39 国母樣。
後ろ姿を描いた絵姿も見せてしまい。
今更ながら、恥ずかしいなと思いつつ、突厥刺繍をしまくってたら。
着きました、着いちゃいました、顔を合わせるのがクソ恥ずかしい。
「思い切りが良過ぎた事を後悔してます」
《アナタ、まだ心の準備が?》
『帷帽を被りましょうか』
《そうね、まだまだ寒いのだし、南方でも使う物。慣れておきましょう》
帷帽はアレですね、平安時代とかの薄絹付きの笠。
で、薄絹の丈が短いのが浅露。
布じゃなくてビーズやタッセル的なのが付いたのは、涼帽、てっぺんか縁に飾りが付く帽子。
「帷帽は重いから浅露が良いです」
《アナタ、湯殿に殿方が入って来たら何処を隠す?》
「こう」
顔と下半身を手で隠しますが。
《やっぱり、顔さえ隠せば良い派って、本当に一定数居るのね》
「え、あ、そっか、知り合いなら無意味ですもんね」
《だから帷帽よ、慣れなさい、良い髪結い方法を教えてあげるわ》
「ふぇい」
『ありがとうございます』
そうして結い上げて貰って、帷帽を被って船を降りたんですけど。
いやー、薄絹越しでも恥ずかしいですねぇ。
《可愛い》
『もう何をしても可愛く見えるんでしょうよ』
『ですねぇ』
俺らも寒さ対策に帷帽を付けたんだけど、女子達も付けてて。
しかも小兔まで春蕾に同調して。
コレ。
「あら可愛い格好ねぇ」
「暁霧さんもお似合いですよ」
『コレ全裸で付けてたら卑猥さ凄そう』
小兔はしっくりきてないみたいだけど。
《それはいけない》
《そう言われてしまったせいで、そう見えてしまう気がするね》
春蕾は撃沈したのに。
臘月は強いなぁ。
《あの、暁霧様、後ろの方々は》
「臘月の侍従や護衛、気にしないで大丈夫よ、追々紹介するわね薔薇姫様」
《はい、では先ず私達は瀋陽宮に伺う手筈なのですが、宜しいでしょうか》
「そうね、私達は本屋や茶楼へ行くつもりなのだけれど、良いお店を教えて貰えないかしら」
《でしたら少し行った先の、万柳園に有る明秋茶楼が宜しいかと、オススメは九曲紅梅です》
「ありがとう、じゃ、行ってらっしゃい」
初めて異国に居るんですよねぇ。
始めての異国の王宮、各四家の装飾と違い内装は朱塗りが基本、壁は白で戸や窓は黒い漆塗りか黒檀か。
そしてお衣装。
袍服と呼ばれる文洲族の服装なんですが、要は旗袍、冬服はキョンシーみたいで可愛い。
極めつけは異国の言葉が周りに溢れてる事。
いや、産まれた時から異国に居たっちゃ居たんですけど。
あ、コレ、ややこしい。
《あら、緊張、して無いわね》
「やっぱり良い建物だからですかねぇ」
『各国の様式美が織り交ざって素敵ですよねぇ』
「そうそう」
極彩色だし彫りは素敵だし。
ただ寒い、マジで。
《先程の方が確実に緊張していたわよねぇ》
『つまりはあの中の誰かが、そう、と言う事ですよねぇ』
「えへへ」
《出たわ、コレで直ぐ誤魔化そうとするんだもの》
『つまりは居ると言う事ですよねぇ』
まさか四家の方が殆ど揃ってらっしゃる、とは思わないでしょう。
早く言ってしまいたい気もしますし、春蕾さんを変態扱いされたくない気も。
いえ、寧ろ暁霧さん、って事に。
《女皇様のご入場で御座います》
異国のお言葉でのご案内、薔薇姫様が教えてくれたんですよね。
で、ココの作法は。
《良いのよ自国の礼で》
