藍家。
所用を済ませ木で歯磨きをして、糸ようじ。
歯、大事。
「はっ、何でまだいらっしゃるので?」
《実は名札の事で、戻って来たんです》
「あ、やっぱり違いましたかね、紋様」
《かも知れませんので、1度改めて名札をお見せして貰おうかと》
「はい、ありがとうございます」
私の名札には蘭と書かれている、四君子で言う春。
四君子とは君子を花に例えたモノで、蘭、竹、菊、梅なんですが。
この棟に貼られた紋様。
蘭と言うか、木蓮にも見えるのだけど、コレはココの蘭なのかも知れないし。
《コレ、どう思います?》
「蘭と言われたら蘭かなと、しかも案内の人にコッチだと言われたので、だからこそ花蘭丸にも見えますけど。でも木蓮にも見えるんですよねぇ、水の丸木蓮」
《成程、どうしましょうかね》
「聞きに行きたいんですけど、同じ人にはアレなので、どなたに聞くのが良いんでしょうね?」
《では女官長の部屋へご案内致しますよ》
「いきなりそんなに上は、もう少し下の方って居りません?」
《では、まだ起きてらっしゃる先輩方の部屋に行きましょうか》
「お手数をお掛けします、ありがとうございます」
で、自分の持ち回りの場所意外をジロジロ見るのは御法度なので、足元しか見れないのですが。
床、ピカピカ。
月明かりに照らされてピカピカ。
磨いたんですかね前日に、大変だったでしょうに。
《コチラです、少しお待ち下さいね》
「はい、ありがとうございます」
コレ冬場はキツそうですね、廊下で伏して待って無いとダメなんですよ。
今もそこそこ寒いし、良い折檻になりそう。
《お待たせしました、どうぞ》
「はい、ありがとうございます」
凄い美人さん、ザ☆東洋美人。
『お待たせしました、私は女官次長の燕、梓に萱で梓萱と申します』
同じ音が多かったり訛りだなんだで、こう説明して下さるの助かる。
「中央の姚・花霞と申します、お手数をお掛けして申し訳御座いません」
『いえ、どうぞお座りになって下さい』
「はい、ありがとうございます」
まだ火鉢を使いますよねぇ、夜は特に冷えますし。
《お茶をどうぞ》
「あ、ありがとうございます」
うん、温かい。
しかも渋く無いから、もしかしてノンカフェインの蓮茶かも。
だとしたら助かる、カフェイン摂り過ぎるとドキドキしちゃうんですよねぇ。
『アナタが見た紋様は、コチラですかね』
「いえ、その水仙の丸紋に近いんですが、木蓮か蘭かと」
『では、コチラですかね』
「あぁ、はい、そうです、すみません」
『大丈夫ですよ、アナタの言う通りコチラは水の丸木蓮、どうやら少し手違いが有ったみたいでして。この者に案内させますね』
「はい、ありがとうございます」
燕って春から夏の鳥なので、燕家は藍家と朱家の間の地区の方なんですよね。
あ、それか分家の方で、朱家と白家の間の地区の方か。
どっちにしても凄いなぁ、自分の出身地区じゃないのに女官の次長って、凄い。
《すみませんね、コチラの手違いで案内が遅くなりまして、荷物をお持ちしますよ》
「いえいえ、案内して頂いてますし、コレから働くのでこの位は大丈夫ですよ」
《その包みが気になって、少し見せて貰うついでですよ》
「あ、コレはダメですよ、洗い物を入れてるだけで。そんなにこの包袱、変ですかね?」
《表裏が逆かと、それに包み方が、どうなってらっしゃるのかなと》
「あー、コレ、裏肩結びと言いまして、ウチで編み出したモノなんですよ、家が布地の問屋なものですから」
ショルダーバッグ結びとか言えませんからね、こんな言い方になっちゃうんですよ。
私の唯一の知恵、折り紙と風呂敷包み、便利なんでコレは少しだけ活用させて頂いておりますが。
流石、目の付け所がシャープ、流石王族の女官ですね。
聞きたいなぁ役職、聞きたい、けど聞くの失礼なんですよぉ。
《成程、後で見せ、明日にでも包袱をお渡しするので、お願い出来ますか?》
「はい」
案内して頂いたお礼にと返事をしただけなんですよ、この時は。
《おはようございます、春蕾です、起きてらっしゃいますか花霞》
「あ、はい、おはようございます」
《実は役職でも手違いが起きてしまっていて、アナタの担当が変わる事になったんです、すみませんがお仕着せの着替えをお願いします》
「あぁ、はい」
まぁ、この程度は別に。
却って完璧を求めて厳罰を下されるより、マシ、程ゆる結構。
《あ、新しい名札も用意しましたから、終わったらお声がけを》
「あ、はい」
《では》
たかが着替えで気を遣ってお部屋から出て下さるなんて、流石王族の女官。
ウチの侍女ならもう、そのまま居座って愚痴り始めちゃいますけどね。
あら、蘭の紋様ってコレですよねコレ。
