝たつもりは無いんですけどね?」
『跡がそうは見えないんですよねぇ』
気が付いたら失神してた、って感じなんですけど。
《まぁ、食堂を貸し切らせて頂いたわ、だから来て》
『あ、お菓子も持って行きましょう』
で、何をするのかと思えば。
「お話、ですか?」
「まぁ、半ば親睦会ね」
《お題は僕が、良いかな?》
「あら蝦餃ちゃん、何かしら?」
《もし桂花が常人の子女だったなら、どうだろうか》
「あー、皆さんで意見を出し合いつつ、私が補整、ですかね」
《答えはココに居るものね》
コレは前世で言うシミュレーション、ですかねぇ。
「いやー、私はかなり難しいと思うので、皆さん、先ずは薔薇姫からどうでしょう?」
「あら良いわね、私なら殴ってたわね、アレ」
「えっ?」
「あら知らないの?直接謝罪を受けたのよね」
「は?」
《何よ、別に、言うまでの事でも》
『有りますよ?何で言ってくれないんですか?』
《顔を合わせて、しっかり謝罪を受けただけよ》
「いつ」
「私も立ち会ったから大丈夫よ」
《墨家に来て数日して、ね。アレの本性を知って尚、結婚するしか無いとなって、可哀想だとすら思ったわ》
「同情心が有っても良いとは思いますよ?」
《と言うか整理がつかないままだったのよ。可哀想だけれど、自業自得だとも思うし、けれども許せるかと聞かれれば難しい。例えどう思っているか聞かれても、私は答えられなかったから》
『謝って結婚して終わり、ですか?』
《いえ、他の商家に仕える事になったの、そして何が有ろうとも決して店を継ぐ事は無い。しかも子孫を残す事も無理》
「うん?」
「子種袋だけ、取ったのよね」
「罰が重過ぎだと思いますか?軽過ぎですか?」
《丁度良いと思ってるわ》
「となると、今はどう思ってるんですか?」
《ざまぁ。そしてあの人も良い刑罰の具合だと言ってくれたからこそ、やっていけると思って、すっかり整理が付いたの》
「惚気たぁ」
《アナタが惚気無さ過ぎなのよ、少しは考えてるの?》
『そうですよ、逆に心配になるんですけど?』
「そこは改めて。はい、話を戻しましょうね?」
《しょうがないわね》
『後でじっくり語って貰いますからね』
「はいはい」
美雨の元婚約者への刑罰、私は、もう少し重くても良かったと思ってしまったんですよね。
『全て取ってしまえ、と思ったのですけど』
「いやー、無い無いだと却って楽になっちゃうんだと思うんですよね、両方に対して」
《そこなのよ、双方への罰になるのは寧ろソッチよね、と思ったの》
『双方へ』
《情が有れば有る程、致せるけれど虚しくもなる筈。そしてアレはアレで、どうしたって致さないといけなくなる、家から絶縁されたから他の女に取られたら本当に終わりだもの》
「そうしっかりとした情が無ければ、一緒に居る事が苦痛になるのはアリ無し、ですよねぇ」
『逆の方が良いのでは?欲は残るそうですし』
《そこは漢方で補わせてくれるそうよ、短命に終わらせない為にもね》
『なら納得です。失礼をした事と苦痛は、また別ですから』
《そこを考えてくれたのね、ありがとう》
「後は、あの腹黒の何が良いか、ですかねぇ」
『そこですよ、意地悪されそうで私は選べませんね』
「ですよねぇ、何を画策されるのかと思うと、少し腰が引けます」
《あらじゃあ、どの方が良かったの?》
美雨はハレム反対派ですからね。
「この私が選ぶとなると、やっぱり会ってみてから、なんですけど。薔薇姫の立場からしてみると、あの方が妥当だとは思うんですけど。心配なんですよねぇ、賢過ぎると策を弄しそうで」
