金木犀。
俺に会いたい、と桂花が女官長の鴻に言付けを。
《彼女に何か》
『御座いません、理由や内容も伺ってはおりません』
「ですので若様も含めてご相談を、と」
『どっちで会う気だ、春蕾』
《早く会える方に決まってる、もしかしたら何か困って》
「それかお礼かも知れませんよ、もうそろそろ次の場所へ移動する時期ですから」
季節の変わり目、春の土用、穀雨の葭始生から霜止出苗までが移動日となる。
残り10日。
『誤魔化す為に髭を生やしたのは良いが、こうなるとはな、実に面白い』
『若様』
「どのお立場でお会いになりたいか、何をお話ししたいか、かと」
《女官の俺に話が有るなら、困ってるかも知れないなら、女官として会う》
『分かった、だが決して手を出すなよ、出せば俺が捥ぎ取る』
『まぁ痛そう』
「では、準備を致しましょう」
そうして、久し振りに桂花に会う事に。
「あの、お加減は?」
《ぁあ、問題無いですよ、ご心配お掛けしました》
急に持病の癪が、と聞いて。
内務調査が住んだのかな、とも思ったんですけど、マジかも知れないと思って心配だったんですよね。
「なら良かったです」
《それで》
「あ、大変おかしな事をお尋ねするんですが、どうか正気だと信じて頂きたいのですが」
《構わないですよ》
「実は、もしかしたらココに」
《ココに、何か》
「西洋の」
《西洋の》
「妖精が、いらっしゃるかも知れないのです」
《妖精》
「あ、良い妖精さんなんですよ、飴をくれる妖精さんで。きっと藍家が良い家なので居るのかな、と。それで、もしお礼をしたい場合、どの様にお礼をしたら良いのかな、と」
《飴をくれる、妖精》
「この、小箱に、無くなりそうになると増えるんです」
あぁ、どうしよう、マジでヤバい奴だと思われてるかも。
《妖精が》
「それか誰かかな、と、でも女官長さんも次長さんも自分は贈り主じゃないって。知らない、とは言わなかったので、じゃあ、なら、妖精さんかな、と」
春蕾さんの可能性も考えたんですが、なら私に何か言ってくれても良い筈で。
そもそも、ココまでして貰う理由が無いし。
《私が頼んだんです》
「えっ、何故、そこまで私は弱そうでしたか?不安そうでしたか?」
偶にいらっしゃるんです、薄幸の美少女だと勝手に勘違いなさる方が。
まぁ、思いっきり屁をこくと信じられないって顔をしてから、黙って立ち去って頂けるんですけど。
稀に、僕の花霞はそんな事はしない、とか言って暴れる人も居て。
容姿って凄いですよね、強烈な印象付けが起きてしまう。
《いや、私が渡したかったんだ、喜んで欲しくて》
「あ、ありがとうございます、お陰様で友人と親しくなれました」
大丈夫ですか春蕾さん、素と言うか地っぽいのが出ちゃってますよ。
無視しますから立て直して下さい、春蕾さん。
《ぁあ、なら、良かったです。すみません、心配し過ぎては却って良くないかと、なので黙っていたんです》
「ずっとご心配頂いてたのに、お見舞いもせず、申し訳御座いませんでした」
《いえ、1度は申し入れてくれたのは聞いてますし、全て断ってたので》
ですよね、宦官でもココにホイホイ来れないだろうし。
相当心配しての事で。
なのに、私は妖精さん、とかほざいちゃって。
「あの、飴の事は別で、もし良ければ、受け取って、頂け、ますで、しょうか」
恥ずかしい、1周回って、春蕾さんだったとは。
恥ずかしい、顔真っ赤ですよ私。
《刺繍を》
「はい、尚服で素敵な糸を見て、ちゃんと買いましたからね、購入記録も有りますからご安心を」
《私の、為に》
「あ、もし柄が気に入らな」
《いえ、ありがとう、ございます》
ハンカチで顔を隠した春蕾さんも、耳まで真っ赤に。
もしかして、感動して下さった?