「いえ、折角ですからやらせて下さい」
片膝立てて、右手を下にして両手を胸で交差。
うん、この衣装だと大変だコレ。
着たいなぁ、葉赫那拉様の袍服、暖かそうだし。
『お疲れ様。顔を上げて、ようこそ、我が文洲国へ』
《ただいま帰りました、国母様》
コッチのお言葉で話して下さってる、優しい。
『はい、お帰りなさい。さ、寒いから小部屋へ行きましょう』
優しい。
《女皇様のご退場で御座います》
こんな仰々しいの、初めて。
『はぁ』
『あらあら、寒い中で無理をさせてしまったわね』
《いえ、こうした行事が初めてだそうですから、お気になさらないで下さい》
「はい、初めてで楽しかったです」
『そう、ふふふ、良く温まってね』
『すみません、ありがとうございます』
私、近くの地区なのに初めて来たんですよね。
それこそこうした行事も初めて。
女皇様にお会い出来て、ココまで親し気にして頂けるなんて。
しかもお茶もお菓子も有って。
「あのー、無知で恐縮なのですが、こうした事は良く有るのですか?」
『信用の有る子とは会うわね。大変だったわね、お疲れ様』
《いえ、お気遣い頂きありがとうございます》
「本当に大変でしたからねぇ、完全に逃避行でしたから」
『あらあら、揉め事を紙一重でかわしたとは聞いているけれど、どんな物語が有ったのかしら?』
「先ずは宮を出る前、牽制した所からですかねぇ」
これぞ、聞こえよがし、その見本の様に少し大きな声で私達は話し合った。
その後、花霞が火棘に日付を尋ね、被らないで下さいねと。
皆さんの前でお願いして、勿論です、と言う言葉を頂いたのに。
『あら、全く、どう言うつもりなのかしらね』
「嫌がる顔が見たかったんだそうです。凄いですよね、初めてそうした考えを持つ者に会ったので、驚きました」
『はい、私も初めてお会いしました』
『そう、周りにとても恵まれたのね』
『はい』
「この毛色ですから過保護に守られてきました」
《ところが、そうでも無いんですよ》
『そうなんです、寧ろ私達の方が驚かされました』
体液を使っての恋文。
男性の性欲はそこまで大変なのか、と。
『不思議よね、どうやら男と女の性欲の増減は違うそうなのよ』
『えっ、そうなんですか?』
男性は芽生えてから衰退し、女性は徐々に、だそうで。
『でもまぁ、結局は其々だそうだから。あら、気になる方が居るのね』
《四家の方に見初められたのですよねぇ》
『えへへへ』
あ、花霞もなのに。
《この素知らぬ顔をした子も、なんですけれどね》
『あらあらあら、大丈夫なの?』
「まぁ、今の所は、はぃー」
裸を見せちゃってるんですよね、絵姿で。
《私としては少し、問題が有るのでは、と》
「あらー?」
《あらー?って、アナタね。まぁ良いわ、コチラを》
侍女が書簡を受け取り、封を外し女皇様へ。
美雨は心配しての事なのか、問題としているのか。
『コレは、どの家の方に詳しくお伺いすべきかしらね』
《所用を終わらせ次第、白家の暁霧様方が万柳園の明秋茶楼にいらっしゃるかと》
『そう、今年の九曲紅梅は上出来だそうよ』
《はい、勧めさせて頂きました》
『なら、アナタ達は先に家へ、後で合流させるわね』
《はい、ありがとうございます、国母様》
コレはまさか、国同士の争いとかには。
なりませんよね?
