葭始生。
最後にご挨拶をしたかったんですが、春蕾さんには流石に会えませんでした。
ですよね、あまり他の方に顔を覚えられては困る、なんせ密偵宦官なんですから。
「では皆さん、道中お気を付けて」
『旅の無事を皆で祈っておりますよ』
『「ありがとうございます、お姉様方」』
そしてココで個人の荷物が増えるんです、紹介状入りの仕掛け箱、しかも封がしてある。
自分で持てる分だけの荷物に増えるので負担なんですが、まぁ良い品物なので後で売ったりとかしちゃいたいんですけど、どうやら使い回してるみたいで。
あ、中には新品も有りますよ、道中連れ回されるんですから壊れて当たり前。
それこそ壊す方も居るでしょうね、あまり評判が悪いと困りますから、うっかり壊して中身までうっかり破棄とか。
あんまりなら私もしようとは考えましたが、下手をすれば中には何も無いかも知れないし、壊れた事が全てかも知れない。
なんせ藍家から御者が付くのですから、その方達が報告書を持っているかも知れない。
なので1周回って大事にしよう、と。
ですが私に新品を渡されても困る、何ならちょっと迷惑。
《素敵よねぇ、桂花の桂花》
「思いっきり隠語風味に言わないで下さいよ、ねぇ?」
『そ、ぉ、私に振らないで下さぃよぉ』
《アナタが言い出したんじゃないの、ローズのローズって》
「アレは実に刺激的でしたねぇ」
『だってぇ』
真っ赤になる時点で、もうね、ムッツリさんです。
可愛いムッツリさん。
「艶やかで発色が良い、えらくドエロいのは確かですからね、ローズのローズ」
『もー』
おぼこいのって稀有なんですよ、皆さんあっけらかんと話しちゃいますから。
もう、流石です、葉赫那拉様の審美眼。
《しかも名の美雨と相まって、朝露をたた》
『もう、ご自分で仰らないで下さい』
「私が私室に飾るなら、小鈴の青い花浜匙が良いですけどね、雪の窓辺に飾ります」
《あら、なら私のは寝室か》
「浴室ですねぇ」
『もー』
2人と仲良く過ごしたいのは山々なんですが、お風呂が一緒は困る。
簡単に触られても分からない程度なのですが、怯えられては困るのです。
嫌悪や忌避が1番怖い。
良い世界だからこそ怖い、耐えられる気がしない。
《ねぇ、小鈴》
『はい?』
《桂花の仕掛け箱に、何処か特別な所が見受けられて?》
『いえ、技法や技巧が凝っている、とは。寧ろ他と同じに見えましたけれど、私、何か見落としを?』
《いえ、私にも見付けられなかったわ、随分と普通ね、と》
四家巡りの最後に尚宮へ行ける事が、1つの名誉でも有る、ですのに姚・花霞はいきなり抜擢された。
見目の稀有さ故に守る為なのか、優秀なのか、敢えて試す為なのかと観察していたのですが。
特段に優秀さを見せるワケでも無く、かと言って大きな失敗も無く、ただの器用貧乏にも見える。
ですけど能が有れば余裕で偽装は可能、慎重に見定めを、と思っていた時。
各部門の女官長様や次長様が不思議な包袱のお使い方をなさっていて、とある地方で流行っているのだ、と。
瞬く間に広まったのですが、その一端を担ったのは花霞の筈なのに、あの子は何も言わなかった。
広まる前に見たのよ、湯殿で。
不思議な包み方をするな、と。
目立ちたがらないのよね、決して。
まぁ、ただでさえ目立つから控え目に動くのは分かるわ、けれど商売に繋がる事なのに全く表には。
もしかして、女官長達に厳しく言われたのかしら。
それに幾ら藍家と言えど底意地の悪い者が居ないとも限らない、気を付けてはいたけれど、もしかして見えない場所で。
『あの、薔薇』
《ねぇ、もしかして私、虐めを見逃してしまったのかしら》
『それで箱が普通だ、と』
《分からないわ、下手に藍家が目を掛けていると示すべきでは無いのも分かるし、でも新品なら技巧を生かすべきじゃない?》
『それは、それこそ、朱家へ行くからでは?技巧や工芸は南や中央と言われていますから』
《でも、四家は別に仲が悪いワケでは無いのよね?》
『そこははい、ただ仁を司る東の藍家ですから。敢えて、のご配慮なのかな、と』
《五常、五得では仁、克己復礼。私心を克服し礼を重んじること、それが仁である》
『はい、そして南の朱家は礼、礼節と上下関係を重んじ尊ぶ家』
《そして、仙人荀子が伝えたとされる性悪説を支持する、朱家》
