霜降。
暁霧が、本当に付いて来た。
しかも、ちゃんと男の姿で。
「はぁ、久し振りの娑婆だわぁ」
『だからって、何で女の多い飯屋に』
「ココの鴨料理が美味しいって評判なんですもん、だから、きっとあの子達も来るかなと思って」
《あぁ、ありがとうございます》
目立つ、凄い目立ってる。
見た目だけなら春蕾、色気と愛想は暁霧。
目立つ、凄く面倒臭い。
『面倒臭い』
「人の顔見て溜め息交じりに言わないの」
《流石に失礼だろ、女装もしてないのに》
『だって凄く目立ってるんだもん、2人のせいで』
「アンタも中々の外見よ?」
《似合うと思うぞ、女装》
『要らない、そんな属性要らない』
子女の注目を集めたら絶対に面倒な事になりそうなのに、何でコイツら気にしないんだろう。
「本当、面倒臭がりねぇ」
『無益な面倒が好きって、意味が分からない』
「で、意味が見出だせないだけじゃないのか、だから困りたい。でも何もかも避けてたら堂々巡りよ?」
『分かってる、けど』
《雨泽》
《お待たせ致しましたー、北京烤鸭でーす》
「まぁ綺麗、美味しそうね、ありがとう」
愛想を売る理由が有るから売る。
好意が無くても勘違いする奴が居る、なら、程々にした方が良いのに。
「はー、美味しかったけど手間が凄い」
《そうねぇ、彩り鮮やかで、食材が揃う時期も限られるものね》
最後のお仕事が北京烤鸭だったんですよねぇ。
丸焼きはお姉様方だったけど、野菜を良く洗って、刻んで。
薄餅は作り置きを殆どせず、食堂の様子を見ながら焼いて出して、シットリ感と暖かさを大切に。
北京ダックと言ったらキュウリ、けどキュウリは夏から秋、冬や春の北京ダックだと添える野菜が変わっちゃう。
と言うか夏や雨季には北京ダックしないんだそうです、湿気が有るから、一夜干ししてこその美味しさなんだとか。
本当、如何に大変か身に沁みました。
『花霞の北京烤鸭の食べ方、アレは、一体?』
「アレ下品ですよねぇ」
《ふふふ、自分で言うのね》
「一芸になるかな、と思って中央でも練習したんですよぉ」
動画で見たアレ。
口に皮を当てると同時に甜麺醤を付けた具材を口へ押し込む、無限に吸い込まれるみたいで好きだったんですよ。
《ぶふっ》
『美雨っ』
「いやー、練習した甲斐が有りましたね」
《そんな、ふふっ、宴会芸まで》
「やっぱり商家って会合とか有るじゃないですか、ともすれば芸の1つも無いと有利に進められないかなーと」
『それは商家だから?中央だからなんですか?』
「あー、どうなんでしょう、姉に同行した時は普通に何もしなかったんですけど。豪商のオッチャンが腹芸して、凄い上手だったんですよねぇ」
気も良いし気前の良いオッチャンで、困ったらウチにおいでって。
金絲雀たんの親戚筋で、流石豪商、とか思ったもんです。
《はー、ふふっ、私も何か一芸を磨こうかしらね》
『腹芸を?!』
《ぶふっ》
「いや多分、普通は馬琴とか二胡とか、笛とかでは?」
『あー、ですよねぇ』
「そうそう、それこそ誰かと組んでも良いですしね」
『あぁ、成程』
「笛と蛇役で、私がこう蛇で、蛇使いごっことか」
『成程、酒宴ですものね』
《ふひっ、ふふっ、ふふふふ》
薔薇姫、変なスイッチ入っちゃいましたね。
「おはようございまーす」
『もー、聞いて下さいよ花霞』
「はいはい、薔薇姫が思い出し笑いし続けてましたか?」
《ふふっ》
『起きてる間ずっとですよもう』
《だって、あんな、吸い込まれる様に、ふふふ》
「からの腹芸で撃沈ですか」
《ウチの、叔父様も、凄くて、それを思い出したら、もう、ふふふっ》
「叔父様に食べ方を伝授して差し上げましょう」
《ひっ、ふふっ、お願ぃっ》
私、お父様の会合に同行した事も無いし、ウチの家系って全員下戸なんですよね。
私と母以外。
『良いなぁ、私の父って下戸なので』
「お酒は高い、嗜好品かお薬ですし、安上がりで羨ましいですけどねぇ?」
《あぁ、課税されるし扱いは厳しいものね》
「あっ、そっか、文洲は自家製造アリなんですもんね」
《隣も上もね、けど規制も分かるわ、飲み過ぎて問題になる事も有るし》
「慣れれば良いんですよ慣れれば、薔薇姫の馬乳酒が飲みたい」
《後1年後ね、未成年の自家製造は禁じられてるもの》
あ、コレ、今こそ言うべきなのかも。
『実は私、蒸留酒で、動物の死体を、保存してるんですけど』
「あぁ、標本ですよね、凄い」
《そのままで残せる貴重な方法よね》
『引かないんですね?』
「そら資料ですもん、ちゃんと見ました?アレ、病気の陰茎」
《アレは無理よ、ぁあ、鳥肌》
「あ、嫌々やらされて?」
『あ、いえ、違いますけど、気味悪がられる事が多くて』
《まぁ、言う相手を選ぶべきかも知れないけれど、どうして教えてくれたのかしら?》
『家に来たら、バレちゃうので』