《べた惚れだから大丈夫よ》
「こうなったら徹底的に追求しますけど、惚れられてるって、どう分かるんですか?」
花霞は自分を守らないといけないからこそ、そうしっかりと考えているのですよね。
《信頼、ね。もし自分が裏切った場合、全てを私に譲るって証文を用意してくれてたの、そして権利書も渡してくれた。明らかに一方的に不利な条件を自ら進んで示してくれた、そして可愛い髪飾りもね、交渉が上手なの》
「また惚気た」
《桂花も何か貰ったら?》
「も」
『私は、その、はい』
『宣誓書です、僕と翠鳥は恋人だ、って証文みたいなものですね』
「成程、素晴らしいお考えですね」
『包子さんのお陰なんです、僕は未熟者なので、ご相談に乗って頂いたんです』
『言わなきゃ良いのに』
『手慣れてると思われても嫌なので、最初にお伝えしました、ね?』
『はい、ありがとうございます、どなたからとはお聞きしていなかったのですが、いずれお礼を』
『結婚したら貰うよ』
「こう優しいんですけど、誤解させてしまったんですよね、すみません」
《ぁあ、あの時の事は、成程、そうだったんですね》
『まぁ興味本位は確かに有ったし、暇潰しにと思ったのも有ったし』
「傲娇ですよねぇ」
『僕が思うに見栄を張らない、謙虚な方だからなのかなと思います』
《兔子、あまり包子を暴かない方が良いよ、拗ねて何も教えてくれなくなるかも知れないんだから》
『包子さんはそう狭量じゃないから大丈夫ですよ』
『別に、面倒臭がりなだけだし』
《頭が良過ぎて面倒臭がりになっているだけだよね》
「蝦餃も暴くじゃないの、ねぇ?」
『話がズレてる』
「なら、次は翠鳥 ちゃん、かしらね」
小鈴は苦労したがるのだけれど、私としては。
《困るまで甘えるわね、周りにも親にも》
「それもそれで、気後れしちゃいますよねぇ」
『そうですよ、私は恵まれてるって、すっかり分かってるんですから』
《だからこそよ、信頼の分だけ甘えられた方が嬉しいですよね、兔子様》
『はい、ですね』
『ぉ、あ、善処、してみます』
ココの仲はとても甘酸っぱいのだけれど。
「惚気に溢れてますねぇ」
《先ず僕らは宣誓書と証文を用意しようか》
《はい》
「え、あ、でも、既に似た物は書いて頂いてますから」
《あらあら》
『詳しくお伺いしても?』
「あー、えー、婚前契約書みたいなものでして、四家として特別な教育等があるかどうかを伺っただけですからね?」
《なんて色気が無いの》
『もう少し頑張っても良いのでは?』
《そうだね、そうさせて貰うよ》
そうですわよね、彼らも、ウブと言えばウブなのですから。
《失礼ですが、そうしたご教育等は》
《見聞きはしてきたつもりなのだけれど、いざ自分の身となると、上手くいかないものだね》
《俺は、特に何も無かったので、包子に教えを請うつもりでした》
「なんだか私、頼りにされて無いのよねぇ」
『それは古傷を抉りそうで怖いからじゃね?』
「もう流石に引きずって無いわよ、途中までは良い思い出だったし、嫌な思い出は別の箱にしまってあるもの」
「じゃあ文のやり取りとかのお話をお伺いしても?」
「恋文かどうかギリギリなのを代筆して貰って、受け取ったのは全て燃やしてたの、証拠が残って不利にさせない為に」
『そうやって頭を使うのも楽しかったんじゃないの?』
「まぁ、そうね、簡単じゃなかったのは確かに良い所だったとは思うわ。容易いって事は誰にでも靡くって事でしょ?そう受け取ってしまってたのよね、良い様に」
「具体的な良い思い出、とは?」
