40 対面。
「真っ赤じゃないですか、飲んでます?」
女がどうして化粧を落とした顔を見られるのが嫌なのか、理解した。
コレは、恥ずかしい。
《いえ》
「あー、素顔だからですかね?」
《はぃ》
視線を合わせられない。
恥と恐れで、顔を。
『俺には何も言わないの?』
「雨泽様が何で居るかお伺いして、素直にお答え頂けます?」
『全く酔って無いのな』
「あら味見もしなかったの?」
「舐めはしました、羊串やラクダのコブと合いますよねぇ」
「あらあら、私も頂くわね」
「あ、どうぞどうぞ暁霧様」
「ありがとう」
「臘月様に勧めるのは、凄く、気が引けるんですが?」
《僕は、もし有るなら甜米酒にしておくよ》
「成程、こうして見極めれば良いんですね」
『翠鳥が何か言っていたんですか?』
「見分けられた方が良いのかどうか、どちらがお好みなのかな、と眠ってしまいました」
『見分けられたら嬉しいですけど、僕はどちらでも良いですね』
《僕は嬉しいよ、違いを分かると言う事は、それだけ僕を知ってくれてる事になるからね》
『あぁ、成程』
「コレはお酒を持ち歩かねばいけませんね」
《この子は強い筈だから、そこだろうね、僕は弱いから》
「あー、なら塗れば見分けられるかも知れませんね」
そう言って花霞は盃に指を突っ込み、臘月と兔子の腕を捲り、腕の内側に酒を塗り込んだ。
触れて貰えて羨ましい。
『春蕾、今お前羨ましいだろう』
《うん》
「あ、皆さん試してみましょうか、コレで酒精に強いか弱いか分かる筈なんですよ」
「あらじゃあ試して比べてみましょう」
「はいー、腕を出して下さいねー」
そうして暫くすると。
『本当だ、もう赤くなってる』
「相当弱いですねぇ、洗い流した方が良いかも知れません」
《そうしておくよ》
『暁霧は強そう』
「並みよ、春蕾ちゃんて弱そうよね、何か」
《多分、弱いです》
「あー、あの、青燕さん」
『はい、お付き添い致します』
「ごめんなさいね、面倒を掛けて」
「いえいえ、お互いの為ですから」
花霞と入れ違いで、臘月候補が戻って来た。
《花霞は良い香りがするね、本当に桂花みたいだ》
「ぁあ、それなら呼倫貝爾の昭君酒よ、陳皮や何かを漬け込んでいるらしいわ、コレね」
《成程、味わいたくても飲めないのが残念だ》
「そうねぇ、酒精が強いもの」
『何でまだ顔を隠してんの』
《いたたまれない》
『気にして無さそうですよね、雨兄の事も』
『それな、何かもう、女装してたのがアホらしいんだけど』
《そこはバレてはいなさそうだよ》
「あら、成程ね」
『バラしたい様な、このままで良い気もする様な』
「まぁ、面白いからこのままにしておきましょうかね」
「はー、ただいま戻りました。どうです腕は?」
「あ、忘れてたわ」
案の定、臘月を筆頭に俺、暁霧。
雨泽、兔子の順で。
けれども青燕に至っては、赤くならず。
「凄い、強い」
『御柳梅様には負けますよ』
「私は飲み方を知ってるだけですよ、多分ですけど暁霧さんと雨泽さんの間位ですから」
『って言うか俺の事を忘れて無い?』
「あ、少し酔ってて、すみません。で、何で居るんです?」
『コレの付き添い』
「あー」
『ほら、ちょっとヤバい人扱いじゃん』
《すみません》
「あ、いえいえ、ちゃんと好かれるのは嬉しいので問題無いですよ」
「その、ちゃんと好かれる、の範囲に入ってるのね?」
「多分ですけど、幻想は抱いてらっしゃらない、かと?どう思います?」
『いやー、分かんないわ。花霞もクソするって分かってる?』
「そうですよ、鼻水だって出ますし、具合が悪いとゲロも吐きます。クシャミゲロした事も有りますよ」
『凄いな、風邪の時?』
「黄砂の時ですねぇ、気持ち悪いなって時にクシャミが連続で出て、姉が桶を差し出さなかったら布団を汚してましたね。こう、素早く、サッと」
『桶で頭を打ちそう』
「そうなんですよ、クシャミの弾みで打ちました、おでこ」
『踏んだり蹴ったりだなぁ』
