金雉。
《あら元気そうね、おはよう金雉ちゃん》
「おー、私、凄い字だ」
『私は翠鳥』
《はい、私のを当ててみて》
「えっ、薔薇、薔薇鳥?」
『惜しい』
「えー、私で分かります?」
『まぁ、勘が冴えていれば、ですかね』
「んー、朱雀」
《そうなるわよねぇ》
『正解は北朱雀、凄い珍しい鳥なんですけど、西洋では本当に薔薇の鳥とも言われてるんですよ』
「成程」
《最初は何の事か本気で分からなかったわ》
『色鳥は季語では秋ですけど、北朱雀は冬の鳥とも言えますからねぇ』
「ややこ」
『でもでも凄い綺麗な色なんですよ、少し濃い目の桃色で、鳴き声も可愛いんですから』
《何だか、知る人ぞ知るって感じなのは良いのだけど、知らない者は本当に知らないって。ちょっと寂しいわね》
「そこじゃないですか?頑張れって事で付いた、とか」
『そうですよ、そう思っておきましょ』
《まぁ、そうね、実在してるのだし》
『あ、居るんですよ、金鶏の改良種の黄金雉、ウチの親戚が養殖してるんです』
《あら親友になりましょう?》
「やっぱり美味しいんですか?」
『いやー、アレは羽根と卵の採取用ですね、あ、出汁は美味しいですよ、けど小骨が多くて食べるの面倒なんですよ』
「残念、やっぱり普通の鶏が1番ですかねぇ」
《あら鴨も美味しいじゃないの》
「肉の味が濃いんですよ、ウチは鍋か汁物ですね」
《けどカリカリに焼いたのも美味しいわよ、皮で包んで食べるの》
『あー、北京料理ですものねぇ、出るかなぁ』
「いや手間が大変だから難しいのでは?」
《じゃあ食べに行きましょうよ、土用に》
『ですね』
「あ、私の役職って」
《ふふふふ、尚食よ》
『食べられない様に気を付けて下さいねぇ』
コレはもう、意地でも北京ダックを食べれる様にしたい。
と言うか、もう、聞いちゃおう。
「金雉です、遅れまして申し訳御座いませんでした」
『あら良いのよ、どうしようも無い事なんだから、体調は良いの?』
「はい、白家の皆様と友人のお陰で何とか無事に過ごせましたので、じゃんじゃん手伝わせて下さい」
『ありがとう、けどあんまり気張らないでね、秋はコレから、寒くなるから無茶は禁物だよ』
「実は北京烤鸭が食べたいので頑張りたいのです」
『ふふふふふ、成程ね、下心有りの頑張りとはね』
《よし、アンタが倒れず文句を言わずに頑張れたら、出してやるよ》
「はい、程々に頑張ります」
《そうそう、ふふふふ》
『で、どんだけ出来るか見させて貰おうかね』
「包を捏ねるのと包むのが好きで、家でもやってました」
『なら包からだ、あの子と一緒に仕込みを頼むよ』
「はいー」
楽しみだなぁ、北京ダック。
《美味しかったわよ、金雉の包》
「何か、それだと完全に私が具ですよねぇ?」
『金雉の饅頭は、大丈夫ですかね?』
《金雉の柔らかい2つの饅頭が》
『それ絶対に作ってますよね?』
「花捲はおシモですしねぇ」
『それ本当ですか?』
「男にしてみたら面白い形でしょうし」
《ほんのり塩味、ほんのり甘い、とかもうね、どう聞いてもよね》
『えー』
《あら、じゃあ誰かに尋ねてみたら?》
「暁霧さんなら答えてくれるかもですねぇ」
『あの方って宦官じゃないですからね?男性ですからね?』
「あっけらかんと禅問答の様に答えて頂けそうですけどねぇ」
『仏門の方でも無いですからね?』
《あんな綺麗に女装する僧が居たら困るわ》
「まさしく破戒僧ですよね」
《性癖壊す破戒僧だなんて罪深いにも程が有るわよねぇ》
『誤魔化されませんからね?』
本当、小鈴って面白いわぁ。
《仕方無いわね、春本を借りて来てあげるわ》
『えー、本は好きですけどそうした中古物はちょっと』
「分かる、パリパリのとかちょっと無理」
《アレの新品って高いのよ?》
『何でですかね?図鑑と同じ値段なんですよ』
「見世物小屋の方が安いんですよね、不思議」
《『えっ?』》
「あれ、見た事無いですか?夜の見世物小屋」
『私、王都から少し離れてるので』
《私、1度だけだけれど、従姉妹に連れてって貰って。そうなの、意外と安いのね》
「アレって正しい知識を持って貰う為の、謂わば各王都の事業なんですよ。けど、アレですかね、本で皆さん知ってる系?」
《まぁ、後はお相手とご相談で、と》
『下手に知ってると勘繰られて面倒だぞ、と』
「あー、基礎だけですか、成程」
『その、違うんですかね?本と』
「百聞は一見に如かず、でしたね」
《まぁ、そうね、成程とは思ったわね》
『えー、1度位は見た方が良いですかね?』