「あ、じゃあ剥製とかも?」
《なら金雉の剥製が欲しいわよね、絶対に店先に置くと繁盛しそうだもの》
『可哀想、だとかは』
「んー、雛はちょっと可哀想かも?」
《でも資料よ?疫病や詐欺を防ぐのにも資料は欠かせない、じゃないと直ぐに騙されるわ滅びるわ。生きる知恵を可哀想だと言うなら、もっと他の良い代替案を出すか、死ねば良いのよ》
「あー、アレがソレ系ですか」
《そうなのよぉ、だからもう勝手に滅びれって感じ》
『あー、火棘さん、それっぽいですもんね』
「お、噂が」
《是非聞かせて?》
ぁあ、つい。
「えっ、十の位までしか計算が出来無い?」
『皆さんと違って大事にされてるから、と』
前から思ってたけれど。
《可哀想な子ね、商家の妻って事は、当主の代理の意味をも持つのに》
祖父母に育てられたらしいけど、それにしたって。
「アレですかね、妾として嫁がせる気だったのでは?」
《ぁあ、そうかも知れないわね》
『えっ?』
「アレですよ、本妻さんより頭が回らない方が安心ですから」
《本妻が優秀だけれど子に恵まれない場合、侍女として一時的に預かって、もし子が出来たら養子として迎え入れるの。妾は違法だけれど、侍女を雇うのと養子は合法だもの》
「で、有能だと正妻の座が脅かされる恐れが有るので、殆ど教養を身に付けさせないんだそうです」
『本当に、有るんですね』
「いやー、証明が難しいので、実際は不明ですけどね」
《明らかに似てたらね、そうなるわよね》
『凄い。ただのやっかみだと思ってました』
「それだけ小鈴の地区が良い地区って事ですよ」
《そうよ、実際は本当にただのやっかみなのかもだし、良い事よ小鈴》
「そうそう、知らなくても良い事って意外と有るんですよ、だって刑部の留置場の食事のマズさなんて知らない方が良いですし」
《そうね、何なら失恋の痛手も知らない方が、知って欲しくないわ》
『でも』
「真面目で優しくて向上心が有ると大変ですねぇ、よしよし」
《そうね、よしよし》
『あ、いえ、ちょっ、加減を』
「よーしよしよしよし」
《よしよーし、ふふふ》
花霞に倣って揉みくちゃにしてみたけど、アリね、この手。
『もう、髪が』
「あらついつい、更に可愛く直しましょうねぇ」
《そうねぇ、可愛くしてから移動の準備をしましょうねぇ》
気を逸らすのが本当に上手いわね、花霞。
『花霞は本当に、何でも出来ますね?』
「違う違う、姉に仕込まれただけですよ、意外と天職かも知れないし、お駄賃をあげるって」
《上手い具合に乗せられたわねぇ》
「なんですけど、ボーッと店番するのが1番性に合ってるんですよねぇ」
暇そうにしてると暇そうな人が来て、お喋りして、気前が良いと品物を買ってくれる。
雨なら雨で、本を読んだり、刺繍したり。
《確かに大通りなら、楽しそうね》
「楽しいですよぉ、流行も知れますし」
『成程』
《なのに、よね》
「お洒落もお金が掛かりますからねぇ」
『ですよねぇ』
道行く人のお洒落だとか、見るのは好きなんですけど。
この毛色なんでね、何か合わないなと思っちゃうんですよ。
《もしかしてアナタ、明るい色は汚すし面倒だ、とか思ってるんじゃないの》
「その通りでは?」
『似合いそうなのに』
「私服って殆ど着ないんですよ、店でもお仕着せ、子供の頃からお仕着せですし」
成長期に合わせて買うより貯金したい、って、可愛くない幼少期でしたねぇ。
本当、どうにか孝行しないと。
《道中、どうにか着せて遊びましょう》
『ですね』
「えー、それより北京烤鸭が食べたい」
《ぐふっ》
私、そんな面白い顔で食べてたのかしら。
「ごめんなさいね、既に意中の相手が居るの」
娑婆の女って確かに面倒ね。
『だから言ったじゃん』
「はいはいごめんなさいね、愛想を振り撒き過ぎました」
《暁霧さん》
「嘘よ嘘、花霞の事はどうとも思って無いから大丈夫」
『弱く無さそうだから?』
「はぁ、まぁ、そうかも知れないわね」
『アレから良いなと思う相手は居なかったの?』
「立ち枯れちゃったんだと思うわ、私も凄いウブだったもの」
『でも予備の自覚は有るんでしょ?』
「本当、狡賢いわね、最後までじゃなくても他の女と試したわよ」
『やっぱり好意と性欲は別物なんじゃん』
「別に常習じゃないわよ、今は数年に1回、指南役に反応するか確認させてるだけ」
《何もそこまで》
「孝行の1つよ、予備は機能するから安心して、ってだけよ」
『指南役を好きにはなんないの?』
「声も姿形も性別すらも分からないのに?無いわね、懸想しようも無いじゃない」
『へー』
はぁ、私も人の事が言えないわね。
実際に情愛を寄せられたら面倒だ、と思ってるんだもの。
こうして人の情愛を眺めるだけで充分だわ。
「よし、寝ましょう」
『はーい』
《はい》
冬の墨家は初めてね。




