契約書。
「はいどうぞ」
「ありがとうございます、暁霧さん」
次の日の朝には婚前契約書(仮)が完成していまして、2通頂き、両方を見比べる事に。
どちらも家訓と法を守る事が大前提。
そして道徳の件に関しても同じ、なんですが。
「それ何か分かる?」
「貞操を、守る、道具」
「そう、貞操帯の着用義務。アナタの合意が得られるまで、2人きりの時だけよ」
「でもかぶれそう、鍵は誰が?」
「そこよ、誰か任せたい人は居る?」
「身内以外で、ですか?」
「同性なら誰でも良いわよ?」
「その規定だと緩くないですか?」
「だって親族に任せるにしても適格者が居ないなら、ねぇ」
「周りにはまだ、ココまでの事になってるとは言えて無いんですよねぇ」
「北朱雀と翠鳥ちゃん?」
「はいー、金絲雀に至っては何も話して無いんですよぉ」
「あら、幼馴染なのよね?」
「ですけど出来るだけ新しい関係を築く為にも、昔馴染みとは関わらない様にと言われてて。まぁ、関わって欲しい人は、居ないですねぇ」
「お姉さんも?」
「既婚者ですし、その、何処で何がどうなるんですか?」
双子が出来易い、で有名な地区に四家全体で共有している建物が有るそうで。
そこを使え、と。
「雲南省に有るのだけれど。朱家は、昆明はどうだったのかしら?」
「目の前の翠湖が素晴らしかったですね、それと過橋米線の本場なだけあって米線が美味しかったです。あ、汽鍋鶏も、今の時期って最高でしょうねぇ」
「そうね、今度お願いしてみましょう、汽鍋鶏」
「ありがとうございます」
「それで、宮の事なのだけど、お手入れが最低限だったから。今から手入れをしても間に合うかどうか、なのよねぇ」
「あー、水場と竈が使えればまぁ、大丈夫かと」
「良いのよ、そこは折角だからまた使える様にしようって。四季如春の場所だからこそ、女官達も使える保養地にしようってね」
「そう良い場所なのに、何故?」
「子宝殿だけれど、ほら、そこに行く前に大概は出来ちゃうから」
「あー」
「後は何か気になる所は有る?」
私の包袱屋としての仕事はそのままでも、どちらでも良い、と。
ただ決定的に違うのは、婿入りかどうか。
春蕾さんの方は婿入りもやぶさかでは無い、と。
臘月様は出来れば嫁に来て欲しいが、状況に応じて婿になり家を出る、と。
そして両者共に嫁教育的なモノは一切無し。
ご家族からの教育も、コチラから請わない限り強制は無し。
そして産後はココの後宮で働くも良し、いざとなれば一緒に働く、とも。
「勿体無い」
「それだけアナタが得難いって事よね」
「どうにか、ゲロを吐くとか漏らす以外で、諦めて貰う方法って無いですかね?」
「放出する系は置いといて、小手先で諦めさせるより、本質的に合わないかどうかを摺り合わせた方が良いんじゃないかしら?」
「えー」
あら。
「何が嫌なの?」
「そうして話し合ってしまうと、容易く絆されそうだからこそ、こうして鉄壁の守りをしてるワケでして」
「あら、良いとは思ってるの?」
「と言うか良く知らないので嫌では無い、ですし。そもそも選べる気がしない、双方に良さが有る筈でしょうから、難し過ぎです」
「なら選ばなければ良いじゃない、両方、で」
「そんな、実質お2人を股に掛けてしまうわけですよ?文字通り」
「それで良いのよ、途中で嫌になったら抜ければ良いんだし」
「それでどちらも居なくなったら、単なる酷い女では?」
「そこは伏せさせるわよ。そもそもの名目は相手選び、それこそ臘月当主候補は諦めないんじゃないかしら、ある意味で片割れと思っているんだもの」
「でも当主候補だからこそ、他と試して貰いたいんですが?」
ココよねぇ、この子って四家よりも立場を重んじちゃうんだもの。
雨泽ちゃんから報告を受けたけれど、臘月ちゃんですら意気消沈させたらしいし。
「じゃあ、アナタが呈示する条件にしたら?」
「あー、じゃあ最も相性が良いとされる方と、子作りして貰ってから。ですかね」
「酷、って言うか後にしなさい後で、そもそも四家は人手不足では無いんだから」
「んー、そんなに男性は気持ちに影響されますか?性的な意味で」
「まぁ、人によるけれど、相手に興味が無いとね」
「興味を持つ様に、良い所を見る様にしてもですか?」
「逆に、最悪は目を閉じてした方が楽よ」
「あー、それで出来て私にも出来たら、面倒ですよねぇ」
「まぁ、そうね」
花霞ちゃん、凄く落ち着いてるのよね。
コレが好意に傾いたらどんな風になるのかしら。
「となると目下は誰を巻き込むか、なんですけど。やっぱり金絲雀ですかねぇ、面白がってくれそうですし」
「何だか、幼馴染と言うより、腐れ縁って感じなのかしらね?」
