36 恋文。
朝餉の後、船に乗る前に暁霧が花霞呼び出したんだけど。
「あ、もう昨夜に見せちゃいましたけど、何か問題でも?」
気にして無さそうだけど、いや、気にしろよ。
「あのねぇ、嫌なら嫌って言っても良いのよ?」
「いやー、無理ですよぉ、殆ど女ですけど男の証も持ってるので。安心して貰う為にも、見せないワケにはいかないじゃないですかぁ」
「で、見せ合ったってワケ?」
「私は慣れてるので最初に見て貰ってから、で、そんなじっくりとは見てませんよぉ、殆ど同じなんですから」
「その、男のは見た事有るの?」
「父上様の、あ、兄上様のも、母上様が具合が悪い時にお風呂に入れて貰いました、湯屋は目立つので。少し大きくなってからは姉ですね、で毛が生え揃ってから湯屋に、けどもう後ろめたさから直ぐに出ちゃいましたけどね」
結構厳しいって言うか、本当に何でもやらせるんだな、花霞の親は。
『躾に厳しい家なんですね』
「厳しいと言うか、何でも経験させる家なので、凄く性に合う家だなと感謝してます」
「で、描かせちゃったワケ?」
「あ、はい。まさかですよねぇ、絵師なのにおシモを描く事になるなんて」
「それちょっと、仕掛け箱を渡すから大事にしまっておきなさいよ?」
「あー、けど別に誰のとは描いてませんし」
「誰か他の男に見られたら春蕾ちゃんが発狂しちゃうわ」
「なら余計に仕掛け箱には入れない方が良いかと、関所改めで見られちゃうかもなので」
「ぁあ、確かにそうね、ごめんなさいね、外に不慣れで」
「いえいえ、私も慣れてるワケでは無いので、葉赫那拉様に色々教えて貰いながらですから」
「あぁ、そうなると1番旅慣れてるのはあの子なのね」
「ですね、子供の頃は良く行商や買い付けに同行してたそうで。あ、なので今後、私達の買い物にお付き合いさせる事になるんですが」
「良いわよ、私達もゆっくり旅慣れたいし、行程表はあくまでも予定だし。私達が付いて行ってるのだから、気にしないで」
「はい」
「じゃ、失礼するわね」
見た目が違うってだけで大変なのに、半陰陽まで関わってるから。
平穏に、とか穏やかに、ってのからかけ離れちゃってんのな。
『何かさ、善意なんだろうけど、もう少し何とかなんないかね?』
「アンタ、すっかり女装慣れしたわね」
『ねぇ話聞いてた?』
「男同士と女同士って微妙に付き合い方が違うのよ、明け透けな部分が違ったり、庇ったり庇わなかったり。子供のケンカと同じよ、そう男が割って入って良いもんじゃないし、嫌なら嫌って言えるでしょう」
『言えなかったら?春蕾だけじゃなくて臘月にまで押し負けてんだよ?』
「心配ならアンタが守ってやったら?折角、その格好なんだし」
『割って入るなって言ったじゃん』
「慣れてみろって言ってんの、それでも気になるなら割って入ったら良いじゃない」
『俺こそバレたら死ねるんだけど』
「なら気にしないか、虎穴に入るか、よ」
心配性って言うか、本気で花霞ちゃんの事を気にしてるんじゃないかしら、この子。
『なに』
「船って楽だけれど暇よねぇ」
『本でも読めば良いじゃん、古本屋で買って次で売って、って良く有るらしいし』
「あらお詳しいわね、病弱引き籠もりだった筈のお坊ちゃまなのに」
『ねー、何でだろうねぇ』
「アンタは何になりたかったの?」
『平凡な朱家の補佐』
「結構、常人っぽい目標よねぇ」
『靈丹妙藥のお陰じゃね』
「1粒位は取っときなさいよ、って言うか毒だったらどうするつもりだったのよ」
『1粒は鳥に食わせたけど無事だったし、味見でも痺れとか無かったんだもん』
「直ぐには効かない毒だって有るのよ?」
『そしたら来世に期待、って言うか生きてるんだし、もうしないから良くない?』
「ぁあ、大人しく成仏なさい」
『お、そんなに暇なら指相撲で、何か賭けようか』
