金糸雀。
「そりゃアンタが勝手に処女だと思ってたからじゃないの?」
『いや、うん、ぶっちゃけ俺もちょっ、睨むな。そう言う意味じゃ無くて、情愛に疎いのかなと思ってたって事』
「まぁ、ウブであって欲しいし、自分が初恋で最後の相手なら最高だとは思うわ。けど良い子なんだし、弁えてるからこそ、いえ、寧ろ悲恋を経て、弁えてるのかも知れないわね」
あら、手加減失敗しちゃったかしら。
『追撃した』
「もー、どれに傷付いてるのよ」
《浮ついた、単なる、恋心なのかと》
『いや骨壷だの冥婚に乗れるのは恋を超えてるでしょうよ?』
「それはどうかしら、今は春蕾が一方的に好きなだけ。気持ちが通じ合っていざ向き合ってみたら、思ってたのと違う、なんて良く有る事よ」
狩りをし、競うのがオス。
孕み育てるのがメス。
根本が違うのよね、だからこそ偶に居るのよ。
得て満足してしまう者、釣った魚に餌をヤらない者、種だけ植える者が。
『だとしてもさ、俺は別に春蕾がそんな奴だとは』
「じゃあ違ったらアンタが責任取るの?傷付くのはあの子よ?傷が増えるとそれだけスレるの、どんどん諦めていく事になるのよ」
家族に愛されていても、家族にしか愛され無いのは辛い、他人に認めて貰えない不安が出る。
家族にも愛されない子も辛いでしょうけど、親無しとして頑張った分だけ他人に認められ易くなる、そんな風にどんな物事にも両面が有る。
どんな事も、良いか悪いかは時代次第。
《取り敢えず、分家する》
『仕事はどうすんの』
《中央で働き口を探す》
『名前はどうすんの』
《藍家の名は捨てる》
『今までお仕事のご経験は?』
《うっ》
『ウチ経由で紹介しても良いけど、完全に繋がりを断つのは難しいと思うよ?』
「そうね、相当何か得意で身を立てても、私達は最悪の場合の予備。そうなったら私情を捨てなきゃならないのよ」
疫病が何度か流行って、各家が其々に滅び掛けた事が有る。
だからこそ当主は男とは限らないし、王家だけは妾を持つ事を許されている。
血を繋げ、民と神々を繋げるのが王家。
四家の義務。
《本当に、中央に王家は無かったんでしょうか》
『何で急に』
「史実で、って事よね」
《はい》
多分、あの子の性質に気付いて、よね。
「なら、聞くべきはウチじゃなくて朱家よね」
『いや無いからね、中央政権が存在してたって文献』
まぁ、表には無いでしょうね。
有るべきではないんだもの。
《私、こうしてみると、男に興味が無いのかも知れないわ》
週2回、本館で宦官や男に混ざってのお仕事後に。
ウチの薔薇姫様、何を急に爆弾を落としますかね。
『どうして、そう思われたんですか?』
《だって、見てて楽しく無いんですもの》
「誰も?全く?暁霧さんも?」
《あの方は見てられるわ、所作も綺麗なんですもの》
「老けせ」
『比べてしまうと同年代が少し霞むのは分かります』
本館で関わる男性で未婚となると、殆どが同年代。
そら粗も目に付くでしょうけど。
私、中身年齢合わせると暁霧さんを超えちゃうからか、逆に引く。
薔薇姫相手でも、多分何か、引いちゃう。
《花霞は、年上は嫌なの?》
「んー、私達が幼いと思うって事は、向こうも幼いと思ってるかも知れない。幼いって愚かも含むと思うんですけど、それを愛されても、育てたいと思ってくれてたとしても、育ち切ったらどうすんの、と」
『何か、有ったんですか?』
コレも今世での学習なんですよねぇ。
「居たんですよ実際、16で娶って避妊しまくって24位で捨てる、それを2回繰り返した取り引き先が居て。まぁ、色々有って3回目は破談になって、暫くして同い年の寡婦を娶ったらしいんですけど。連れ子が13の子女で、流石に知り合いの家に預けてたそうです」
