斯巴達
あの2件の求婚以外、特に何も無いまま。
墨家に居るのも残り半分を過ぎ、すっかり寒くなった頃。
私の家からやっと返事が来て、こうして暁霧さんにお呼び出し頂いて。
今、届いた手紙を読んでいるのですが。
【同じ数だけウチでも揃えた、好きに選びなさい】
えっ、対抗心ですか?
と思わず親心を疑いそうになったのですが、多分、親心100%だと思います。
けど。
「花霞ちゃん?何か問題?」
「あ、いえ、どうぞ」
「あら簡潔。成程ね、それで時間が掛かってたのね」
「ウチの家、厳し過ぎやしませんかね?」
あ、しまった。
ココ普通は親心が凄いアピール優先か、斯巴達過ぎ、とか思わないか。
「あらあら?」
「いやー、ただでさえ見定めてこいと送り出されて。また、コレ、ちゃんと見極め見定めろって事かなーと」
「ふふふ、大丈夫よきっと、良いお相手が居なかった時用に、準備してくれていたのでしょう」
あ、謙遜だと勘違いしてくれましたか。
いえ、寧ろ私の方がそもそも勘違いを?
ウチのお父様は単に、お相手を見定めろ、って事を言っただけ?
マジで私の勘違い?
いや、姻戚ともなるのだからこそ、家の見極めも必要で。
いや、えー?
「んんー」
あら、どうしたのかしら。
「どうしたの?」
「私は、本当に、良いんですかね?」
ちょっと会わない間に、何だか少し、絆されてると言うか。
頑なさが解けそうになってる気が。
「少し、心変わりをしたのかしらね?」
「心変わりと言うか、少し考えが変わったと言うか、考えを変えるべきかと思ったんです」
「そう、どの様に?」
「誰も彼もが王家王族に固執していては、それを許しては逆に問題にもなるな、と」
あぁ、そっち。
「まぁ、そうね」
「で、それなら私は私で、王家を逸脱する者を許容しても良いんじゃないかな、と」
「そうね」
「生意気ですかね?」
「生意気と言うか、ちょっと恐ろしい程に忠義心を感じちゃうわね」
「あ、国や四家を信頼して無いワケじゃないですからね、一国民として国を支えるべきだと思っているだけですから」
重い。
ココまで信頼されると逆に重いわ。
「アナタのその考え、重臣並みよ?」
「またまたぁ、ウチの家族はうんうんって、金絲雀もですし。きっと皆さんにちゃんと尋ねたら、皆さんこう答えると思いますよ」
そう、それで周りが離れてしまったのね。
志が高過ぎて、迂闊な事が言えない。
この子、国の為なら家族すら殺しそうよね。
「例えば、アナタの家族が人質に取られて、王族に毒を盛らなければならなくなったとしたら。どう回避を?」
「そんな事が」
「例えばよ」
「指示された時点で大暴れして死ぬしか無いので、回避の何も無いかと」
危ないわ、この子。
忠義って言うかもう、真の愛国者過ぎて扱いに困る部類よ。
あぁ、それで。
これで全ての合点がいくわ。
この子、なによりも国が1番なのね。
「なら、だからこそ、国の為に宮の整備と管理をお願いしたいのだけれど」
「私で宜しいんですか?」
「適格者はアナタだけよ。修理保全、費用捻出には理由が居る、四家はアナタが適格者だと判断した。そのついでにお相手と向き合う、誰にも損は無い、寧ろ利益を産み国家を繁栄させるお仕事。女官の為国民の為、お願い出来るかしら」
「はい」
今までで1番、嬉しそうな顔をしてるかも知れないわ。
全く、どう育ったらこうなるのかしら。
ぁあ、確かめた方が早いわよね。
《旦那様、白家の三の宮様、暁霧様がいらっしゃいました》
ウチの子、何かやってしまったのだろうか。
「お相手の機嫌はどうだい、妲己」
《不機嫌では無さそうなので問題無いかと》
花霞の乳母としてこの家に来て以来、そのまま侍女になってくれた妲己。
まぁ、彼女が言うなら大丈夫、か?
