対峙。
「春蕾さんが、お姉様?」
《はい、ですが変更も可能ですよ》
「いえ、宜しくお願い致します、字は御柳梅だそうです」
《私の字は叶牡丹、だそうです》
葉牡丹は、確か。
「良い意味ばかりの縁起物ですね」
《だそうで、御柳梅については知ってますか?》
「御柳なら葉が柔らかいとかは知ってるんですけど、柄にはしませんね、特に逸話も無いので」
《とある暖かい国のお花で、1番近くでは扶桑国に有る、新しい花だそうですよ》
「へー」
小鈴知ってるかな。
「今良いかしらー」
「えっ、あ、はいはい、どうしたんですか暁霧さん」
「ちょっと、火棘の事で良いかしら?」
「ココでも火棘なんですね」
「まぁ、ちょっとね」
「でも、いえ、はい、行きます」
「叶牡丹も来て頂戴」
《はい、承りました》
あ、そう挨拶しなきゃだった。
いかん、気を付けないと。
「すみません、気が抜けた返事をしてしまって」
「あ、良いのよ、叶牡丹も知り合いだもの」
「あ、そうなんですね」
あ、そう言えば面白い黒子の見習いさん、何処の配属だろ。
って言うか、急いでる。
何だろう、緊張してるみたいだし。
《暁霧さん、向こうは》
「ごめんなさい、守るから大丈夫よ」
ん、何事なんだろう。
と言うか、誰の事を守る?
おや、怒声が。
《どうせ私は要らない子なの!》
「火棘さん?凄い、何か」
「ごめんなさい、きっとコレから嫌な思いをさせるわ」
「あ、はい?」
修羅場に入っちゃうんだ。
とか思ってドキドキして入ったら、私の修羅場も待ってた。
《花霞、桂花》
花霞の顔色が真っ青になったかと思うと、今度は真っ赤になり。
俺の手を振り払ったかと思うと、座り込む老婆に向かって。
「テメェ生きてたかクソババァ!コッチはピンピンしてんぞ!嘘つき!死ね!お前が死ね!」
「待って枇杷ちゃん、待って、何が有ったか聞かせてくれない?」
間に入った暁霧さんを見る事も無く、老婆を睨み続け。
「私の顔を見て直ぐに死ぬって、家族も不幸になるって、鬼みたいな顔で、小さい私を見下げて、大通りで、皆の前で」
花霞はコレ以上泣かない様に、必死で涙を堪えて。
《ごめんなさい、当主としても謝罪を、ウチの者が大変失礼致しました。ですが当時も今も彼女に易者の能力は有りません、病を発症し妄言を吐いただけですので、どうか、言った事は何1つ信じないで下さい》
ご当主の臘梅様は、老婆と暁霧さんの間に入り。
膝を折り、頭を下げた。
「多分、御当主様のお母様ですよね、じゃあ、誰の何を信じれば良いんですか?」
《易は死を占いません、例え分かっても言ってはならないのです。生きる為、終わらせない為の易、生かす易だけを信じて下さい》
暁霧の衣が裂けそうになる程、強く握り締めている。
真っ白になる程、強く。
「その人、殴ったらダメですか?」
《姫様にお怪我をさせるワケにはいきませんので、どうか私の手でご容赦を》
当主は立ち上がりながら大きく振りかぶり、老婆の頬を思い切り打ち抜いた。
その表情に悲しみは無く怒りだけ、そのまま2度、3度。
「私は、今はもう良いです」
《では、ソチラのご家族は、紗那さんはどうしたいですか》
長い沈黙が続く中。
不意に花霞が暁霧さんから離れ、俺の袖口に。
《桂花》
「すみません、取り乱しました」
それから更に長い沈黙の後、口を開いたのは火棘だった。
《分かんない》
『分からないじゃない!お前が決めるんだ!お前は、もう少しで、大人に、親になるかも知れないんだぞ』
火棘の父親らしき人物は、手を振り上げたまま。
「私、下がらせて下さい」
《あぁ、構わないよ、すまないね》
「いえ、では、失礼致します」
いつも一緒に要る者への癖なのか、花霞が腕に巻き付いて来た。
そして歩き出すと、ぴったりとくっついたまま、半ば放心状態のまま。
案内された部屋に入っても、自ら動く事は無く。
《花霞、座って》
「あ、はい、すみません」
《大丈夫、寛いで》
距離を開けられ、添えた手を退けられてしまった。
「春蕾さんは宦官ですよね?良いんですか?最悪はこんなのを本当に娶らないといけなくなりますよ?」
確かに宦官でも婚姻は可能。
けれどまさか、宦官だと思われていたとは。
《どうして宦官だと》
「私が半ばそうだからです、2日目にお会いした時に気付いたんです、同じかも知れないって」
