41 馬乳酒。
《ごめんなさい、花霞》
薔薇姫様が帰って来たと思ったら、急に泣きそうな顔になって。
「何を言われました?」
《国母様にご相談するのが最適だと思ったの、だから、でも、アナタに相談すべきだったと言われたの》
「誰に」
《雨泽様に》
「何か相性悪そうですよねぇ」
《えぇ、少しやり合ってしまったわ》
「私の為に争わないで?」
《でも、彼の言う事も正しいわ、アナタと言う存在を示してしまったのだもの》
「悪手だとは思いませんけどね、ほら、ウチって後ろ盾皆無でしょうから」
《それでも、この国から仲人兼お相手として誰かが来るかも知れない、とまでは考えていなかったの》
「あー、別に大丈夫ですよ、最高で4人までのハレムを考えていたので」
《4人?》
「平均回数は2回前後だそうで、良い具合に溜まるのが4日だそうですから、それ位かなと」
《アナタ、子作りを優先させているの?》
「その為のハレムでは?」
《いえ、まぁ、そうだけれど》
「勿論私の好みも鑑みて頂きますよ、5年で60回以上は行為をしなければいけないんですから、快不快で色々と判断はしますよ」
《アナタ、情愛や好意は後回しなの?》
「はい、私チョロいので問題無いですから」
《女装跟踪狂よ?》
「ですけど害は無かったですし、お顔と声が好みなので、全然アリです」
《見た目に騙されてはダメよ?》
「でも見た目が好みの方が良いのでは?」
《それは、そうだけれど》
「大丈夫ですって、知っていってダメだと思えば無理はしませんから」
《そんなに子が?》
「好きな方、好きになれる方の子は見たいですからね、だから身を引く事も考えてますから。葉赫那拉様には感謝していますよ、頼れる先が増えましたから」
《そうなったら、最悪はココに住む事になるかも知れないのよ?》
「はい、お2人の中間に家を探すのもアリですよねぇ」
《ごめんなさい、そこまで考えてるのに、私って》
「どうどうどう、せいせい、私と一緒に一旦眠りましょう」
《私はココを離れるのは、考えて無かったの》
「そら移動が主なんですし、お店はココに有ってこそなんですから、違って当たり前ですよ」
《私、恵まれてるのに》
「いやアレは恵まれて無いでしょうよ、あのクズには恵まれなかった。誰かに何かしらの苦労は存在するんですから、どうどう、せいせいせい」
《ごめんなさい、気付かなくて》
「私の方が上手でしたから、仕方無いんです、どうしようもなかった事なんです」
改めて色々なパターンは考えはしましたよ、言うタイミングだとか何だとか。
でも、結果的にあの日が適切だったとしか思えないんですよね、何せ結果論としては今は良い方ですから。
能天気なんですよね、私。
この体のお陰で。
《ぅう》
「はいはい、どんまいどんまい」
私、そんなに飲んで無い筈なんですけど。
やっぱり疲れでしょうか、一刻は爆睡してしまいましたねぇ、日が暮れそうです。
『はぁ、おはようございますぅ』
「んー、今何刻ですかぁ」
『分かんないですけど、日が暮れそうで、良い匂いがしてますし、夕餉の少し前だと思いますよ?』
「あー、寝過ぎでは?」
『大丈夫です、多分、かなり前に起きましたし。最悪はまた飲んで眠れば良いだけですから』
「乱暴な」
『起きて下さい美雨、夕餉が美味しく食べれませんよ』
《んんー》
「あ、雨泽様にお会いしたので薔薇姫様を勧めたんですよ」
『《は?》』
「あ、起きた」
《ちょっと、アナタ》
『えっ?雨泽様がいらっしゃ、同行してたって事ですか?』
「はい、春蕾さんと素顔でお会いした時に」
『いつ』
「お2人が眠って直ぐ位で。となると、そんなに寝て無いから大丈夫そうですね」
《ちょっと待ちなさいよ、私を勧めたの?》
「はい、豊乳で可愛いし素直だからって、なのに言い争うとか相当の相性ですよね」
『言い争い?』
《私が厠に起きた時、この子の手が血塗れだったのよ》
『はぃ?』
「春蕾さんの鼻血です、息を吹き掛けたら鼻血を出されました」
『何をなさってます?』
「ですよねぇ。酔ってるって示すつもりが、刺激が強過ぎたみたいでして」