「いえ、寧ろご一緒に行くとかの方が良いかもですね、私は毛色がコレなので連れて行かれたのも有るかと」
《あぁ、そっちが先なのね》
「はい、それから妊娠の事とか、そこは本ですね、はい」
『あのー、揉まれると大きく』
「《嘘よ》です」
『あー』
「寧ろウチはお肉を食えー、ですね」
《ウチは馬乳や羊の乳ね》
「となると乳煮込みが最強なのでは?」
《確かに》
『尚食で知れますかね?』
「しょうがないにゃぁ」
『宜しくお願いしますぅ』
《そう言えば、どう?》
「何がですか?」
《郁久閭・紗那、字は姑獲鳥》
「あー、凄い字の人が居ると思ったら、その人でしたか。野菜洗いだけさせられてたから、もう白家に全バレしてるんじゃないですかね?」
『えっ、入って来たばかりなんですよね?』
《その筈よ》
「ふふふ、人のモノを奪う怪鳥、流石ですねぇ」
『良く知ってますね、けどどうして変えないんですかね、名前』
《知らないんじゃない、意味、ふふふ、ざまぁないわね》
「どの位、溜飲が下がりました?」
《そうねぇ、お月様から、この位かしら》
『随分と下がって、お優しいんですね、私より優しい』
「おー、翠鳥さんはまだまだ許せませんか」
『何回か泣いて頂かないと下がりませんね』
《そこは大丈夫よ、コレからどんどん下がる筈だから》
「こう言うって事は相当な方って事ですね」
《まぁ、アナタの身に粉が降りかからない様に気を付けて、私の思惑通りなら何度か面倒を起こす筈だから》
「えー、困るなぁ、追い出しちゃおうかなぁ」
《ダメよ、お菓子を上げるから我慢して頂戴ね》
「仕方無いですねぇ」
『あの、何が起こるんです?』
《私の予測通りなら、自滅、ね》
さすバラ。
見事に的中です。
《何で、こんな》
私達の昼餉の時間。
砂が付いた大根の切り落としが、彼女の目の前に。
『何でか、本当に分からないのかい』
《私の噂の事なら》
『違うね、全く違う、そら見当違いだよ』
『洗い方だよ、慣れるまではと思ったけど雑過ぎるんだよ、それアンタが適当に洗った野菜だよ』
『己が身に返って来るんだよ、全部ね』
《でも、だからってこんなの、酷い》
別に食えとも言われて無いのに、何が酷いのか。
あ、もしかして盛大に勘違いしてます?
「あのー、質問しても良いですかね、姑獲鳥さん」
《噂のこ》
「いえ、今の事です、良いですか?」
《あ、はい》
「何が酷いんですか?」
《だって、こんな、食べろだなんて》
「誰が食べろだなんて言ったんですか?」
《だって、目の前に》
「遠くに置いて砂が見えます?」
お、考えてるのか計算してるのか。
分かりませんねぇ。
《いえ》
「単に注意して下さっただけなのに、邪推し過ぎて皆さんに、特にお姉様方に失礼ですよ?」
《でも》
「じゃあ女官長さんに判断して貰いましょうか」
お、計算してるのかな。
《いえ、すみませんでした》
「私では無くてお姉様方へ、では以上です、失礼しました」
あ、根回ししとこうかな。
けどなぁ、春蕾さんにお手間を掛けるワケにもいかないし。
でも証人は必要だろうし。
あ、あの人か。
いや、でも色んな人の愚痴を聞いてるみたいだし、ある程度は姑獲鳥さんの事を知ってるだろうし。
んー、機会が有ればにしよう。
とか、悠長な事を思ってたら。
《あの、金雉さん》
「はい?」
《私の、姑獲鳥の意味、知ってますか》
「はい」
《酷い!どうして教えてくれなかったんですか!》
えー。
「知らないとは思わなかったんです、だって尋ねて来なかったじゃないですか?」
《でも、だからって、教えてくれても良いじゃないですか?》
「釈迦に説法はしない派なので、知っていて敢えてそのままにしてらっしゃるのかと、そうお節介をしたくなかった私が悪いんですか?」
《悪いって言うか、親切心を》
「アナタの望む親切心じゃなかったからって私を責めるんですか?と言うか誰に聞いたんですか?聞いたから知ったんですよね?それとも無理矢理に教えられたんですか?」
《無理矢理だなんてそんな》
《ごめんなさい、私が興味本位で聞いて、教えました。その時には責られ無かったんですけど、ごめんなさい》
「あぁ、大丈夫ですよ。けど、よりによって私にだけ、何で言いますかね?」
えー、何で黙るんですか。
凄い気になるのに。
えっ、もしかして困ると黙る系ですか。
時間は有限なのに。
困る。
『アナタ、自分から言い出しておいて黙るのは、ちょっとどうなんですかね』
あ、小鈴の知り合いだ。
名前は確か、青燕さん。
《すみませんでした》
えー、それで終わらせる気ですか。