「嫌な事を忘れられて、浮かれて、兎に角楽しかったわ。何でも良く見えて、綺麗に見えたのよね、色鮮やかって感じ」
《でも桂花は、そう見えてはいなさそうよね》
「あら、私の事に、翠鳥の番なのでは?」
『いえいえ、寧ろ次は暁、細狗様の番ですよ』
「まぁ、この感じだとそうね」
俺が暁霧なら、ね。
『無いわぁ』
「ですよねぇ、どうにも選べないんですよね、何が魅力的だったんですか?」
「気丈だけれど弱い部分が有って、それを私にだけ見せてくれた、そう頼られた部分ね」
「自分だけ、ってどう確かめたんですか?」
「ぶっちゃけ、四家の力を使って。他に男が居ないって分かってたから、安心してしまったのよね。流れ者だって事をすっかり頭から外してしまって、どうして流れ者になったのか、そこまで調べなかったのよねぇ」
「でも家の方々は知ってたんですよね」
「そこよね、私の知ってる部分と家の者が知ってる部分の差異に、互いに気付けなかったのよ」
「信頼の失敗ですよね」
「そうなのよねぇ、だからお節介になったのも有るわねぇ」
元が優しいんだろうな、とも思うけどな。
「ご家族に変化は?」
「無かったのよね、以前と同じく余計な事は一切無し、ずっと見守ってくれてたのよ」
「それでも信頼して何も言わないって、凄い度量ですよねぇ」
『けど泣かれたもんな、俺ら』
《やっと償いを終えたと思ってくれて良かった、と》
「恥ずかしいわね本当、ごめんなさいね」
「なら幸せにならないとダメですよね?」
「そこよね、本当」
『でも別に、絶対に結婚しろってワケでも無いんでしょ?』
「するに越した事は無いわよ、それこそ金も家も無くなった時、傍に居て貰えるのは情でしょう?」
『死ねば良くない?』
「アンタは死ねば良いけど、それこそ守るべき姪っ子が居たらどうするのよ、道連れにするつもり?」
『1番良さそうな場所に売って、金は全て渡して死ぬ』
「天才的発想ですね、成程」
「もー、そこが気が合っちゃうのが難点だわ」
「究極、至ればそこですよね?」
『良い姪っ子ならね、クソなら金は渡さないで享楽に使って幸せなウチに死ぬわ』
「その方が良いですよね、あまりに愚かな子孫なら、コッチが怨霊にならないだけマシだろって感じですし」
『そうそう、お互いに自分勝手で丁度良い』
「アンタ達ねぇ、後で改心したらどうすんのよ」
『愚かですみませんでした、って後悔して清く正しく生きれば良いじゃん』
「なら改心しなかったらどうすんのよ、愚かなままで逆恨みし続けたら」
「一応は何かしら残しておきますね、友人知人なり、なんなり。それでも愚かなままなら、そこはもう、流石に範囲外かと」
『殺さなかっただけマシだと思え、とでも残せば良いんじゃない?』
「あ、成程」
「補佐してやろうって考えは無いの?」
「補佐する程度なら見守りますよね?」
『そうそう、けどあんまりに愚か過ぎたら、やっぱり放置かな』
「そこは殺しましょうよ、1人の愚か者で国が傾く事だって有るでしょうから、絶対に死ぬ場所に売って寄付して死にましょう」
やっぱり、国って言うか世を好き過ぎなんだよな、花霞。
『そんなに世が大事?』
「そりゃそうですよ、だってあの神話にしてみたらこの世は天国ですよ?守らないでどうするんですか?」
『でもさ、たかが神話をどうしてそこまで信じられんの?』
「本当に身近に地獄が有ると思う方が、人は正しく生きられるとは思いませんか?」
『四家でもそう思えって教えられてるけどさぁ、けどだって寓話だぜ?』
「そう思った方が良い理由って、何ですか?」
中央って、本当に誰もこうなのか?
