冥婚。
「あっ」
髪を下ろした春蕾ちゃんが、花霞ちゃんの目の前で髪を1房切って。
赤い糸で縛って、赤い封筒へ。
神話での冥婚は死体を一緒に埋葬するらしいけれど、コッチの方が風流よね。
火葬の時に一緒に燃やすの。
《はい》
「すみません、前に私が疑ったから」
《いえ、こうしたかったんです、どうぞ》
「あ、ありがとうございます、はい、どうぞ」
封筒の中を見て、嬉しそう。
『やっぱり、アイツキモいなぁ』
「こら、アレが恋なんだから仕方無いの。足の裏まで舐めたいのが恋、気が付いたら舐めてるのが愛よ」
『暁霧さんの性癖?』
「と言うかウチで言われてる事よ、今更だけど、良く分かるわ」
『分かんない』
「でしょうねぇ、餓鬼だもの」
『少なくとも騙されない良い餓鬼だよ?』
「減らず口ねぇ本当」
「あの、嫌になったらちゃんと言って下さいね、ちゃんとお返し、あ、蝋封をしましょうか?」
《いえ、このままで大丈夫ですよ、心変わりする事は有りませんから》
『アレ絶対に後で見てニヤニヤする為じゃん?』
「まぁ、でしょうねぇ」
「ありがとうございます、へへへ」
あら、可愛い顔で笑うのね。
『俺の前で中身を見てニヤニヤしたら、1本ずつ抜き取って燃やすからね?』
《顔を見せなければ》
『ダメ、もう気配で分かる』
「意地悪さんねぇ、アンタも恋しちゃいなさいよ、それこそ翠鳥か北朱雀に」
『恋って、どんな感じ?』
「まぁ、こんな感じね」
春蕾みたいに俺がなるの?
『こんな変態になるの?』
「人によるんじゃない?」
『藍家は』
《異正装を趣味とする者は居ない》
『じゃあ、足裏を舐めるのは?』
《雨泽》
『俺じゃないよ、白家だよ』
「私はまだ舐めた事無いわよ?」
『アレは?』
「アレは恋、アレで愛してたら許して所帯持ってたわよ」
『春蕾は花霞と所帯を持ちたいの?』
「あぁ、そこよ、それで子を成せなかったらどうするの?」
《それでも一緒に居たい》
「難しいと思うわよ、アンタ逆の立場で考えてみてご覧なさい、アンタのせいで子が出来無いの」
《最悪は、雨泽に任せる》
『何で俺?って言うか俺の選ぶ権利は?』
「あらアンタ嫌なの?」
『だって春蕾のじゃん?』
「じゃあ、離縁したら良いワケ?」
《したくない》
『まだ結婚もしてないでしょうよ』
「で、子が出来ちゃったら、アンタは遠くで見守るわけ?」
『もー、女装のまま泣きそうな顔すんなよ、何か凄い俺が悪いみたいじゃん?』
《一緒に居たい》
「はいはい、分かるから落ち着いて」
分からない。
家族に会いたいとか家に帰りたいとか、全く思わないし、家の味が恋しいとも思わない。
本当に困って無いから?
何を、どう困れば良い?