本当か。
『アナタ、ビビってても始まりませんよ。はい、行きますよ』
我が妻、冷泉は私と違って度胸が有る、肝っ玉も空の様にデカい。
だからだろうか、太陽と空を併せ持つ様な子に恵まれ。
「急な来訪で失礼致します、白家の暁霧と申します」
拱手した手に持つ玉牌は、確かに白家の柄や特徴と符合するが。
「当主の浩宇と申します。時揖のご挨拶など勿体無い、どうかお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます」
ウチの子は今は墨家に居る筈が、何故、白家の方が。
「この美しい人が私の妻でして、冷泉と申します」
『宜しくお願い致します。早速ですがウチの夫は肝が小さいので率直にお伺い致しますわ、何故、白家の方がウチへいらっしゃったのでしょうか』
うん、ウチの妻は短気なんだ。
「ぁあ、商家こそ時は金なりですわよね、失礼しました。率直にお伺いすると、大変素晴らしい子なので、是非にもご教育の神髄をお伺いしたくて来ましたの」
『あぁ、残念ですが、特に他と違う事は何も致してはおりませんわ」
そう、変わった事はしていない。
しかもどうやら、花霞には妻の方の血筋が強く出ているのか、時に私も呆気に取られる様な事を言うが。
それは稀に、偶の事。
「成程、ご当主様はどう思われていらっしゃるのかしら」
「生憎と私は凡人でして、特に差を付けられる程の器用さも無く、ただ其々の子に合わせるだけで手一杯でして」
「お子様に合わせるのはとても大変だと聞いておりますわ、さぞ大変でしたでしょうに」
「いえいえ、私は仕事も有るので妻のおこぼれを頂いているだけ。幼い頃はもう、忘れられぬ様にする事で手一杯でしたよ、やはり顔を見て泣かれるのは嫌ですからねぇ」
「ですけどお嬢様は賢い方でらっしゃるから、驚かされる事も多かったのでは?」
「まぁ、髭を剃り終えると泣く、と言うよりドン引きする子でしたねぇ」
『アレはアナタが顔を摺り寄せるからですよ』
「溺愛でらっしゃいますのね」
「一瞬、疑いましたが、どう見ても私に似てますからねぇ」
そら驚きましたけどね。
何人も見て来れば分かるもんですよ、似た部分を見付ける事は容易いもんです。
「実は私、あの子の愛国心の強さが心配でして、それで伺ったんですの」
『やっと本題を言って頂けましたか。なら話は早いですわね、ウチはご存知の通り、商家こそ政には一切関わるべきでは無い。との家訓を守っているので、商家としての事以外は学ばせてはおりません、ただ各人が好きに学ぶ事は止めませんので差異は出ますが。あの子だけですわ、あそこまで国や王家、王族への考えに造詣が深い子は』
「あの子は国や四家、それこそ政の悪口や不満を言おうものなら、相手が納得するまで淡々と話すんですよ。例えばですけど、孤児院の事ですかねぇ」
質素倹約は良いけれども、あまりにも衣食住が貧相で思い遣りが無い、と。
直ぐに反論をしたのが花霞でした。
絢爛豪華になれば反感を買うと同時に捨て子が増えてしまう、それでは本末転倒なのでは無いのか、と。
それに対し向こうは年上な事も有り、こう反論しました。
【限度が有るだろう】
『そしてあの子は言い返しました、では、その限度は誰が決めるのか。それは政を任された役人、その役人はアナタより愚かなのか、様々な経験と知識を持ってして質素倹約にしたのでは無いのか。そもそも限度とは何か、寒さ暑さをしのげ健康で学べる状態を貧相と言ったが、ではウチも貧相なのか、貧相とは何処から何処までを言うのか詳しく教えて下さい。と』
お相手はすっかり黙ってしまったんですが、そのまま妻が詳しく追求すると、何て事は無い家庭の悩みからの八つ当たり。
孤児院の子供に比べ自分の子が愚かな事が、悩みだったそうで。
そこで妻が答えました。
何を持ってして貧相か、すら言えないからこそ、そうした曖昧さが子を愚かにしてるのでは。
「と、惚れ直しましたねぇ」
『商家は愚かだと思われた時点で取引を停止されるか、ひっそりと縁を切られるか、生きる事にそのまま繋がってしまう。だからこそ余計な事は言わず、媚びず、阿らず。政には決して口を出してはならない、そうした家訓の申し子と言われてはいますが、厳しく躾けたワケでは無いのです』
「物分かりが良い子なんですが、物覚えは普通なんですよ」
『刺繍やお針子の仕事は人並みの進み具合でしたし、拱手も、字も人並み。ただ少し、同年代よりも国への考えや王族への考えがしっかりしているだけ、他は至って普通の子なんです』
「そこは私が聞いた事とは少し違いますわね、何にもなりたく無かった子、だったそうで」
「思春期が早かったのでしょうねぇ、私もそうでしたよ、どうせ何にもなれないだろう。なったとて頂点を極められるとは思えない、職人の中には天才が居りますし、天才と言えど崩落する者も居りますから」
『花霞のお気に入りの職人が、病で片方の手先が動かなくなり、すっかり荒れ。それを知った時にあの子は泣いたり落ち込んだりはしませんでしたが、諦めてしまったのでしょうね、何にもなりたくは無い、と』
「幸いにも私が幼い頃には、そうした者は出なかったか、伏せられていたか。あの子は強そうに見えますけど、年相応なのですよ、きっと私も同じ状況なら、諦めてしまっていたでしょう」
あの子は深く追求せず、乳母に頼み込み様子を伺いに行ってしまった。
そしてひっそりと沈み込み、考えに考え、彼の事を忘れる事にした。
『未だに悩んでおります、あの時に止めるべきだったのかどうか』
「あの子の初恋と言えば初恋だったろうからねぇ」
「それは、お幾つの時なのかしら」
『5つでした、それから暫くして店の者がうっかり名を口にした時、誰の事なのかを尋ねられたのです』
「今でも記憶が無いままなら、私はそのままが良いと思うんです、彼はもう亡くなってしまいましたから」
『深酒をし、凍死してしまったのです』
「多いんです、職人には。生活苦では無く、仕事を満足に出来ぬ事を苦に、早死してしまう者が少なくない。不甲斐無い、悔しい限りです」
『指導者なり何なりと仕事は有るのですが、若ければ若い程、その事にしか目を向けられないのです』
あの子は全てを理解して尚、専門家や職人にはなろうとしなかった。
聡明さに任せ好きにさせましたが、未だに悩んでいるのです。
正しかったのか、間違っていたのか。
「自信が無いのですよ、答えが出るのは孫が生まれ育った時ですからね、常に暗中模索です」
「少なくとも、藍家と墨家のご子息は評価しておりますし」
『そこです、毛色の珍しさに目が眩む様な方々だとは思いませんが、どうか一時の事で娘を傷付ける事だけは。もし何か有りましたら先にお知らせ頂けますか、暁霧様』
あの子も安寧と平穏を望む様に、我々もまた、娘の安寧と平穏を望んでいるのです。
そして幸せになって欲しい、あの子の望む幸せを、得て欲しいのです。




