自然交雑。
《何か進展が有ったのよねぇ?花霞》
湯上がりに干し肉の匂いをさせてる時って、大概は何か有った時なのよねぇ。
「雲南って、どうですかね?」
『昆明と麗江、南域の2大美食市を持つ都、ですかねぇ』
「麗江市はどうです?」
『山々に囲まれ豊かな土地だとは聞いてますけど』
「玉竜納西族自治県の、麗江城地区はどうですかね?」
《次はソコに行くのね?》
「次、と言うか、小鈴と葉赫那拉様の家に行ってから、行く、かも、です」
《強制では無いのよね?》
「そこははい、お仕事です」
『でも詳しくは言えないんですよね?』
流石に1年近くも一緒に居れば分かるわ、言う内容を考えている時。
無表情になるのよねぇ。
《今は良いけれど、いつ、言うのかしらね?》
「そこなんですよぉ、言い難く、未だに整理が付かなくて」
『もしかして私達がどう思うか、気にしての事ですかね?』
「嫌わないにしても、微妙かな、と」
《お相手の事ね、成程》
『もしかして複数からのお声掛けが?』
「はぃー」
《それでどうして私達が何かを思うのよ》
「ぶっちゃけ、内縁関係を結んでの、試し腹的な事をする予定なんです」
《不妊の可能性が高いから、よね》
「はぃ」
《それに私達が何か言うとでも?》
「いぇー、けど小母狗では?」
『花霞が私達と違うとは言いませんけど、種類が違うと子を成すのは難しい、馬と驢馬の掛け合わせでも少し難しいんです。ですけど果物は勝手に自然交雑しますし、そのお陰で美味しい果実が沢山食べれたりもします。全てに道理だけを当て嵌めて考えては、進歩や進化は不可能ですよ?』
「許す、と言うか、別に良いんじゃない派、ですか?」
《私達が確実に花霞を孕ませられるなら何かを言うけれど、まぁ、この通り女だし》
『人同士でも相性が有るんですから、効率的で良いと思いますけどね?』
《そこは商家の娘として少し文句は言いたいわね、婚礼って利益になるもの、3回もしてくれたら大お得意様だわ》
『あー、それに婚礼無しは寂しいですし、少しつまらないですよねぇ』
《そこよ、お相手を見定める1つに婚礼の準備も含まれるのだもの、どうなの?》
「乗り気なのが意外で、ちょっと言葉を失ってるんですが」
『複数のお相手が其々に良い方だからこそ、選びきれないのでは?』
「はぃー」
『ぉお、羨ましい反面、大変そうで経験したくは無いですが、どう悩んでらっしゃるのか』
《あら、そこは勝手に想像するのよ、暁霧さんか医局の剌月ちゃんか》
「えっ?」
《アナタが隠し事をしてるから私達もしてただけよ、ねぇ?》
『ぅう』
「えっ?」
『ふぇぇ』
《迫らないの、って言うか知らないの?墨家のご長男様、医局の華、剌月様》
「え?年下では?」
『ふぇぇ』
《ほらほら押し倒さないの。植物に詳しい者を集めた時、少しお話しなさったのよね》
「ふえぇ?」
『はぃー』
人にとって薬や毒となるモノを知る者は多いのですけど、動物となると少なくて。
「で話しが盛り上がって、文通してらっしゃる、と?」
『もっと言うと、文通と、交換日誌、です』
《日誌の方は動植物についてのやり取りで、文通はもうね、恋文よね》
つい恥ずかしくて顔を覆ってしまったんですけど。
その覆った手の隙間から、花霞を覗き見ると、ポカンと口を開けていて。
多分、若干、誂われていると思っているらしく。
『はぃー』
《本格的に花霞の口癖が伝染ってるわよ》
「はいー?結婚しちゃうんですか?」
《まぁ、アレでしなかったら取引先にネチネチ広めてやるわねぇ》
『そこは穏便にお願いしますぅ』
「マジですか?」
『そこは、まだお年が若いので、もう少しお育ちに』
「主に性的な意味で」
《精通が未だだそうだから、そこ次第みたいね》
『それもですけどぉ、一応、念の為、研究家の会合等で知見を広めて頂きつつ、追々で、はぃ』
遊歴の際に侍女や補佐として、私も同行予定でして。
なので花霞や美雨の家に行く予定を、どう組もうか、と。
「マジかぁ」
『はぃー』
「葉赫那拉様は?」
《無いのよねぇ、何だかもう、深く知る前に嫌になってしまって。だから花霞か小鈴に紹介して貰おうかしら、と思って》
「それだったら北上して葉赫那拉様の瀋陽市、小鈴の銀川市、ウチ。ですかねぇ」
《最終的に麗江市に行くならそうね、けどアナタの地区って何処なの?》
「あ、黄鶴楼地区って分かります?七湖地区でも月湖地区でも無いんですけど」
