遭遇。
「卤煮ウマー」
豆腐とすいとん入りのモツ煮。
七味欲しい気もするけど、コレはコレでアリ。
『うん、水餃子には黒酢ですよ』
《あら甜麺醤も意外と良いのよ?》
下味がしっかり付いてるけど、味変的には。
「ラムは黒酢、豚は甜麺醤、牛と茴香の搭褳火焼は醤」
『まぁ、アリですね』
《まぁ、妥当かも知れないわね》
「でしょう」
お野菜は芥子菜炒めと葱油芋儿、里芋の葱塩炒めホクトロ。
明日はお魚かな。
やっぱり旅は1人より3人ですよね、食道楽的にも。
《はぁ、もう夜だけど、結構早く着いちゃったわね》
毎日、乗り合い馬車でギリギリまで移動して、寝て起きては馬車。
を敢行しましたからね、もうね、ケツの肉が捥げ。
「あ、暁霧さんだ、何で」
《はいはい》
『またまたぁ、そんな』
時が、止まった。
「こんばんは、お姫様方」
「こんばんは、何でココに?」
「お夜食をね、花霞ちゃん、お口に付いてるわよ」
「あぁ、失礼しました」
『あの、何か有ったんですか?』
「いえね、届け物と休暇で来たの。で今はお夜食の買い出し」
「こんな寒い北京に」
「そうなの、雪が見たくて」
「あぁ、成程」
《その、凄く寒いですわよ?》
「本当にもうね、あ、お宿は決まった?」
『いえ、コレからでして』
「なら私達が泊まってる所に来なさいよ、良い湯殿が一緒になってて、炬燵付きよ」
「お金が」
《ちょっと足りない位は貸してあげるわ、無利子で》
『だそうなので宜しくお願いします』
コレで少しは、花霞に借りが返せるかしらね。
「あの」
「あぁ、この子は道中で知り合った墨家に行く予定の子なんだけど、ごめんなさいね人見知りで」
『あ、いえ、宜しくお願いします』
《どうも》
「じゃ、行きましょうか」
整ったお顔をしてそうなのに、痣だけならまだしも、絶妙な位置の黒子が難点ね。
「それなりに良いお値段がしましたねぇ」
私や美雨でも少し高いな、と思うお宿なんですけど。
お部屋が暖かいんですよね、しかもそこまで乾燥もしてない、しかも部屋に厠付き。
《返済はいつでも良いわよ花霞、強行日程に付き合ってくれたんだし》
『流石に気付いちゃいましたか』
《そりゃね、けど段々と逃避行みたいで、楽しくなっちゃったのよね》
『分かります、追われてるって思っ、花霞?』
長椅子の寝心地が良いのか、すっかり寝息を立てて。
《ずっと起きててくれたのよね、乗り合い馬車で》
『ですね、休憩の合間に言われたんです、良いお友達ねって』
荷物と私達の見張りを、ずっとしてくれていた。
しかも両脇に私達を抱えて、痴漢と寒さから守ってくれていた。
《本当、こうして寝ちゃうのまで、完璧よね》
私も、もし花霞が男の子だったら、婚約者だったら幸せなんだろうなって。
でも、婚約者が居ないんですよね、こんなに良い子なのに。
『書き置きしてお風呂に行きましょうか』
《そうね》
やっぱり春蕾はキモい。
偶然を装う為に、ずっと戸口から廊下を覗き見してる。
『キモい』
「しょうがないじゃない、折角会えたのに気付かれ無かったんだもの」
帰って来るなり湯殿に行って直ぐに戻って来て、コレ。
キモい。
『キモい』
「はいはい、思春期にありがちな理解が及ばない事をキモい言うの止めなさい、餓鬼っぽいわよ雨泽ちゃん。はい、お湯よ春蕾、温まりなさい」
《ありがとうございます》
「じゃ、私は先に寝るわね、おやすみ」
『おやすみ』
《おやすみなさい》
ずーっと覗き見てんの。
何考えてんだろ。
『ねぇ』
《シッ》
花霞以外の2人が湯殿から帰って来て、けど花霞は出て来ず。
『マジでさ、何考えてんの?』
《名乗ってみて、どう反応されるか、何通りも想像し続けてる》
『最悪の場合は?』