中央の性質とされる、半陰陽。
《だから冥婚を》
「いえ、アレは同性としてです、偶に自分の事も忘れちゃうんです、自分の性別も忘れちゃうんです」
表情には悲しみと怒りと、自己嫌悪と。
《結婚しましょう》
様子を伺いに来てみたら、何て事になってるのかしら。
「何故?」
《嫌ですか?》
「私、凄い状態を見せてしまったんですが」
《止められて止まりましたし、誰に被害も出てません》
「いえ、老婆を叩けと、当主樣に、娘さんに言っちゃったんですよ?」
《強制はしてませんよね》
「けど」
この問答、多分、今は無益よね。
「失礼しても良いかしらー」
混乱して直ぐには、流石に立ち直れないわよね。
ごめんなさい、本当に。
「あ、はい、どうぞ」
少し間を空けて入ってみたけれど。
「あら、泣き止んじゃったかしらね?」
「先程は大変失礼致しました」
「良いの良いの、コチラこそ急にごめんなさいね、もう少し穏便に顔を確認して貰おうかと思ったのだけど、ごめんなさいね」
「いえ、何となく事情は分かりました、あの子も被害者なんですよね」
「そうなの、今日の話し合いで急に発覚して。ごめんなさい」
少し状況は違うけれど、郁久閭家に彼女が向かい、同じ様に妄言を吐いた。
そしてご家族は信じてしまった。
家を滅ぼす子だ、と。
花霞ちゃんとは逆に、その通りになりそうね。
「アレは、薬で抑えてるんですよね」
「そうよ、先代当主の元正妻なの。難産の後、産めなくなった後、お酒と男の中毒になり。閉じ込めても逃げ出して、一時期行方不明になった事が、何回か有ったそうなの」
「私達だけなんでしょうかね、被害は」
「予想では、アナタ達が最後」
「皮だけじゃ、意外と分からなかったかもですね、生きててくれないと、分からなかったかも知れません」
「初日にごめんなさいね」
「いえ、落ち着いて仕事が出来なかったと思うので、コレで良かったと思います」
さっきとはまるで別人。
今までとも違って、無表情。
まだ憤りも悲しみも有るでしょうに、良く抑えてくれている。
「もう実家に帰っても良いのよ?」
「中途半端は嫌ですし、戻ってもどうにかなる事では無いので、出来れば、居たいんですが」
《俺は宦官だと思われてます》
「あぁ、話の途中だったのね、部屋割なら大丈夫、この子の寝起きは他でさせるから」
「あの、仕事を」
「この事を考慮して、体調を崩したと言って少し休みなさい、集中出来無いでしょう」
「はい、ありがとうございます」
「詳しくは後で伝えるから、今日はもう下がって」
「はい、失礼します」
今年の冬の墨家は波乱万丈だ、と易で出たとは聞いていたが。
初日でコレか。
当主になって初めての大混乱と言って良いだろうな、全く。
「下がらせておきましたよ」
《はぁ、すまんね霧ちゃん》
「いえいえ、他家であっても当主様を支えるのが私達の役目、ですから」
《火棘の事は退宮となった、未成年の妊婦は置いてはおけない。そして今回の騒動は四家全てに伝える》
「賢明なご判断だと思いますわ」
《はぁ、殺してぇ》
「ウチの枇杷ちゃん、御柳梅が申しておりましたよ、皮だけで見せられても本人だとは分からなかったかも知れない。と、生きる悪しき見本がしっかり仕事をしたかと」
《被害者はもう出て来ない筈だし、もう殺して良いだろ?》
「せめてお子様がご結婚なさってからの方が良いんじゃないかしら」
《ウチのは上がまだ14なんだが》
「市井では少しすれば殆ど結婚しますよ」
《良いのが居なかったんだ、仕方無いだろう》
「あら」
《今回の組に居るらしい、私の方でも出た、居る可能性は高い》
「あら、枇杷ちゃんだったりして」
《有り得るのが困る、私の産みの親に害された子だぞ?》
「だから良いんじゃないですか、力加減の均衡が保ち易いですし」
《逆の立場でだ、ウチの子にそんな思いはさせたくない。それに、あの子にはそんな欲は無いのだろう、命でも相でも、卜ですらも出ている》
それでも、最も長く安寧に家を継がせられる相性なら、当主としては彼女を選ばなくてはならない。
1人の犠牲で済むなら、大勢を救えるなら。
「まだ下の子は小さいんですし、臘月も居るんですから、まだ全てを決めるには早いのでは?」
《だがもう良い年なのに、だ、誰にも興味を示さない。不能か?男色なのか?なら私に言ってくれても良いだろうに》