『黄鶴楼って、あの黄鶴楼ですか?』
「はい、小高い丘の上の黄鶴楼の近くです」
《何だか、認識に随分と差が有りそうなのだけど?》
『花霞、黄鶴楼について教えて貰えますか?』
「えーっとですね……」
大昔。
まだ酒税も無い時代、武漢江市と呼ばれる前、百湖市の端での出来事。
酒代が払えずお店を酷く追い出されてしまった老人を、少し高台に有る酒店の店主が店に誘った。
そして店主は老人に酒と肴を出してやり、どうして店を追い出されたのかを尋ねた。
老人は会計の時にスリに遭ったと気付き、話をして直ぐに追い出されてしまった、と。
けれども自分は仙人で金を頼めば直ぐに届けて貰える、暫く置いてはくれないだろうか、とも。
店主は疑う事も無く老人のお願いを聞き入れ、使いを出したり部屋を用意したりと、手厚くもてなし半年が過ぎた。
けれども老人に誰が尋ねて来るワケでも無く、店には客もまばらで、いよいよ店仕舞いかとなった時。
今までのお礼にと、老人が壁に絵を描き始めた。
完成前から既に飛び抜けて美しかった為、老人が絵を描く様を見に客が増え始めた。
そして完成する頃には大満員。
絵が完成したお祝いだと店主が大盤振る舞いをすると、老人は黄鶴楼の名と看板を授け、仙界へと黄金色の雲に乗り飛び去った。
それから暫くは繫盛したものの、次々に我こそは黄鶴楼だと他の店が真似を始め、1年も経つとお店はすっかり寂しくなってしまった。
そこへ様子を見に来た仙人が再び現れたので、店主は前と変わらず、同じ様にもてなした。
仙人は前と変わらぬ酒と肴の味に喜び、今度は1つの知恵を授け、再び飛び去った。
教えて貰った通り、店主が絵の前で歌い手拍子をすると、なんと絵の鶴が舞う様になった。
そうして再び客足は戻ったが。
今度は他の店に妬まれ、詐欺師が来たりと不埒者が多く現れる様になってしまい、店主は再び困る事に。
そこへ三度現れた仙人が笛を吹くと、黄鶴楼の黄金鶴全てが絵から抜け出し、飛び去ってしまった。
けれども良き店主の黄鶴楼にだけ、夜になると黄金鶴が戻って来て、店主と一緒に歌い踊る姿が名物となり。
今でも、真の黄鶴楼では正直者にだけ、歌い舞う黄金鶴が見えるそう。
『で、その地区なんですよね?』
「今はすっかり落ち着いてますけどね」
何度か父に同行して見に行きましたけど、歌って踊ってる姿は流石に見た事は無いんですよねぇ。
結構、正直に善行しつつ生きてる筈なんですが。
『一等地区じゃないですか』
「えー、でもでも賑わってるのは対岸の七湖地区や月湖地区、墨水湖地区ですよ?」
『アレは半ば騒々しいとも言うんです、黄鶴楼地区は高級地区だって聞いて、だから私は七湖地区に泊まったんですから』
《私は月湖と墨水地区の間だったのだけれど、まぁ、中流程度だと紹介されたわよ?》
私の知ってる評判と。
あ、成程。
「あー、ダメですよ、ウチは高級だなんて噂を信じたら。黄鶴楼は確かに繫盛してますけど、アレって接待用だったり、上昇志向の方のゲン担ぎで重用されてるだけで。だから貴族様も来ますけど、普通のお店も有るんですからね。私の店は高級品は僅かですよ、品揃えならやっぱり揚子江の対岸です」
アレですね、京ことば的に、向こうはアレだから泊まらない方がええで。
的なヤツ。
《本当なの?》
「だって向こうは各大商家の本店が有るんですよ?ウチの実家も含めてですけど、でもコッチは殆どが支店。そこを上手く言ってるだけですよ、厳選した良い品物を取り揃えてるって、物は言いようで。それと地元民への配慮かもですね、殆どコッチ側に住んでますから、あまり混雑されても困るんでしょう」
『あー、確かに、騒々しいのは働く時だけで十分でしょうしね』
「ですねぇ、だから小売り商店が殆どで、やっぱり変わった品物は対岸へ。と私もオススメしてますし、出掛けるなら対岸ですから」
こう考えると、想像する京都みが有りますね。
いやー、地元を出てみないと分からないもんですねぇ。
《本当かどうかは、案内して貰ってから、よねぇ》
『ですねぇ』
「えー、本当なのになぁ」
《まぁ良いわ、最初はウチね》
『で次が私の家で』
「最後かぁ、本当に期待しないで下さいね?」
ガッカリして帰られる方も居るんですよ、本当。
「あらあら、そんなに彼女と一緒に居たいの、剌月ちゃん」
真っ赤になって可愛いわねぇ。
『はぃ、出来れば、お願いしたいな、と』
花霞ちゃんのお友達、玄・小鈴にすっかり惚れ込んでしまって。