『あぁ、だからこそのご配慮なの、では?』
《そんなに怖いの?朱家》
『いえとんでも無い、華やかで明るい、と評判ですけど。まぁ、私も初めて行きますので、噂を鵜呑みには出来ませんが』
《そうなると、藍家の配慮が逆に、朱家が怖いと示す気がするのだけど?》
『ぅうん』
本来なら、最新の技巧を込めて然るべき。
なのに技巧を凝らさず、敢えて。
《ちょっと、気を引き締めましょう》
『はい、そうですね』
桂花を心配してらっしゃるこの方は、北域以北の文洲国の女真族でらっしゃる、葉赫那拉・美雨様。
桂花が氏に棘の有る葉赫那拉様こそ、字と同様に薔薇が良くお似合いでらっしゃる、と。
薔薇を知らぬ私達に、自前の花柄の包袱を見せて下さり、私達は知り合う事に。
中には芍薬や牡丹の違いすらも曖昧な者も居りますので、私も大変助かりました。
中央の商家だから偶々知っていただけだ、と。
薔薇と言えば西域や南域の更に外側、それでも西や南の者も知る者が少なく、やはり中央は情報が良く集まるのだなと。
《はぁ、私も行った事が無いから不安だわ、凄く暑いのでしょう?》
『あぁ、そこもですね、分かります』
《夏に北の墨家へ行ける従姉妹が羨ましい》
『ですけど、より、らしさを楽しめるとも言えますよ?』
《なら私的に楽しみたかったわぁ》
『ふふふ、薔薇は風流さより実利ですものね』
《あら雪は好きよ花浜匙、そうね、桂花が言っていた通り、青い花浜匙を雪の窓辺に飾るのも良いわね》
『箱には綺麗に描かれてはおりますが、雑草なのですよねぇ』
《雑草など無いと桂花が言っていたじゃない、しかも薬草、素晴らしい花だと。私もそう思うわ》
『下痢止めですよ?』
《押し花や永久花と言えば花浜匙じゃない、色褪せない花》
『花ではなく萼、葉の一種ですからね?』
《じゃあ蒲公英の綿毛ちゃんはどうなるのよ?次で居たら、その方も下げる事になるのよ?》
『でもぉ』
《なら何が良かったの?》
花浜匙は丈夫で手間が掛からない、小花。
『小花なら、茉莉花や、佳花が良かったです』
《茉莉花は夏よ、それに万人が香りを好むとも限らない、花霞だって佳花の匂いはそこまで好まないと仰ってたでしょ。何でも有れば良いと言うワケでも、まさかモテモテになりたいの?》
『そこは別に、想い合える方に出会えれば、でも万人受けは重要ではないですか?』
《誰でも良く思う方に声を掛けられ無駄に時間を浪費するより、私は私こそが良いと想って下さる方が良いわ。自信を持てとは言いませんけど、どうして、その様に心配なさってるの?》
『私の、伯母が、随分と結婚が遅くて、子が出来るまでに時間が掛かり、難産で、亡くなりまして』
《あぁ、でも若くしても出来ず、亡くなる方も居るわ。それに私の知り合いに居ますよ、遅くても元気な子を何人も産んで、長生きした方》
私の知り合いにも居ますし、亡くなるのは時に運。
『それは分かるんです、頭では分かるのですけど、不安なのです。もし見初められなければと、外見も何も、地味ですから』
《それを言うなら桂花もよ?あの子の趣味、押し花と折り紙よ?折角、中央の詩を楽しめると思ったのに、詩は苦手だし興味も無いって。そこはもうアナタの方が優れてるじゃない、可愛らしい声で可愛らしい詩を読む、小鈴の名にピッタリだと思うわ》
『それは、声は生まれ持った』
《桂花の外見もよ、だからこそ……もしかしたら、敢えて、学ぶ事を諦めたのかも知れないわね》
『敢えて?』
《目立つ事を極端に嫌うじゃない、それこそ湯屋で人が減ってから、と今行ってるのだし。中央の五徳は、信、よね》
仙人、董・仲舒が五行説を鑑み、孟子の四徳に追加したのが仁。
『友の情に厚く、言明を違えず、臆せず真実を告げ、約束を守り、誠実である。ですが』
《あの子が優秀で有れば有る程、周りが男日照りになる、けれど意外と普通なら男はガッカリする筈。従姉妹や姉妹の為、友の為、敢えて控え目なのかも知れないわ。学ばなければいけない事も、好きでも手を出さず我慢するのも、辛い事だと思うわ》
桂花が周りの為に、敢えて、我慢を。
『私、考えも、してなくて』
《私もよ、私も今、そうなのかも知れないと思い付いただけ。だって、あの外見はそう周りには居ない、良くて目が青い者や髪の色が明るい程度。慮るにしてもよ、限界は有る、どれだけの苦労か計り知れないわ》