《騙されたと、泣かれて、嫌われる》
『そしたら双子だって事にしちゃえば?』
《いや、嘘を重ねたく無い、出来たら結婚したい》
『子供が出来無くても?予備として子孫を残さなきゃならなくても?』
《嫌われる様に、別れる》
『答えないだろうけどさ、何が良いの?』
俺にも暁霧にも興味を持たれたく無いから、絶対に言わないんだろうなとは思ってるけど。
少し心配になるじゃん、騙されてるんじゃないのかって。
《全部》
『嫌な面が見えたら?』
《花霞にそんな面は無い》
『寝相が悪い、歯軋り凄い』
《優しく直す、さする》
『具体的な対処法を言えってワケじゃ、つか何で惚れたの?何に惚れたの?』
《花霞か花霞の親族だけに言う》
『もー、別に取らないのに』
《雨泽を信じてる、けど花霞の魅力も信じてる》
それから暫くして廊下の明かりが消えて、向かいの部屋の明かりも消えた。
静か。
静か過ぎて隣の人のイビキが聞こえる。
『もう寝てて明朝に風呂に行くのかもだし、こんだけ静かなら風呂に行くのも分かるだろうし。明るい所でも髭も化粧も気にしなくて良いんだし、寝とけって』
《分かった》
毛色以外は普通に見えるのに、本当、何が良いんだろ。
『お義父さん、あそこまで馬鹿ってどう言う事ですか!』
《そうですよ、幾らなんでもあんなんじゃ、何処に行っても直ぐに捨てられちゃうわ》
《いや、だが貞操観念はしっかり教えたんだ》
『そうですよ、病気についてもちゃんと教えたわよ』
『だとしても、結婚前の男女が同じ宿の同じ部屋なんて。分かってるんですか、借金まみれのココを、俺が持ち直したんですよ?!』
私、彼とは何もしてないのに。
《すまない》
《お父さん、お母さん、次の子にはもう少し厳しく躾けて下さいね》
『あぁ、5人目かい、目出度いねぇ』
私には、1人の妹だけって。
お母さんは、身体が弱いんじゃなかったの?
『いえ、4人目です、あの子は占いによりウチに害を及ぼすと言われた。でもアナタ達がどうにかすると言うから預けた、なのにあの子のせいで家が滅んだら、墓にすら入れず砂漠に遺灰を撒きますからね』
《すまない》
『ごめんなさい』
お茶を飲み過ぎなければ、厠に行かなければ。
私は何も知らないで居られたのに。
あの人は、どうしてるんだろう。
《甘く育てた事を後悔している》
『全く!何を考えているの、結婚前に同じ部屋に泊まるだなんて』
『えっ?』
《まぁ良い、記録は取りに行かせている、家から出るなよ》
『親族にまで事は及んでいるのよ、最悪は四家巡りを九族9年禁止になるの、分かったわね』
『はい、すみませんでした』
俺は、仕事はちゃんとしたし。
彼女とは同じ宿にすら泊まって無いのに。
美雨か?
美雨が何か言ったのか?
「それで?私に用って何かしら?」
『美雨が何か言ったんですか?』
「いいえ、あの子からも同行したご友人からも、何も聞いて無いわよ」
『けど、俺が彼女と同じ部屋に泊まったとか、根も葉も無い事を両親から言われて』
あら、コレはちょっと厄介ね。
「そう、じゃあココに戻るまでの工程表、どの宿に泊まったか日付含めて書いて頂戴」
『はい』
確かに東に買い付けには行って、土用直前に中央に入って、西へ。
となると、朱家の青燕が確認を怠ったか、火棘の同行者が嘘を書いたか。
「アナタ、今の婚約者を愛してる?」
『はい』
「何が有っても見捨てないわよね?」
『例え老いても病になっても、添い遂げます』
青臭い定型文。
嫌だわ、確かにちょっと、春蕾ちゃんに毒されてるかも知れないわね。
あの情熱に比べたら、見ないフリしてるだけの餓鬼。
「そう、覆さないであげてね、可哀想だから」
アナタを好きだった北朱雀が、ね。