「まぁ、大爆笑してまたゲロった時は死ぬかと思いましたね、笑うわ噎せるわゲロるわ」
『ふひっ』
羨ましい。
《羨ましい》
「桶がですか?」
『ひひっ、ワザとやめろ』
「いやー、雨泽さんも鋭いですよねぇ、人の機微に。ウチの薔薇姫の圧、相当だったのでは?」
『いや、俺よりコッチ、真っ青だったもんマジで』
「ぁあ、流れ矢がコチラへ」
『そうそう、だから顔を出すのを遠慮してたワケ』
「あ、誤解だったと説明しておきますね」
『助かる。つか羨ましいならいつも通りにしろよ春蕾』
《すまなぃ》
「成程。私は素面では無いので、慣れて下さい、ほら」
桂花が吹き掛けた息は、桂花酒の様な香りがして。
『春蕾、鼻、血』
いやー、自分の容姿の攻撃力を忘れてた、と言うか舐めてましたね。
酔ってますよ、お酒臭いでしょ、そんなつもりで息を吹き掛けただけなんですが。
「な、あ、そのままで、軽く、添える程度に」
《すまない》
『あひっ』
「もうっ、雨泽ちゃんってば」
鼻血の時って上を向いたり強く押さえたらダメなんですよねぇ。
私もこの体が良く出してたので自分で試したんですけど、出しっぱが1番でしたね。
「乾燥と若さですかねぇ」
『かもですねぇ』
「あの、何とお呼びすれば?」
『幼名の兔子か、小月と呼ばれる事が多いですね』
「若しくは、小兔?」
『はい、どれでも構いませんよ』
「成程。臘月様の幼名をお伺いしても?」
《蝦餃、母の好物なんです》
「あー、私も大好きですよ海老餃子」
『俺は包子』
「私は細狗」
「私は咪咪でしたね、近くで似た毛色の仔猫が生まれて、兄が付けちゃいました」
《大猪、産まれた時、毛が多く大きかったので》
『ひひっ、まんまじゃん』
「やっぱり産まれた時が大きいと背も伸びますよねぇ、私もなんですよ」
「分かるわ、姉の子も頭1つ大きいもの」
話を逸らしてみましたけど。
「あー、止まりませんね」
『ココは暖かいですし、少し外で冷やした方が良いかも知れませんね』
「なら付き添いますよ、行きましょう」
『余計に出ちゃうんじゃね?』
「こうして出る血は余分な血だそうですし、体に障る程は出ないでしょうから、出し切っちゃいましょう」
『まぁ、ですね』
「青燕ちゃん、羽織を着せてあげて」
『はい』
『俺も付き添ってやろう、春蕾を引きずる位なら出来るし』
《ありがとう》
律儀で真面目な方なんでしょうね。
目が合う度に赤くなられると、可愛いな、と思っちゃいますよね。
綺麗な顔しやがって。
秒で好きになれますよ、私。
『最初は手炉扱いだったのに、今は普通に春蕾もやり返してて、特に話もしないで仲良くなってんの』
「成程。無益な争いを既に避けてらっしゃるんですね」
《と言うか、争う意味が無いので》
緊張してる春蕾オモロ。
『ハレム形成の意味が分かってるんだな、って女皇様に言われてたもんな』
《蹴落とせば振り向いて貰えるワケでは無いので》
『楽してんな春蕾、とか思ったわ。話は殆ど臘月だったし』
《分かって貰えてると思ったから》
「以心伝心越えてますよねぇ」
『嫌じゃないの?』
「私としては助かりますね、幻想を抱かれる方がよっぽど厄介なので」
『あぁ、クシャミゲロな、ふふっ』
「寝っ屁もしますし、鼻が痒かったら鼻もほじりますし、なのに幻滅されるっておかしくないですか?」
『麒麟児に思えちゃうんだろうねぇ』
「あー、やっぱり、コレが終わったら引っ越そうかなと思ってたんですよ」
『だから乗ったんだ、この計略に』
「まぁ、家と店を引き払うにしても時間は必要ですし、引っ越しに変なのが付いて来ても面倒なので」
『あー、まだ居るのか』
「ですねぇ、本当に何もされないし、幼馴染なので強く言えないんですよ。行動してくれたら楽なんですけど、幼馴染として接して来るので、何とも」
《すみません》
「いえ、根本が違う筈なので大丈夫かと」
『優し過ぎじゃね?』
「害が有るか無いか、快か不快かはハッキリしてますよ?」
『コレ不快じゃないの?』