似てると惹かれ合うって聞くのだし、コレはちょっと、修羅場を警戒すべきかしら。
《暇なら本を貸すが》
「じゃあ本で、借りるわね春蕾ちゃん」
初船旅です。
そして船で初めてのお食事、昼餉は肉まんと魚介出汁のスープ。
温かい食事が食べられるとは思いませんでした。
そして暁霧さんの女装姿も見れるとは。
船内は男女別なんですけど、食堂は1つで。
態々、女装して私達と一緒にお食事をして下さってます。
心配させてしまったからでしょうか。
「あのー、男性陣は、何を?」
「本の回し読みよ、アナタ達は?」
『私は記録と考査を書いてます』
《花霞と一緒に手帕に刺繡をしてましたわ》
「宮中で教えて貰ったんですよ、コレ。端が解れてたので、この際だから全てにやってしまおうかと」
「何コレ凄く素敵じゃないよ、墨家で?」
「はい、突厥の方に教えて頂きました」
「そう、けど難しそうね、何て刺繡なの?」
「トゥーオヤ、だそうです。基礎を縫ってから、かぎ針編みで飾りを付けるんです、針だと揺れた時に怪我しちゃいますから」
「と言う事は他の方法も有るのね?」
「縫い針だけで編む、と言うか結ぶのがイーネオヤで。特殊な道具を使うのがメキッキオヤ、その道具が無いので今は無理なんですけど、葉赫那拉様に調達して貰う予定なんですよー」
《針作業は嫌だけれどコレならね、慣れれば見ないでも編めるそうなので》
『私のもお願いしてるので、暫くの暇潰しになるんですよねー』
「あら、苦手なの?」
『私、字を追う目しか持って無いんですよ』
《目が悪くなるって言いたいのよね》
「目は大事ですからねぇ」
「そうねぇ」
産後に目を使うな、って。
多分アレ、静養養生しろって事ですよねぇ。
「あの、それで何か、問題でも?」
「私って読むの早いみたいで、このままだと暇になっちゃうから、何か無い?」
「一緒に刺繡します?」
「そうしたいんだけれど、やっぱり嫉妬が面倒じゃない?」
「あー、確かに面倒ですねぇ」
《行ってきなさいよ、向こうに》
『あ、貞操帯って見せて貰えますよね?安全確認しなきゃなので』
「ぁあ、あぁ、そうね、持って行かせるわ」
貞操帯、有耶無耶になるかなーと思ったんですけど。
なりませんでした、寧ろしろって。
金絲雀たんに持たせる筈の鍵は、葉赫那拉様か小鈴か青燕さんか。
もう、コレですよ、この感じで意気揚々と嬉々としてて。
寒い時期だから良いものを。
夏場絶対にかぶれますよ、出ないかな、金属アレルギー。
「そうそう、そうです、刺繡が初めてなのにお上手ですね」
「ありがとう、けど教え方が上手だからよ」
「じゃあ元の、阿史那さんが相当上手だからですね、そのままお教えしてるだけですから」
「良い謙遜の仕方ねぇ」
「職人さんも相手にしますので、師は大切にしないといけませんから」
「成程ねぇ」
目の前には花霞、女装したままの暁霧。
部屋の隅には臘月候補と、女装した雨泽は、何処に。
「あの、そろそろお手洗いに行きたいので、少し戻りますね」
「あぁ、ごめんなさいね手間を掛けさせて」
「いえ、では」
今度からは俺達が貞操帯を付けるのではなく、花霞が付ける事に。
申し訳ないとは思う、けれど花霞の為には。
『キモい、何がキモいってずっと鍵穴から覗いてたんだろうって考えなくても分かる所がキモいし、絶対当たってるからキモい。何でコッチに来ないんだよ、会えば良いじゃん』
《合わせる顔が、無くて》
『女装して無いから?』
《この顔を気に入られなかったら》
『そんな拘りとか無さそうだけどねぇ』
《ガッカリされたり、拘りが湧いて無理になられたら、困る》
『マジで、何が良いのさ』
殆ど夜にしか会えず、こうして陽の下で見ると、更に髪も瞳も綺麗で。
《本人に、言う》