日本の家紋と少し違うんですけど、うん、コレ。
「お待たせしました」
《いえ。今からアナタは尚宮仕えとなります、私がアナタの指導係になりました、宜しくお願い致しますね》
「尚宮は、流石に、私にこなすのは難しいかと」
『悪筆の事でしたらご心配には及びません、書くよりも雑務が殆どですから』
最も大変だ、と。
いえ、其々に専門家でなければ難しいでしょうけど、尚宮は全般に関わる雑務ですよ。
「あの、私、何か失態を犯してしまい」
《いえいえ、身構えなくても大丈夫ですよ、新しい方にも頼める仕事だけをお教えしますから》
「ぁあ、はぃ」
尚宮とは、謂わば総務、雑務をこなす部門。
各部門への手伝いも含めますので、難しいとされる部門で御座います。
他には尚儀、礼儀作法や祭事に携わる部門。
尚服は衣服や服装品、尚食は飲食全般、尚寝は家具や布団等の住居全般に関わる部門。
尚功は武芸や芸術の研究等を、そうして六尚に分けて王宮内部を管理しております。
尚、厠や湯殿の管理は清宮省の管理、お命に関わるので重役とされており宦官や侍従も含まれ。
宮内の不正の取り締まりには内侍省、コチラにも宦官等が務めておいでです。
《では、お疲れ様でした、湯殿に行って構いませんよ》
「えっ、ご挨拶回りだけしかしてませんが?」
《不慣れな場所で労を強いてはお体に障ります、ですので初日は軽く、慣れて頂く為。皆さんも今日はこの程度ですので、どうぞ》
「あ、はい、ありがとうございました」
緩い、ヌルい。
いや、王宮だからこそ、なのかも。
各家の大事なお嬢様方を預かってらっしゃるんですし、お体を壊されては費用対効果が悪い。
流石です、王族の方。
『あぁ、桂花さん、はいどうぞ』
「ありがとうございます」
もう知られてしまってますか、ですよね、こんな毛色は私だけの様ですし。
ぁあ、今日もお許し下さ。
あら貸し切り。
有り難い、助かる。
《花霞》
「あぁ、春蕾さん」
《髪を乾かさないんですか?》
「あ、コレはその、乾かす法術が特に苦手でして」
《あぁ、それで、【漧】》
ココの方達、乾燥させる法術を殆どの方が使えるんですけど。
どうにも、人体を乾燥させるとなると、ミイラを連想してしまって。
「すみません、ありがとうございます」
《湯殿の者は使えますから、今度からはちゃんと頼んで乾かして貰って下さいね》
「はい、ありがとうございます」
《いえいえ、お部屋まで送りますよ》
「あ、はい、ありがとうございます」
何処までも優しいでらっしゃる。
《どうでしたか、お食事は》
「包か粥か選べるのが良いですね、有り難い限りです」
初日とは違い、各部門が終わる時間に合わせて料理が随時追加されるので、飽きない。
多分、何かしらの食中毒が出ても分散させられるから、だろうけど。
良い、凄く良い。
大所帯ならでは、さすおう。
《それで》
「あぁ、包み方ですね」
《何通りかご存知でしょうから、次長の前でもご披露して下さいませんか?》
「あー、いやー、そう大した事でも御座いませんので」
《コチラから頼んでいるのですから、ひけらかし等とは申しません。寧ろ、独占しては私が何を言われるか》
「ぁあ、あぁ、はぃ」
女官次長の前でだけ、とは申してませんでしたよね。
はい、扉を開けたら女官長もおいででした。
「どうぞお座りになって」
『コチラは女官長の鴻・霜菊、南西の燕家の分家の方なんです。あ、因みに私は南東の家の出で、あぁ、お茶を淹れさせるわね』
「ぁあ、ありがとうございます」
《では、包袱を用意致しましたので》
「あ、正絹は不向きですので綿でお願いします」
《あ、はい》
絹は包む用、包み方と言っても結んじゃいますからね、生地が傷んでも嫌だし。
『あ、お茶を飲みながら、ね』
「はい、では」
本当に簡単な事なんですが。
「あぁ、それで絹はダメなのね、滑ってしまっては困るし」
「はい、なので包むのは絹、結ぶのは綿でと」
『絹にも質が有りますからね』
《それにしても、重い物を運ぶのにも良いですし、これなら手が開きますし》
「それでも加減して頂きませんと、なのでお得意様だけに教えているのです。古布が破け品物が傷付いても、私共では責を負えませんから」
《成程、それで広めてはいないのですね》
「なら軽い物は良いわよね?」
『あぁ、そうそう、どうして表裏で使ってらしたの?』
「そこはもう、綺麗な物と間違わない様にです、同じ柄物を使う場合も有るので。もう、癖でして」
「あら名案ね」
『名案の名案ね』
《その程度なら、広めても良いのでは?》
「流石にココでは、私共としては、洗い物用の包袱をお買い上げになって頂くか、刺繍で目印を付けて頂きたいのですが」