《で、私がその後に少し言い争って、はぁ》
「どうどう」
『何で言い争います?』
《私の方は私達抜きで花霞を引き合わせた事を、向こうは私の書簡について》
「私の為に争わないで?」
《はいはい、もう大丈夫よ》
『書簡の何がダメだったんですか?』
「それは向こうに聞いてみましょう、厠に行くです」
《そうね》
謎が残ったまま、厠へ。
そのまま夕餉へ。
『あ、コレって酸菜鍋ですよね』
《そうなの、流石ね小鈴》
「羊と豚、ですかね?」
《好きな方を入れて食べて、オススメは五仁タレよ》
「成程、頂きます」
うん、コレぞ東北の冬の名物ですよねぇ。
ウチと味は少し違いますけど、美味しい。
『美味しいですねぇ』
「コレは平気なの?」
『五仁タレを食べる為の鍋、ですから』
「なるほでょ」
《違うわよ、白肉、薄切り豚を食べる鍋よ》
「私は羊ですねぇ」
こうして危うく誤魔化されかけたのですが。
食後、人心地ついた後、皆様とお会いする事に。
『お体は大丈夫なのかしら。とか言われてさ、把握されてんのな、どんな情報網だよ、って思ったワケよ』
「そら驚きますよねぇ、かなり離れた異国ですし」
「道中で良くなりましたのでご心配無く、お陰で春蕾を監視出来てます。って言ったのよねぇ」
『なら、どう思っているのかしらね。とかもう、本当に面倒だったわ』
「良い子だから、春蕾ちゃんを心配してるのよねぇ。大きな痛手となるのは確定しているので、出来れば穏便に上手くいって欲しいですね。って、意外と優しいのよ?」
「ね?」
《だからって私を勧めてどうするのよ?》
「基本的には良い方であれば誰にでも勧めるつもりですが?」
『まぁ、断ったよね』
《でしょうね》
「翠鳥ちゃんはどう思うのかしら?」
『押し負けなさそうですから良いと思いますけどね?』
『うん、僕もそう思う』
若いって言いわねぇ。
『はいはい』
「アンタは私か花霞ちゃんよね?」
『暁霧さぁ』
「楽で良いんでしょう?」
「楽って、友人としてでは?」
『そうそう』
「もう、煽らないで下さいよ暁霧さん」
「あら雨泽ちゃんはダメ?」
《具体的には未だだろうけれど、上手くいくとは思っているよね?》
『臘月、俺を巻き込まないでくれる?』
《間違ってたなら訂正するよ》
あらー、修羅場かしら。
《アナタって人は、だから釘を刺したのに》
『少し前に聞かれたから考えて答えただけで、何でこんな怒られんの?』
「私が容易いからでしょうねぇ」
「あら自分で言っちゃうのねぇ」
「相当な方でなければ何でも良いとすら思ってましたから、恵まれているなと思います、何もしてないのに好意を頂いていますから」
この毛色だからこそなのかしら、あまりにも冷静で、あまりにも弁えているのよね。
それだけで世を知っていて、賢いのだと、どうしたって良く映ってしまう。
外見だけでは無い、と思えてしまうんだもの。
《はぁ、心配で私の相手探しどころじゃないわ》
「私を言い訳にしないで貰えます?逃げても良い相手から先に居なくなるんですよ?」
『そうですよ、先手必勝なんです、諦めても投げ出しても何も良い事は有りませんよ』
「そうよ、私だからこそ敢えて言うわね、さっさと相手を見付けた方が得よ」
「ご理解頂けるんであれば是非、如何ですか?」
「流石商家の子ねぇ」
「実は店は私の名義なんです、なので商家ですねぇ」
《あら、私、先を越されてるのね?》
「小さいお店ですから」
《でも、黄鶴楼地区なのよねぇ》
『皆さんご存知ですか?』
「そら知ってるわよ、超高級地区でしょう?」
「だから誤解なんですってば、単に商人が多く住んでる地区なだけなんですって、治安維持の為の嘘ですよ」
「どうだかねぇ?」
《私もそう疑ってるんです、花霞は良く出来た子ですから》
「あ、商売なら金絲雀の方が上ですよ、元は四家巡り後に店を一軒任される予定なんです。大きさも売り上げも向こうが上ですから」
《アナタ、純利益的にはどうなの?》
「1人なら、贅沢しなければ貯蓄も出来ますし、老年を安泰に生きられる程度ですね」
「少しは見習いなさい?」
『俺だけじゃなくて春蕾も、じゃね?』