『呼ばねば挨拶に来なかったのかしらね』
「西の白家、暁霧と申します。女皇様にご挨拶するつもりだったのですけれど、必ずお呼び頂けると思っていましたので、お茶をして待たせて頂いておりました」
僕のはす向かいに居る朱家の雨泽は不満げな表情から一転、少し驚いた顔をしている。
彼の驚きはある意味では正しい、私的な行動において四家は各国の皇族や王族に挨拶をする必要は無い。
けれど、僕達が行おうとしている事を知っているならば、顔合わせをせざるを得ない。
ある意味で不道徳だと捉えられても致し方無い事を、花霞にお願いしている。
この状況からして、薔薇姫と呼ばれる葉赫那拉・美雨が先手を打ったのだろう。
『それで、アナタがそうなの?』
「いえ、私は仲人と申しますか、まぁ、補佐ですわね」
《北の墨家、臘月と申します》
《東の藍家、春蕾と申します》
『毛色、かしら』
率直な物言い。
ともすれば率直に言って差し支えない、と捉えるべきだろうか。
そして僕と春蕾は顔を見合わせた。
殆ど彼とは意見が一致している、と認識してはいるけれど。
《どうぞ》
彼は思慮深く、弁えている。
一点を除いては。
《毛色も含みますが、主に中身です》
《はい》
『意外と仲は悪くは無いのね』
《いがみ合い蹴落とす意味が有りませんので》
《はい》
「とは言うけれど、ココ数日で距離が縮まったばかりなのよね?」
理由としては、単に機会が無かった、だけに過ぎない。
歩み寄る必要性や関わる理由が無かった、花霞と言う1つの話題で重なる時が来るまで、干渉しなかっただけとも言える。
『ハレムを形成させる、その意味が分かってはいるようね』
《奪い合えば争いを生みます、ですから基本は譲り合い、時に我を通すのが最も正しい形かと》
《はい》
『そう。アナタは、何処の子かしら』
『南の朱家、雨泽です。付き添いです』
『お体は大丈夫なのかしら』
『道中で良くなりましたのでご心配無く、お陰で春蕾を監視出来てます』
『なら、どう思っているのかしらね』
『向こうに全く情愛が無さそうなので心配です、春蕾に関してはもう既に大きな痛手となるのは確定しているので、出来れば穏便に上手くいって欲しいですね』
雨泽は若くして賢さを得てしまった、故に人の機微に目が行き届いてしまう。
その僅かな狂いは違和感と不快感となり、極端に関わる者を制限した。
だからこそ、花霞に惹かれてもおかしくはない。
あの毛色で歪みが無いのだから。
『傷付ける様な結果になれば直ぐにも私の耳に入る、くれぐれも不作法の無き様にお願いしたいわね、例え他国の者でも子女は宝なのですから』
《はい、肝に銘じ、慎重に行動させて頂きます》
《鋭意努力させて頂きます》
もう既に花霞のある程度の情報は入っているのだろう、だからこそ国として後ろ盾になる、と。
《女皇様のご退場で御座います》
中央の麒麟児だと思っての事なのかは、分からないままに、面会が終わってしまった。
「はぁ、馬乳酒が沁みるぅ」
《結構酸っぱい筈なのだけど》
『ですよねぇ、すみません、ちょっと苦手です』
「黒糖溶かしちゃった」
《あらあら良い飲み方をするじゃない》
『それなら飲めそうかも』
「ほれ」
『甘酸っぱぃ、邪道でしょうけどコレ好きです』
「コレ牛乳で作ったのも飲んでみたい、と言うか羊のとか飲み比べたい」
《しょうがないわねぇ》
「有るんだ、実際」
《そう言えばした事が無いと思って、頼んでおいたの》
『流石美雨ですね』
「あー、真似っ子だ」
『えへへ』
《はいはい、程々にして頂戴ね》
酒精度数は低いけれど、コレをガブガブ飲むと。
『はぁ、何で同じ年に生まれなかったんでしょうね、命運だとしても酷じゃないですか?我慢って大変なんですよ?分かります?』
(絡まれてるのですが)
《大変ねぇ》
『そうなんですよぉ、可愛っ、花霞は見分けが付きます?』
「いやー、無理ですねぇ、そこまでじっくりと見ても関わってもいませんし」
『でも間違えたら嫌じゃないですか?どうしたら良いと思います?』
《ならお呼び出しして見分け方をお伺いしたら?》
「そこは、どうなんでしょうね、見分けて欲しい願望が有るかもじゃないですか?」
《そんな事に付き合わなくてはならないの?面倒臭いわねぇ》
『もしそうなら、可愛いですよぉ』
「何でも可愛く思える時期だ、親莫迦と同じですなぁ」