何で私にだけ言ったのか、凄い気になるのに。
「失礼します、字は金雉、姓名は姚・花霞が参りました」
「はい、座って頂戴」
藍家のお坊ちゃまが追い掛けている子。
本当、綺麗な毛色。
「えーっと、コレ、怒られるのでしょうか?」
「あら、何で?」
「穏便に済ませなかったので」
「あら穏便に済ませられたの?」
「私は何も悪くは無いんですが、謝罪の言葉を1つでも述べれば、もしかすれば穏便に済んだかなと」
「そうしなかった理由は?」
「する理由が無かったからです、前回の大根事件でお礼を言われても良いのに言われませんでしたし。関わりたくないな、と」
「北朱雀の婚約者を奪った事は聞いてるわ、それにアナタが北朱雀と親しい事も」
「正直、北朱雀が何もしなくて良いと言うので全く気にして無かったんですが。大根事件ではお姉様方の食事を優先し、席が近かった事もあり敢えて提言させて貰っただけなので、その事を悪かったとは全く思っていません」
あら意外と強い子。
「無視はしてない?」
「苦痛なのでしてないですけど、話し掛けられた事は今回が初めてです」
「困ってるのに助けてくれなかった、と向こうは言ってるわ」
「困ってますと言われてませんし、関わられたいなら自分から動き出すべきだと思います。噂が広まってる事を知ってても何もしない、そうした受け身の方と関わるべきでは無いと家からも言われていますし、私もそう思っています」
「悪評を野放しにするの?」
「私は地元の悪評に助けられていますので、はい」
「あら、どんな風に?」
「私を勝手に理想化し、発狂する男達を知ってるので地元の女性は敢えて、悪評を流してくれています。片や男性は庇う気で、良い噂を広める。そうした相互作用で、外からの男は私に会っても意外と大した事が無いとなり、女性は意外と気楽だと好意的に接してくれる。なので、敢えて野放しを選んだかも知れないし、そもそも関わりたく無いので放置確定です」
「関わりたいと思えなかった、知ろうと思わなかった理由は?」
「慰謝料等のやり取りを北朱雀から直接聞いたのと、大根事件が決め手です」
「少し冷たいとは思わない?」
「思いません、関わったら責任がコチラにも来る可能性が有る、全く徳だとも得だとも思えません。未熟者の私の身に余る存在です」
「アナタにとって噂、とは?」
「噂を鑑み評判を吟味する、1つの材料に過ぎません」
藍家が心配する様な部分は皆無。
となると、本気で惚れたのか、有能さを感じ取ったか。
「そう」
「あのー、予想は付いてるのですが、何で私に言って来たのだと思います?大根事件意外、私何かやっちゃってるんですかね?」
「どう予想は付いてるのかしら?」
「あまり穿った見方はしたくないんですが。この毛色の私が注意したから、仕返し、かなと」
「前にも似た事が?」
「はい、店に出てる時に詐欺に遭いかけて、その理由が若くてこの毛色だからと。何か、悪人も集まり易いみたいなので、はい」
「その時は大丈夫だったの?」
「あ、はい、奥に逃げ込んで鈴を鳴らしたので、警備隊の方が直ぐに来て下さいました」
「大変ねぇ」
「いえ、凄い稀な事なので、貴重な経験をさせて頂きました」
「そう、そう思えるのは良い事だわね」
「ありがとうございます。それで、その、理由はまだですかね?改善出来るならしたいんですけど?」
「ふふふ、また明日ね」
「えー、はーぃ、失礼します」
確かに、毛色も違うし、つい見ちゃうわね。
《何故、意地悪をするんですか》
「もうそんなに憤らないの、若くに憤死しちゃうわよ?」
『まさか、まだ話が聞けて無い?』
「正解。このまま就寝時間まで黙り続けるなら、最悪は奥の手ね」
《失礼しました》
『奥の手って?』
「職務を取り上げ軟禁。あのままじゃ急に暴れて周りに被害が出るかも知れない、そんな猛獣を解き放つワケにはいかないもの」
そうして仕事すらもさせて貰えない、他の者と会話する事も禁じられる。
果ては更に自分の居場所を無くすのだから、早々に話すべきなのだけど。
『ウチの厳罰の中でも結構重い方なんだけど』
《ウチも、湯殿も使えないから直ぐに話す者は多いですけど》
「操られない為よ、弱った時に人って操られ易くなってしまう、しっかり冷静になって頂く為の処置なの」
《あぁ》
『成程』
「ま、それでも話さない子は強制送還ね、期限は7日、その間の穴埋めの賠償請求もするから。大事と言えば大事になるのよねぇ」
『そこも説明するの?』
「そらするわよ、明らかに愚か者なんだもの、ちゃんと言ってあげないとね」
 