「お、はい」
『お?』
「また頭に血が上りそうな事を言いそうになったので、流石に止めました」
『さっきのは相当強烈だったらしいしなぁ』
「すみません、自分の容姿の強烈さを忘れてました」
《いえ》
『そんな忘れられるもん?』
「鏡張りでも無いですからねぇ」
『あぁ、髪も結い上げてるから見えないか』
「しかも知り合いともなると気にしなくなっちゃいますし、ある意味で同性だと思ってたので」
『宦官密偵はマジで面白かったわ』
「結構考えての結論だったんですけどねぇ」
『まぁ、初日で藍家の者が女装して声色まで変えて接触して来る、とは思わないか』
「と言うか女官次長にお会いしたりもしたので、本当に盲点だったんですよ。それこそ暁霧さんに会ってからなら、そうは思わなかったかと」
『あー、順番もか、確かにな。けど飴の件はなぁ』
「いや、妖精が居るかも、程度ですからね?」
『どうだかねぇ』
「信じて無いんですか?」
『だって見た事無いし』
「神様が居らっしゃるんですから、居るに決まってるじゃないですか?」
『見た事有るの?』
「いえ、ですけど神話時代こそ、神様が表に出なかった時代だと思ってますから」
『創話、寓話じゃない?』
「それこそ逆です。寓話としなければ怖いじゃないですか、神様の加護が一切無くて、理不尽と不幸と不条理にまみれた世の中、アレこそ地獄だと思いますけどね」
『あぁ、閻魔大王も居ない地獄か』
「終わらない刑罰が加えられるだけの世。自死し閻魔様の居る地獄の方がマシ、なのに自死は良くないとされたら、八方塞がりだと思うんですよ」
『嫌な事を考えんのな』
「だから良さが分かるのかも知れませんね、この世の良さ」
ウチの若様は、分からないでしょうね。
『ウチの若様、包子は甘い世で甘く生きてましたから、実感は薄いかと』
『おう』
「それはそれで良いと思いますけどね、後で困っても何とかなりそうですし」
『どうだかね、血反吐を撒き散らしながら焦るかもよ』
「そこは春蕾さんが何とかしてくれますよ、ね?」
《出来る範囲でなら》
『つか本当に喋らないな、いつもは可愛いだ何だ延々と喋るのに』
「あ、雨泽さんは薔薇姫様狙いですか?」
『無い無い、凄いこき使われそうで無理』
「あー、そう腰が引けますよねぇ、けど可愛い面がいっぱい有りますよ?豊乳だし、素直だし、月経の時に構ったらイチコロですよ?」
『それどっちが?』
「どっちも」
《花霞には、何をしてあげたら良いんだろうか》
「あー、私もですけど、腰を良い加減でさすって頂けると助かりますね。それとか頭とか肩や首を揉まれたり、お話も良いですね、気が逸れると凄く楽に感じますから」
『全般への助言じゃん』
「鼻血対策です」
『あぁ、じゃあ他にも案が有るんだ』
「私達あんまり辛い時は抱っこして眠っ、ほらもー」
『いや、止まって、止まってんじゃん』
『ではそろそろ戻りましょうか』
《はい、ありがとうございました》
「それでも近くを強く触ったらダメですよ、また直ぐに出始めますから」
『慣れてらっしゃいますね?』
「昔は良く出してたので、色々と試してほっとくのが1番だ、となりました」
『成程ね、俺出した事無いんだよなぁ』
「寧ろ血が足りなそうですもんね」
『其々に程よく食ってんだけどねぇ』
「お体も大器晩成なんですかね」
『大器晩成ねぇ』
「まだまだ伸びますよ、伸びしろ期ですよ」
『それなぁ、背は便利だから気にして無いんだけど、まだちょずつ伸びてて止まらないんだコレ』
「春蕾さん越え狙いますか、動くと良いらしいですよ」
『じゃあジッとしとくわ』
若様、若い女性とココまで話が続く事自体が稀有な筈なんですが。
自覚してらっしゃるんでしょうか。
《花霞、その血》
「あ、おはようございます薔薇姫様、コレは私のじゃないので大丈夫ですよ」
《ぁあ、あぁ、兎に角洗いに行きましょう、私も厠に行く所だから》
「はいー」
『私達も、少し洗った方が宜しいかと』
《はい》