私、自分の苦労ばかりを。
『私、自分の』
《それか、本当に平凡で欲が無いだけかも知れないわ。あの子、藍家の方の噂話に興味が無かったし、見に行こうともしなかった。ただただ分別の有る、弁えているだけの子、なのかも知れないわ》
『すみません、我が家は文官で、大した苦労をせず人の機微に』
《それだけ可愛がられたと言う事、違う者なりに違う苦労が有るのですから。そう謙遜しては、ご両親が泣きますわよ、大切に育てた結果なのですから》
どの家にも恥じぬ程、可愛がって頂きました、けれど。
「はー、ぁ、まだ眠って無かったの?」
《桂花を乾かす為と、どうやって詩を作って貰えるか相談してたの、ね》
『あ、え、いえ、はい【漧】』
「毎度どうもありがとうございます」
《お礼は詩で良いわ》
「何故、詩なんぞ嗜めねばならんのかしら?」
《字は書けるでしょうよ、絶妙な悪筆加減だけれど、まさか恋文の1つも書かないつもり?》
「そんな機会有りますかねぇ」
《どの方にも惚れない、とても?》
「小鈴に代筆して貰うか、小鈴の詩をパクる」
《少し位はご自分で考えないと、お気持ちは伝わりませんわよ?》
『そうですよ、幾らでもお使いになって良いですけど、あくまでも私の考えなのですから』
桂花は私が藍家で与えられた字を好きでは無い、とお伝えしていないのに、小鈴と呼び続けてくれている。
今でも。
「海上生明月、天涯共此時」
『もう、張九齢の望月懐遠じゃないですか』
「士之耽兮、猶可説也。女之耽兮、不可説也」
『もー、無名の方の捨てられた女の嘆きまで知ってらっしゃ。知ってらっしゃるなら生かして下さい、勿体無いですからね?』
「何分、ウチは商家でして、なので専門家に任せるのです。編み出し考える時間が有ったらお店番に出て稼ぎ、飴ちゃんを買い、友に振る舞うのです」
《流石、信を司る中央の子、情に厚い良い子。頂きますわ》
桂花の入った、香りの良い透き通った飴。
箱入り娘の私でも、高いと分かる物なのに、惜しげもなく。
「小鈴は、もう飽きちゃいましたか?桂花飴」
四家巡りでは夫より仕事より友を、と両親が言ってくれたのは、こうした事なのでしょうか。
『いえ、いつも貰ってしまってるので、どう、お礼を』
「先払いですよぉ、詩を考えて貰うお駄賃です」
《なら足りないんじゃなくて?》
「なのでコレから先も払い続け、月賦払い、支払いはお菓子なので纏め払いも出来るかと」
《よっ、流石商家の子ですわ》
「薔薇様もでしょうよ、しかもウチと違って大商家、そんな方が認めた良い音を奏でる鈴。門外漢の素人でも分かりますよ、良いモノは良い、どうして藍家は引き留め無かったのでしょうね?」
《度量が広くて深くてらっしゃるのでしょう、一通り巡ってからウチへ、と。それだけ自信が有るからこそ、どなたにもお声掛けなさらなかったのでしょう》
「えっ、でも、留まった方が何人か」
『あ、アレは月経休みで、少し遅れて来るのかと』
《それか、朱家へ行きたく無いんじゃないかしら?》
「あー、暑そうですものねぇ、南の夏」
《あら、アナタも行った事が無いの?》
「買い付けは兄弟、従兄弟がしますし」
《そこですわよねぇ、女性には月経が付き物。南はまだしも西域以西は水源に乏しい、そうなると洗い物も一苦労、早くあがってしまいたいわぁ》
私、偶にしか無いのですよね、月経。
漢方をフル活用して貰って、やっと何とか、偶に軽く出血が有る程度。
けど月経前症候群だとか眠気だ腹痛だ下痢だ頭痛だ。
なのに。
お子を成せるか、ぶっちゃけ分からないらしい。
それでも普通に育ててくれて、もう、その時点で両親ぐう聖。
しかもこの毛色が生まれても夫婦仲が悪くなる事も無く、更に妹も生まれましたし。
この世界、良い世界過ぎて逆に怖い。
何処かに何か欠点が有るのでは、と。
だから見極めにも承諾した。
万が一が有って私の平和が乱れるのはイヤですし、何か出来るなら平和維持には貢献したい。
そう、維持って意外と大変で難しいのです。
「あ、お世話代も含んで?私凄く軽いから」
《あら、ならお願い、お願いしましょう?》
『あ、はい、宜しくお願いします』
「どんとこい」