『なら文の1つも出してやれよ、何なら忘れられちゃうかも知れないぞ?』
《一方的に思いを寄せる泥甘い文しか出せないんだが》
『そこは冷静なのな。添削してやるから無難なのを書けよ、どうせ暇だろ』
《どう足掻いても褒めずにはいられないから、良い部分を雨泽に理解されたくない》
『じゃあ女子達に添削させるなら良いだろ』
《花霞を堪能し終わったら》
『はいはい、好きにしろ』
まさか友人への恋文を私達が添削するだなんて、変な気分だわ。
《で、翠鳥ちゃんはどう思うのかしら?》
「何でまた白家での字を?」
《兔子ちゃんからのお手紙に書いて有るのよね》
「あらあらあら、兔子ちゃんに翠鳥ちゃんですかぁ」
『ふぇ、ふぇぇ』
「カワセミはもう少し可愛く鳴く筈ですがねぇ」
《ほーら鳴いて御覧なさい、カワセミちゃん》
『もう、日暮れなんでね、皆さんに、ご迷惑ですから』
「特技が鳥の鳴き真似って、結構多才なんですよねぇ」
《アナタもね。で、どうなの?》
『濃厚、ですよね』
《そうよねぇ、初めてなのだし、もう少し薄めて小出しにした方が良いわよねぇ》
「そう言われると気になってくるぅ」
偶に会える時でも、月光下でばかりでしたね。
月の下で見る姿も美しいけれど、陽の光に翳された金糸よりも美しい髪、どんな名湖よりも透き通った青い目に今日も見惚れてしまいました。
ですがどんな時も貴女は美しいです、早く心を通わせられる日を待ち望んでいます。
《ココを、こう、分けさせましょう》
『そうですね、短文小出しにして頂きましょう』
「凄い長文なの?」
《いえ》
『まぁまぁ、楽しみにしてて下さい』
添削した文は青燕さんへ。
そして翌日には。
「陽の光に翳された金糸よりも美しい髪の花霞へ。短くないですか?」
《ぁあ、アナタもっと凄いの貰ってたのね、盲点だったわ》
「あ、いや、殆ど読まずに返してましたよ?」
『でもこの程度は何とも思わないんですよね?』
「妄想をこれでもかと含んだのを何通か、落し物かと思って拾って読んだり、目の前で読み上げられた程度ですかね」
凄い、最後のはちょっと想像を超えてきましたね。
『その、例えば?』
「君が笑い掛けてくれるだけで僕の世界に溢れんばかりの花が咲く、けれど君は意地悪で他の男にもその花を見せるのは何故なんだい、どうして僕の気持ちを素直に受け取ってくれないんだろうか」
『それ、名も知らぬ方から、なんですよね』
「はい」
《凄いわね、思い込みって》
「花霞、君の花を霞で隠さず、どうか僕に愛でさせてくれないか」
《性的な意味で》
『卑猥過ぎて引きますね』
「1度だけで良い、どうか霞の中の君を味あわせてくれないか、どこそこで待っているよ」
『わぉ』
「何か、下半身の具合が良いって噂が一時期流れちゃったのか、こんなん多かった時期が有ったんですよねぇ」
《大丈夫だったのよね?》
「はい、警備隊に渡して捕まえて貰ったので、中央地区全体の出禁になったそうです」
《侮り過ぎよね、行くワケ無いでしょうに》
『ぁあ、異国の噂ですね、金髪の方は愚かな程に優しいって、成程』
「そんな優しさ持ち合わせてるワケ無いのに、見た目だけでコレですからねぇ」
《でも、そう慮ればこそ、今まで文を出さず、私達に添削までさせたのかも知れないわね》
『だとすれば、凄い優しいですけど』
貞操帯に女装となると。
やっぱり、どうにも。
《事情は理解したけれど、変態臭いのよねぇ》
『ですよねぇ』
「まぁ、でもそれだけ好きだって事とも思えますし」
『ほら優しいじゃないですか』
《ダメよ、情に絆されて何を要求されるか分かったものじゃないのだから》
「あー、そうした欲が有るか尋ねてみましょうか、文で」
《まぁ、恋文のやり取りより情報よね》
『ですね』
この気軽な提案が、後々、私達にも衝撃を与える事に。