「さ、次の墨家対策ですね」
《あら元気、どうしたのかしらね?》
『恋ですかね?』
確かに肌寒くなってきましたけど、私の浮かれる理由は本当に髪の毛を交換してくれるのかどうか。
ぶっちゃけ、心配だったんですよねぇ。
でも言えない、ココは違う方向へ舵を切りましょう。
「人肌恋しいなら犬を撫でれば良いのでは?」
《アナタねぇ、そんなんだと本気で婚期が遅れるわよ?》
『それ本当なんですよねぇ、犬猫を大事にし過ぎちゃって結婚しない方、多いみたいですよ』
「まぁ、アリ」
《はぁ、まぁ良いわ、墨家ね》
『五徳は智、知識人が多いそうで。五経は易、花霞の苦手な占いですね』
「五液は唾、五官は耳ですけど。今回は何も無かったから大丈夫そうですね」
《どうかしらね、まだ暫くは白家に滞在するのよ?》
『ですね、油断大敵』
「はいはい、で、五情・五志は哀と恐に驚。怯えてる感じですよねぇ」
『確かに、五事が傾ですし、音に敏感そうですよね』
《小動物感が凄いのだけれど、玄武なのよね》
「亀ェ」
『尻尾が蛇で、雌雄で後に番となる、ですね』
《どっちがメスなの?》
『亀の方だそうです、一説では亀にオスが居ないと信じられていたそうで、陰陽が合わさる様から多淫だ、とかも、有る、とか』
「ふへへへ」
《もう、変な笑い方をして》
「えへへ、あ、亀は長寿と不死。蛇は生殖と繁殖、両方多産、なのと?」
『亀のは、凄い、です』
《あらあら、何が、かしら?》
『オスが、その、凄いです』
「何が、マジで何が?」
『色々ですぅ』
「ぐへへへ」
《こら、下品な笑い方をしないの、どうしたのそんな上機嫌で》
「いやぁ、次で小鈴に良い人が出来たらと思うともう、今から楽しくて楽しくて」
《まぁ、そうねぇ》
『もー、まだ包や饅頭の事は忘れてませんからね?アレ本当なんですか?』
《もう、次で聞けば良いだけじゃない》
「それか暁霧さん」
『もー、狙っても無いのに狙われてると思われたらどうしてくれるんですか?』
「でもだって10コ下だぜ?無いべ、無い無い」
《あら、年の差婚に否定的なのね?》
「だって私達が6才の時に16ですよ?犯罪が過ぎますって」
《そりゃ16で6才はダメだけれど、16の26よ?良い具合に熟成してて美味しそうじゃない》
「老け、専?」
《流石に20はキツいけど、10位は別に良いんじゃない?ねぇ?》
小鈴が、悩んでいる。
「お、コレは」
『ごめんなさい、花霞』
《私の勝ちね、オーッホホホホ》
「クソぉ」
『で、墨家ですよね』
「切り替え早」
《まぁ、性質が絶対でも無いのでしょう、前回の四の宮様はあんなんだし。性質も易も、あくまでも傾向を示すだけ、でしょう》
そこ、どうなんですかねぇ。
逆に疑ってるんですよ、私。
性質と引き換えに加護が有るんじゃないか、と。
ココは四聖獣や瑞獣が等価交換無し、無償で利益を与えてる感じがするんですけど、諸外国の神様とかって等価交換ありきだと思うんですよ。
完全無償とは思えない。
神様だからこそ、尊敬とか信仰を得られているからこそ、ココは加護られてる的な。
いや全然アリだとは思いますよ。
安定した国運営がなされてる様に見えますから。
ただ、四家が困ってるなら、可哀想だなと。
「あ、暁霧さんに聞いてみようかな」
『えっ、何をですか?』
「性質についてどう思ってるか」
《素直に答えてくれるかしらね、特徴って弱点にもなり得るのよ?》
「あー、なら朱家の方に聞けば良かったかなぁ」
《アレも素直に答えたかどうか》
『何が気になるんですか?』
「いやね、もし性質で困ってたら可哀想だな、と」
抗えない運命の何か、で好きでも無いのに惹かれちゃう、とか。
好きな相手が居るのに別の人に惹かれちゃう、とか。
周りを巻き込んで焦土と化す場合も有るでしょう、と言うか目の前に被害者1名居ますし。
《どう、困ると思うの?》