「まぁ、仲が良いと言うか、何でも面白がって聞いてくれるのが彼女なんですよ。それで面白おかしく小噺として宿でお客様に話して、お菓子を買って食べる。利益で繋がってる気もしますし、情もまぁ、有るかな、位ですかねぇ」
「お友達は?」
「巻き込めませんよぉ、だって日常的に彼女達にも貞操帯を付けさせるんですよ?」
「あぁ、そこ盲点だったわね、確かに」
「それ喜ぶの、多分、金絲雀位かと」
「なら無しね、この条件は」
「となると侍女や侍従は付かないんですか?」
「すっかり上がった侍女に侍従、それこそ宦官も何人か付けさせるつもりよ」
「あー、ならもう侍女の方にお願いしようかと」
「そうね、最小限で済ませたいし」
「なら四家全ての家から、固定の方と入れ替わる方、両方お願いしたいんですが」
「あら、どうして?」
「飴と鞭です、信用度が高い人から来て頂いて、緩やかにお仕事をした後はそのまま休暇を過ごして頂く。四家全部から来て頂ければ偏りも少ないでしょうし、後宮を回すのにも問題は無いかと」
確かに労いの場も必要だから、と案が通ったのだし。
「成程ね」
「あ、文章の方は今は問題有りません、ありがとうございました」
「いえいえ、じゃあまたね、枇杷ちゃん」
「はいー」
コレ、中央の訛りなのかしら。
「ねぇ、それって中央の訛りなの?」
「あぁ、まぁ、かもですねぇ」
やっと部屋に帰って来れた。
夏場とは違って女の匂いは軽くなってるけど、しんどい、誰かが花霞に会う時に付き添うのが1番しんどい。
『毎回、何で俺が女装して行かないといけないの?』
「コレもある意味では交渉事、慣れた相手が居る方が良いのよ、お互いにね」
《すまない、ありがとう》
『大きな恩だからな?』
「あら、けど見極めや見定める必要が有るのよね?雨泽ちゃん」
確かに女装のお陰で色々と見回る事は出来る、それこそ男だと聞けそうも無い話も聞けるけど。
『はぁ』
「気怠げな溜息も可愛いわね」
《何か嫌な事でも有ったのか?》
『お前にはこの格好が嫌だとか言う考えはないんだな?』
《特には無い》
『変態』
「はいはいはい、それで、良い子は居たの?」
『居ない』
「まぁ、まだ日は有るけれど。そうね、春蕾はどう思う?雨泽に相性が良さそうな子」
《薔薇姫》
『使い倒されるのは嫌だ、却下』
《绣墩草》
『玄・小鈴か、アレは弱そうに見えるけど薔薇姫と花霞と仲が良い時点で相当だからな?却下』
《愚かでか弱いのが良いのか、ならあの》
『火棘とか絶対に無理、有り得ない、マジでアレの何が良いの?』
《それは多分、暁霧に刺さってると思うが》
『あ、ごめん』
って言うか最終的に春蕾が刺したけどな。
「頼られる事が、認めて貰えた事が、凄く嬉しかったの。そのままで良い、ありのままで良い、無理に頑張らなくても十分にアナタは素敵よ。好きよ、愛してる、出会う時期が少しズレてしまっただけで私達は運命の相手。って今はもうそんな事を言う大人が居たら先ずは走って逃げてから、他の大人に相談しなさい、って言うけれど。好かれたい、認められたいって気持ちが有るとね、そうした言葉を容易く受け入れちゃうのよ」
《花霞に好きだと言われたら、疑わずに鵜呑みにすると思う》
「分かるわ、追い掛けて振り向いて貰えた時の快感、軟派な者の気持ちが分かった気がしたもの」
『軟派なヤツはそこで飽きるんでしょ?』
「それね、私、思うのだけれど、極端に臆病なのだと思うの。致せば出来るのが常識、致す事も婚姻も好意を寄せる事も避けるって事は、何の責任も負いたくないんじゃないかしら」
『はいはい、ごめんね、好きなだけ言い返して良いよ』
「そんな餓鬼っぽい事するワケ無いじゃない?」
『今したじゃんか?』
「あら自覚が有るの?」
『他と違って物好きじゃないだけ、好き好んで敢えて面倒を背負おうとするのが分からない。寧ろ四家としては、動揺するのも応じるのも違うと思う、利を最優先させるべきじゃね?』
「乱世ならね、けど平定された世なら好き勝手しても良いんじゃない?」
『まぁ、良いんじゃない、俺の人生じゃないもの』
「でも春蕾には構うわよね?」
『急に抜ける部分が出るし、変態と知って野放しには出来ないでしょうよ』
《ありがとう雨泽》
『おうおう、恩に着れ』
敢えて態々険しい道を選んで、大変だった苦労した、って言うの。
凄い愚かに見えるんだよね。
命に関わるワケでも無い。
そもそも乱世でも無いのに、他に道が有る筈なのに、敢えて苦労を背負い込んで嘆く。
自分は愚か者だと言い触らしている様なものなのに。
情を言い訳にして、愚かさをひけらかして何がしたいのか。
同情?
同情が欲しくて、凄いと言われたくて?
馬鹿だ、としか思わない、本気で意味が分からない。
 