『もー、花霞も早くこうなってしまったら良いんですよ、楽しいですよぉ』
私、こうなった事が無いのよね。
だから、かしら。
だから他へ。
もし私が、ちゃんと好きだったなら。
《私が、しっかり好意を持てていれば》
『そんな事は有りません、私ならしっかりしてらっしゃるってだけでもう、好意に変わります。アレとはどう足掻いても上手くいかなかったんです、踏み台にもならない軟弱者です、コレから素敵な方に出会う為の試金石だっただんです』
《ありがとう、でも、それでも経験したくは無かったわ》
『でずよね、わだじもでず』
困りましたねぇ。
お2人共、私のペースに呑まれて飲んで、呑まれてらっしゃる。
「飲み過ぎたのか冷えますねぇ、温まりましょうか」
寒いと思うと温まりたくなるのが人の常。
両脇の床をポンポン叩くと、寄って来るんですねぇ。
《ぅう》
『ぐずっ』
「自覚は無くても疲れって溜まるものですよねぇ、すっかり手足に力が入らない。ですけど軽くてふわふわしますよね、瞼もすっかり落ちて、軽ーくなって、力がどんどん抜けていって、すっかり起き上がれませんねぇ」
催眠術。
コレもココの知恵なんですよねぇ。
ココで言う警察官、巡警士の方がやってるのを見て。
あ、有るんだココにも、と。
姪っ子甥っ子で練習させて頂きました。
《ずずっ》
『んー』
「起きたらスッキリしますよー、私もスッキリしてきますねぇ」
はい、私の勝ち。
はぁ、ストレスって溜まるものですよね、どうしても。
「あら、顔が赤いけれど大丈夫?」
「暁霧さん、お疲れ様です、今お帰りですか?」
「そうなの、例の事で呼び出されてしまって、あら、酔ってるの?」
「まさかぁ、馬乳酒を酔う程に飲んだらお腹がタプタプになっちゃいますよ」
「強いのね」
「あの、厠に行ってからそちらに伺っても?」
あら、ダメかしら。
「良いわよ、少し準備が有るから広間で待ってて」
「はい」
頬を可愛らしく上気させた花霞ちゃんって、ちょっと刺激が強過ぎるかも知れない。
けれど逆に使えるわ、少しは酔ってるって大義名分が使えるんだもの。
「春蕾ちゃん、今こそよ。今日コレでそのまま顔を合わせないなら、私はもう手伝わないわよ」
『何でそこまで鬼気迫ってんの?』
「会えば分かるわ、会えば」
覚悟するにも時間が要るわよね。
だから既に先手は打って有るのよ。
雲南麗江の甜米酒に蘇里瑪酒、哈爾濱の格瓦斯、呼倫貝爾の昭君酒。
少しずつだけれど用意して頂いたのよ、葉赫那拉家に。
今頃は味見をしている筈。
《何か策が有るらしい、行くなら今だと思うよ》
「アンタもね、雨泽ちゃん」
『なんで』
「ならいつまで水仙のままで居る気?」
ココも揺さぶりをかけておかないとね。
『別に最後まで言わないでも良くない?』
「最後って何処よ」
『妊娠するまで?』
「アンタねぇ、私みたいに婚姻を避けてもおかしくない理由も無いのに、良い年して婚姻を果たさないのは流石に変な目で見られるわよ」
『それもそれで良いんじゃない?』
「面倒に関わりたがる偽善者が増えるし、性欲がハッキリと目覚めてから相手を探すとなると大変よ、もう良い子は殆ど嫁に行ってるんだから」
『性欲抑える薬飲めば良いじゃん』
「だからって好意は抑えられないのよ。楽な相手で良いって妥協して、いざ好みが現れた時には手遅れ、私と花霞ちゃんの名を挙げたんだからしっかり考えなさい」
《暁兄、それは彼には難しい事だよ。四家は性欲と好意を分けて考えるべきだとしているし、彼は好意を寄せられて好意を感じる事も無い、けど情愛自体は理解している。分かった上で理解が出来ないんだよ》
『成程ね、だから春蕾は何も言わないんだ。こうやって既に理解されてると思ってるから』
《うん》
『じゃあさ、どうしたら良い?』
そこよね、本質が分かっていても。
《花霞と暁兄の良い所を百、書き記す》
『百は親でも無理』
《なら二十》
『最初からそう言えし』
《じゃあ今の返事は請け負ったと看做すね》
『やってはみるけど、その次の手も考えておいて』
《考えておくよ》
コレで良い方に変わるかどうか。
「で、会うの?会わないの?」
《雨泽が会うなら会う》
《目くらましに使う気だね》
『あーはいはい、良いよ別に』
雨泽ちゃんて度量は大きいのに、面倒臭がりなのよねぇ。
 