「本当に性質に動かされてしまって、誰かが葉赫那拉様みたいな事になったら、と」
《あぁ、アレね、頼られ無くて寂しかったとかほざいて。けど少し前は気を使ってそこそこ相談してたのよ?でも面倒そうに、好きにして良いよ、とか言ってて》
『何で生かしておいてるんですか?国の為にも消すべき害虫、蝗害ですよ?』
《腐ってても資源、腐ってもお客様、始末したらお金を使ってくれないじゃない?》
「偶に珍味好きも居ますしね、蛆の湧いた奶酪とか、臭豆腐とか」
『臭豆腐は美味しいですよ?』
《そうそう、それと同じ、臭豆腐嫌いの敵に送り付けて邪魔するのにも使えるし》
『成程』
どんな存在にも必ず裏表が有る。
神様の存在によるデメリットって、何なのだろう、と。
《性質で困っていないか、ですか》
「友人は、四家の弱点にもなるだろうから言えないだろう、とは言ってたんですけど。なら、出来る事を聞こうかな、と」
《それは、何か、切っ掛けが?》
「朱家の四の宮様の事ですかね、何か理由が有って、中央や私の事に興味を持ったのかなと。次でも目立たぬ様にはするつもりなんですが、どう控えて、どう立ち回ろうかなと」
不安で俺を呼んでくれたのは嬉しい。
けれど原因が雨泽だと思うと、苦々しい。
しかも元は俺のせい。
俺が追い掛けて、邪道で知ろうとしたせいで。
《花霞が何か変える必要は無い、と暁霧さんから伺っていますよ。他の家でも、アナタを悪く言った人は居ません、今まで通りで大丈夫ですよ》
あぁ、この答えが望みじゃないのは分かる。
けれど俺達は知れない、コレは各家の当主だけが知る事。
性質なのか、培われたモノなのかは分からない。
「答え難いですよね、すみません」
《いえ違うんです、多分、御当主様にしか真実が分からないかと。性質なのか培われたモノなのかを判断する事は、きっと、凄く難しい事でしょうから》
「ですよねぇ、双子で実験してみなきゃ分からないだろうし」
平凡さが漂う中、彼女は偶に恐ろしい事を言う。
俺も、雨泽も思い付かなかった事を、あっさりと。
《成程》
「あ、可哀想なので実際にはダメですよ、それで確実に分かるかどうかは別だろうし。やるとなれば数を揃えないとでしょうし」
本当に、平凡なのだろうか。
もしかして、彼女も性質に悩んでいるんじゃないだろうか。
けれど、中央に王家は無い。
いや、本当に無いんだろうか。
陰と陽、単に日陰に隠れているだけなんじゃ。
《難しいでしょうね、滅多に双子は産まれないそうですから》
「そうでも無いんですよねぇ、とある地方は多いんだそうで、聞いた時は羨ましいなと思いましたよ。1回で2人も産めちゃうんですから、2年連続だと4人ですよ?もう無事に育ってくれたら後は楽そうだなーって、まぁ、孕めたらの話しなんですけどね」
《骨壷選びの前に、先に子宝巡りが良いかも知れませんね》
「良い相手が見付かったら、ですけどね」
《花霞なら良い相手が直ぐに見付かりますよ》
「良い相手なら、余計にこの体質を言うと思います」
《それでも》
「それでも、この毛色で妊娠しないかもってのに求婚するって、そこそこヤバい人間だと思うんですよね」
《例えば?》
「私だったら、そうした妻を交渉材料にするな、と。どんなに情愛が有っても、だからこそ、商売が傾いたら何が起こるか分からないのが商家ですから。夫に言われるか、惚れてたら言われなくてもするか、妊娠出来無い負い目からしちゃうかもなーと」
《しないで下さい、そうなる前に助けますから、しないで下さいね》
「まぁ、ウチは親戚筋が多いので大丈夫だろうとは思いますけど、はい、ありがとうございます」
申し訳無さと。
諦め。
気付きたく無い事に気付いてしまった。
多分、花霞は恋や愛を知っている。
想定して当たり前なのに、どうして俺は今まで考えなかったんだろうか。
どうして、俺は嫌な気持ちになっているんだろう。