四家巡り最後の定番、お友達の家を回る行程に付いて行きたいらしく。
「どうしようかしらね、ご当主様」
《私は構わないが、そもそもお姫様方は勿論、臘月にも尋ねてみなければ》
「まぁまぁ、そこは良いじゃないの、旅は道連れ世は情け。大勢で動いた方が今回は色々と便利で楽だし、道中ならではの出来事で、見定めや見極めも行える。一石何鳥かしらねぇ」
《まぁ、そうか》
「さ、行程計画を立てましょう。剌月ちゃんも、自分なりに考えて出してみて」
《きっちりとは言わないまでも、最低限はしっかり考え。そうだな、3日後までに出しなさい》
『はい、ありがとうございます、お母様、暁霧さん』
「いえいえ、じゃあ後は春蕾と雨泽を呼んで来て」
『はい、では、失礼します』
そこまで易を信じてはいなかったし、逆にそこまで疑ってもいなかったのだけれど。
凄いわね、的中率。
「凄いわね、ココまで当たるだなんて」
《あぁ、けれどもコレは珍しい方だよ。他のはもっとブレるんだ、流されるとも言えるな》
「私、あの人の事を頼めば良かったわね」
《聞く耳を持ち合わせて居ただろうかね》
「いえ、無いわね、疑いもしなかったもの」
《ご家族から頼まれて総出で占ったが、まぁ、霧ちゃんが分かってる通りだよ》
「大きな災害でも無い限り、決別は変わらない」
《相当のな、それこそ魔王が来てもどうだか》
「相当ねぇ」
《だが惹かれてしまう事も出ていた、だからこそ見守っていたのだろう》
「たった10年だけれど、どの位償えたかしら」
《こんなものだろうな》
臘梅姐さんが指で示したのは、一寸も無く。
「ヤダちょっと、流石にもう少し大目に見てよ?」
《別に子女嫌いになったワケでも有るまいよ、ならこの程度だ。血の繋がった家族こそ一時的な血の繋がりに過ぎない、己が自ら真に繋がり続けるべきは、赤の他人だ。夫婦や友人こそ持つべき縁、その縁が薄く細くては、誰でも心配するだろうさ》
「幾ら王族だとしても、深く縁を結ぶのは相手。家は家、相手無しに縁が続けば、殆どが不幸になってしまう」
《若しくは幸せになれない。己の幸せを放棄した時点で歪みが生じる、それは波紋となり周囲へ広がる》
「歪に伝わり、歪みは歪みを生む」
後宮で働く者の多くは、寡婦や離縁者。
例え夫の家に空きがあろうとも、実家に帰る場所があろうとも、後宮入りが当たり前。
だって次の相手を見付けるのに、亡き夫の家で、なんて。
介護しながら、だなんて無茶じゃない。
だからこそ、そうして悲しい思いをしてきた女官達を知るからこそ、あの人にも惹かれてしまったけど。
更に良く考えれば分かるのよね、騙されてる、って。
《失礼します》
「あ、入って入って」
ずーっと、予定は後々、とか言ってた理由がやっと分かった。
『小剌月が同行すんのかぁ』
「そこは大丈夫よ、あの玄・小鈴目当てだから」
『あぁ、ね』
「あら知ってたのね」
『だって相談されてたし』
「あら」
先ずは朱家での事から聞かれて、終いにはどうしたら良いか、まで。
『文通だ交換日誌だと教えたら直ぐに両方始めちゃうし、だから相当だなとは思ってたし、もう春蕾の事で大概は慣れた』
女装変態押し花跟踪狂野郎に比べたらもう、可愛いもんだろ。
「じゃあ、春蕾ちゃんは、どう思うのかしら」
《問題無いです》
『寧ろ嬉しいだろ、長く居れるんだし』
《うん》
《素直な良い子だ、飴ちゃんをあげよう》
《ありがとうございます》
花霞の好きな黒飴。
黒五飴とは違って、黒糖と黒ごまだけで作った黒胡麻飴が好き。
それから黒醋栗飴も好物だけれど、どちらもあまり甘くない方が好き。
黒三煎餅なら、ガリガリと硬いのが好き。
けど甘藷や栗も好きで、3人で分け合って食べるらしく、偶に買い出しの注文が入る。
覚えちゃったよ。
春蕾と一緒に買い出しに行って探すから。
《何だ、雨ちゃんも欲しいか》
『いえ、散々味見したんで別に良いです』
黒五類って、元は仙人食と言えば黒色だ、とか言う神話から来てて。
それが発展しちゃって、今は五色に増えて、其々各地で勝手に売っちゃってんだけど。
俺は普通に金柑か榠樝飴か、薄荷が良い。
「じゃあ私があげるわね、はい、あー」
『手にくれ手に』
「可愛くなぃ」
『で、行程表はどうなるんですかね』
《主に私と霧ちゃん、君らに補佐を頼む、だから機嫌を取ってあげておくれね》
『へーぃ』
クソ揉まされるんだろうなぁ、肩。