あら、コレ、珍しいんですかね。
《居るのね、実際》
『そんな大きなお店なんですか?』
「飲食店で、ウチの親族が専用の包袱を作っ。あ、美味しいは美味しいですよ、今度ご案内しま、す?」
《花霞、そうした情報を色々と持っているの?》
「あ、はい、裏方に人は居ましたけど、13にはもう1人でお店に出てたので」
店に出る3日前に教えられて、懐かしいなと思って見に行ったんですよねぇ。
女衆が近寄らないから男衆の溜まり場になってて、監視されてら、とか思ったもんです。
『私、かなり、守られてたんですね』
《そうね、寓話や創話では聞いてても、確かにそうした情報は遮断されてたわね》
コレは、やらかしましたかね。
「幻滅したり怯えて欲しくなかったんでしょうね、すみません」
『あっ、いえ』
《良いの、事実は神話より奇なり、私達の受け止め方の問題だから、良いのよ》
あー、コレ、確実にやっちゃいましたねぇ。
『怖いですね、自惚れって』
《そうね、私達は大丈夫、創話は創話だ。そう勝手に思い込んでいたのよね、子供の頃はお芝居や本を読んであんなに近くに感じて、信じていたのに》
人の不幸話も、噂話も、何処か遠い存在になっていた。
運命の相手に出会う恋物語も、四凶によって村が壊滅する物語も、いつからか遠い存在になっていた。
『でも花霞の言葉で、全てが混ざり合って、やっと形になった気がします』
年上が年上を娶る理由、それで被る利益や不利益。
それらを理解していた筈なのに。
《そうね。でも、やっと、真に理解したと思っても、きっとまだまだなのよね》
『そうですね』
《凄いわね、中央って》
『あれだけ整えられた場所だからこそ、なんですかね』
私達は田舎者。
だから、だけ、なのかしら。
「あら、私に相談?」
「はいー」
俺が暁霧の隣の部屋を掃除していると、花霞が。
コレ、春蕾呼んで来てやった方が良いのかな。
「良いわよ。それで、どうしたの」
「友人をビビらせてしまったみたいで、どうしたものかと」
アレをビビらせるって。
何をして、何を言えばビビらせられるんだ?
「もうちょっと具体的にお願い」
「あ、すみません、実は……」
昔話で聞く様な、ありがちな話。
金持ちの男が若い女を手に入れては捨て、果ては連れ子目当てと思われそうな再婚をして。
コレの何が怖いんだ?
「成程、男の怖さを分からせちゃった、と思ってるのね」
「はいー、ココで徐々に慣らしてる最中に刺激が強かったかな、と。ご指導の邪魔を、しちゃったかなと」
「まだ時間は有るわ、向こうに到着する直前じゃなくて良かったと思うし、コチラや向こうで更に気を付けるべき事が分かったから大丈夫。向こうが普通なら普通に接して、大概の事は時間が解決するから大丈夫よ」
「はいー」
「友人知人も親戚も夫婦も、どう足掻いても切れる縁って有るから、何が有っても気にしない、次で頑張んなさい」
「はい、ありがとうございました」
何でアレで逆に元気になるんだ。
『ねぇ』
「立ち聞き小僧、ちゃんと掃除してるの?」
『してる。何で最後ので逆に元気になんの?』
「理不尽な事で怒られた事が有るから、若しくは擦り付けられたか、不条理さを知ってるって事でしょう」
『あぁ、あの易者』
「それ以外にも有ったのかも知れないし、アレで更に酷い事が起こったか、良い事しか言われない方が不安なものよ」
『ある意味、見た目通り苦労してる?』
「守るにも限界は有るもの、無理も無いわ」
『どうしたらもっと苦労出来るかな?』
「アンタには難しいかも知れないわね、勘も頭も良いから困る様な事には早々ならないでしょ」
『困りたいんだけど?』
「そう、じゃあ次は朱家の四の宮として表に出なさい」
面倒だな、と。
けど、だからすべきなのかも。
