霜始降。
「はーい、暫くお宿係したいでーす」
《良いけど、だからって北京烤鸭は奢らないわよ?》
「もちもちお餅、湯屋の評判を聞こうと思って」
『あぁ、成程』
《じゃ、お任せするわね》
「じゃ、行ってきまーす」
《あぁ、いらっしゃい?通じるかしら?》
「生まれも育ちも中央なので大丈夫ですよ、四家巡り中なんです」
前世と違って国内の言語の分断が少ないんですよね。
まぁ、このオバチャンの場合は私を国外の者と、思っての対応なんですけど。
《あら本当、大変ねぇ》
「それで宿を取りたいんですけど、この名前の方々と一緒は嫌で、確認したいなーと」
《あら揉め事かい?》
「色々とまぁ、この毛色も有るので」
《成程ね、ちょっと待ってて頂戴ね》
そして懸念してた通り、火棘の婚約者が道中のお宿に。
さぞかしいかがわしい事をなさるんでしょうね、ウチの薔薇姫様は真面目に貞操守ってたでしょうし、男が落ちるってそう言う事でしょうし。
「お手数お掛けしました、ほんの気持ちです、使って下さい」
《あら素敵な包袱じゃない》
「ウチの実家が包袱屋でして、お得意さんに渡してる特別な包袱なんです」
ウチのロゴ入り、謂わば宣伝用ですね。
《あら悪いわねぇ》
「いえいえ、ご親切にして頂いたお礼ですから」
《じゃ、知り合いの店を紹介してやんないとね》
「ありがとうございます」
コチラは宣伝出来て、ココは他店に恩を売れる。
Win-Winですな。
《花霞》
『ココはちょっと、豪華過ぎでは?』
「大丈夫ですよ、先払いで1人辺りコレで済みましたから」
《それ大丈夫なの?》
「の筈です、伺った先がいっぱいで案内を。はい、領収証」
『本当だ、凄い』
通りの目の前は食事処、宿は湯殿が一緒になってて、湯冷めしないで済む。
花霞が中央の子、だからかしら。
「さ、荷を置いてご飯に行きましょ」
向かった先は少し戻った場所に有る、良い匂いのお店。
煲仔飯屋、私コレ、好きなのよ。
《あぁ、けど待たないと》
「もう既に頼んじゃいました、コレとコレとコレなんですけど」
『私は良いですけど』
《完璧過ぎじゃない?》
「案内の途中で見掛けて頼んじゃいました」
『偉い、食べましょ』
雲呑と青菜炒めを頼んで暫くすると、全てが揃って。
「はい、では頂きましょう」
花霞が婚約者だったら良かったのに。
《花霞が婚約者だったら良かったのに》
『そうですねぇ』
「いやー、女ならではの繊細な気遣い?的な?」
《手の冷えが玉にキズだわね》
「夏場は涼を取ってたじゃないですかぁ」
『身体はポカポカなんですけどねぇ』
《本当よ、ね》
美雨が真っ先に眠るなんて、珍しい。
『寝ちゃってますね』
「ね、厠に行きたいのに」
『あら、はいはい、どうぞ』
「どーもー」
良い機会ですし、ちょっと話し合わないと。
『花霞』
「ん?小鈴もウンコ?」
『ちょっと話し合いませんか?火棘対策』
「だね」
けど、今回は既に対策済みで。
『もしかしたら、美雨はそれに気付いて、あんな事を』
「まぁ、次だよね。今回は良いオバチャンに当たって、乗り合い馬車が食事処の直ぐ先なんだって。で、飯屋でゆっくりして、朝1番でギリギリ先まで行こうかな、と」
『そうしましょう、先手必勝』
そして直ぐに私達も寝て。
《はぁ、美味しかった》
「扶桑国の鹹豆漿、絶対に気に入ると思ったんですよねぇ」
『美雨は黒酢が苦手ですもんね』
《柑橘は好きよ、けどアレはダメ、匂いも味もダメ》
「肉と合うんですけどねぇ」
『あー、やっぱり北京名物は涮羊肉ですかね?』
《卤煮、炒肝儿》
「内臓が丈夫になりそう」
《炸灌肠の偽物、硬い芋揚げで花霞の好きなガリガリよ》
「コレ?」
『いつの間に』
「昨日買った」
《あら、けどニンニク臭く無いのね?》
『油も良い香り』