「例えそうだったとしても、家族思いだとすれば、だからこそ言い出し難いものなんですよ」
《孝行の為に真実を言えと、臘月を諭しておいてくれないか》
「はい、畏まりました」
好いた者が居れば、多少なりともやり様が有る。
名を変え人相を変えさせ、そうして僅かにでも運勢を変えさせ、多少なりとも長続きさせてやれると言うのに。
「枇杷ちゃんの様子はどう?春蕾」
『無駄無駄、フラれたのかって位に落ち込んだまま部屋に入って来て、隅でずっと小さくなったまま何も話さないの。一応、声を掛けてみたんだけど、1人になりたいって言われてトボトボと帰って来たんだって』
「完全に距離を置かれちゃってたものねぇ」
『あー、泣くなってばぁ』
「結婚しよう、だなんて」
『は?お前、何言ってんの?』
「ずーっと宦官だって思われてたのよ、あの子も半陰陽だから分かったみたい」
『あぁ、中央の性質だもんな』
「で、宦官でも結婚出来るから、申し込んじゃったってワケ」
『お前さぁ、嘘は重ねたくないって言ってたじゃん?』
「まぁ、あの雰囲気からして言っちゃったのは分かるけれど、悪手よね」
『本当、マジで何やってんの』
本当、あの場で承諾されても。
あぁ、だから落ち込んでるのね、余計に。
「まぁ、落ち着いてはいるなら良いわ、挨拶回りに行くわよ」
『今?この状態で?』
「だからよ、さ、行くわよ」
『ほら、行くよ春蕾』
迂闊に責められないわよね。
だって気持ちは分かるんだもの。
「どうも、ご挨拶に参りました、白家の暁霧で御座います」
《臘月と申します、宜しくお願いします、暁兄》
可愛いわねぇ、本当。
「あんなにちっちゃかった子が、もうこんなにって、覚えて無いわよね、3才だったかしら」
《すみません、ですが母上から絵姿を良く見せて貰っていたので、お顔は良く存じております》
あら賢い子、顔だけしか知らないわよ、だなんて。
「なら他の子も分かるわね」
《はい、藍家の春蕾さん。朱家の雨泽さん、ですよね?》
『はい、雨泽と申します』
《春蕾です》
春蕾は女装してるのに見抜くなんて、ずば抜けた慧眼持ち。
長男であり当主候補。
けど、子供って成長するから分からないのよ、時に適正は育つモノ。
でも向いてるから、と言って、その子にやる気が有るかは別で。
「単刀直入に聞くわね、好いてる子は?男色家なの?」
あぁ、だから俺等を呼んだんだ。
色物が揃ってるから何を言っても大丈夫だ、と示す為に。
《好いた者が居ないので、男色家かどうかも分からないんです》
『へー、俺も好いた者は居ないけど、男色は否定してるよ』
《それは、どうやって否定出来たんですか?》
コイツ精通。
してるのか。
『男を抱くと想像しただけで嫌悪感が湧く』
《抱かれるのも》
『いや同じ意味でしょうよ?』
《随分と具合が違うそうですよ?》
『性的快楽の問題じゃなくて、心持ちの』
《好いた事が無いのに?》
何で知っ。
情報が渡ってるのか、易者の家系だからか。
「どうして分かったのかしら?」
《人相と言うか、雰囲気、ですかね》
「この慧眼持ちだから当主候補なのよね」
『あぁ、だから素直に人を好く事が出来無い、と』
「自分ではどう思うのかしら?」
《かも知れませんね》
「そう、なら面白い子を紹介してあげる」
《暁霧さん》
『えっ、何でややこしくすんの?』
「私達の最優先事項は当主を支える事、例えそれが他家でも同じ。けど選ぶのは向こう、過度に選択肢を狭めるのは相手の為にならないわよ?」
《易で出たんですね、僕の運命の相手かも知れない人が》
「はい」
春蕾、放心状態じゃんか。
『分かるけど、こんな風に』
「影で引き合わせるよりマシでしょう。それに弱った状態でフラフラさせるより、今こそ地盤固めには最適じゃない?」
《雨降って地固まる、ですね》
『けどさぁ』
《無理に奪おうとは思いませんので》
《それは恋を、情愛を知らないから言える事ですよ》
「まぁ、そうね。でも、あの子の気持ちは誰の手元にも無い、敬愛や友情の念が有ったとしても、情愛には及ばない。決めるのはあの子、それとも選ばせないで得て、安心出来るの?」
《いいえ》
「はい、じゃあ呼んで貰いましょう」
性質どころか命運、占いで相手が分かる、決められる。
だなんて。
俺なら絶対に嫌なのに。