『あー、うん、はい』
花霞と色々と話したいのに、今日に限って別行動なんですよ。
《そう言えば、中央の子が居たわよね》
『幼馴染の、金絲雀ちゃん、ですかね』
《ちょっと聞いてみましょうか》
『ですね』
どう聞くのかな、と思ったんですけど。
《金絲雀さん?》
『はいは、あ、薔薇姫、ご機嫌よう』
《あらご機嫌よう》
『ウチの小鳥に何か有りました?』
《いえ、寧ろ逆よ、私達の未熟さを痛感したの》
『あー、あの毛色だからこそなのか、おませさんですからねぇ』
『同郷でもそう思われるんですか?』
『はいー、独立心が強くて、中央でも店番に出るのが早かったんですよぉ』
《金雉に、親しい者は?》
『良い子なんですけどねぇ、やはり未熟さを痛感して避ける者が年々増えて。責める気が無いにしても、ふと気付いてしまうんですよねぇ。やはり自由にさせるのが少し早かったのかも知れませんね、ある意味で見た目通りの年齢にも思えますから』
花霞は私達よりも大人っぽい。
それは外見だけじゃなく、中身も。
『合わせてくれてたのか、と』
『そうなんですよぉ。否定しても、嘘でも本当でも、1度湧いた疑念と外見が相まって、穿った見方をされてしまうんですよねぇ』
《苦労、してるのね》
『はいー、守るにも限界は有りますからね』
《そうよね、ありがとう》
『あ、またお伺いしても良いですか?中央について』
『はいー、是非是非、中央は全ての方を歓迎する都ですから』
柔和で温和。
なのに花霞の肩を一方的に持つワケでも無く。
《根本的に私達とは違うのかも知れないわね》
『家か、地区か』
《そう、私達は家の名を背負いココに居る。けれど彼女も花霞も中央、地区をも背負いココに居る、覚悟が足らなかったのかも知れないわ》
『私も、です』
私の事を中心に家へ、果ては地区へ。
全てを背負う事は無い、気負わず好きにしなさい、と。
その言葉に甘えた、甘えられるから。
だとしても、見えるモノは変わってくる。
火棘さんは、その事を理解。
いえ、していないからこそ、あの振る舞いなのですよね。
《まぁ、高望みせず、私達は私達なりに、コツコツ頑張りましょう》
『はい』
出来る事からコツコツと。
《何故、同行を》
「やっぱり中央に興味が有るから、かしらね」
『花霞の事も?』
「と言うか周り、ね。ほらウチの家族って才有る者が多いから、分かるのよ、独特の劣等感が醸し出す何か。アレを放置すると最悪は孤立を招くし、アンタ達の未熟さも心配だし、偶には娑婆に出てこいって当主命令だし」
この10年、全く休み無しに働いていたらしい。
なのにも関わらず。
《花霞の事なら》
「大丈夫よ、あの子、私に好意の欠片も無いもの、それこそ不自然な位にね」
『不自然?』
「好意の混ざった敬愛の念だとか、年上への憧れだとか、そうした情を含んだ視線を向けるのが年頃の娘さんにありがちなのだけど。全く、無いの、敬いは有っても対等。そこを良く理解してるのよ、あの子、気を向けられ無いのに気を向ける程の物好きじゃないわ」
『良かったな、勝ってるじゃん』
《もし、好意を向けられたら》
「時と事情によるわね、可愛い子は好きだもの」
『春蕾に意地悪したいだけじゃない?』
「かも知れないわね」
《俺が、追い掛けたから》
「もう、冗談よ。息抜きをね、10年も働き詰めだったし、誰か居た方が楽しいじゃない?」
『えー、目立つのはちょっとなぁ』
「そんな、流石に道中は女装しないわよ、面倒臭い」
『あ、そこは男の格好で行くんだ』
「流石にね、変な噂を立てられたら困るでしょ?」
『うん』
「さ、準備するから手伝って、仕事を片付けないと」
《はい》
『はーい』
俺のせいで花霞が困るなら、本当に身を引く事も考えないと。