「梅塩味」
『あー、美味しそう』
《お姉さん、肉入り包子頂戴》
《あいよー》
「控えめに、とか言って無かった?」
《話してたら食べたくなっちゃったんだもの》
『黒酢が合うんですけどねぇ』
「でも北京料理って黒酢合わせる感じじゃないよね」
『あー、確かに』
《刀削麺、水餃子》
『黒酢』
《塩か醤だけで良いの》
《はいお待ちー》
「どもー」
もう慣れたけど、毎回乗り合い馬車に乗る度に2人を小脇に抱えるから、両手に花状態。
コレ、半陰陽だってバレたら殺されるのかしら。
『はっ』
「まだだよ小鈴」
《んん》
朝1番を選んだのは婚約者問題は勿論なのだけど、皆が寝て、お喋りが少ないから。
衛生観念は良いけど、予防接種は天然痘とかだけ、だから無症状の保菌者がお喋りを続けただけで一気に広まる。
冷えと乾燥は本当にヤバいんです。
悪い事かもだけど、火棘に問題が起きて暫く移動出来なくなれば良いのにな、と思う。
配慮無しめ、コッチの出る時期を早めに漏らしたんだから、せめて時期をズラして欲しかったわ。
「あら、伝書紙じゃない」
『あ、俺に来た。うん、青燕だ』
《花霞に何か》
『火は2つ、花により無事回避、1番便、最速で向かう可能性アリ』
「あぁ、火棘ね、ズラせと言っておいたのに」
《どうにか花霞に良い宿へ泊まって貰いたいんですが》
「そうねぇ、鉢合わせが狙えない場所へ誘導したいのだけど」
『火棘の方は両家知ってるのかね、合いびきだの一緒に居る事』
「あぁ、確認に行くのも良いわね、お買い物のついでに」
両家は北都北京の外、俺達がいる北西部に居と店を構えている。
どちらも商家。
『じゃあ俺は部屋を温めてる』
「なら早く帰って来ないとね、行き、ちょっと化粧で誤魔化しましょうか春蕾」
俺は何をされるのかと思えば。
『絶妙な位置の黒子、不細工』
「コレ、ポイントはソバカスなのよ、黒子だけだと勿体無いって程度になるから」
『あー、捥いでも不細工ぽいのか』
「そうそう、じゃ、行きましょう」
俺は暁霧さんの従者として、先ずは火棘の実家へ。
《まぁ、何て馬鹿な事を》
「説得はしたんですけどね、日付けをズラすべきだ、と」
『大変、申し訳御座いません』
「躍起になられても困るので、両家で話し合って、宿では無く家に泊めて頂けません?」
『はい、その様に』
「じゃあ一緒に向かいましょう、婚約者様の家に」
本当に話し合うかの確認がコレで済む、筈が。
《ウチのは、東に買い付けに行った筈で》
「あらそうですか、じゃあ違う男なのかしらね」
『確かにウチの娘は愚かかも知れませんが、貞操観念だけはしっかりさせた、と』
《ウチのは未だ手を出してないと言ってますし、確認してみましょうか》
『そんなのは幾らでも』
《ソチラこそ》
「言い争いを聞きに来たのでは無いのだけど、ご両家は何もなさらないって事で良いかしら?」
『いえ』
《関所にて見張りを起き、各家庭で引き取る、墨家の門が開く霎時施まで留め置く。で、宜しいでしょうか》
「そうね、では取り決めの文章として残しましょう、破った場合は両家九族が9年間の四家巡り禁止」
『そんな』
《破らなければ良いのですよ、直ぐに準備を》
「いえ、もう用意して有るわ。はい、どうぞ」
念の為に用意したけど、本当に使うなんてね。
《ありがとうございます》
「良いのよ、花霞ちゃんの為だけじゃないのだし、偶には本家自らが出て引き締めるのも大切だもの」
焼いた石を入れた炬燵、ヤバい、出れない。
『あ、お帰り』
「はい、炒肝儿」
『何コレ』
「レバー餡掛け、北京名物だそうよ」
《それと肉入り包子》
『あぁ、ついに胸が生えたのかと思った』
「でしょ、さ、お風呂に入って来るから炬燵の中に入れといて」
『はーい』
こんなんで俺、越冬出来るのかな。