向こうは向こうで何かお話してらっしゃるんでしょう。
なら、コチラはコチラでも。
『若様、分かってますか?』
『何が?』
『あそこまで若い方と話が続いた事は』
『あー、男なら』
『一応、仮にも女性ですが』
『それな、友人として楽なのは認めるけど、情愛は皆無だからな?』
『何か勘違いしてらっしゃるのでは?』
『情愛について?』
『結局は抱けるか抱けないかですからね』
何を驚いてらっしゃいますかね。
『お前さぁ』
《青燕、このままウチの花霞を下がらせるけれど、伝言を良いかしら》
『はい、では先ず鍵をお渡し致しますね』
「あ、はいー」
《それから、私が話し合いの場に行くわ》
『畏まりました』
疲れが溜まっていて、しかも実家の安心感から酔ってしまい。
少し、寝てしまったのだけれど。
《私が居ない間に何をなさってるのかしら》
「あら誤解よ薔薇姫様、引き合わせるべき子を会わせただけよ」
《で、アナタが藍家の春蕾様、かしら》
《はい》
『って言うかさ、何も外交問題ギリギリにしなくても良くない?』
《あら、私に殿方を信用しろと仰いますか》
『出来んの?』
「ほら煽らないの雨泽ちゃん」
《寧ろ私だからこそ、こうして守れる手段が取れる。出来る事をしただけで何が問題なのかしら》
『信用する気が無いなら何を言っても無意味だと思わないんだ』
《挨拶が今の今まで無い時点で信用も何も無いのでは?》
『アンタに言う必要が全く無いからねぇ、どうせ仕事と家庭が上手くいけば花霞との付き合いなんて少なくなる筈、一時的な付き合いはそっちじゃない?』
《ならアナタは真っ赤な赤の他人では?》
『相対した日付で計るんなら、半陰陽だって分からなかったクセに偉そうじゃん』
「はいはい、もう良いかしらね。誰の為にこうしたのたか、良く考えて頂けるかしら、最悪はアナタ達が受け入れない事を前提に私達は動いてただけよ」
見誤っている、と責める事は出来る。
けれども私の親からして、婚約者を見誤り四家巡りで面倒を起こした、と受け取られていない義理が有る。
あのクソさえ問題を起こさなければ。
《僕も口を出させて貰っても良いだろうか》
《どうぞ、臘月様》
《花霞が君達に言い出せなかった様に、彼は花霞に素顔を晒す事を恐れていたんだ、そこに免じてどうか許しては貰えないだろうか》
私、私達の弱点を。
小鈴から聞く兔子様とは全く異なる方、穏やかで優しい口調で瞬く間に追い詰める。
警戒すべき方は寧ろ、この方なのかも知れない。
《私は、計画について御意見を頂けるかどうか、書簡にて概要をお伝えしたに過ぎません。そうして警戒すべき悪しき例をお教え頂けるかどうか、寧ろ気を配ったつもりですわ》
「アナタも、相手が四家だからこそ警戒しているのね」
《花霞から聞く限り、姚家に後ろ盾は無い、なら渡り合える然るべき方を仲人に迎えるべきかと》
《君は半分は正しい、けれどもこの国にまで花霞の存在を知らしめてしまった。果たして葉赫那拉家だけで、花霞を守り切れるんだろうか》
『自国を信じるのは良いけどさ、花霞に相談した?』
《いえ、ですが》
《思い遣りですらも時に人を争いに巻き込む事も有る、そう分かっていての事かな》
『それに仲人が誰かを宛てがうかも、とは考え無かった?』
「まぁまぁ、花霞ちゃんの為を思っての事、それに私達の国で行うのだから。大丈夫よ、干渉は最低限に抑えられる程度の外交能力は四家に有るもの」
《確かに、花霞とは疎遠になる時期も有るかも知れません。だからこそ、どうか、宜しくお願い致します》
《勿論だよ》
《傷付ける事の無い様、細心の注意を払います》
「まだアナタも頬が赤いわ、もう休んで」
《はい、では、失礼致します》
「あ、また夕餉でお会いしましょうね」
私は、今しか考えていなかった、今の私の状況だけで判断してしまった。
子が出来、仕事が順調になれば、花霞に会う時間はとても少なくなってしまう。
私は、余計な事をしてしまったのだろうか。
 