「あ、どうやってお金を稼ぐんですか?」
《僕も彼も家のお金だよ、家の仕事を手伝うには最適だからね、ただ金額が違う。倍以上はね》
「へー」
《興味無いのよね、そこまで》
『食べるのだけですよねぇ、お金を掛けるの』
《花霞、軟膏は?》
「あ、買わされてるのでご心配無く」
《ココらは冷えて乾燥しますから、買わせました》
『甘い香りの阿拉伯茉莉花が調香されたものが好きなんですよね』
「ちょいちょい情報を出しますね?」
『私は花霞と兔子の味方ですから』
《なら私は完全に敵対行動を取らせて貰うわね》
「私の為に争わないでね?」
『そんな事はしませんよ、ねぇ?』
《小鈴とは争わないわ》
「四家とやり合いますか、流石ですねぇ」
《全ての娘の母、国母様が居らっしゃるもの》
『それで書簡をお渡ししたんですね』
彼らに言われた時は、確かに愚策だったかも知れないとは思ったのだけれど。
私は花霞を知っている、彼らよりも知っている部分は有る。
『言われたよ。傷付ける様な結果になれば直ぐにも私の耳に入る、くれぐれも不作法は許さないわ、例え他国の者で有っても。って』
《はい、肝に銘じ、慎重に行動させて頂きます》
《鋭意努力させて頂きます》
「って答えたのよね」
『で、あの薔薇姫、外交問題にしやがったな。と思ったワケ』
「まぁ、そう思っても致し方無いとは思いますけど、私は感謝していますよ?頼る先が増えて嬉しいと思ってますから」
《俺達を信用しては貰えないんだろうか》
「最悪は子種の無い方と添い遂げる予定でしたので、その通りにさせて頂くつもりです」
《僕の子種を試す気は、変わらないんだね》
「はい、そこでまた受け入れるのは無理ですので、お互いに諦めましょう」
『どうしてそこまですんの?』
「暁霧さんなら分かりますよね?」
「まぁ」
《同性だからこそ、今なら私も分かるわ、花霞の子を産めるものなら産みたいもの》
「とんでも無い事を言い出しますね?」
《だって、負い目から、家族として一緒には居られないのでしょう?》
「まぁ、負い目が有ったら、きっと私は何でも言う事を聞いてしまうでしょうから」
貸し借りを嫌い、少し余分に返す程。
花霞は負担を嫌い、負い目を嫌う。
この毛色だからこそ、商家だからこそ。
私は花霞を分かっている。
全てでは無いけれど、分かっている。
《俺の言う事は聞かなくて良い、花霞がしたい事だけをしてくれて構わない》
「それが無理だと分かっているからこそなんです、きっと私は縋って媚びを売ります、捨てられない為に。それが嫌なんです、そうしたくないからこそ、私に子が出来なかったら、子種が無い方と添い遂げたいんです」
「自分の情の深さを理解しているのね」
「情愛についても理解しているつもりです、理解はしていても私に高潔さは有りません。孤独に耐えられるとも、強いとも思っていません、だからこそ中流中位の子種無しの方をと望んでいたんです」
俺が請い願うだけで、花霞の負担になっている。
《すまない》
「いえ、思い出として片付けさせて頂きます、葉赫那拉様や暁霧さんに何とかして頂きます」
「あら、私にどうにか出来るかしらね?」
「して頂きます、焚き付けた対価です」
《暁霧さんも雨泽も、俺の為に》
「良いわよ、子種が無いとされてる方の紹介は出来るし、幾らでも愚痴を聞くし補佐もするわ」
「余裕そうですね、ならご結婚もなさって下さい」
「最初からその条件を付ける気だったのでしょう?」
「当たり前じゃないですか、この旅も含めて3年も有ればきっと良い人が見付かる筈ですし。北朱雀はどうですか?」
「本人を目の前にして答えないとダメかしら?」
《是非お伺いさせて下さい》
「はぁ、分かったわ。若過ぎて勿体無いと思うわ、それこそ私にだって子種が有るかどうか、子が成せるかどうかは分からない。だからこそ、どうにもならならなくなった時、私は最後の手段にと選ばれるべき相手だと思ってるわ」
『花霞を思うなら、薔薇姫はしっかり相手を探すべきなんじゃない?暁霧の脇を開けておくのに』
《そこは同意しますわ、初めて意見が合いましたわね》