良い人が過ぎるのでは。
『春蕾』
《多分、好きだと、思う》
『だろうな』
《ぁあ、気付いてたんなら》
『言ってどうにかなるもんじゃ無いらしい、だから何も言わなかったんだが。良く耐えた、偉い』
正直、兄上が居なかったら口吻は確実にしてたと思う。
ほぼ密室で、2人きりで、アレは。
《アレはダメだ、赤面でアレは、誰でもアレは勘違いする》
『そう冷静でいてくれて助かった』
《女装してなかったら、捥げてた》
『あぁ、捥いでいた』
《女装に、助けられた》
『今も女装中だがな』
《脱いだらどうにかしそうで逆に怖い》
『俺はどっちにしても怖いがな』
《もう、適当な女で》
『却下だ、適当に抱かれる身にもなれ殺すぞ』
《ダメだ、このままでも出来る気がしてきた》
『桂花のこ、睨むな殴るぞ』
《すまない》
『鏡に向かって変な顔をしろ、させろ、少しは落ち着くぞ』
《本当に?》
『やってから聞け鏡と手は有るだろうが』
《はぃ》
暴力は勿論、暴言も威圧する事も好きじゃない、が。
あぁした暴走状態には、力こそが効くのは確か。
だが、慣れない事は疲れる。
『はぁ』
『お疲れ様です若様』
「若様、ウチの両親に話を聞きますか?」
『あぁ、鴻の、頼んだ』
火中の栗は意外と苦労せず、周りが色んな意味で大変だった、と。
今なら分かる、今だからこそ分かる。
コレで俺が未婚なら舐めていたが、コレは相当だと今なら分かる。
アレを放置は無理だ、絶対に追い掛け回すぞアレは。
雷の様に、蛇の様に。
「伝書紙を使おうと思うのですが」
『あぁ、頼む。それと最悪はアレが追い掛ける場合、どうするか案を出してくれないか』
「はい」
『承りました』
アレの恋は盲目どころか、目も耳も無い、まるで渾沌だ。
御さなければ。
少なくとも桂花嬢に、春蕾への恋心は無いのだから。
《いや、飴の事は気にせず》
「過不足は嫌なんです、けど誰もがお花が好きでは無いですよね、すみません」
またお呼び出しした挙げ句。
押し花ですからね、藍家に飾られてたのも有りますし。
《いや、そ》
「それかウチの品物で、コレは新品のままなので、それかウチから贈らせますので、ご希望の色柄が有れば」
《いや、この押し花は、き、アナタが好きで集めたのでは》
何で知っ、あ、いや内向的な少女にありがちのムーブでしたか。
しまった、またご心配を。
「趣味は半分なんです、もう半分は誰かにご恩返しが出来る様にと、私はまだ子供なので自由になるお金は限られますから」
あー、嘘ですごめんなさい、ちゃんとお店に出た分だけ歩合制で良い感じに貰ってます。
すみません、でも趣味と恩返し用半分なのは本当です、なんせ素材はほぼタダなので。
あぁ、脳内でもめっちゃ早口で言っちゃう。
ダメだ、嘘言うの不向きだわ。
《選んで、良い、かしら》
「はい、是非」
良かった、嬉しそうにしてくれてる。
『気持ち悪いぞお前』
我が弟は、愛しの桂花嬢が作った押し花の花言葉を理解した上で、好意が有ると示すモノを故意に選び取り。
さも自分に好意が有る様に並べ、工房で自ら紙漉きに入れ加工し、完成品を眺め薄笑いを。
どうかしている。
《尊敬だとか敬愛なのは分かってる、桂花に俺への好意が無いのも理解してる》
泣くな。
俺にそこまでの激情は無いんだ。
『すまん、理解してやれず』
《自分でやっといて、凄く胸が痛む》
こんな泣き方をする弟は初めて見た。
表情を崩さず、ボロボロと。
『相当、時間が掛かるぞ』
《分かる》
『そう優秀では無いかも知れないぞ』
《その方が良い》
この暴竜をウチで繋ぎ止められるのか。
鴻家からの返事には、限界まで繋ぎ止め、逃げ出したなら追い掛け御すしか無いと。
だが、俺が付き添うには無理が有る。
他家に次期当主が出向くのは祭事のみと制限されている、しかもこんな事に巻き込んではどうなる事か。
いや、寧ろ忠告すべきなのだろうか。
蜜を放つ麒麟児が向かう、と。
いや、それでは悪目立ちを、下手をすれば虐げら。
なら、もしかすれば桂花嬢が春蕾に気を向け。
いや、人としてどうかしているな。
だが、どうすれば。
『すまんが、もう暫く耐えてくれ』
《ぅん》
どうすれば全員が幸せに、穏便に済む。
どうすれば。