『創話と実話を混同すんのは』
「殆どの事は実話かどうか確認は難しい筈ですが?」
『まぁ、そうだけど』
「妄言創話に惑わされるのはいけませんけど、何をして妄言とするか、けど妄言でも信じた方が良い事も有る。では何を軸とし判断すべきか、世の為になるかどうか、では?」
《そうして君は信じてしまったのだね、幼い頃の言葉を》
「半分だけですけどね。クソ考えまくりましたよ、稀有って事は福も災いも招く存在だと知ってましたから」
前世でもあんなに考えた事は無いんじゃないか、って位に考えましたよねぇ。
《詳しく聞いても良いかな》
「天国にいきなり鬼が現れた感じですね、今となれば天邪鬼だと分かりますけど、予言や神託を司る鬼が来たのかも知れない。と思ったんですよ」
「でも、相当な様相だったそうだけれど」
「綺麗なお姿の悪鬼も居るそうですし、ともすれば悪鬼の様なお顔とみすぼらしいお姿の良い鬼かも知れないな、と。だから半分、半々で考えてたんです、もしかしたら自分が本当に不幸や災いを招くかもって」
「ご両親は気にするな、と」
「そら言うでしょうから流しましたよ。だって全ての親が自分の子が良い子か悪い子かを見極められないから、世に悪人が出るんですし、だから当たり前の親の意見は除外しました。それで改めて正道、邪道を知って、考えて、命運を変える為にも良い子で居ようと思って頑張った結果がコレです。神様にお目溢しを貰いたかったのも有りますけど、こうしないと自死しか道は無いですから」
「アナタ、死を考えたの?」
「悪い事をしたらいつか死ぬ、殺される、それは人か神様か仙人様か。神話には神様も仙人様様も居ないから地獄と化した、けどココは天国みたいで神様も仙人様も居る。なので私の一存で生きるのは我儘過ぎるし、無理では?と。それと理不尽や不幸無しに生かして貰ってるお返しに、良い子で生きる、みたいな?」
我ながら志が高いな、とも思うんですけど。
前の人生が適当過ぎたとも言えるんですよね、しかもそれが当たり前で普通で、だからクソみたいな世の連鎖が続いた。
皆が自分勝手で、思い遣りも一貫性も無く、妄言や噂話を容易く信じてしまったら。
あのクソみたいな前の世界の再来を招いてしまう、あの世界を知ってるからこそ、ココは正しいと思える。
けど。
説明が難しいですよねぇ、転生者だとバラしたろ、とか何度か思った事も有るんですけど。
証明が難しいし、疑われたら私、多分ですけど秒で嫌になって投げ出すと思うんですよね。
結構、かなり根性が無いんですよ、ココでも甘く育てられてますから。
『頭がお花畑なのか彼岸に通じてんのか分んないな』
「言い得て妙ですねぇ包々。そうなんですよ、この金糸の頭は天国と地獄、彼岸とこの世、全てと繋がってるんですよぉ」
あ、え、半分冗談だったんですけど。
何でしょうね、この空気。
『そんなんだから麒麟児かもって思われてんの、分かってる?』
「あ、そこですか、良く言われますけど有り得ませんよ。中央で言う麒麟児は天才、飛び抜けた発想や頭の良い子、時に弱者を指すんですけど、私は毛色だけ。本物はもっと賢くて天才です、蝦餃様のように、私じゃ足元にも及びません。私のは良く考えただけです」
皆さん、きっと私並みの知識や経験が有れば、誰でもこの考えに至れる筈なんです。
私は少し知ってるだけ、前世のお陰で時間が余った分考えただけ、ですから。
《残念だけれど、そろそろ炊事場の者が来る頃だ》
「あら、もうそんな時間なのね」
「あー、折角次は包々の番にしようと思ったのに」
『包々を定着させる気だろ』
「お母様にそう呼ばれてましたか」
『暴くな当てるな』
真っ赤になって顔を隠して。
コレなら、薔薇姫様も小鈴も、雨泽様をすっかり許してくれますかね?