「いや、遠慮なさらず、もしかすれば上手くいくかも知れないんですから」
《私もアナタと同じ、負い目や負債を背負いたくは無いの。それに、何もせずに妥協するのは流石に格好悪いわ》
『流石美雨、明日にでも絵姿を拝見しましょうね』
「もう来てるんですか?」
『みたいです、厠に向かう際に美雨のお母様から様子伺いが有りましたので』
「早い、早いよお母様」
《まぁ、時間は十分に経っているし。そうね、寝る前に少し見せて貰おうかしら》
「なら私達は下がらせて貰うわね」
《花霞、ありがとう》
「いえ、こんな心構えですみません、そう思うのが今の私の限界です」
《して欲しい事が有れば遠慮無く言って欲しい、負担を大きく掛ける負い目は俺にも有るから》
「では四家のお金以外の稼ぎ口を考えて下さい、雨泽さんも」
『何でも仲介屋、口利き屋、案内屋』
「良いですねぇ、四家ならでは、四家だからこそだと思います。流石の余裕ですね、ではお相手を探して下さい、折角の賢さが勿体無いですから」
『お節介』
「いえ、コレも全て世の為国の為です、良い種は広まるべきですから」
《だそうですから、頑張って下さいね、雨泽様》
『では、失礼させて頂きます』
『またね翠鳥』
『はい』
愛国者と言うより、花霞は。
「あの子、愛国者と言うより、この世を愛しているのね」
《そうだね、良い世だと思っている、本気で》
『何でずっと黙っ、言う事を分かってた?』
《いや、ただ僕が口を挟むと予測の幅が大きくなり易いのと、予測の精度を上げる為に黙っていたのと。彼女の意見に同意しての沈黙だっただけだよ》
『過酷じゃん?』
《手間暇が掛かるからと言って、不味い食べ物だけを選び続ける方が苦痛じゃないだろうか》
「それに、何時か何処かで苦労するなら、先の方が良いわよ」
『無いの?抜け道』
《疲れて良いなら有るよ》
『無いって事じゃん』
「適当に誰かと付き合って手酷くフラれるにしても、子種が無いとさせるにしてもよ、アナタ以外が嘘を言うのよ。何時か何処かでバレるでしょうね」
《それに理解を求めるにも時間と手間は掛る、同じ事だよ》
『そっか、俺もハレムに加わって、お前らに子が出来て俺の子が居なければ楽じゃん』
「馬鹿ねぇ、どんだけ物ぐさなのよ」
《本当に惚れてしまう相手が居たら、困るのは君だよ》
『俺が惚れる事なんて有るの?』
《君が願えば全く無いワケでは無いよ》
「まぁ、そうね、探そうとも思っていないと目には入らない。アンタ次第なのは確かね」
『意味有る?幸と不幸が同量じゃない?』
「それはアンタが何を不幸と思うか、何を幸せと思うか」
《生きる意味が欲しいなら、惚れるのは手っ取り早いよ、良い相手なら尚更》
『裏切られたらこうなるじゃん』
「女装は元からよ」
『そっちじゃない、死にたかったんでしょ?』
「自分が愚か過ぎて、私の目だけで見た世を儚んで、結局は愚かだからよ。けど今は死にたいなんて欠片も思って無いわ」
《面白いから、でしょう暁兄》
「そうねぇ、アンタ達の幸せの補佐を出来るって思うと、とても楽しいわ」
『僕も入ってるんですね?』
「小兔は安泰だと分かってるもの、だから余計な手も口も出さないだけよ」
《けれども油断してはいけないよ、四家と言えども人、人は直ぐに低きに流れてしまうからね》
『はい、三叔』
「本当、ちょっと頭が混乱するわ、未だに」
『俺なら遊びに使うけどなぁ、その状態』
《色々としたよね、小兔》
『少しだけですよ、僕に言い寄る方々を撃滅する為に、三叔も守る為に仕方無くです』
『やってんなぁ』
『進んでやったワケじゃないですからね?』
『はいはい、小鳥ちゃんには言わないでおいてやろう』
『良いですよ言っても、女装の事をバラして大きな問題の方へ目を向けさせるだけですから』
「良い教育してるわねぇ」
《四家から出る以上、世渡りの術も必要だからね》
春蕾が暗い顔してんのに、俺らは明るく話してんの。
花霞から凄く暗くて重い事を聞いたのに。
それを誤魔化すみたいに普通にしてんの。
この変な感じが、心の澱とか、靄とか言うんだと思う。
薄暗くて重い。
形が無いけど、黒くて重い何か。