裏表にして使うのは、あくまでも平民用の応用なのですよ、そう量も買えませんから。
「あぁ、そうよね、私達こそ買わないと」
『そうね、新しい物は新しい物で、古い物をそう使いましょう』
《ですね》
「ありがとうございます」
やってやりましたわよお父様、コレでもう私は十分お役目を。
いや、コレは仕事の方でした。
見定めをしないと。
けど、でも。
こう、ゆるふわ、でも良いと思うんですけどね。
「ありがとう、誤解しない者だけに先ずは広めさせて?」
『信頼している者から、ですね』
《名は出しませんからご安心を》
『あ、お菓子を食べて?』
「遠慮しないで、私達が招いたのだし」
《過不足が有っては困りますから、遠慮なさらないで下さい》
「え、いえ、コレは春蕾さんへのお礼でしたので」
《だからこそで、あぁ、ココでは緊張しますよね》
「あ、お部屋に持って行って大丈夫よ」
『箱を用意させるわ、それからお茶もね』
「そ、あ、ありがとうございます」
遠慮し過ぎてもダメだし、素直に受け取っても不作法になる。
だからこうした事が1番困る、本当、身分差だけは超面倒臭い。
《長く付き合わせてしまいましたね、失礼しました》
「いえ、場を設けて頂きお菓子まで、ありがとうございました」
《いえ、ご友人を作る機会を妨げてしまいましたから、それも含みます》
「ぁあ、いえ、こうした毛色の者を分け隔てなく扱って下さいまして、ありがとうございます」
《とても綺麗ですよ、先程は夕陽に輝いていて、それこそ美味しそうでした》
「飴色は、もう少し濃い色ですよ」
《じゃあ、月色?》
「そこまで白くは無いですよ」
《アナタにとって月は白いんですね》
「まぁ、紅色や黄色は稀ですし。ぁあ、青色でもありますね、昼の月は青くも見えますから」
《まるで麒麟ですね》
「あぁ、確かに、成程。ウチで使わせて頂いても良いですか?面白い柄は売れますので」
《どうぞどうぞ、目出度い柄になりそうですね》
「ありがとうございます」
《いえ、では》
「はい、ありがとうございました」
中央から来た金髪碧眼の少女は、商魂逞しい。
けれども図々しさも無く、思慮深い。
『どうでしたか?様子は』
《全く気にしていませんでしたね、暫くは友人を作る気すらも無かった様です》
「あら、地元で虐げられてしまっているのかしら、それともご家族か」
《他の者の報告で、体に傷も傷痕も無かったそうです》
「でも傷痕を残さずに虐げる事は幾らでも出来るわよ?」
『でも瘦せているワケでも無いですし、手も程々に手入れされていますし。ぁあ、あんなに綺麗な髪は見た事が無いから、傷んでいるかは分からないわね』
「そこよ、私達とは全く違うと言っても良い容姿、何か見落としていて悪化させてはいけないわ」
『そうね、大事なお嬢様達をお預かりしているんですもの。ダメですよ、決して手を出したりはなさいませんからね』
《病気が無いかどうかはまだ分からないんですから、手を出したりなんかしませんよ》
「なら検査は最後にさせましょう」
『そうね、先ずは疑わしき者から、ですし』
《少しふざけただけだと言うのに》
「大人に見えますがアレでもまだ少女、正式な書類も有りますよ、ご実家から頂きました」
《そこは別に》
「どうでしょう、女装なさって様子を伺うのは初日だけ、と仰っていましたよね?」
《近日中には手を引く、下がるから心配しないで欲しい》
『字を変えて下されば良かったものを、春蕾にしてしまったんですから、もしかすれば後でバレてしまうんですよ?良いんですか?』
《良いも何も、俺が好かれる意味は無いし、この家の男として会う事は無いんだから》
中央の娘には手を出すな。
僕ら兄弟が言われた事は、それだけ。
君子危うきに、愚か者では無いなら誰も手を出さない。
中央が祀るのは麒麟、不誠実にも治世を疎かにすれば麒麟が死に、必ず中央から朽ちる。
そこに現れたのが黄色い髪の少女、藍家の五麟は聳孤、青い麒麟。
そして中央の黄色麒麟こそ真の麒麟、人に懐かぬ神聖な獣、だからこそ近寄るべきでは無いとは思う。
けれども彼女を蔑ろにしては、麒麟を蔑ろにするも同義。
本当は面倒で、あまり関わりたくは無い、けれど。
『私達をご信頼頂けませんか』
「でなければ可及的速やかに手を引いて下さいませ、万が一、とは万が一に起こってしまうからこそなのです。他の方のご迷惑になる前に、どうか私共にお任せ下さいますよう、お願い申し上げます」
『急病なり家人に訃報が有ったなりコチラで言い訳は致します、どうかお願い申し上げます』
《明日には手を引く、明日には》
「宜しくお願い致しますね」
『信じていますからね、春蕾様』
追々、人物紹介等を載せます。